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第6章 別れの兆しと告白

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「私はあなたを想っている。一緒に来てほしいと望んでいる。だが、それ以上にあなたの幸福を願っている。あなたの気持ちを尊重したい」

 ライナスが腕を伸ばし、テーブルの上に置かれている多希の手を取った。両手で優しく握り、引き寄せる。そして指先にそっとキスをした。

「ライナスさん」

「あなたが好きだ。座標が輝きを持った時、即座にそう思った。あなたが好きだ。あなたの優しさ、思いやり、気遣い、すべてが愛しくて仕方がない。あなたが幸福でいられるように、生涯をかけて尽くしたいと思っている」

 熱烈な言葉に多希はどうしていいのかわからず、戸惑った。心臓が爆発しそうなほど強く激しく鼓動を打っている。

「私も……私もライナスさんが、好きです。だけど、その」

「あなたのことは私が全力で守るが、二度と戻ってこられないような異世界に行くのは怖いだろう。よく考えてもらえたらと思う。どんな結論でも私は受け入れるし、あなたへの想いが変わることはない」

「……はい」
「話を聞いてくれてありがとう」

 どこまでも優しく、礼儀正しい。多希はライナスの麗しい顔を一瞬見てから立ち上がった。

 じっと見つめたら動けなくなってしまいそうだった。早く立ち去らねばライナスの前で泣いてしまいそうだった。

(泣いたら、困らせてしまう)

 その思い一心で、急いで部屋に駆け込んだ。

(どうしよう)

 心臓が痛い。
 息苦しい。

(どうしよう)

 うれしいのか、悲しいのか、わからない。

 今まで、あんなに熱烈な、そして優しさに満ちた告白などされたことがない。そしてライナス以上の言葉を与えてくれるような人は現れないだろうと思う。

 そもそも多希は自分を可愛がってくれる遥か年上の客や、両親がいないことを気の毒に思って優しく接してくれる近所のおばさんたちくらいしか親しくできなかった。同世代はどうも苦手なのだ。

(どうしよう)

 ライナスの整った甘いマスクが脳裏に浮かぶと、ますます鼓動が激しくなる。

 動悸、息切れ、めまい、なんだか病気になったようだ。

 自分の気持ちには、もうとっくの昔から気づいている。それを本人に知られないようにするため、ずいぶん骨を折っていたのだ。

 そしてライナスが、今の立場はどうであれ王子という出自であることに、身分差を感じて身の程知らずだと自らを戒めてきた。

 それなのに、あんなにくっきりと、好きだと、慕っていると言ってくれるなんて。

 うれしくて、涙が溢れてくる。

 だが――

(ああ……どうしよう)

 告白の奥にある真実は、ただ甘い話ではない。ここ最近、ライナスの表情が冴えなかったのは、自分の世界に戻る日が近づいているからだったのだ。

 そこに一緒に来てほしいと言われた。

 行けば、もうここには戻って来られない。

 それはつまり、大喜と会えない、ということだ。

(おじいちゃんと会えない)

 その現実が多希から血の気を失せさせた。

(おじいちゃんともう会えなくなる……そんな)

 めまいがする。

 両想いだというのに、唯一の家族を犠牲にしないといけないなんて。

 体の奥底からぶわっとなにかが込み上げてきて、多希はとっさに手で口を覆った。

 声が出たら、泣いていると知られたら、ライナスを傷つけてしまう。そう思うと、ますます悲しくなってくる。

 目の前が大きく滲み、揺れる。
 大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちるのがわかった。
 止められない。

(そんなの、無理。選べない)

 もともと実らない恋だと思っていた。
 そもそもずっと一緒に暮らせるなど、どこにも保障なんてなかったのだ。

(ライナスさん、アイシス、私……ごめんなさい。おじいちゃんを捨ててここを去るなんて、できない。知らない世界で、なんの知識もなく、王子様と結婚なんて無理よ)

 多希はそこまで思ってハッと息をのんだ。そして愕然となる。

(私は……そうよ、それが私の本心なんだわ。すべてを捨てられるほどライナスさんのこと想ってないってことよ。お願い、私……傷つかないで、見知らぬ世界になんていけない。おじいちゃんを残して行けない。私に選択の余地なんてない。そうじゃないのっ)

 そう思うのに、涙は止まってくれない。

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