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第6章 別れの兆しと告白
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「私たちが家に住むことをお許しいただいたこと、改めてお礼申し上げます」
「いいよ、そんな仰々しい。それにライナスさん、前川を追っ払ってくれたって聞いたよ。さっそく約束を守ってもらえて、こっちこそ礼を言わらきゃならん」
ライナスはうっすらを笑みと浮かべるだけだ。
「フリーのデザイナーとか言って自宅で働いているらしいが、本当かどうか疑わしいもんだ」
「そのことですが、どうも嘘みたいです」
「本当かい」
「ええ。前川さんの近所に住むご婦人がこっそり教えてくださいました。部屋に引きこもって一日ゲームをやっているとか。家から出るのはマドレーヌに行く時だけだそうです」
「なんてこった」
大喜の顔には前川に対する怒りよりも、そんな男が近くにいるというのに、不用意に家を出て介護施設に入ってしまった自分への後悔のような色が窺えた。
「安心してください。タキさんは私が守ります。大恩に報いねばなりませんから。なぁ、アイシス」
「そうだよ! タキは僕と兄上とで守るから安心してよ、おじいちゃん!」
「そうかそうか。ありがとう、アイシス、頼もしいな」
「うん!」
なんだかもうデレデレなのが微笑ましいが、ライナスは無言で見ているだけだ。
「タキさんには言っていません。不用意に不安を煽ることもないですから。そういうわけなので、前川さんの身上の件は内緒にしていてください」
「そうか」
「兄上、勇敢だったんだよ! 勉強ばっかりで体術とか剣術とか、体を使うものが苦手のくせして。でも、かっこよかったから、タキも安心してるよ」
アイシスが誇らしげに言うと、ライナスが変な顔になった。逆に大喜は大爆笑をする。
「おじいちゃん?」
「体を使うものが苦手って」
「ホントだよ。ねぇ、兄上、剣術とか体術とか、苦手だよね!?」
「……事実だが、それを言ってしまっては、ぜんぜん誇らしくないだろう」
「違うよ。苦手なくせに決闘を申し込むんだから、すごいってことだよ。誰だって、得意なことで戦いたいじゃないか」
ライナスの眉が八の字に下がり、口はへの字に曲がっている。
「きっとタキ、兄上のことを頼もしいって好印象を持ってると思うよ。だから告白したら成功すると思うんだ」
「アイシス」
「あの気持ち悪い人はハンカチを受け取らなかったけど、兄上が勝ったも同然でしょ! だったら、告白の権利を得たんだからさ」
「やめなさい」
「ホントだって!」
今度は大喜が微笑ましそうに見ているが、内容が内容だけにライナスとしてはハラハラものだということに、幼いアイシスはわかっていない。
「本当にすみません。誓って私は」
「いいよ、そんなに気を遣わなくて。多希のことはライナスさんとアイシスに任せたんだから」
「ほらぁー!」
子どものアイシスには言葉通りにしか取れない。だが、それをわざわざ指摘することもない。大喜の目がそう語っていることをライナスは察した。
「わかったわかった、アイシス、タキさんに頼ってもらえるように努力するよ」
「兄上だったら大丈夫だよ!」
キラキラと輝いている。アイシスがどれほどライナスを慕っているかよくわかる。それを大喜が微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべて眺めている。
ライナスは大喜と視線を合わせ、少しだけ会釈をして応えた。
そこにカツカツと足音がして、部屋の扉がスライドした。
「お待たせ。施設の人とのお話が終わったので帰りましょうか」
「施設の人はなんて?」
アイシスが聞くと、多希は笑顔を向けた。
「おじいちゃん、協力的で助かるって」
「当然だ。世話になっているんだから」
「よく言うわよ」
多希はおおげさに肩をすくめた。
「じゃあ、おじいちゃん、また来るから」
「無理しなくていい」
「無理なんかしてない」
多希は大喜と会話をしながら、目でライナスを促した。
「それでは失礼します」
「おじいちゃん、また来るからね!」
「ああ、ありがとう」
「アイシスには素直なんだから」
なんて言いつつ、三人は扉に向かった。そして多希とアイシスが手を振り、ライナスは会釈をして部屋をあとにした。
「いいよ、そんな仰々しい。それにライナスさん、前川を追っ払ってくれたって聞いたよ。さっそく約束を守ってもらえて、こっちこそ礼を言わらきゃならん」
ライナスはうっすらを笑みと浮かべるだけだ。
「フリーのデザイナーとか言って自宅で働いているらしいが、本当かどうか疑わしいもんだ」
「そのことですが、どうも嘘みたいです」
「本当かい」
「ええ。前川さんの近所に住むご婦人がこっそり教えてくださいました。部屋に引きこもって一日ゲームをやっているとか。家から出るのはマドレーヌに行く時だけだそうです」
「なんてこった」
大喜の顔には前川に対する怒りよりも、そんな男が近くにいるというのに、不用意に家を出て介護施設に入ってしまった自分への後悔のような色が窺えた。
「安心してください。タキさんは私が守ります。大恩に報いねばなりませんから。なぁ、アイシス」
「そうだよ! タキは僕と兄上とで守るから安心してよ、おじいちゃん!」
「そうかそうか。ありがとう、アイシス、頼もしいな」
「うん!」
なんだかもうデレデレなのが微笑ましいが、ライナスは無言で見ているだけだ。
「タキさんには言っていません。不用意に不安を煽ることもないですから。そういうわけなので、前川さんの身上の件は内緒にしていてください」
「そうか」
「兄上、勇敢だったんだよ! 勉強ばっかりで体術とか剣術とか、体を使うものが苦手のくせして。でも、かっこよかったから、タキも安心してるよ」
アイシスが誇らしげに言うと、ライナスが変な顔になった。逆に大喜は大爆笑をする。
「おじいちゃん?」
「体を使うものが苦手って」
「ホントだよ。ねぇ、兄上、剣術とか体術とか、苦手だよね!?」
「……事実だが、それを言ってしまっては、ぜんぜん誇らしくないだろう」
「違うよ。苦手なくせに決闘を申し込むんだから、すごいってことだよ。誰だって、得意なことで戦いたいじゃないか」
ライナスの眉が八の字に下がり、口はへの字に曲がっている。
「きっとタキ、兄上のことを頼もしいって好印象を持ってると思うよ。だから告白したら成功すると思うんだ」
「アイシス」
「あの気持ち悪い人はハンカチを受け取らなかったけど、兄上が勝ったも同然でしょ! だったら、告白の権利を得たんだからさ」
「やめなさい」
「ホントだって!」
今度は大喜が微笑ましそうに見ているが、内容が内容だけにライナスとしてはハラハラものだということに、幼いアイシスはわかっていない。
「本当にすみません。誓って私は」
「いいよ、そんなに気を遣わなくて。多希のことはライナスさんとアイシスに任せたんだから」
「ほらぁー!」
子どものアイシスには言葉通りにしか取れない。だが、それをわざわざ指摘することもない。大喜の目がそう語っていることをライナスは察した。
「わかったわかった、アイシス、タキさんに頼ってもらえるように努力するよ」
「兄上だったら大丈夫だよ!」
キラキラと輝いている。アイシスがどれほどライナスを慕っているかよくわかる。それを大喜が微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべて眺めている。
ライナスは大喜と視線を合わせ、少しだけ会釈をして応えた。
そこにカツカツと足音がして、部屋の扉がスライドした。
「お待たせ。施設の人とのお話が終わったので帰りましょうか」
「施設の人はなんて?」
アイシスが聞くと、多希は笑顔を向けた。
「おじいちゃん、協力的で助かるって」
「当然だ。世話になっているんだから」
「よく言うわよ」
多希はおおげさに肩をすくめた。
「じゃあ、おじいちゃん、また来るから」
「無理しなくていい」
「無理なんかしてない」
多希は大喜と会話をしながら、目でライナスを促した。
「それでは失礼します」
「おじいちゃん、また来るからね!」
「ああ、ありがとう」
「アイシスには素直なんだから」
なんて言いつつ、三人は扉に向かった。そして多希とアイシスが手を振り、ライナスは会釈をして部屋をあとにした。
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