熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

文字の大きさ
上 下
3 / 42
1 カルトゥーシュの謎

しおりを挟む
 気を取り直して沙良が本棚に向き合った。この膨大な本を整理しないといけないのだ。自分がやらなければ、永遠に放置なのだから。

「よし」

 本棚の一番上にある棚の右から順番に、と思って手をのばし、沙良は目を瞬いた。スケッチブックがある。それがなんだか違和感を与える。

(スケッチブック? お父さん、絵なんか描いてたっけ?)

 抜き出して開いてみると、一枚目に大きな絵が一つ描かれていた。次のページ以降は真っ白だ。

 沙良はその絵自体には覚えはないが、それがなにかは知っていた。

(これ、エジプトのヒエログリフ、カルトゥーシュだっけ。どうしてこんなところに……お父さん、オリエント文化なんて専門外のはず)

 古代エジプトの独特の絵文字を、楕円形の輪で囲んでいる。鉛筆で描かれていて、まるでデッサンのような描き方だった。

 カルトゥーシュ――古代エジプトの神々、ファラオ、王妃の名を示すものだ。今では土産物として売られていると聞く。どうしてこんなものが父の書斎にあるのか解せない。

 栄治は日本や中国を得意とした時代小説家だ。もちろん世界はつながっているのだから、なんらかの状況で触れねばならない時もある。専門外でも間違ったことは書けない。とはいえ研究者でもないのだから、うまく避けることはできる。

 実際に資料として置いている膨大な書籍も中国・韓国・日本のものが多く、西洋史やオリエント史などのその他の資料は二、三割程度だった。

(お父さんの口からエジプトの話なんか聞いたことがない。行ったこともないはずだわ。なにかの拍子で紛れたのかな? でも……ジャンルも違うのに、これだけ紛れるってある? しかも、これ、手描きだし)

 描かれているヒエログリフを見つめつつ、考える。

(これ、なんて書いてるんだろう。誰のカルトゥーシュなのかな)

 思うが早いか、ネットで検索してみる。ズバリのものはヒットしなかった。

(ないのか……ってことは、ファラオでも、王妃でも、神さまでもないってことだよね?)

 仕方なく詳しそうなサイトを選び出し、質問することにした。

 回答はすぐにはないだろうから食事に行くことにした。

 近所のファミレスで軽く食事を取り、戻ってくる。風呂に入って一息つくと、読みかけの本に没頭した。

 それから数時間後、インターネットをチェックして寝ようと思った。まだ返答はないだろうと思いつつ巡回すると、回答が書き込まれていることに気がついた。そして書かれている言葉に目を奪われた。

『残念ながら問い合わせのカルトゥーシュに該当するファラオ、もしくは王妃は存在していません。しかしながら、古代エジプトの謎がすべて解き明かされているわけでもありません。情報の出所が信用できるのであれば、然るべき機関に依頼されることをお勧めします。もしかしたら大発見かもしれませんよ。ちなみに、問い合わせのヒエログリフをそのまま読めば、サーラと書かれていると思われます』

 沙良は愕然とした。

 それは亡き母、香苗が沙良を呼ぶ時に使った呼び名だった。逆に栄治がそう呼んだことはない。栄治は必ず『沙良』と、伸ばすことなく読んでいた。

(お母さんが描いた? ウソ、まさか! 待って待って、お父さんからはそんな話聞いたことがない。やっぱりお母さん?)

 沙良は描かれたスケッチを見つめ続けた。

 幼い時に死んでしまった母の記憶はあまりない。いつも悲しそうな目をし、「サーラ、ごめんね」と謝っていた。

 思い出すと泣けてくるのでなるべく思い出さないようにと考えているが、このスケッチが香苗のものであるなら、なぜ沙良の名前をカルトゥーシュで表そうとしたのか、なぜ沙良ではなくあだ名のサーラなのか、それほど古代エジプトが好きだったのか、それらがとてつもなく気になる。

(エジプト――今は春休み。もともとヨーロッパへ旅行しようと思ってたんだし、行先変更でエジプトに行くってのもいいかもしれない。お母さんがホントに好きなんだったら、なにか感じられるかもしれないし。だってカルトゥーシュに私の名前を入れて描き残してるんだもん。なにか意味があるのよ。うぅん、あってほしい。少しでもお母さんの気持ちを感じられるなら行ってみたい。よし!)

 この単純な海外旅行の思いつきが、沙良に熱い風の吹く古代エジプトへ、遙かな歴史の向こう側へ弾き跳ばし、彼女の人生とエジプトの運命を大きく変えるなど、知るはずもなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

ラノベ作家と有名声優が犯した一夜の過ち

折原さゆみ
ライト文芸
私、秋葉沙頼(あきばさより)はラノベ作家である。ペンネーム「浅羽季四李(あさばきより)」で初の書籍がアニメを果たす。 自分の作品がアニメ化を果たし、さらに大ファンである超人気声優の神永浩二(かみながこうじ)が作品に起用された。 まさにあの時は人生の絶頂期だった。 あの日の夜の過ちさえなければ、私はそのまま幸せな生活が続いたのだろうか。 これは、私とあの男の一夜の過ちが犯した結末を示した物語。彼との関係にけじめをつけるのに、15年もかかってしまった。 ※他サイトからの転載となります。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

処理中です...