1 / 61
第一話「婚約破棄された魔女」
しおりを挟む
「ぁ……んんっ……」
どうしてこうなっちゃったんだろう。
身体が熱い、感覚が研ぎ澄まされて、力が抜けていく。
強張るあたしを解すように両手を優しく取られる。
パートナーとダンスを踊るように、相手と一つとなっていく感覚。
ブロンドの髪、白い肌、端正な顔立ち。
初めてのキスの相手がまさかこんな綺麗な――――女性になるなんて。
□◆□◆□◆□◆□◆□
薄暗い路地裏。
捨てられたゴミやドブの匂いが鼻につくその場所で、走り回って鉛のように重くなった足を抱えるように座り込んだ。
昨日から何も食べていないし、汗でベタベタな身体を拭く時間もない。
今はただ、迫り来る危険から逃げることで精一杯だった。
あたしは物心ついた頃には孤児だった。
聞いた話では、孤児院の前で“サラ”というネームタグが付けられて捨てられていたらしい。
孤児院で育ったあたしは金銭的な援助が出来たらと伯爵家の使用人として働き、そこの一人息子と親密な関係を築いて婚約までした。
あたしは彼のことが好きだったし、彼も孤児院で育った何のコネもないあたしを好いてくれたのだからその愛は本当だったんだと思う。
だけど、それは一夜で一変した。
あたしの背中を見た彼は、悪霊でも見たかのように怯え、震える声で衛兵を呼んだ。
一体何が起こったのか分からなかったけど、武器を持って駆けつける衛兵を見たあたしは、すぐにその場を逃げ出した。
騒ぎが大きくなって、あたしの居場所は完全になくなった。
聞こえた話によると“魔女”がこの街にいるって。
おそらくその“魔女”があたしなんだと思う。
ここ、エネミット王国の西側に“魔女の国”と呼ばれるユリリア国がある。
魔法と呼ばれる特異な力を操るそうだけど、あたしはそんなの使えない。
「これからどうなっちゃうんだろう…………」
そう言葉をこぼした時、ふと孤児院が気になった。
自分のことで必死だったから気付かなかったけど、もしあたしが“魔女”と思われているんだったら孤児院にも被害がいくかもしれない。
そう思ったあたしは全身の疲労に耐えながらも孤児院を向かった。
巡回する衛兵や街の人の視線に注意しながら、街外れにある孤児院についたあたしは隠れながら様子を伺う。
すでに衛兵が取り囲み、院長が対応に困っていた。
「遅かった……」
あそこは街で唯一の孤児院。
寄付金も集まるくらいには街の人も理解していたし、まだ子供たちも多くいる。
命を取られるなんてことはないだろうけど……。
困っている院長を見るとほっとけないと思いつつも、今ここであたしが飛び出しても状況が悪化する未来しか見えない。
もうこのまま、ここを離れた方が…………。
あたしはそのまま離れようとしたその時、白い輝きを視界の端で捉えた。
何事かとそっちを見ると、衛兵の一人が剣を抜いて院長に詰め寄っていた。
焦りや不安がグッと押し寄せ、あたしは後先考えず飛び出した。
「やめてぇぇええ!!」
喉を張り上げてあたしは叫ぶ。
あたしの姿を見た衛兵はしたり顔で剣を収めた。
多分あたしが近くにいるのが分かっていて誘い出すために、院長を脅したんだろう。
「あんた達の目的はあたしでしょ!」
「もちろん。貴様が大人しく捕まるというのなら、ここには手を出さないことを約束しよう」
衛兵の一人がそういった。
捕まればあたしは殺されるかもしれない。
けれど、この事態を招いたあたしを心配そうに見つめる院長を見捨てるなんてあたしには出来なかった。
「……分かった。大人しく捕まるから、その人達には手を出さないで」
衛兵が数人であたしを取り囲んで拘束してくる。
少し乱暴だったけど、あたしは一切抵抗しなかった。
□◆□◆□◆□◆□◆□
衛兵に捕らえられたあたしは、使用人として働いていた伯爵家の屋敷に連れて行かれた。
二年間働いていたけれど、屋敷の地下に牢屋があるのは初めて知った。
「…………」
冷たく塞がる鉄格子、手錠や足枷から伸びる鎖は壁に取り付けられて外せそうにない。
猛獣でも捕らえているかのような、女性一人を監禁するには過剰な拘束だ。
「……こんな場所があったんですね」
あたしは鉄格子の向こうで佇む男性に冷たくいった。
薄暗い地下牢に似合わない小綺麗な服を着た彼は、伯爵家の子息でありあたしの婚約者――ウィリアムだった。
「僕の家は王国軍人の家系でね。と言ってもここは僕も初めて使ったわけだけど」
「……それであたしに何の用ですか?」
あたしの中に、彼に対する愛情もなければ怒りもない。
「君の今後の予定を伝えておこうと思ってね。手配が出来次第、君を王都に引き渡す。敵国の、ましてや魔女の血を持つ君はすぐさま処刑されるだろう。逃げるとすれば移動中くらいさ」
「逃がしてくれるんですか?」
「まさか。この件はもはや僕の管轄で収まるものではないし、君が魔女の血を持つ以上、警備も厳重になるのは必然。ただ逃げられるものなら逃げてみろと敵を煽りに来ただけだ」
「そこまで性格が悪いとは思わなかった。これ返す」
あたしは彼からもらった婚約指輪をジャラジャラと鎖の音を響かせながら外して彼に投げつける。
「もうてっきり捨てられたものかと思ってたよ。なら改めて伝えよう。君との婚約は破棄させてもらう」
彼は転がった指輪を拾い上げてポケットに入れる。
一瞬悲しげな表情が見えた気がしたけど、それは魔女を愛してしまったという後悔からなのだろう。
「それじゃ……さよならだ」
彼はそう言い残して立ち去った。
彼の言葉を無視して黙り込んだ私には、彼が出ていく足音だけが鮮明に耳に残った。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
身体が熱い、感覚が研ぎ澄まされて、力が抜けていく。
強張るあたしを解すように両手を優しく取られる。
パートナーとダンスを踊るように、相手と一つとなっていく感覚。
ブロンドの髪、白い肌、端正な顔立ち。
初めてのキスの相手がまさかこんな綺麗な――――女性になるなんて。
□◆□◆□◆□◆□◆□
薄暗い路地裏。
捨てられたゴミやドブの匂いが鼻につくその場所で、走り回って鉛のように重くなった足を抱えるように座り込んだ。
昨日から何も食べていないし、汗でベタベタな身体を拭く時間もない。
今はただ、迫り来る危険から逃げることで精一杯だった。
あたしは物心ついた頃には孤児だった。
聞いた話では、孤児院の前で“サラ”というネームタグが付けられて捨てられていたらしい。
孤児院で育ったあたしは金銭的な援助が出来たらと伯爵家の使用人として働き、そこの一人息子と親密な関係を築いて婚約までした。
あたしは彼のことが好きだったし、彼も孤児院で育った何のコネもないあたしを好いてくれたのだからその愛は本当だったんだと思う。
だけど、それは一夜で一変した。
あたしの背中を見た彼は、悪霊でも見たかのように怯え、震える声で衛兵を呼んだ。
一体何が起こったのか分からなかったけど、武器を持って駆けつける衛兵を見たあたしは、すぐにその場を逃げ出した。
騒ぎが大きくなって、あたしの居場所は完全になくなった。
聞こえた話によると“魔女”がこの街にいるって。
おそらくその“魔女”があたしなんだと思う。
ここ、エネミット王国の西側に“魔女の国”と呼ばれるユリリア国がある。
魔法と呼ばれる特異な力を操るそうだけど、あたしはそんなの使えない。
「これからどうなっちゃうんだろう…………」
そう言葉をこぼした時、ふと孤児院が気になった。
自分のことで必死だったから気付かなかったけど、もしあたしが“魔女”と思われているんだったら孤児院にも被害がいくかもしれない。
そう思ったあたしは全身の疲労に耐えながらも孤児院を向かった。
巡回する衛兵や街の人の視線に注意しながら、街外れにある孤児院についたあたしは隠れながら様子を伺う。
すでに衛兵が取り囲み、院長が対応に困っていた。
「遅かった……」
あそこは街で唯一の孤児院。
寄付金も集まるくらいには街の人も理解していたし、まだ子供たちも多くいる。
命を取られるなんてことはないだろうけど……。
困っている院長を見るとほっとけないと思いつつも、今ここであたしが飛び出しても状況が悪化する未来しか見えない。
もうこのまま、ここを離れた方が…………。
あたしはそのまま離れようとしたその時、白い輝きを視界の端で捉えた。
何事かとそっちを見ると、衛兵の一人が剣を抜いて院長に詰め寄っていた。
焦りや不安がグッと押し寄せ、あたしは後先考えず飛び出した。
「やめてぇぇええ!!」
喉を張り上げてあたしは叫ぶ。
あたしの姿を見た衛兵はしたり顔で剣を収めた。
多分あたしが近くにいるのが分かっていて誘い出すために、院長を脅したんだろう。
「あんた達の目的はあたしでしょ!」
「もちろん。貴様が大人しく捕まるというのなら、ここには手を出さないことを約束しよう」
衛兵の一人がそういった。
捕まればあたしは殺されるかもしれない。
けれど、この事態を招いたあたしを心配そうに見つめる院長を見捨てるなんてあたしには出来なかった。
「……分かった。大人しく捕まるから、その人達には手を出さないで」
衛兵が数人であたしを取り囲んで拘束してくる。
少し乱暴だったけど、あたしは一切抵抗しなかった。
□◆□◆□◆□◆□◆□
衛兵に捕らえられたあたしは、使用人として働いていた伯爵家の屋敷に連れて行かれた。
二年間働いていたけれど、屋敷の地下に牢屋があるのは初めて知った。
「…………」
冷たく塞がる鉄格子、手錠や足枷から伸びる鎖は壁に取り付けられて外せそうにない。
猛獣でも捕らえているかのような、女性一人を監禁するには過剰な拘束だ。
「……こんな場所があったんですね」
あたしは鉄格子の向こうで佇む男性に冷たくいった。
薄暗い地下牢に似合わない小綺麗な服を着た彼は、伯爵家の子息でありあたしの婚約者――ウィリアムだった。
「僕の家は王国軍人の家系でね。と言ってもここは僕も初めて使ったわけだけど」
「……それであたしに何の用ですか?」
あたしの中に、彼に対する愛情もなければ怒りもない。
「君の今後の予定を伝えておこうと思ってね。手配が出来次第、君を王都に引き渡す。敵国の、ましてや魔女の血を持つ君はすぐさま処刑されるだろう。逃げるとすれば移動中くらいさ」
「逃がしてくれるんですか?」
「まさか。この件はもはや僕の管轄で収まるものではないし、君が魔女の血を持つ以上、警備も厳重になるのは必然。ただ逃げられるものなら逃げてみろと敵を煽りに来ただけだ」
「そこまで性格が悪いとは思わなかった。これ返す」
あたしは彼からもらった婚約指輪をジャラジャラと鎖の音を響かせながら外して彼に投げつける。
「もうてっきり捨てられたものかと思ってたよ。なら改めて伝えよう。君との婚約は破棄させてもらう」
彼は転がった指輪を拾い上げてポケットに入れる。
一瞬悲しげな表情が見えた気がしたけど、それは魔女を愛してしまったという後悔からなのだろう。
「それじゃ……さよならだ」
彼はそう言い残して立ち去った。
彼の言葉を無視して黙り込んだ私には、彼が出ていく足音だけが鮮明に耳に残った。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれた薬師の日常
白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる