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第四十二話「離れる距離」

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 これは非常にマズい状態だ。
 損壊エリアはどれだけ暴れても構わない場所で、四方を囲まれているから逃げ場はない。
 戦って突破するしかないけれど、戦況は不利でしかない。

 待ち伏せしていたライアさん達は十分に授吻をした後のようで、何人かの生徒はアリシアやクレアが解花ブルームに至った時のように見た目に変化がある。

 対してこっちは授吻してから魔法を使っていないとはいえ、解花ブルームにはなってない上に、イリスは落ち着いた確実な授吻しか受け入れられない。
 トラウマのあるイリスに、戦闘中の授吻は難しい。

「しつこいなー。言っとくけど、あんた達がどれだけあたしを痛めつけようと、あたしはイリスを見放したりなんかしない。分かったら諦めて自分の試験に集中しなさいよ!!」

 あたしが吠えるもライアさん達は諦める気はないようで戦闘の姿勢を崩さない。

「貴女がそのつもりでもイリスはどうかしらね。この学園にいる限り怪我は簡単に治る。けれどこれはいいことばかりじゃないわよ。この意味、イリスはよく分かるんじゃなくて?」

「何言って……」

 途端、頬に冷気があたる。
 ひんやりとしていて、けど優しく包み込むような。
 あたしはこの魔力冷気を知っている。
 だからこそ、驚きを隠せない。

「ちょっとイリス!?」

 芸術的で神秘的な、あたしの視界には収まらないほどのサイズをした大鷲の氷像。
 イリスの魔力で構築されたそれは、本当に生きてるみたいに羽を動かし、人ひとり捻り潰せそうな大きな足があたしの両肩をホールドする。

 イリスが何をしようとしているのか何となく察したあたしはイリスを見る。
 バツが悪そうに視線を逸らすその表情は何度も見た。

「……ごめん」

 あたしがライアさんに言ったことは本当だ。
 この状況でもあたしはイリスと一緒に戦う覚悟だった。
 
 それでも、再び孤独になる不安や恐怖を払拭するには時間も信頼も足りなかった。

 イリスに声をかけようとしたけど言葉に詰まる。
 こうなってしまったら、もはやあたしの言葉なんて意味を成さない。
 それが分かってしまったら、何を言っても無駄な気がした。

 氷の大鷲は翼を羽ばたかせる。
 翼で仰がれた冷たい風が全身に打ち付け、無情にも飛び立つ。
 
  徐々に遠くなるイリスの姿。
 ライアさん達はあたしを迎撃する手段もあったはずだけど、彼女らの目的はあくまでイリス。
 こうなったあたしなどもはや眼中にない。

 結局あたしは、イリスにとって枷にしかなっていなかった――――。
 


 □◆□◆□◆□◆□◆□



 空を飛んでるからか、数分でイリスたちからだいぶ離れた。
 途中何度かほかの生徒に認識されたけど、試験も終了間際で余裕がないのかもの不思議そうに見るだけで終わる。
 
「早くイリスの所に戻らないと。ちょっと放して! 焼き鳥……かき氷にするよ!!」

 バタバタと身じろぎするも、冷たい氷の足があたしをホールドして放さない。
 結構の高さがあるけど、イリスが施してくれた魔力鎧アーマーはまだ有効だから落ちても問題ない。

 創造型の魔法で生み出したものは使用者の思い通りに操作できる。
 とはいえ操作できる範囲は限られている。
 使い手や魔法にもよるけど、大概は数十メートルが限界のはず。
 
 もうすでに数百メートルは飛んでいる。
 これがイリスの実力なのだと信じたい。
 でないと距離を飛ばすことにリソースを割いていることになる。
 そうなれば、イリスは今無防備に近い状態になる。

 さらに飛行を続け、途端に氷の大鷲は宙で蒸発する。
 両肩にかかっていた圧がふっと消えて、心臓がきゅっとなる浮遊感。

「ちょま!? そんないきなりは――――」

 天地が逆転する。
 迫るように地面との距離が近づく。
 そして最悪にも下には人が。

「危ないどいてぇ!!」

「は? はぁっ!?」

 下にいた、黄土色の髪の生徒は見上げて目を丸くし硬直する。
 突然人が降って来たら驚きもするだろう。
 
 そしてあたしは見事に、その生徒の上に落下した――――。 
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