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1 カルトゥーシュの謎
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気を取り直して沙良が本棚に向き合った。この膨大な本を整理しないといけないのだ。自分がやらなければ、永遠に放置なのだから。
「よし」
本棚の一番上にある棚の右から順番に、と思って手をのばし、沙良は目を瞬いた。スケッチブックがある。それがなんだか違和感を与える。
(スケッチブック? お父さん、絵なんか描いてたっけ?)
抜き出して開いてみると、一枚目に大きな絵が一つ描かれていた。次のページ以降は真っ白だ。
沙良はその絵自体には覚えはないが、それがなにかは知っていた。
(これ、エジプトのヒエログリフ、カルトゥーシュだっけ。どうしてこんなところに……お父さん、オリエント文化なんて専門外のはず)
古代エジプトの独特の絵文字を、楕円形の輪で囲んでいる。鉛筆で描かれていて、まるでデッサンのような描き方だった。
カルトゥーシュ――古代エジプトの神々、ファラオ、王妃の名を示すものだ。今では土産物として売られていると聞く。どうしてこんなものが父の書斎にあるのか解せない。
栄治は日本や中国を得意とした時代小説家だ。もちろん世界はつながっているのだから、なんらかの状況で触れねばならない時もある。専門外でも間違ったことは書けない。とはいえ研究者でもないのだから、うまく避けることはできる。
実際に資料として置いている膨大な書籍も中国・韓国・日本のものが多く、西洋史やオリエント史などのその他の資料は二、三割程度だった。
(お父さんの口からエジプトの話なんか聞いたことがない。行ったこともないはずだわ。なにかの拍子で紛れたのかな? でも……ジャンルも違うのに、これだけ紛れるってある? しかも、これ、手描きだし)
描かれているヒエログリフを見つめつつ、考える。
(これ、なんて書いてるんだろう。誰のカルトゥーシュなのかな)
思うが早いか、ネットで検索してみる。ズバリのものはヒットしなかった。
(ないのか……ってことは、ファラオでも、王妃でも、神さまでもないってことだよね?)
仕方なく詳しそうなサイトを選び出し、質問することにした。
回答はすぐにはないだろうから食事に行くことにした。
近所のファミレスで軽く食事を取り、戻ってくる。風呂に入って一息つくと、読みかけの本に没頭した。
それから数時間後、インターネットをチェックして寝ようと思った。まだ返答はないだろうと思いつつ巡回すると、回答が書き込まれていることに気がついた。そして書かれている言葉に目を奪われた。
『残念ながら問い合わせのカルトゥーシュに該当するファラオ、もしくは王妃は存在していません。しかしながら、古代エジプトの謎がすべて解き明かされているわけでもありません。情報の出所が信用できるのであれば、然るべき機関に依頼されることをお勧めします。もしかしたら大発見かもしれませんよ。ちなみに、問い合わせのヒエログリフをそのまま読めば、サーラと書かれていると思われます』
沙良は愕然とした。
それは亡き母、香苗が沙良を呼ぶ時に使った呼び名だった。逆に栄治がそう呼んだことはない。栄治は必ず『沙良』と、伸ばすことなく読んでいた。
(お母さんが描いた? ウソ、まさか! 待って待って、お父さんからはそんな話聞いたことがない。やっぱりお母さん?)
沙良は描かれたスケッチを見つめ続けた。
幼い時に死んでしまった母の記憶はあまりない。いつも悲しそうな目をし、「サーラ、ごめんね」と謝っていた。
思い出すと泣けてくるのでなるべく思い出さないようにと考えているが、このスケッチが香苗のものであるなら、なぜ沙良の名前をカルトゥーシュで表そうとしたのか、なぜ沙良ではなくあだ名のサーラなのか、それほど古代エジプトが好きだったのか、それらがとてつもなく気になる。
(エジプト――今は春休み。もともとヨーロッパへ旅行しようと思ってたんだし、行先変更でエジプトに行くってのもいいかもしれない。お母さんがホントに好きなんだったら、なにか感じられるかもしれないし。だってカルトゥーシュに私の名前を入れて描き残してるんだもん。なにか意味があるのよ。うぅん、あってほしい。少しでもお母さんの気持ちを感じられるなら行ってみたい。よし!)
この単純な海外旅行の思いつきが、沙良に熱い風の吹く古代エジプトへ、遙かな歴史の向こう側へ弾き跳ばし、彼女の人生とエジプトの運命を大きく変えるなど、知るはずもなかった。
「よし」
本棚の一番上にある棚の右から順番に、と思って手をのばし、沙良は目を瞬いた。スケッチブックがある。それがなんだか違和感を与える。
(スケッチブック? お父さん、絵なんか描いてたっけ?)
抜き出して開いてみると、一枚目に大きな絵が一つ描かれていた。次のページ以降は真っ白だ。
沙良はその絵自体には覚えはないが、それがなにかは知っていた。
(これ、エジプトのヒエログリフ、カルトゥーシュだっけ。どうしてこんなところに……お父さん、オリエント文化なんて専門外のはず)
古代エジプトの独特の絵文字を、楕円形の輪で囲んでいる。鉛筆で描かれていて、まるでデッサンのような描き方だった。
カルトゥーシュ――古代エジプトの神々、ファラオ、王妃の名を示すものだ。今では土産物として売られていると聞く。どうしてこんなものが父の書斎にあるのか解せない。
栄治は日本や中国を得意とした時代小説家だ。もちろん世界はつながっているのだから、なんらかの状況で触れねばならない時もある。専門外でも間違ったことは書けない。とはいえ研究者でもないのだから、うまく避けることはできる。
実際に資料として置いている膨大な書籍も中国・韓国・日本のものが多く、西洋史やオリエント史などのその他の資料は二、三割程度だった。
(お父さんの口からエジプトの話なんか聞いたことがない。行ったこともないはずだわ。なにかの拍子で紛れたのかな? でも……ジャンルも違うのに、これだけ紛れるってある? しかも、これ、手描きだし)
描かれているヒエログリフを見つめつつ、考える。
(これ、なんて書いてるんだろう。誰のカルトゥーシュなのかな)
思うが早いか、ネットで検索してみる。ズバリのものはヒットしなかった。
(ないのか……ってことは、ファラオでも、王妃でも、神さまでもないってことだよね?)
仕方なく詳しそうなサイトを選び出し、質問することにした。
回答はすぐにはないだろうから食事に行くことにした。
近所のファミレスで軽く食事を取り、戻ってくる。風呂に入って一息つくと、読みかけの本に没頭した。
それから数時間後、インターネットをチェックして寝ようと思った。まだ返答はないだろうと思いつつ巡回すると、回答が書き込まれていることに気がついた。そして書かれている言葉に目を奪われた。
『残念ながら問い合わせのカルトゥーシュに該当するファラオ、もしくは王妃は存在していません。しかしながら、古代エジプトの謎がすべて解き明かされているわけでもありません。情報の出所が信用できるのであれば、然るべき機関に依頼されることをお勧めします。もしかしたら大発見かもしれませんよ。ちなみに、問い合わせのヒエログリフをそのまま読めば、サーラと書かれていると思われます』
沙良は愕然とした。
それは亡き母、香苗が沙良を呼ぶ時に使った呼び名だった。逆に栄治がそう呼んだことはない。栄治は必ず『沙良』と、伸ばすことなく読んでいた。
(お母さんが描いた? ウソ、まさか! 待って待って、お父さんからはそんな話聞いたことがない。やっぱりお母さん?)
沙良は描かれたスケッチを見つめ続けた。
幼い時に死んでしまった母の記憶はあまりない。いつも悲しそうな目をし、「サーラ、ごめんね」と謝っていた。
思い出すと泣けてくるのでなるべく思い出さないようにと考えているが、このスケッチが香苗のものであるなら、なぜ沙良の名前をカルトゥーシュで表そうとしたのか、なぜ沙良ではなくあだ名のサーラなのか、それほど古代エジプトが好きだったのか、それらがとてつもなく気になる。
(エジプト――今は春休み。もともとヨーロッパへ旅行しようと思ってたんだし、行先変更でエジプトに行くってのもいいかもしれない。お母さんがホントに好きなんだったら、なにか感じられるかもしれないし。だってカルトゥーシュに私の名前を入れて描き残してるんだもん。なにか意味があるのよ。うぅん、あってほしい。少しでもお母さんの気持ちを感じられるなら行ってみたい。よし!)
この単純な海外旅行の思いつきが、沙良に熱い風の吹く古代エジプトへ、遙かな歴史の向こう側へ弾き跳ばし、彼女の人生とエジプトの運命を大きく変えるなど、知るはずもなかった。
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