婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗

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第十二話「煉燦姫《ブレイズリリー》」

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 アリシアのペタル取得試験から数日。
 あたしはお金を稼ぐため、委員会に入ろうと校舎を散策していた。
 
 国立第一騎士学園、通称“ホワイトリリー”は軍人を育てる学校。
 軍政国家であるユリリアにとって、ここは公職者や役人を育てる場所でもある。

 そのため、教師はあくまで指導的立ち位置で、城塞都市のような広大な学園を管理するのも生徒達の役割だ。
 学園の中にある店でバイトしている生徒もいるみたいだけど、あたしは委員会に入ることにした。

 委員会の強みはなんと言っても安定。
 活動時間は決められているし、賃金も安定してる。
 委員会は学園の管轄下にあるから面倒事も回ってくるけど、学園が潰れない限りなくなることはほぼ無い。

 問題はなんの委員会に入るか。
 アリシアは学園の最高統括機関である生徒会執行部に所属しているみたいで、委員会に入ろうと思っていることを伝えると生徒会に誘われた。

 もちろん即断った。
 荷が重い、責任が重い、負担が重い。

「そんなとこ、入ったもんなら気が重~い……っと」

 軽くノリながらあたしは目的の委員会室を前にする。
 環境委員会。
 学園内の清掃、庭園の花壇や農園の世話など仕事は多くあるけど、なにぶん汚れ仕事だから志望者は少ないらしい。

 代わりに給料が良い。
 あたしにとってこれ以上の転職はない。

「こちとらドブ掃除から家畜小屋の清掃までやってたんだい。そこらのお嬢様とは経験が違うってわけよ!」

 と、自分を鼓舞してから扉を開ける。
 人が出計らっているのか、広い一室にいるのは何やら事務作業している生徒一人。
 
 華やかさを印象付ける毛先でカールがついた薄明るい茶色の髪。
 前髪はセンターで分けられて、ユリリア人を相手に今更かもしれない端麗な素顔が覗ける。
 勢い余って強く扉を開けたせいか、彼女は見開いてこっちを見ていた。

「あら、お客さん? ごめんなさい、今は皆さん外出してますの。私で良ければ要件を伺いますよ?」

「あ、あたし、サラって言います。環境委員会に入りたいんですけど……」

 反応を伺いながら言うと、彼女は目を輝かせてこっちに来た。

「あら~それは嬉しいわ。ウチは常に人手不足だし、今いる子も自分から率先して来た子は少ないのよ。でも大丈夫? 知ってるとは思うけど、ウチは結構大変よ?」

「あ、それはご心配なく。ドブ溝の掃除やら動物の世話やらいろいろやってましたから」

「そんな子が来てくれるなんて嬉しいわ。ささ、ここに座って。手続きするわ」

 あたしは説明を聞きながら書類を書いていく。
 
「はい、これでサラさんも環境委委員会の一員よ。そういえば自己紹介がまだでしたね。環境委員会会長をしてます、ルミアです。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ。早速ですけど、あたしはどうすれば良いですか?」

 こういうのは初日が大事だ。
 最初の一歩が今後を大きく左右する。
 
「そうですね……。しばらくは先輩方と一緒に行動することになります。ですが、皆さん出てますので今日は私の仕事を――――」

 ルミアさんが仕事を振ろうとしたその時、あたしに負けず劣らず強く扉が開いた。
 あたしは肩をビクッとさせながら扉を開けて肩で息をする生徒を見た。

「ルミア会長! また飼育委員会の連中が!」

「はぁ~またですか……」

 報告を受けたルミアさんは大きく息を吐く。
 突如のトラブルに、走ってきた生徒とルミア会長は行ってしまった。
 状況が読めないまま、とりあえずあたしもついて行った。



 □◆□◆□◆□◆□◆□



 ルミアさんについて行き、現場へと向かう。
 そこには複数の生徒集まり、睨み合うようにして別れていた。

「いい加減にして! 今回で何度目! どんな管理してんのよ!」

「だから乗馬訓練で使った生徒が逃したんだってば! むしろこれだけの被害で済んだだけマシよ!」

 そこには荒れた花園。
 飼育委員会や乗馬訓練と言ってるから、多分馬が逃げて花壇を荒らしたんだろう。

「飼育委員会はウチに負けず劣らずの人材不足。それに加えて授業で使う動物を多数扱うので、必然的に人手による管理が粗末になるんですよ」

「まー動物に触れ合えるって魅力的ですけど、やっぱり世話をするとなるとキツい仕事が多いですからねー」

 あたしは厩務を勤しんでいた頃を思い出す。
 生き物を扱ってるから半端な仕事は出来ない。
 
「それにあの花壇は委員会に入ったばっかりの子が手入れしてたもので、余計に口論に熱が入っているようですね」

 冷静に分析するルミアさん。
 そうこうしている間に一触即発ムードに拍車がかかる。

「痛い目見ないと分からない見たいね!」

「やるってんなら受けてたつわ!!」

 さすがは軍人を育てる学校。
 みんな血気盛んだ。

「マズイわね」

 何かを察したルミアさんは止めに入ろうとする。
 その前に――――、

「そこまで!!」

 対立する二つの集団の中に割って入る豪炎。
 熱気と熱波が今にもぶつかりそうだった生徒を無理やり引き剥がす。

「面倒なことになりましたね」

 ルミアさんはその炎を見て頭を抱えた。
 地面から噴き出るような炎が消えると、そこには一人の生徒が立っていた。

 気の強さが滲み出る眼光、側頭部で束ねられた赤髪。
 胸元にはアリシアと同じトリプルペタルの校章を付け、ホワイトリリーの白い制服にはよく目立つ左腕の腕章。

「誰ですか?」

 状況が理解できずあたしはルミアさんに尋ねた。
 ルミアさんは気が重そうに答える。

「風紀委員……学園から認可を受けて、治安維持のために魔法の行使を許された委員会。その中でも彼女は“煉燦姫ブレイズリリー”と言われる相当の実力者よ」

 あれほど張り詰めた空気が彼女の登場で一変する。
 もう誰も、争いを続けようとする気になっていなかった。

「アタシは風紀委員のクレア。誰か状況を説明して」

 環境委員、飼育委員両方に目をやる。
 もちろん全員口ごもる。
 その場のほとんどがあたしと同じシングルペタルというのもあり、あの鋭い眼光を向けられて堂々と発言出来る人はいなかった。

「私が説明するわ」

 流石に静観とはいかず、ルミアさんが状況説明に入った。
 全員血の気が引いて、ルミアさんの落ち着いた対応もあり状況が悪化することはなさそうだ。

「なるほど。とりあえず環境委員会と飼育委員会の両会長には顛末書を書いてもらうことになりますが、あんまり大事にならないようにしますので」

「ありがとう。貴方が来てくれて助かったわ。あのまま争いになってたら“シース”の私にはどうすることも出来なかったから」

「次から気をつけてください。人によっては書類の提出だけで済まないので。それより……」

 なぜかクレアさんは体を傾け、ルミアさんの後ろで見守るあたしを見た。
 急に目が合ったあたしは、心臓が跳ね上がる。
 肉食獣に狙われたウサギの気分だ。

「彼女は環境委員会に?」

「え、ええ。今日からね。サラさんをご存知で?」

「ええまぁ……。では、アタシはこれで失礼します」

 立ち去る寸前も、その鋭い瞳があたしに向けられた気がした。

 あたし、なんかしたかな…………。

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