ヒューマン動物園

夏野かろ

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第20話 昨日の勝利者、今日の敗北者

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 アロガンの表情は、ここの席からではいまいち判別しづらい。少なくとも怯えてはいない、むしろ軽い興奮状態にあるようだ。武者震いということなのか。
 彼はどの程度までやれるのだろう。勝つか、負けるか。

「あの短髪はどれくらいの強さですか」
「手ごわいですよ。パワーだけならアロガンより上ですし」
「アロガンは勝てるでしょうか」
「どうでしょう……五分五分じゃないですか? 勝利五十パー、敗北五十パー」

 話している間に両者が戦いの準備を整え終わる。片手に剣、もう片方に盾、鎧や兜は着けるがあくまで軽装備で、防御力よりも機動力に重きをおいている。
 いきなりアナウンスの声が響き渡る。

「始め!」

 すぐさまどちらも突進し、激しく打ち合う。
 私はこういった戦いについて専門的なことを知らない。だからアロガンが優勢かどうかはわからない。けれど、彼が昨日の試合の時より慎重に戦っていることくらいは理解できる。

 力だけなら短髪が上。その通りだ、武器と武器がぶつかり合う時、短髪の方が大きな音を立てている。しかしアロガンは巧妙によけ、受け流し、盾で防いでいる。
 防御行動の合間合間にアロガンの攻めが繰り出される。実に鋭く、早い。何度も何度も突いて致命傷を狙う。どれもしっかりとは刺さらないが、いくつかは浅い傷を負わせている。このまま少しずつ攻め続ければ勝てるのではないか。

 こうして勝負に見入っている最中、ふと気づいた。

「アリムさん、なぜこんなに静かなのですか」
「はい?」
「昨日の試合では、観客全員が熱狂し、大声を張り上げていた。今は違う、まるで音楽の演奏会のように静かです」
「あぁ、それですか……。なにせみなさん理性的ですからね。興味深い見世物と思っているのですよ。博物館で古代の生物の化石を見る、そんなことで叫んだりはしないでしょう? そういうことなんです」
「しかし賭けが行われている。大損するかもしれないと思って取り乱す人がいるのではと思います」
「そんなの誰も真剣に考えちゃいませんって。ここでの賭けは遊びであり、負けたところで大したダメージはない。儲かれば幸運、仮に負けたとしても、動物園に寄付をしたと考える。そんな人だけがここに招待されるんですよ」
「成る程」
「なにせヒューマンってのは珍しいくらい好戦的ですからね。宇宙は広い、けれど、ここまで戦争だらけの歴史を歩んできた種族なんて数えるほどしかいない。そんな珍獣が目の前で戦闘本能のままに戦うなんて、滅多に見られないことじゃないですか。それを楽しむのがいちばん大事なことなんですよ。お金なんざどうでもいい」
「ふむ」

 そこでいったん話を切り、意識をバトルグラウンドに集中させる。
 どちらも疲れてきているらしい。最初に比べれば動きが鈍い。決着の時は近いと感じる。

 短髪が一撃を放つ。盾で防がれて無駄に終わる。即座にアロガンの反撃。止められ、受け流されて大きく態勢を崩す。短髪はこの隙を見逃さない。
 アロガンの剣を持っている手に短髪の剣が襲いかかる。直撃し、剣を叩き落とす。即座に蹴り飛ばして遠くへ。アロガンは無力化された。

 短髪はにやりと笑う。猛烈な勢いでアロガンの肩に剣を振り下ろす。ざっくりと皮膚が裂けて大量の血しぶきが飛び、鎖骨が砕ける。

「ぐぁっ……」
「おらぁ!」

 怒涛の連続攻撃が始まる。アロガンは斬り刻まれていく。

「そこまで! 試合終了!」

 バトルグラウンドに武装したフェーレたちが現れ、両者に割って入る。

「終わりだ、お前たち! 離れろ、撃ち殺すぞ!」

 短髪はアロガンから遠ざかっていく。にやにや笑いながら。
 同族を死の寸前まで痛めつけても笑っていられるのは何故なのだろう。彼個人だけが持っている特質ということか。それとも、ヒューマンはみなそうなのか。

 医療班のフェーレたちが担架にアロガンを乗せてどこかへ運び去る。私はふとゴミ収集車の姿を思い出す。

「どうしました、モサーベさん?」
「いえ、何も」
「みじめなもんですな、アロガンは。昨日は勝利者だったのに今日は敗北者。なにやら哲学的ですねぇ」
「はい」
「あれだけやられたらもう駄目かもしれませんな」
「フェーレの医学でも治せないのですか」
「多分。ま、やってみなきゃ分かりませんがね」
「もし治らない場合はどうなるのですか」
「お教えした通りですよ。下のクラスに落とされるか、さもなくば最終処分」

 最終処分。殺されて肉になる。
 私は少しの興味を覚える。

「アリムさん、アロガンがどうなるかについて今すぐ知ることはできませんか?」
「そりゃできますが……。どうして?」
「もし最終処分されるなら、そのとき何を思うのか、直接会って聞いてみたいのです」
「ふむ……。分かりました、ちょっと待ってください」

 彼はポケットから小さな情報端末を取り出し、どこかに電話をかける。

「お疲れ様です、アリムです。えぇ、えぇ、実は……」

 少しして会話が終わり、電話が切られる。

「最終処分だそうですよ。もう助からんそうです」
「成る程。では、処分するあの部屋に連れていってください」
「私は構いませんが、ほんとにいいんですか? 気分悪くなるかもしれませんよ」
「問題ありません。血生臭いことには慣れているつもりです」
「分かりました。じゃあ、行きましょう」

 私たちは席を立つ。
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