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第一話「婚約破棄された魔女」

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「ぁ……んんっ……」

 どうしてこうなっちゃったんだろう。
 身体が熱い、感覚が研ぎ澄まされて、力が抜けていく。
 
 強張るあたしを解すように両手を優しく取られる。
 パートナーとダンスを踊るように、相手と一つとなっていく感覚。

 ブロンドの髪、白い肌、端正な顔立ち。
 初めてのキスの相手がまさかこんな綺麗な――――女性になるなんて。


 □◆□◆□◆□◆□◆□


 薄暗い路地裏。
 捨てられたゴミやドブの匂いが鼻につくその場所で、走り回って鉛のように重くなった足を抱えるように座り込んだ。

 昨日から何も食べていないし、汗でベタベタな身体を拭く時間もない。
 今はただ、迫り来る危険から逃げることで精一杯だった。


 あたしは物心ついた頃には孤児だった。
 聞いた話では、孤児院の前で“サラ”というネームタグが付けられて捨てられていたらしい。

 孤児院で育ったあたしは金銭的な援助が出来たらと伯爵家の使用人として働き、そこの一人息子と親密な関係を築いて婚約までした。
 あたしは彼のことが好きだったし、彼も孤児院で育った何のコネもないあたしを好いてくれたのだからその愛は本当だったんだと思う。

 だけど、それは一夜で一変した。
 あたしの背中を見た彼は、悪霊でも見たかのように怯え、震える声で衛兵を呼んだ。

 一体何が起こったのか分からなかったけど、武器を持って駆けつける衛兵を見たあたしは、すぐにその場を逃げ出した。
 騒ぎが大きくなって、あたしの居場所は完全になくなった。
 
 聞こえた話によると“魔女”がこの街にいるって。
 おそらくその“魔女”があたしなんだと思う。

 ここ、エネミット王国の西側に“魔女の国”と呼ばれるユリリア国がある。
 魔法と呼ばれる特異な力を操るそうだけど、あたしはそんなの使えない。

「これからどうなっちゃうんだろう…………」

 そう言葉をこぼした時、ふと孤児院が気になった。
 自分のことで必死だったから気付かなかったけど、もしあたしが“魔女”と思われているんだったら孤児院にも被害がいくかもしれない。

 そう思ったあたしは全身の疲労に耐えながらも孤児院を向かった。
 
 巡回する衛兵や街の人の視線に注意しながら、街外れにある孤児院についたあたしは隠れながら様子を伺う。
 すでに衛兵が取り囲み、院長が対応に困っていた。

「遅かった……」

 あそこは街で唯一の孤児院。
 寄付金も集まるくらいには街の人も理解していたし、まだ子供たちも多くいる。
 命を取られるなんてことはないだろうけど……。

 困っている院長を見るとほっとけないと思いつつも、今ここであたしが飛び出しても状況が悪化する未来しか見えない。
 もうこのまま、ここを離れた方が…………。


 あたしはそのまま離れようとしたその時、白い輝きを視界の端で捉えた。
 何事かとそっちを見ると、衛兵の一人が剣を抜いて院長に詰め寄っていた。

 焦りや不安がグッと押し寄せ、あたしは後先考えず飛び出した。

「やめてぇぇええ!!」

 喉を張り上げてあたしは叫ぶ。
 あたしの姿を見た衛兵はしたり顔で剣を収めた。
 多分あたしが近くにいるのが分かっていて誘い出すために、院長を脅したんだろう。

「あんた達の目的はあたしでしょ!」

「もちろん。貴様が大人しく捕まるというのなら、ここには手を出さないことを約束しよう」

 衛兵の一人がそういった。
 捕まればあたしは殺されるかもしれない。
 けれど、この事態を招いたあたしを心配そうに見つめる院長を見捨てるなんてあたしには出来なかった。

「……分かった。大人しく捕まるから、その人達には手を出さないで」

 衛兵が数人であたしを取り囲んで拘束してくる。
 少し乱暴だったけど、あたしは一切抵抗しなかった。
 


 □◆□◆□◆□◆□◆□



 衛兵に捕らえられたあたしは、使用人として働いていた伯爵家の屋敷に連れて行かれた。
 二年間働いていたけれど、屋敷の地下に牢屋があるのは初めて知った。

「…………」

 冷たく塞がる鉄格子、手錠や足枷から伸びる鎖は壁に取り付けられて外せそうにない。
 猛獣でも捕らえているかのような、女性一人を監禁するには過剰な拘束だ。

「……こんな場所があったんですね」

 あたしは鉄格子の向こうで佇む男性に冷たくいった。
 薄暗い地下牢に似合わない小綺麗な服を着た彼は、伯爵家の子息でありあたしの婚約者――ウィリアムだった。

「僕の家は王国軍人の家系でね。と言ってもここは僕も初めて使ったわけだけど」

「……それであたしに何の用ですか?」

 あたしの中に、彼に対する愛情もなければ怒りもない。

「君の今後の予定を伝えておこうと思ってね。手配が出来次第、君を王都に引き渡す。敵国の、ましてや魔女の血を持つ君はすぐさま処刑されるだろう。逃げるとすれば移動中くらいさ」

「逃がしてくれるんですか?」

「まさか。この件はもはや僕の管轄で収まるものではないし、君が魔女の血を持つ以上、警備も厳重になるのは必然。ただ逃げられるものなら逃げてみろと敵を煽りに来ただけだ」

「そこまで性格が悪いとは思わなかった。これ返す」

 あたしは彼からもらった婚約指輪をジャラジャラと鎖の音を響かせながら外して彼に投げつける。

「もうてっきり捨てられたものかと思ってたよ。なら改めて伝えよう。君との婚約は破棄させてもらう」

 彼は転がった指輪を拾い上げてポケットに入れる。
 一瞬悲しげな表情が見えた気がしたけど、それは魔女を愛してしまったという後悔からなのだろう。

「それじゃ……さよならだ」

 彼はそう言い残して立ち去った。
 彼の言葉を無視して黙り込んだ私には、彼が出ていく足音だけが鮮明に耳に残った。
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