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第15話 家畜の命の値段は
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そんな会話を交わした後、私たちはあちらこちらをぶらぶらと見て回った。
繁殖エリアの名に恥じず、出産や育児のための施設(保育園など)があちらこちらに点在している。それだけでなく学校もある。私たちは、今度はそこを見学することにした。
道中、私はアリムにたずねた。
「なぜ多大なコストをかけて優秀なヒューマンを増やそうとするのですか」
「そりゃ、優秀なグラディエーターが欲しいからですよ」
「私にはグラディエーターの重要性が分かりません。適当な個体を適当に増やして適当にグラディエーターにする、それでは駄目なのですか」
「残念ながら駄目ですね。グラディエーターの決闘ってのは、動物園にとって非常に大きな意味を持ってるんです。だから、白熱した試合のため、少しでも強い個体が必要なんです」
若しかすると、グラディエーターには大きな秘密が隠されているのではないか。そうでなければここまで固執する意味がわからない。
確かに動物の戦いを見るのは面白い。だが面白いことは他にもたくさんある。ひょっとして、フェーレにとって戦いの見物は至上の喜びなのだろうか。
やがて道を進む私たちの前方に学校の姿が見えてくる。受付のヒューマンに事情を伝えてから建物に入る。
今は授業中らしく、校内には生徒の姿など一匹もない。静かなものだ、私自身が学生であった頃を思い出しそうになる。
しみじみノスタルジックな気分に浸っていると、アリムが話しかけてくる。
「生まれたヒューマンの子どもたちは、しばらくすると能力別にクラス分けされます。昨日お話した通り、エリート、平凡、底辺の三つです」
「はい」
「まずは初歩的な教育を行います。クラス別にやるんですが、エリートはエリート用の教育を、平凡は平凡、底辺は底辺、頭のレベルに応じた勉強をするわけです」
「どういったことを学ぶのですか」
「この学校は底辺用ですが、それだったらですね、読み書き計算や怪我の応急処置といった感じです」
「もっと高度なことはやらないのですか」
「全然やりませんね。だって、生きていくのに余分なものはいらないでしょう? 数学や哲学が分からなくたって、とりあえずは生きていける。飼育されてるヒューマンなんて、食って寝て交尾、後は酒やタバコやギャンブルやって、その程度じゃないですか。ちょっと文化的なことをしたところで、下手な歌を歌うのが関の山。こんなのに学問を教える意味なんてない、なら、最初からやらなくていいでしょう」
「成る程」
二階へ上がり、手近な教室に入る。教師役のメスのヒューマンがこっちを見てくるが、私たちの服装によって見学者だと理解したらしい。軽く一礼し、授業を続ける。
「それでは、黒板の問題を解いてみましょう。リドリーはこれ、トニーはこれ、アキラはこっちです」
どれも簡単な足し算である。
「リドリーは正解ですね。トニーは違う、十二に九を足すと一つ繰り上がりますよね。だから二十一です。アキラは正解」
この程度でも間違う者がいるのか。驚きを禁じ得ない。アリムの顔を見る、当然という表情だ。
「底辺クラスの十歳だったらこんなもんですよ。まだ見学されますか?」
「いえ、次に行きたいと思います」
「了解です」
この場を後にする。
「エリート・クラスもこういう調子なのですか」
「もう少しマシですね。三分の一と二分の一を足すと合計いくつ、それくらいはやります」
「はぁ……」
「よかったらエリートたちの見学もしませんか。今度は座学じゃなくて、グラディエーターになるための訓練風景をご紹介しますから。ながめてるだけでも面白いですよ」
私は同意し、数十分後、エリート用の学校へ出向いた。
ちょうど剣技の授業中だった。私たちは運動場の端で見学することに決めた。
訓練用の剣と盾を持ったオスの子どもヒューマンたちが模擬戦をしている。武器のぶつかり合う金属音がカンカンカンカンと響き、なかなかうるさい。
少しのっぽな個体が運動場の中央に進み出て、訓練用の剣と盾を構える。彼と同じような装備をした個体も進み出て構える。二番目の個体は両耳にピアスをしているから、ピアスと呼ぶことにしよう。
教師を務めるオスのヒューマンが叫ぶ。
「はじめ!」
のっぽが素早く踏み込んで剣撃を放つ。ピアスは盾で受け止める、よほど強烈な攻撃だったのだろうか、よろけて態勢を崩す。すかさずのっぽが攻め立てる。
連続攻撃が荒れ狂う。ピアスは防戦するばかり、ついに大きな隙をさらす。刹那、のっぽが怒鳴る。
「おらぁッ!」
剣が空気を切り裂く。ピアスの右手首が切断されて地面に落ちる。
「ぎゃぁっ!」
「そこまで! 試合終了!」
得意げにのっぽは言う。
「弱ぇなぁ本当。みんなの恥さらしだぜ」
ピアスは答えない。激痛で顔を歪め、苦しみに耐えている。
「アリムさん、訓練でここまでやっていいのですか」
「あの程度なら大丈夫ですよ。フェーレの医学なら簡単に治せる」
「もしあれ以上の怪我をした場合はどうなるのですか」
「そりゃま、治せるならそうしますが。完治しなかったら平凡クラスや底辺に格下げですね、掃除の仕事でもやって余生を過ごしてもらいます。それすらもできないなら処分です」
「訓練の勢いが強すぎではないですか」
「普段からこれぐらいやっとかないと、本番で瞬殺されちゃいますよ。訓練はしょせん訓練、殺し合いまではいかない。でも試合じゃそんな容赦なんてありえないんですから」
「そうかもしれません。けれど、こんなに激しくては訓練中に命を落とすかもしれない」
「それならそれで構いやしません。そいつには運がなかった、それだけのことなんですから」
「はぁ」
「ヒューマンなんていくらでも増やせるんです。ちょっと死んだぐらいなら平気ですよ」
「家畜のようですね」
「実際そうでしょう。まぁ何にしろ、大した問題じゃない」
要するにヒューマンとは使い捨ての注射針だ。大量生産、大量消費。一つ一つの価値は低い。
家畜の命は安いのである。
繁殖エリアの名に恥じず、出産や育児のための施設(保育園など)があちらこちらに点在している。それだけでなく学校もある。私たちは、今度はそこを見学することにした。
道中、私はアリムにたずねた。
「なぜ多大なコストをかけて優秀なヒューマンを増やそうとするのですか」
「そりゃ、優秀なグラディエーターが欲しいからですよ」
「私にはグラディエーターの重要性が分かりません。適当な個体を適当に増やして適当にグラディエーターにする、それでは駄目なのですか」
「残念ながら駄目ですね。グラディエーターの決闘ってのは、動物園にとって非常に大きな意味を持ってるんです。だから、白熱した試合のため、少しでも強い個体が必要なんです」
若しかすると、グラディエーターには大きな秘密が隠されているのではないか。そうでなければここまで固執する意味がわからない。
確かに動物の戦いを見るのは面白い。だが面白いことは他にもたくさんある。ひょっとして、フェーレにとって戦いの見物は至上の喜びなのだろうか。
やがて道を進む私たちの前方に学校の姿が見えてくる。受付のヒューマンに事情を伝えてから建物に入る。
今は授業中らしく、校内には生徒の姿など一匹もない。静かなものだ、私自身が学生であった頃を思い出しそうになる。
しみじみノスタルジックな気分に浸っていると、アリムが話しかけてくる。
「生まれたヒューマンの子どもたちは、しばらくすると能力別にクラス分けされます。昨日お話した通り、エリート、平凡、底辺の三つです」
「はい」
「まずは初歩的な教育を行います。クラス別にやるんですが、エリートはエリート用の教育を、平凡は平凡、底辺は底辺、頭のレベルに応じた勉強をするわけです」
「どういったことを学ぶのですか」
「この学校は底辺用ですが、それだったらですね、読み書き計算や怪我の応急処置といった感じです」
「もっと高度なことはやらないのですか」
「全然やりませんね。だって、生きていくのに余分なものはいらないでしょう? 数学や哲学が分からなくたって、とりあえずは生きていける。飼育されてるヒューマンなんて、食って寝て交尾、後は酒やタバコやギャンブルやって、その程度じゃないですか。ちょっと文化的なことをしたところで、下手な歌を歌うのが関の山。こんなのに学問を教える意味なんてない、なら、最初からやらなくていいでしょう」
「成る程」
二階へ上がり、手近な教室に入る。教師役のメスのヒューマンがこっちを見てくるが、私たちの服装によって見学者だと理解したらしい。軽く一礼し、授業を続ける。
「それでは、黒板の問題を解いてみましょう。リドリーはこれ、トニーはこれ、アキラはこっちです」
どれも簡単な足し算である。
「リドリーは正解ですね。トニーは違う、十二に九を足すと一つ繰り上がりますよね。だから二十一です。アキラは正解」
この程度でも間違う者がいるのか。驚きを禁じ得ない。アリムの顔を見る、当然という表情だ。
「底辺クラスの十歳だったらこんなもんですよ。まだ見学されますか?」
「いえ、次に行きたいと思います」
「了解です」
この場を後にする。
「エリート・クラスもこういう調子なのですか」
「もう少しマシですね。三分の一と二分の一を足すと合計いくつ、それくらいはやります」
「はぁ……」
「よかったらエリートたちの見学もしませんか。今度は座学じゃなくて、グラディエーターになるための訓練風景をご紹介しますから。ながめてるだけでも面白いですよ」
私は同意し、数十分後、エリート用の学校へ出向いた。
ちょうど剣技の授業中だった。私たちは運動場の端で見学することに決めた。
訓練用の剣と盾を持ったオスの子どもヒューマンたちが模擬戦をしている。武器のぶつかり合う金属音がカンカンカンカンと響き、なかなかうるさい。
少しのっぽな個体が運動場の中央に進み出て、訓練用の剣と盾を構える。彼と同じような装備をした個体も進み出て構える。二番目の個体は両耳にピアスをしているから、ピアスと呼ぶことにしよう。
教師を務めるオスのヒューマンが叫ぶ。
「はじめ!」
のっぽが素早く踏み込んで剣撃を放つ。ピアスは盾で受け止める、よほど強烈な攻撃だったのだろうか、よろけて態勢を崩す。すかさずのっぽが攻め立てる。
連続攻撃が荒れ狂う。ピアスは防戦するばかり、ついに大きな隙をさらす。刹那、のっぽが怒鳴る。
「おらぁッ!」
剣が空気を切り裂く。ピアスの右手首が切断されて地面に落ちる。
「ぎゃぁっ!」
「そこまで! 試合終了!」
得意げにのっぽは言う。
「弱ぇなぁ本当。みんなの恥さらしだぜ」
ピアスは答えない。激痛で顔を歪め、苦しみに耐えている。
「アリムさん、訓練でここまでやっていいのですか」
「あの程度なら大丈夫ですよ。フェーレの医学なら簡単に治せる」
「もしあれ以上の怪我をした場合はどうなるのですか」
「そりゃま、治せるならそうしますが。完治しなかったら平凡クラスや底辺に格下げですね、掃除の仕事でもやって余生を過ごしてもらいます。それすらもできないなら処分です」
「訓練の勢いが強すぎではないですか」
「普段からこれぐらいやっとかないと、本番で瞬殺されちゃいますよ。訓練はしょせん訓練、殺し合いまではいかない。でも試合じゃそんな容赦なんてありえないんですから」
「そうかもしれません。けれど、こんなに激しくては訓練中に命を落とすかもしれない」
「それならそれで構いやしません。そいつには運がなかった、それだけのことなんですから」
「はぁ」
「ヒューマンなんていくらでも増やせるんです。ちょっと死んだぐらいなら平気ですよ」
「家畜のようですね」
「実際そうでしょう。まぁ何にしろ、大した問題じゃない」
要するにヒューマンとは使い捨ての注射針だ。大量生産、大量消費。一つ一つの価値は低い。
家畜の命は安いのである。
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