21 / 54
第4章 ウエイターは王子様
4
しおりを挟む
再開を決めてから一週間が経った。
ライナスとアイシスはすっかりご近所と打ち解け、親しげに世間話をしている。
ご婦人たちはライナスのイケメンさにすっかりやられて目じりが緩みっぱなしだ。
一方、アイシスには子どもに対する保護意識が湧くのか、なにかにつけて世話を焼いてくれる。それが多希にはありがたかった。
再開を決めた際、店の前に張り紙をしたので、常連客がわざわざ訪ねて喜んでくれる。
店内はすっかりきれいになり、いよいよという感じだ。
多希の知る『喫茶マドレーヌ』と違うところはメニューだ。祖父の手伝いをしていたので手順は知っているけれど、見るとするは大きく違う。最初は手の込んだ料理は出さないほうがいいだろうと思い、ドリンク中心の簡単なラインナップにした。
とうとう明日になった。
ライナスはあまり動じない人のようで、いつもと変わらない様子で新聞を読んでいる。パソコンとスマホで欲しい情報を得られるというのに、紙のほうがやはり落ち着くと言って愛用している。
「じゃあ、行ってくるので留守をお願い」
「ゆっくりしてくるといい」
「ありがとう」
多希は家を出た。向かうは大喜がいる介護施設だ。
(おじいちゃんに言いたいけど、ここは我慢。バレたら大変だから)
口がもぞもぞしているが、言えばきっと大反対するどころか、ライナスたちを警察に突き出すことだろう。
(それだけは絶対避けないと!)
施設に到着し、受付で名前を書いて奥に進む。エレベーターに乗って大喜の部屋にやってきた。
「おじいちゃん、顔、見に来たいよ」
声をかけつつ扉を開く。だが、返事はない。部屋の奥に進むと、祖父は窓際に置いている一人掛け用のソファで眠っていた。
「あらあら」
足元に薄手のひざ掛けを置くと、多希は隣にある椅子に腰を下ろした。そして丸テーブルに視線をやる。
(おじいちゃん……未練たらたらじゃないの)
昭和の喫茶店から今風のカフェが載っている雑誌が数冊ある。モダンなものやレトロなもの、コーヒーだけ紅茶だけなど専門を謳っているもの、いろいろある。
根っから喫茶店が好きなのだ。ただ飲食をする場所、ただ飲食を提供する場所、ではなく彼の思い出や矜持や理想や苦労がいっぱい詰まっている場所なのだ。
(帰ってきて、みんなでできればいいのに。四人でやったらきっと楽しいだろうに)
顔色もいいし、口も達者だ。認知症だと本人は言うが、多希がそれを感じることはほとんどない。物忘れがひどいとの言葉も、誰だってあるし度忘れもある。
多希は、はあ、と大きなため息をついた。
(私にはおじいちゃんしかいない。お父さんが誰だか知らず、お母さんの顔も写真でしか知らない。おばあちゃんはもういない。おじいちゃん、こんなところにいず、傍にいてよ)
言いたい言葉はたくさんある。そのどれも言えない。
昔、両親のことを尋ねたら、母が相手のことをまったく言わずに多希を産んだことに対し、そんな娘に育ててしまった自分たちが悪いのだと言って泣かれたことがある。
ただどんな人か、なぜ相手のことを言わずにいたのかを聞いただけだったのに。
祖父母は多希が思っている以上に罪悪感を抱き、多希に対し申し訳ないと思い続けているのだ。
そんな祖父母を傷つけたくない。
だから聞けない。
そう思い続け、今ではもう、聞く必要も知る必要もないと思っている。
「多希、来ていたのか」
声をかけられて雑誌を持つ手がピクリと震えた。
「あ、うん。今、来たところ」
「そうか。また施設からなにか言われたのか? お前に説教されたから、出されたものは残さないようにしているが」
それは施設長から聞いている。
「そう、それはよかった。でも、おじいちゃん、用事がなくても来るわよ。顔見たいもん」
「…………」
「なに」
「なにか悪だくみでもしているんじゃないのか?」
ギクリ!
「なによ、それ」
「お前は俺らに都合の悪いことを企むと機嫌を取りに来るからなぁ」
「ひどっ」
「それで、就職先は決まったのか?」
ギクリ!
「ま……だ」
「多希、俺はあまり貯えがない。ここに入ったからなおさらだ。お前には家しかやれん。あの家を売れば少しは金になるが、一生どころか十数年くらいしか暮らせんだろう。早く働き先を見つけろ」
「わかってる」
「それから」
「わかってる」
「まだ言っとらん」
どうせ、いい男を見つけろ、でしょ――という言葉を多希は飲み込んだ。今までだったらなんのこともない言葉なのに、今は違う。
(ヤだ、意識しちゃう)
脳裏にライナスが浮かんで一人焦った。
ライナスとアイシスはすっかりご近所と打ち解け、親しげに世間話をしている。
ご婦人たちはライナスのイケメンさにすっかりやられて目じりが緩みっぱなしだ。
一方、アイシスには子どもに対する保護意識が湧くのか、なにかにつけて世話を焼いてくれる。それが多希にはありがたかった。
再開を決めた際、店の前に張り紙をしたので、常連客がわざわざ訪ねて喜んでくれる。
店内はすっかりきれいになり、いよいよという感じだ。
多希の知る『喫茶マドレーヌ』と違うところはメニューだ。祖父の手伝いをしていたので手順は知っているけれど、見るとするは大きく違う。最初は手の込んだ料理は出さないほうがいいだろうと思い、ドリンク中心の簡単なラインナップにした。
とうとう明日になった。
ライナスはあまり動じない人のようで、いつもと変わらない様子で新聞を読んでいる。パソコンとスマホで欲しい情報を得られるというのに、紙のほうがやはり落ち着くと言って愛用している。
「じゃあ、行ってくるので留守をお願い」
「ゆっくりしてくるといい」
「ありがとう」
多希は家を出た。向かうは大喜がいる介護施設だ。
(おじいちゃんに言いたいけど、ここは我慢。バレたら大変だから)
口がもぞもぞしているが、言えばきっと大反対するどころか、ライナスたちを警察に突き出すことだろう。
(それだけは絶対避けないと!)
施設に到着し、受付で名前を書いて奥に進む。エレベーターに乗って大喜の部屋にやってきた。
「おじいちゃん、顔、見に来たいよ」
声をかけつつ扉を開く。だが、返事はない。部屋の奥に進むと、祖父は窓際に置いている一人掛け用のソファで眠っていた。
「あらあら」
足元に薄手のひざ掛けを置くと、多希は隣にある椅子に腰を下ろした。そして丸テーブルに視線をやる。
(おじいちゃん……未練たらたらじゃないの)
昭和の喫茶店から今風のカフェが載っている雑誌が数冊ある。モダンなものやレトロなもの、コーヒーだけ紅茶だけなど専門を謳っているもの、いろいろある。
根っから喫茶店が好きなのだ。ただ飲食をする場所、ただ飲食を提供する場所、ではなく彼の思い出や矜持や理想や苦労がいっぱい詰まっている場所なのだ。
(帰ってきて、みんなでできればいいのに。四人でやったらきっと楽しいだろうに)
顔色もいいし、口も達者だ。認知症だと本人は言うが、多希がそれを感じることはほとんどない。物忘れがひどいとの言葉も、誰だってあるし度忘れもある。
多希は、はあ、と大きなため息をついた。
(私にはおじいちゃんしかいない。お父さんが誰だか知らず、お母さんの顔も写真でしか知らない。おばあちゃんはもういない。おじいちゃん、こんなところにいず、傍にいてよ)
言いたい言葉はたくさんある。そのどれも言えない。
昔、両親のことを尋ねたら、母が相手のことをまったく言わずに多希を産んだことに対し、そんな娘に育ててしまった自分たちが悪いのだと言って泣かれたことがある。
ただどんな人か、なぜ相手のことを言わずにいたのかを聞いただけだったのに。
祖父母は多希が思っている以上に罪悪感を抱き、多希に対し申し訳ないと思い続けているのだ。
そんな祖父母を傷つけたくない。
だから聞けない。
そう思い続け、今ではもう、聞く必要も知る必要もないと思っている。
「多希、来ていたのか」
声をかけられて雑誌を持つ手がピクリと震えた。
「あ、うん。今、来たところ」
「そうか。また施設からなにか言われたのか? お前に説教されたから、出されたものは残さないようにしているが」
それは施設長から聞いている。
「そう、それはよかった。でも、おじいちゃん、用事がなくても来るわよ。顔見たいもん」
「…………」
「なに」
「なにか悪だくみでもしているんじゃないのか?」
ギクリ!
「なによ、それ」
「お前は俺らに都合の悪いことを企むと機嫌を取りに来るからなぁ」
「ひどっ」
「それで、就職先は決まったのか?」
ギクリ!
「ま……だ」
「多希、俺はあまり貯えがない。ここに入ったからなおさらだ。お前には家しかやれん。あの家を売れば少しは金になるが、一生どころか十数年くらいしか暮らせんだろう。早く働き先を見つけろ」
「わかってる」
「それから」
「わかってる」
「まだ言っとらん」
どうせ、いい男を見つけろ、でしょ――という言葉を多希は飲み込んだ。今までだったらなんのこともない言葉なのに、今は違う。
(ヤだ、意識しちゃう)
脳裏にライナスが浮かんで一人焦った。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
王宮追放された没落令嬢は、竜神に聖女へ勝手にジョブチェンジさせられました~なぜか再就職先の辺境で、王太子が溺愛してくるんですが!?~
結田龍
恋愛
「小娘を、ひっ捕らえよ!」
没落令嬢イシュカ・セレーネはランドリック王国の王宮術師団に所属する水術師だが、宰相オズウェン公爵によって、自身の娘・公爵令嬢シャーロットの誘拐罪で王宮追放されてしまう。それはシャーロットとイシュカを敵視する同僚の水術師ヘンリエッタによる、退屈しのぎのための陰湿な嫌がらせだった。
あっという間に王都から追い出されたイシュカだが、なぜか王太子ローク・ランドリックによって助けられ、「今度は俺が君を助けると決めていたんだ」と甘く告げられる。
ロークとは二年前の戦争終結時に野戦病院で出会っていて、そこで聖女だとうわさになっていたイシュカは、彼の体の傷だけではなく心の傷も癒したらしい。そんなイシュカに対し、ロークは甘い微笑みを絶やさない。
あわあわと戸惑うイシュカだが、ロークからの提案で竜神伝説のある辺境の地・カスタリアへ向かう。そこは宰相から実権を取り返すために、ロークが領主として領地経営をしている場所だった。
王宮追放で職を失ったイシュカはロークの領主経営を手伝うが、ひょんなことから少年の姿をした竜神スクルドと出会い、さらには勝手に聖女と認定されてしまったのだった。
毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。
恋愛小説大賞にエントリーしました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる