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第三十二話「ラストダンスを踊るのは」

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 行きと同様鬼気迫る表情であたし達は待機させていた馬車に乗り込む。
 バタバタと降りて行ったと思えば今度はドレスをボロボロにして乗り込んで来たわけで、御者の人はいろいろ聞きたいことがあるのはかなり顔に出ていた。

 それでもあたし達の雰囲気が質問したいその視線を拒絶する。
 
 パーティー会場に着くとあたし達は走った。
 時間的にはそろそろラストダンスのお誘いタイムのはずだ。
 まだアリシアが相手を決めてなければいいけど。

 アドレナリンが切れてきたのか、会場の扉が近づくごとに緊張感が増していく。
 それはリーナも同じなのは、表情から感じ取れる。
 
 それでもあたし達が足を止めないのは、一人じゃないからだ。

「アリシア!」
「アリシア姉様!」

 会場の扉を勢いよく挙げて名前を呼ぶ。
 当然視線は集まるし、アリシアの周りは視線をあたし達とアリシアの間を行ったり来たりしていた。
 おかげで居場所が分かりやすく、あたしとリーナは一直線に向かう。

 あたし達の格好と表情のおかげで、みんなは後ずさりながら道を開ける。
 冷静さを取り繕いながらも困惑と驚きが滲み出ているアリシアの前で足を止める。

「どうしたんだい二人とも。そんな恰好で」

「ちょっといろいろあって……」

 こんな注目されている状況で詳細を話すわけにもいかず、いったん話をはぐらかす。
 だけどさすがのアリシア、あたしの意図を察してこれ以上深堀してこなかった。

「あーサラさん、急にいなくなって心配しましたよ。それで……例の約束は……」

 困惑しながら近づくリリスさんを、あたしは精一杯睨みつけて威嚇する。
 アリシアはあたしとリーナ、この状況を数秒観察し、安心したように息をつく。

「その様子だとリーナは大丈夫みたいだね」
 
 さすがアリシアの観察眼。
 話が早いを超えてもはやしてないのに状況を理解する。

「アリシア、時間がないから本題にはいるけどいい?」

「それは構わないけど……」

 あたしとリーナは少しだけ目を合わせ、

「アリシア、あたしと――――」
「アリシア姉様、ワタシと――――」

 頭を下げて手を出した。

「「ラストダンスを踊ってください!!」」

 アリシアとラストダンスを踊りたい人は山ほどいるだろうに、こんな形で乱入されたらさぞ反感を買うかもしれない。
 でも今はダンスの申し込みをする時間だし、あたし達に気圧されて今ここでアリシアの相手に名乗りを上げないならそこまでだ。
 文句を言われる筋合いはない。

 あたし達の格好を見て笑う声、ひそひそ話、突き刺さる周りの視線。
 横目で見えたリーナの手は小刻みに震えている。
 
「あ、アリシア様? そんなみすぼらしいお二人とダンスを踊るのは煌輝姫シャイニングリリーの経歴にキズをつけてしまいます。ここは私と――――」

 出遅れながらも名乗りを上げるリリスさんの嘲笑交じりの言葉を、冷たい視線でアリシアは黙らせた。

「リリスさんだったかな? すまないが友人をみすぼらしいと笑う人とは踊りたくはないかな」
 
 笑顔を繕っているけど、アリシアの瞳の威圧感はリリスさんを黙らせるのは十分だった。
 アリシアの威嚇に比べたら、さっきのあたしの威嚇なんて子犬程度のものなんだろう。
 そして、アリシアの言葉で余計に名乗りを上げる人はいなくなった。

「さて、困ったね。せっかくの申し出。願わくば二人ともと言いたいところだけど、そうもいかないだろうし…………よし、決めた。ぜひ私とダンスを踊ってもらえるかな?」

 アリシアは差し出された二つの手の内、片方の手を取った――――。



 □◆□◆□◆□◆□◆□



 賑やかな音楽、パーティーのようなイベントにハプニングはつきもので、ちょっとした騒動も今となっては些細な事。
 周りは何事もなかったかのようにダンスを楽しんでいる。

 そしてあたしはその風景を壁際で眺めていた。
 念願かなって涙を浮かべながら楽しそうに笑うリーナと、ボロボロで汚れた衣装の相手を一切気にせずに手を取って音楽に乗るアリシア。
 
 友達の願いがかなって嬉しい反面、ライバルに負けて悔しい気持ちもある。
 それでも一件落着したおかげか、安堵があたしの感情の大半を占めていた。
 
 そう、一件落着した…………はず。

「それにしてもアンタも災難ね。あれだけ注目を浴びたのに選ばれないなんて」

 クレアがあたしの隣で同情の目を向ける。

「まぁ仕方ないよ。でもこれで良かったんだと思う。あの状況であたしが選ばれたら逆にリーナが心配になるし。アリシアもそれが分かったからリーナを選んだんだと思う。まだ周りの視線が痛いけど。あ、そうだ。クレア、今手が空いてるならダンスでも踊る?」

 クレアにも休息は必要だろう。
 あたしはクレアに手を差し出す。
 クレアはきょとんとした後、恥ずかしそうに頬を染め、嬉しそうに表情の緩ませるも、それを抑えてあたしに向き直る。

「誘ってくれて嬉しいわ」

 クレアはあたしの差し出した手を握る。
 そしてそのまま手錠をかけた。

 あたしは両手首にかけられた手錠を見て思考がストップする。

「え、これなに?」

「三つくらい心当たりない?」

 借り物のドレスをボロボロにしたこと、寮の窓を割ったこと、大事になってないとはいえパーティーに騒動を起こしたこと。

「あ、ちょうど三つ」

「アタシも心苦しいわよ。でも一応仕事だから。大丈夫、出来るだけ罰則が軽くなるようにしてあげるから」

 友人である前に風紀委員のクレアはあたしを捕まえないといけないらしい。
 パーティーの賑やかさが遠くなっていくのを感じながら、あたしは大人しくクレアに連れていかれた。

 後日、リーナは今回被害者で騒動もあたしに巻き込まれたことになったので特に罰則はなく、トリマキコンビは今回の一件で反省文と一週間の謹慎処分、リリスさんはトリマキコンビの行動を全く知らなかったらしく、リーナに謝罪とドレス代の弁償、自発的に反省文を書くことにしたみたい。
 あたしにも謝ってくれたし、いろいろあったけど、リリスさんはそこまで悪い人じゃないみたいで良かった。

 かく言うあたしは事情を知らなければ完全に素行不良。
 退学になってもおかしくなかったけど、クレアを始めリーナやアリシア、メイリーの説得もあってトリマキコンビと同様、反省文と一週間の謹慎処分で事なきを得た。

 
 そして謹慎明けのあたしは久しぶりに学園に通う。
 久しぶりに入る教室にはメイリーとリーナはもちろん、クレアとアリシアもいた。
 謹慎明けのあたしを心配して来てくれたみたいで、煌輝姫シャイニングリリー煉燦姫ブレイズリリーがいるもんだから、教室に入る前から賑やかになっていた

「おはよー」

「あ、サラちゃん!? おはようじゃないよ。今後はこんな無茶なことしないでね」

 メイリーの心配する視線に、あたしは心が痛くなる。

「まったくよ。アタシ達がいなかったらこんな軽い罰則じゃすまないのよ」

「ま、その後先考えない無鉄砲なところが君の良いところではあるんだけどね」

「いやほんとに、みんなには迷惑かけてごめん」

 クレアとアリシアに言われてあたしは反省せざるを得ない。
 
「ま、話があるのは彼女だろうから、私達のお説教はここまでにしておこうか」

 アリシアがリーナの腰に手を添えてあたしの前に誘導する。
 気まずそうにしているリーナに、あたしも反応に困ってしまう。

「えっと、その……あの時、ワタシを無理やり連れだしてくれてありがと。アンタがいなかったら立ち直れてなかったかもしれないし、ほんとに感謝してる。それに! 今回はアリシア姉様はワタシを選んでくれたけど勝ったなんて思ってないから! アンタが連れ出してくれなかったら勝負にすらならなかったし、やや同情で選ばれたのも理解してる。だから、その、いろいろあったわけだけど……今後も、と、友達としてもライバルとしても関係を続けていく上で一度仲直りしたい……かなって……」

 喋りの勢いが増したり無くなったりと忙しいリーナ。
 いろんな感情が混ざって彼女自身もなんて言ったらいいか分からないんだろう。
 
「宣戦布告しておいて勝手なこと言ってるのは分かってるけど……どう、かなって」

 リーナに似合わないしおらしさに、その提案に乗る以外の選択肢はあたしにはなかった。

「別にいいよ。これからもよろしくね、リーナ」

 あたしは気にしてないよと笑顔で答えた。
 するとリーナはなぜか一歩あたしに詰め寄る。

「じゃあ仲直りといこうか。私が見届けよう」

 アリシアの言っていることが全く理解できなかったが、緊張しながら近づくリーナにあたしは察した。

「え、仲直りってまさか――んんっ!?」

 ぐっと体を寄せるリーナはあたしの唇を奪う。
 ユリリア人にとって“授吻”とは握手のようなものってアリシアが言ってた。
 つまり仲直りの握手ならぬ、仲直りの“授吻”ってわけだ。

「「んっ、んァ、あむぅ……」」

 ただ分からないのはあたしもリーナもシース同士。
 この場合、どうしたらいいんだろう。
 
 互いの舌が絡むように、あたしとリーナの魔力が溶け合わさる。
 あたしはとりあえずブレイドに授吻するように、リーナに魔力を流してみる。

「んんっ!?」

 リーナは驚いたように目を見開いたと思えばキッと睨みつけてきた。
 そしてあたしを逃がさないといわんばかりに腰に当てていた手をぐっと引き寄せる。

「んぅ!?」

 あたしの中に熱い何かが入ってくる。
 一瞬不快に感じながらもあたしの中に溶け込んで体の奥に染みわたってくる。
 たぶんこれはリーナの魔力だ。

 初めての感覚に困惑していると、リーナはしたり顔でこちらを見る。
 なぜだろう、少しイラっとしたあたしはもう一度リーナに魔力を流し込んだ。
 たじろぐリーナをあたしも同じように体を寄せて逃げられないようにする。
 動揺から戻ったリーナもまた体を寄せる。

「「んっ、ちゅ……んむぅ…………」」

 お互いにムキになって、逃がさないといわんばかりに体を寄せて魔力を押し付けるように流し合う。
 さすがにアリシア達が困惑しだしたころ、あたしとリーナは唇を離した。
 あたしとリーナの口にかかる銀色の橋がプツリと切れると、膝から崩れて座り込む。

「「ぷぁ……はぁ……はぁ……」」

 呼吸を落ち着かせたリーナがキッと睨みつける。
 
「アンタ馬鹿なの! 魔力を流しこんでくるなんて!!」

「え、授吻ってそういうものじゃないの? それにリーナだって流し込んできたじゃん!」

「それはアンタがやってきたからやり返しただけよ!」

 てっきり魔力を相手に流し込むのかと思ったけど、周囲の反応を見るに一概にそうとは言えないみたいだ。

「リーナすまない。サラはそういう常識に疎いんだ。最初に説明すべきだった。サラ、こういう場合の授吻は互いの魔力を合わせる程度でいいんだ。でなければ素の魔力が少ないブレイド同士で授吻が出来ないだろう?」

「あ、それもそっか」

「それに“融吻”について先日説明したけど、波長の違う魔力というのはシースにとってあまり好ましいものじゃない。いずれは波長をコントロールする授業を受けるだろうけど、融吻の際は波長を合わせるようにするはずだ」

 なるほど。
 なるべく波長を合わせて自分の魔力が相手に浸透出来るようにするのか。

「ってことはリーナ大丈夫なの? あたしは何ともないみたいだけど……」

「……別に、大丈夫みたい。ワタシとアンタの素の波長が近いせいみたいね。……癪だけど」

 ほんと、一言余計なんだから。
 
「ま、何はともあれ一件落着して良かった。心にしこりを残したままではダブルペタルの試験に臨めないだろうし」

「…………ペタル試験?」

 一難去ってまた一難。
 あたしは目前に迫る問題を、アリシアに言われて思い出した。
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