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第四十三話「助けたい――ただそれだけ」

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「痛ったぁ……」

 舞い上がった土煙の中。
 魔力鎧アーマーのおかげで衝撃はあれど大した怪我はない。
 あたしがうつ伏せに覆いかぶさる形で、女の子の柔らかい躯体がクッションのように下にある。

「あっ!? ごめん大丈夫!?」

「痛っ、大丈夫。魔力鎧アーマーが少し削れただけ」

 お互い怪我がなくてよかった。
 これで戦闘の意思と取られたらあたしに戦う術はない。

 土煙が晴れ、あたしはすぐに体を起こす。
 そしてようやく、下敷きにしてしまった生徒の顔を確認した。

「リーナ!?」
「サラ!?」

 こんな広い演習所で偶然、あたしはリーナのところに落ちたらしい。

「アンタこんなところで何してんの? なんで空から?」

「いや、実は……」

 もっともな疑問にあたしは今の状況を説明する。
 話が進めば進むほど、リーナの呆れ顔は如実になっていく。

「苦労するだろうとは思ってたけどそんな大変なことになってるなんてね……。ホント、アンタの人生退屈しなさそうね」

「ほんとそれなすぎて何も言えない……。ねぇリーナ、イリスを助けるの手伝ってくれない?」

 戦力は多い方がいい。
 向こうが徒党を組んでくるならこっちも味方を増やしていいよね。
 幸いリーナは信頼できるし、実力は知らないけど養成施設でトップの成績ならあたしよりは出来るはず。

 頭を下げるあたしにリーナは困惑する。

「ダメよ、リーナ」

 あたしの頼みをピシャリと終わらせたのはその場にいたもう一人の生徒。
 風で靡く奇麗な黒髪、前髪の長さは切り揃えられて、佇まいから滲み出る気品のある雰囲気。
 当然試験中のこの状況で彼女が誰なのかと問われれば、リーナのパートナーで間違いない。
 リーナに出くわしたことで意識が取られてたけどそりゃいるよね。
 
「あ、ごめん。完全に空気にしてた。あたしはリーナと同じクラスのサラ。リーナのパートナーだよね?」

「ええ。わたくしはカスミ。この試験ではリーナのパートナーをしてます。貴女のことはリーナから話を聞いてます。なんでも、今はあのイリスさんと組んでらっしゃるとか」

「そうなの。今イリスのことをよく思ってない連中に囲まれちゃって、イリスはあたしを逃がしてくれたんだけど今すぐ戻らないと!」

「その件で、私達が貴女達の力になることはありません」

 リーナと違いカスミさんの言葉に一切の迷いも葛藤もない。
 
「リーナは煌輝姫シャイニングリリーのパートナーになる為に必死に努力してるわ。この試験はリーナにとって大事な試験なの。ほかの受験生にかまってる余裕はないわ。それにイリスさんが貴女を逃がした理由分かってる?」

「それは……あたしに危害を加えられないよにするだめだよね。でもあたしはイリスと一緒に戦うつもりだよ。見捨てるつもりなんて毛頭ない」

「はぁ……」

 あたしの覚悟にカスミさんは呆れた表情。
 何かおかしいことを言ったんだろうか、さっぱり分からない。

「イリスさんを狙うのは学園を特に神聖視している生徒達よ。実力主義のホワイトリリーでは身分は関係ない……とはいっても罪人の親族が騎士なんてありえないと考える生徒もいる。彼女達がそれよ。もし貴女がイリスさんの傍にいるというのなら、彼女らの狙いは貴女になるわ」

「そんなこと分かってる。目を付けられることは覚悟の上だよ」

「分かってないわ。何も分かってない。この学園では大抵の怪我はすぐに治るわ。けれどね、治るのは怪我だけで、心の傷は治せないのよ」

 そこでようやくライアさんの言ってた意味が分かった。
 ずっと目を付けられるということは体よりも前に心に来る。
 あのリーナですら心が折れるときはある。
 そして折れた心は、戻し方を誤れば二度と戻らないことすらある。

 カスミさんに言った通り覚悟はある。
 今までの経験で胆力もそれなりに身に付いたつもりだ。
 
 それでも、常日頃変化する精神状態に絶対の自信はない。

「貴女が彼女らに狙われずに逃がされたということは、イリスさんの目的は果たされてる。貴女が戻ればイリスさんの思いを無駄にするのよ?」

 カスミさんの言葉にあたしは何も言えずを歯を食いしばるしかない。
 イリスは孤独になることを恐れてると同時に、自分のせいで誰かが傷付くのを恐がっている。
 
 あたしが戻ったとして状況は変わらない。
 もしライアさん達に目をつけられて、あたしがイリスの傍から離れた時、イリスはもう二度と誰かと関わろうとしないだろう。
 
「ねぇカスミさん。今頃イリスはどうなってると思う?」

「そうね……貴女が迎撃されていないことを踏まえると、平和的に終わってるなら何もされていないわ。けれどおそらく集中攻撃を受けてるでしょうね。あの手の連中は同じようなことが起きないように見せしめを作りたがるから」

 イリスと別れてから十数分。
 カスミさんの言っている通りになっているのなら、今頃大変なことになっているはず。
 
 戻るべきかイリスの意思を尊重すべきか。
 焦りと緊張、思考で脳が重く感じる。
 
「サラ!」
「あぎゃっ!?」

 見かねたのかリーナはあたしの額を指ではじく。
 額に伝わるじりじりとした感覚が、さっきまでの頭の重さを一瞬忘れさせる。

「いちいち悩むなんてアンタらしくない! ワタシが引きこもったあの時のアンタはどこに行ったのよ。アンタはイリスを助けたい。なら後先考えずに突っ走るのがサラでしょう!」

 両肩を強く掴んで檄を飛ばすリーナにあたしは圧倒される。
 アリシアの時も、クレアの時も、リーナの時も。
 あたしはこの人の力になりたい、助けたい――ただそれだけを考えて行動していた。
 
 それが今となっては今後のことを警戒して、恐れて、見捨てないと言ったことを反故にしようとしていた。

 あたしはリーナの手を払い、両手で思い切り自分の頬を叩く。
 顔を洗った時のように、目が冴えて頭の重みがスッキリする。

「ありがとうリーナ。あたし自分を見失ってた。そうだよね、ここで行かなきゃあたしじゃないよね。カスミさん、忠告ありがとう。でもやっぱりあたしは行くよ」

「本当にいいのね? さっきも言ったけど私達は手伝えないわよ? 貴女がイリスさんの件で目をつけられても、試験が終われば出来ることはあるかもしれないけど、それでもやっぱり辛いときは辛いわよ? イリスさんが背負っている不幸を一緒に請け負う覚悟はある?」

「不幸上等、どんとこい!」

 あたしは拳を握って胸を打つ。
 あたしの思いにカスミさんは諦めたようにため息をついた。

「……分かったわ。手伝っては上げられないけど、イリスさんの所に連れて行くくらいはしてあげる」

「ほんとに!? ありがとうカスミさん!!」

 あたしはカスミさんに感謝のハグ。
 うっとおしいのか照れ隠しなのか、カスミさんはあたしの顔に手を当てて引きはがした。

「イリスさんと別れた場所はどこ?」

「えっと、ここの場所」

 あたしはマップを指さしてカスミさんに場所を伝える。
 あたしの足じゃ戻るまでに時間がかかるけど、ブレイドの足ならすぐ着くだろう。

「貴女、まだ魔力鎧アーマーは有効よね?」

「え? あ、うん」

「そう、分かったわ。種器シード――選槌セレクト

 魔方陣が浮かび上がり、カスミさんの細腕では扱えるように思えないほど大きな木槌が出現した。
 
「この上に立って向こうを向いて、両手は首を支えて中腰になってもらえる?」

 あたしは言われるがまま指示に従う。
 大股で一歩踏み出せば上がれるくらいの瓦礫の上に上がり、イリスのいる方角を向いて中腰になる。

「距離良し、方角良し、風良し」

 一つずつ確認するカスミさんにあたしは冷や汗をかく。
 この確認、この体勢、このシチュエーション。
 今から何をされるのか予想出来て、その予想は外れてと願いたくなる。

「あのカスミさん!? あたし、今からとんでもない方法でイリスの所に戻ろうとしてる気がするんですけど!?」

「私の選槌セレクトは破壊、跳弾、反射の三択から選ぶことが出来るわ。跳弾は対象を一切の外傷なく飛ばせるから安心しなさい」

「全然安心できないんですけど!?」

「さ、喋ってると舌を噛むわよ」

 カスミさんの細腕が巨大な木槌を振りかぶる。
 土煙が木槌の軌道に沿って巻き上がる。
 
「お腹に力を入れて、歯を食いしばりなさい」

「あーもう、やってやんよー!!」

 あたしは両手で首を抑えて、おしりから頭の先が一直線になるようにする。
 
「行くわよ。――はぁっ!!」

「――んぐっぅ!?」

 大地を踏みしめて腰を捩じりと腕力を使ったフルスイング。
 おしりを打ち付けられた衝撃はないけど、いきなり頭に掛かる圧力。
 頭を上げると首を持っていかれそうになるから、風を切る音と遠くなる地面を薄目で見ながら飛んでいく。

 これならイリスの所までは一瞬だ。

 ――――着地、どうしよう…………。
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