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第5章 恋?

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「愛嬌があっていいなぁ、このプリンアラモード」

 常連客の牟呂が笑いながら言う。とたんにアイシスが恥ずかしげに手をもじもじさせた。

 プリンの上に載っているホイップクリームがなんだかいびつに傾いている。

「大きすぎるのよ。もうちょっとコンパクトにまとめないと」と、多希。
「ごめんなさい」謝るアイシスに牟呂は笑いを深めた。
「謝ることじゃないよ。こう、なんていうか、落ちそうで落ちない角度に傾いてる感じがさ、世の中を斜に構えてニヒルに笑ってる感じがするだろ」
「しないわよ」

 すかさず多希がツッコミを入れる。

「あはははは、しないか」
「もう、牟呂さんったら。商品だから愛嬌はダメなんですよ、本来は」
「常連相手に練習すればいいんだよ。だから常連なんだ」

 それは一理ある。ミスもそうだし、新メニュー考案の際は意見を聞くのもそうだ。

『喫茶マドレーヌ』が再開して早くも一週間が経った。ありがたいことになかなか盛況なのである。

 ライナスもアイシスも、すっかり喫茶店業務に慣れた感じで、多希も余裕で回せているからだが、理由は二つあった。

 一つはアイシスだ。彼女が手伝ってくれる飾りつけは、どれもなぜかへたった感じがして、和むようなのだ。もちろんそれが七歳の子どもだから楽しめることなのだが、再開間もない『喫茶マドレーヌ』では、大目に見てもらえることは大きい。

(実はアイシスってぶきっちょさんみたいなのよね)

 なんて一人思っている。

 そして盛況のもう一つの理由はライナスだ。

「ドリンクだけでよろしいですか?」
「えーっと、なにがお勧めですか?」
「本日のスイーツで、爽やかなレモンクリームを使ったスフレパンケーキもよろしいですし、当店の名になっているマドレーヌもお勧めですよ」

 と、ここで麗しい微笑み。女性客の頬がとたんに朱色に染まった。

「では、スフレパンケーキをお願いしようかな」
「かしこまりました。そちらのお客様はいかがされますか?」
「私も同じものを」
「では、レモンクリームのスフレパンケーキのセットが二つですね。お飲み物はこちらのお客様が本日のブレンドで、こちらのお客様がアールグレイのストレートでごさいますね」
「はい」
「お願いします」

 これである。多希には客の目が思い切りハートマークになっているように見える。

(イケメンだもんね)

 SNSなどでエゴサすると、『喫茶マドレーヌ』には王子様がいる、などというツイートまであるほどだ。

(もしここが渋谷とか新宿とか、大きな街だったらすごいことになっていそうだわ)

 多摩川を間近にした世田谷区でも端に位置している。SNSやネットを見て訪れる客の多くは近くにある美術館や大学の生徒だ。

(ツイートは比喩だけど、それ、真実だから)

 文字通り正真正銘の王子様だ。さらに本人が固辞しているだけで、その気になれば王様にだってなれる立場だ。

 そんなことを考えながら、スフレパンケーキの生地を作る。卵黄に砂糖を混ぜ、牛乳を加えて滑らかにする。そこにふるった粉を加え、練りすぎないように気をつけながらまんべんなく混ぜる。次に砂糖を加えた卵白をホイップし、三度に分けて卵黄生地に混ぜ合わせる。一度目は泡だて器でむらなく混ぜ、二度目はゴムベラで同じようにむらができないように混ぜる。三度目はゴムベラを下から救うようにして泡を潰さないように混ぜ合わせる。

 焼きはアイシスにバトンタッチするが、フライパンへの投入は多希が行った。

 少量の水を加えて蓋をする。三、四分焼いたらひっくり返し、二分焼いたら完成だ。

 アイシスに任せている間に国産レモンを切り、あらかじめ作っておいたレモンクリームの硬さを調整する。焼けたらたっぷりとレモンクリームをかけ、いちょう切りにしたレモンをチラシ、自家製のレモンカートを適量盛りつけて完成だが、それはアイシスに再び託す。

 多希は飲み物に取りかかった。作り置きのブレンドをカップに注ぎ、紅茶はポットに茶葉を入れて湯を注ぐ。

 続きはライナスが行う。カップのほかに砂時計を用意し、ポットにはポットカバーをかぶせる。

 こんな感じで、もうずいぶん前から行っていると思えるほど息が合っていて、見事な連係プレーだった。

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