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人形念願叶う
しおりを挟む賢者が魔王の息子。
その事実を知った私達は、しばらくの間無言でただ座っていた。
城から逃げ出した時から、私達の間で賢者の話題は一切無く、お互いがその話を避けていた。
この世界での生活が思いの外楽しく、お互いこの雰囲気を壊したくなかったのかもしれない。
たしかに、いつかは賢者を探さなければならないと思っていたし、覚悟もしていたつもりだった。
しかし、久しぶりに聞く賢者の名前に、ショックで言葉も出なかった。
しばらくたってから、奏那が口を開いた。
(あのさ、なんかおかしいよ。あんなに優しく書かれてる魔王さんの息子が、別の世界とはいえ、破壊するとは思えない。それにさ、ずっと思ってたんだけど、私達簡単に逃げ出して来れたじゃん。追っ手も来ないし。おかしくない?)
たしかに、すんなり逃げ出すことが出来たのはなんでだろう。
それから私達は、夜中ずっと答えの無い話し合いを続けた。
念のため、お互いの身体に追跡や覗き見がされていないかチェックして、再度、奏那に消去をかけてもらった。
現状では、賢者の事も魔王の事も何もわかっていない。
その為、今後は必ず二人で一緒に行動し、私は常時探索魔法をかけ続けること。そして、防御面や攻撃面の強化、情報の収集をしていくことを決めた。
もし、私達が彼らに何らかの理由で利用されているなら、簡単に利用出来なくすればいい。
その為には強くなり、私達が利用する立場に立つしかない。
幸い、かなりのお金が手元にあるので、手当たり次第本を購入し情報を得て、魔石の強化もしていくことになった。
方針も決まった私達は、朝を迎えてすぐに街に戻った。
3日後に訪れる予定だった魔石屋に向かい、様々な魔石を購入していく。
約束よりも早く訪れた私達に驚きながらも、少年は明るく出迎えてくれた。
綺麗に並べてある魔石を一つ一つ指差しながら、説明してくれる少年の話に耳を傾ける。
そして、たくさんの魔石に悩みながらも、使えそうな物をいくつか、それぞれ2個づつ購入した。
支払いをする時に、魔石の値段が想像以上に安かったので、少年に理由を聞いてみた。
困惑する少年に、自分達が辺境の村からやってきて、魔法や魔石の事について何も知らないと伝える。
少年は、わかったように頷き、たどたどしくも説明してくれた。
この世界では、ほとんどの人が魔法を使用できる。しかし、使用できる魔法は生まれた時から決まっており、1日に使用できる回数も上限があるので、万能と呼べるものではないらしい。
なので、自分には使えない魔法を補う為に、魔石は欠かせない物となっている。
魔石は使用回数が決まっており、効果が切れれば新たに魔法を付けるか、買い換える必要があるらしい。
だから、安く提供しているのだそうだ。
魔石に魔法を付けるのは、主に魔付師と呼ばれる人が行なっており、魔付師は生まれながらに、魔付けの魔法が使えるらしい。
効果を想像して、魔力を魔石に流す事で付けることが可能だそうだ。
ただ、万能ではないらしく、あまりにも複雑なものだったり、自分の魔力値以上のものはつけられないようだ。
根気強く、私達の質問に答えてくれた少年にお礼を述べていると、奥から昨日の眼鏡の男性が現れた。
『いらっしゃいませ。この子の話し声しか聞こえなかったので、もしやと思いご挨拶しようかと。たくさんご購入頂いたようで、ありがとうございます。』
男性は、ニコニコ笑いながらお礼を述べて、二つの魔石を手渡してきた。
『昨日依頼された、味と匂いがわかる魔石です。効果を確認することが出来なかったので、ちゃんと出来ているか自信はありませんが……。よろしければ、差し上げます。』
私達は慌てて、タダで頂くことは出来ない、こちらが依頼した物なのでお金は払わせて欲しいと説得した。
男性は、"しかし、効果が確認できなかったし、他の魔石をたくさん購入してもらったし……"と、渋りお金を受け取ろうとはしなかった。
困ってしまった私達は、他の魔石と同じくらいの値段をカウンターに置き、素早く店から逃げ出した。
(ふぅ。ここまでくれば大丈夫だよね。あんなにいい人からタダで貰うなんて申し訳なさすぎるよ!)
(本当だよね!この魔石は、私達にとってお金以上の価値があるものなのに!)
(本当、本当!早速試して見ようよ!)
魔石屋からだいぶ離れたところで、念願の魔石を試してみることにした。
手渡された魔石は、一つづつしか無かったので、数を指定するのを忘れてしまったことを後悔した。
交互に使おうという事になったので、お肉に並々ならぬ執着をしていた奏那から先に試してもらう。
奏那は左手にはまっている透明の魔石を二つ取り外し、新たに魔石をはめた。
(お、おおお!!匂いがする!!)
早速、効果が発揮したらしい。ぴょんぴょん跳ねながら大喜びしていた。
人気のないところへ移動し、アイテムバックからお肉の入った皮袋を取り出すと、いただきますと、深くお辞儀をしてかぶりついた。
(~~~~~!!)
声にならないらしい。
取り出した骨つき肉は、あっという間に骨だけになった。
私は、はやる気持ちを抑えながら、奏那に手を差し出し、渋る彼女から魔石を奪って、皮袋から串に刺さったお肉を取り出し、食べた。
素晴らしい。これが、幸せということか。
私は、ゆっくりとその味を噛み締めながら、食べて行く。
最後の一口、と口を開いた時に視界から奏那が消えた。
奏那は我慢できなかったのだ。
我慢できずに、私の手から魔石を奪い、さらには最後の一口も奪い、走り去ってしまった。
あっという間の出来事に、一切反応出来なかった私は、唖然としつつ、魔石屋に向かう事にした。
さっきの逃亡劇の後に、のこのこと戻ってきた私を見て、苦笑いしつつも、男性は新たに魔石を作ってくれることになった。
少し待てば出来るというので、店で待たせてもらう。
探知を発動し続けていた私は、奏那の動きを観察していたが、しばらくうろうろした後で、こちらに向かってくるのがわかった。
私は、奏那が目の前に到着すると同時に、ゆっくりと店の扉を開けて仁王立ちで迎える。
驚きつつも奏那は、目を泳がせながら、謝って来た。
(あの、本当にごめんなさい。我慢できなくて………。)
(今度やったら、お肉禁止にするからね。)
(はい。すみません。二度としません。)
しゅん、と落ち込む奏那にお説教をしていた所で、眼鏡の男性が新たな魔石を手に戻ってきた。
そして今度こそ、正式にお金を受け取ってもらい、深々とお辞儀をして店を後にした。
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