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第6章 別れの兆しと告白
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「では、これから乗馬クラブに行きましょう」
「うん!」
ライナスが乗馬の腕を披露したいと言うものだから、定休日の今日、都内にある乗馬クラブが行っている体験コースに申し込んだのだ。
「教習所のほうはどうですか?」
「内容自体は問題ないが、週に一、二度だと進み具合がそれほどよくないかな」
「これからは毎日通っては? 私たちも慣れたし、二時間程度抜けてもぜんぜん問題ないし」
ライナスはうつむき加減に、ふむ、と考え、それから顔を上げる。
「……そうだな、毎日とまではいかずとも、週に三、四日くらい通えば、かなり進むかな」
「来週の定休日は一日詰めてもいいんじゃないでしょうか。ねぇ、アイシス、私たちは新作メニューの開発をしない?」
「やる!」
「カリキュラム次第だが、それもいいかもしれない」
車は乗馬体験ができる乗馬クラブの敷地に到着した。
受付で申し込み確認のチェックを行い、着替えてエントランスでインストラクターを待つ。ほどなくして中田《なかた》と名乗る担当の男性インストラクターが馬の待つ馬場に案内してくれた。
「この子の名がはシュンです。風のように速い、という意味が込められています」
「シュンか。いい馬だ。肌に艶と張りがあるし、健康そのものだ。目力もある。少々勝気かな」
馬を見るなりライナスの目が輝いた。よほど好きなのだろう。
「その通りです。優しい子ですが、少々負けん気が強くて。お客様、乗馬のご経験がおありのようですね」
「私が住んでいたところは、交通手段は馬だから」
「……え」
一瞬、空気がヒヤリと。
「たいへんな田舎だったもので」
ライナスは慌てて取り繕った。
とはいえ、見るからに西洋人のライナスだ。インストラクターも大して疑う様子もない。外国ならそういうところもあるだろう、的な感じで納得したのだろう。
「それではもう私から説明することもないですね。さっそく始めましょう」
中田に促され、ライナスは嬉々と目を輝かせて頷き、馬の正面に回った。
「シュン、ライナスだ。今日は世話になる。よろしく頼む」
額をそっと撫でる。馬の反応は薄いものの、じっとライナスを見返している。
ライナスはシュンが自分を見てくれることがうれしいのか、微笑み、もう一度額を撫でてから腹側に動いた。そして鐙に足をかけると、颯爽と跨った。
「ああ、いいな、やはり」
ライナスが詠嘆の声をもらしているが、それは多希も同じだった。
(なんか、すごいんだけど……)
そう思いつつ横を見ると、インストラクターの中田が少し驚いたような顔になっている。多希は周囲にも視線を走らせた。
(私だけじゃない)
他のスタッフや客たちも手を止めてこちらを見ている。
ただ馬の上に座っているだけなのに、なんとも言えない風格を感じるのだ。
姿勢がいいのは当然で、威風堂々としながらも優雅で麗しい。多希にはそれが王族、かつては皇太子だったという生まれ育ちから来ていることがわかるが、知らない他の者たちには驚きだろう。
(得意だと言ったの、わかる気がするわ)
最初はならしとしてゆっくりと歩みを進める。ライナスの体幹は馬の歩みに任せながらもまったくブレることがない。
「もう少し楽しもう」
シュンの歩みが速くなった。そのスピードをキープしてしばらく走ると、また速くなった。またしばらくスピードをキープし、もう一段速くなる。するとシュンは本気になったのか、一気にスピードを上げた。
(いいの!?)
申し込んだコースは初心者向けだ。単に上級者向けコースを見つけられなかったからなのだが、このコースではスピードを出す予定ではないはずだ。
とはいえ慌てたのは一瞬で、中田の顔を見たら心配無用であることがわかった。その顔がこれ以上無理というほど輝いていたのだ。
「すごい。僕らでも初めての馬とあんなに息を合わせることは難しいのに」
物心ついた時から馬に接し、交通手段として、あるいは貴族の嗜みとして、とにかく体に刻み込まれているのだろう。
(かっこよすぎるんだけど)
多希は素直に見惚れていた。馬を巧みに操って走っているからだけではない。実に楽しそうな輝いた表情のライナスは珍しい。普段あまりお目にかかれない姿に鼓動が激しく打つのを感じ、焦る。
「どう、タキ、兄上かっこいいでしょ!」
「…………」
「タキ」
「あっ、うん、かっこいいね。すごくサマになっていて見惚れちゃう」
「ホント!? そう思う? やったー!」
なにがやったーなのかよくわからないけれど。
「兄上、馬はホントに得意だから」
「うん」
間もなく、満足したのかライナスが戻ってきた。
「うん!」
ライナスが乗馬の腕を披露したいと言うものだから、定休日の今日、都内にある乗馬クラブが行っている体験コースに申し込んだのだ。
「教習所のほうはどうですか?」
「内容自体は問題ないが、週に一、二度だと進み具合がそれほどよくないかな」
「これからは毎日通っては? 私たちも慣れたし、二時間程度抜けてもぜんぜん問題ないし」
ライナスはうつむき加減に、ふむ、と考え、それから顔を上げる。
「……そうだな、毎日とまではいかずとも、週に三、四日くらい通えば、かなり進むかな」
「来週の定休日は一日詰めてもいいんじゃないでしょうか。ねぇ、アイシス、私たちは新作メニューの開発をしない?」
「やる!」
「カリキュラム次第だが、それもいいかもしれない」
車は乗馬体験ができる乗馬クラブの敷地に到着した。
受付で申し込み確認のチェックを行い、着替えてエントランスでインストラクターを待つ。ほどなくして中田《なかた》と名乗る担当の男性インストラクターが馬の待つ馬場に案内してくれた。
「この子の名がはシュンです。風のように速い、という意味が込められています」
「シュンか。いい馬だ。肌に艶と張りがあるし、健康そのものだ。目力もある。少々勝気かな」
馬を見るなりライナスの目が輝いた。よほど好きなのだろう。
「その通りです。優しい子ですが、少々負けん気が強くて。お客様、乗馬のご経験がおありのようですね」
「私が住んでいたところは、交通手段は馬だから」
「……え」
一瞬、空気がヒヤリと。
「たいへんな田舎だったもので」
ライナスは慌てて取り繕った。
とはいえ、見るからに西洋人のライナスだ。インストラクターも大して疑う様子もない。外国ならそういうところもあるだろう、的な感じで納得したのだろう。
「それではもう私から説明することもないですね。さっそく始めましょう」
中田に促され、ライナスは嬉々と目を輝かせて頷き、馬の正面に回った。
「シュン、ライナスだ。今日は世話になる。よろしく頼む」
額をそっと撫でる。馬の反応は薄いものの、じっとライナスを見返している。
ライナスはシュンが自分を見てくれることがうれしいのか、微笑み、もう一度額を撫でてから腹側に動いた。そして鐙に足をかけると、颯爽と跨った。
「ああ、いいな、やはり」
ライナスが詠嘆の声をもらしているが、それは多希も同じだった。
(なんか、すごいんだけど……)
そう思いつつ横を見ると、インストラクターの中田が少し驚いたような顔になっている。多希は周囲にも視線を走らせた。
(私だけじゃない)
他のスタッフや客たちも手を止めてこちらを見ている。
ただ馬の上に座っているだけなのに、なんとも言えない風格を感じるのだ。
姿勢がいいのは当然で、威風堂々としながらも優雅で麗しい。多希にはそれが王族、かつては皇太子だったという生まれ育ちから来ていることがわかるが、知らない他の者たちには驚きだろう。
(得意だと言ったの、わかる気がするわ)
最初はならしとしてゆっくりと歩みを進める。ライナスの体幹は馬の歩みに任せながらもまったくブレることがない。
「もう少し楽しもう」
シュンの歩みが速くなった。そのスピードをキープしてしばらく走ると、また速くなった。またしばらくスピードをキープし、もう一段速くなる。するとシュンは本気になったのか、一気にスピードを上げた。
(いいの!?)
申し込んだコースは初心者向けだ。単に上級者向けコースを見つけられなかったからなのだが、このコースではスピードを出す予定ではないはずだ。
とはいえ慌てたのは一瞬で、中田の顔を見たら心配無用であることがわかった。その顔がこれ以上無理というほど輝いていたのだ。
「すごい。僕らでも初めての馬とあんなに息を合わせることは難しいのに」
物心ついた時から馬に接し、交通手段として、あるいは貴族の嗜みとして、とにかく体に刻み込まれているのだろう。
(かっこよすぎるんだけど)
多希は素直に見惚れていた。馬を巧みに操って走っているからだけではない。実に楽しそうな輝いた表情のライナスは珍しい。普段あまりお目にかかれない姿に鼓動が激しく打つのを感じ、焦る。
「どう、タキ、兄上かっこいいでしょ!」
「…………」
「タキ」
「あっ、うん、かっこいいね。すごくサマになっていて見惚れちゃう」
「ホント!? そう思う? やったー!」
なにがやったーなのかよくわからないけれど。
「兄上、馬はホントに得意だから」
「うん」
間もなく、満足したのかライナスが戻ってきた。
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