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第14話 繁殖エリア
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翌日。私は指定時刻に動物園へ行き、繁殖エリアを訪れた。
この場所は昨日見た風景とはかなり違うように思える。まずオスもメスもやたらと若い。そして比率がおかしい、オス一匹に対してメス十匹のバランスではないだろうか。
私の不思議そうな顔を見たアリムが説明を始める。
「繁殖の名の通り、ここではヒューマン同士を増やしています」
「どういう方法ですか」
「まず、エリート・クラスのヒューマンたちから優秀な者だけを選び、このエリアに隔離します。子どもを作っていいのはこいつらだけです」
「はい」
「基本的にはメスを多く選びますね。というのも、ヒューマンは増やしにくいからですよ。メスは一回の妊娠で一匹を孕んで産むんですが、妊娠期間はだいたい三百日、結構長いんですね」
「はぁ」
「ヒューマン社会は一夫一婦を採用する国が多かったんですが、これだとメスが妊娠中、オスはまったく暇でしょう。三百日も待って出産、一匹増えて、それからメスの体力回復をさらに待ち、ここでやっと二匹目に取りかかれる。実にかったるい」
「一夫一妻よりも一夫多妻の方が効率よく増やせるのですか」
「そりゃそうですよ。オスがどんどん交尾して次々にメスたちを孕ませる、これがベスト。一匹のメスに縛られるなんて時間の無駄遣いでしかありません。オスが少しとメスが多数、一夫多妻こそ大量繁殖の近道なんです」
「だからここはメスだらけなんですね」
なんとも男尊女卑な話だ。しかし合理的でもある。まぁ飼育動物ならこれで十分だろう。
私たちから少し遠くにある道路を、三匹の子ヒューマンたちを連れたメスのヒューマンが歩いていく。それを見ながらアリムは言う。
「ところでモサーベさん、世の中ってのは弱肉強食ですよね?」
「そうだと思いますが」
「個人的な意見なんですが、一夫一妻って弱肉強食に逆らってますよ。だって、弱肉強食って優秀な奴だけが生き残るってことでしょう。だとすると、生殖だって同じはずです。つまり、優秀な個体のみが子孫を作ってよい。低能はやっちゃダメ」
「どういうことですか」
「ここに一つのグループがあるとして、オス十匹、メス十匹の合計二十で構成されてるとします。それでですね、一夫一妻でやってくと、夫婦が十組できますね。つまり、どのオスにも子孫を残すチャンスがある。どうしようもない落ちこぼれのオスだって、同じような落ちこぼれのメスと魅力が釣り合って、結婚、交尾、子孫誕生までたどり着ける」
「はい」
「一夫一妻だと落ちこぼれ夫婦がクソみたいな遺伝子や性質をまた世に放つわけです。これじゃあいつまで経っても馬鹿が減らない。そこでです、一夫多妻にしてみましょう。マシになります」
「なぜですか」
「優秀なオス一匹がメス十匹を独占する。そうすれば子孫だってみんな優秀なはずです。もちろん、先天的な病気や障害が発生することもありますし、また、優秀な両親からクズが生まれることもある。それでもですよ、落ちこぼれたちがクズを生む確率に比べりゃずっとマシでしょう。だから一夫多妻がいいわけです」
「お考えは分かりました。ところで、その場合について考えると、メスと番えないオスが九匹も出ます。それについてどう思われるのですか」
「仕方ないですよ。さっき言った通り、世界は弱肉強食ですからね。駄目な連中にはいろいろ諦めてもらうしかない。まぁ私の考えは兎も角、うちの動物園では一夫多妻でやってます。優秀なヒューマンのみを増やし続けるって意味じゃ、やっぱりこれが最高と思います」
駄目な連中にはいろいろ諦めてもらうしかない。残酷な話だが、そうなのかもしれない。
アリムの話には説得力がある。一夫多妻の利点がはっきりと理解できる。弱い者たちの居場所はこの世界にない、しっかり認識した上で物事を考えなくてはならないのだ。
ヒューマン社会が崩壊した理由の一つはこれなのかもしれない。つまり、一夫一妻を堅持し続けたせいでクズが大量発生し、優秀な者たちの足を引っ張り、国家や民族のレベルを下げていった。
彼らは一夫多妻に移行すべきだったのだ。劣悪なオスたちの救済など行わず、見捨てておけばよかった。なぜこの発想に至らなかったのだろうか、実に興味深いことだ。
ところで、動物園ではヒューマンに薬を与えて繁殖力を奪っているのではなかったか。
「ここのヒューマンは繁殖力を失っていると昨日知りましたが、なぜ子どもを作れるのですか」
「簡単なことですよ。薬のない食事を与え続け、同時に、以前の薬の解毒治療をする。一週間もすればオスもメスも子どもを作れるようになります」
「成る程」
「治療ついでに奴らの人格や記憶を操作して、繁殖に適した状態にするってのもやりますね。ヒューマンのメスってオスの浮気をひどく嫌うんですよ。でもそれだと一夫多妻ができないでしょう、だからそういう心理を取り除きます。ハーレム万歳、浮気OK。力ずくでも教育します」
「ふむ」
「最近は偽の恋愛感情を植え付けることもやってますよ。これがあると楽に交尾が進むんです」
「ヒューマンは成長過程で自然な恋愛を経験しないのですか」
「そりゃしますよ」
「あるオスとメスが恋人関係の場合、どうやってその恋愛感情を処理するのですか」
「消去ですね。新たな夫婦生活のためには必要なことです」
「いつもうまくいくのですか」
「たまには失敗しますよ。そういう個体は処分です」
処分。たまに飛び出すこの言葉は、具体的には何を意味しているのか。知る機会があるといいのだが。
「モサーベさん、動物園には自由恋愛だの自由結婚だのはないんです。どういうカップリングをするが、誰と誰を結婚させて交尾させ、どれくらいの数の子どもを作らせるか。すべてこっちが管理してます」
「そんなことをして大丈夫なのですか」
「むしろこうすることこそベストなんです。勝手に恋愛して、優秀な個体がクズとくっつき、人生を台無しにする。馬鹿らしいことです、それなら誰かが婚姻を管理して、本人たちのためではなく社会のために利益となるカップルを作っていくほうがいい」
「成る程、成る程。私もそう思います」
「ヒューマンみたいな知性の足りない生き物は、自分で自分をきちんと管理する力だって足りてない。親が子どもを管理するように、ヒューマンより優れた種族、たとえば我々フェーレのような存在がヒューマンを管理してやった方が幸せでしょう」
「同意します」
フェーレに出会って保護されることになったのは、ヒューマンにとって素晴らしいことだったといえるのかもしれない。少なくとも絶滅するよりかはいい。
大戦争が起きる前に出会えていればよかったのだろうが、過ぎたことを惜しがっても仕方ない。今がいいのだから、それでいいのだ。そう結論づけよう。
この場所は昨日見た風景とはかなり違うように思える。まずオスもメスもやたらと若い。そして比率がおかしい、オス一匹に対してメス十匹のバランスではないだろうか。
私の不思議そうな顔を見たアリムが説明を始める。
「繁殖の名の通り、ここではヒューマン同士を増やしています」
「どういう方法ですか」
「まず、エリート・クラスのヒューマンたちから優秀な者だけを選び、このエリアに隔離します。子どもを作っていいのはこいつらだけです」
「はい」
「基本的にはメスを多く選びますね。というのも、ヒューマンは増やしにくいからですよ。メスは一回の妊娠で一匹を孕んで産むんですが、妊娠期間はだいたい三百日、結構長いんですね」
「はぁ」
「ヒューマン社会は一夫一婦を採用する国が多かったんですが、これだとメスが妊娠中、オスはまったく暇でしょう。三百日も待って出産、一匹増えて、それからメスの体力回復をさらに待ち、ここでやっと二匹目に取りかかれる。実にかったるい」
「一夫一妻よりも一夫多妻の方が効率よく増やせるのですか」
「そりゃそうですよ。オスがどんどん交尾して次々にメスたちを孕ませる、これがベスト。一匹のメスに縛られるなんて時間の無駄遣いでしかありません。オスが少しとメスが多数、一夫多妻こそ大量繁殖の近道なんです」
「だからここはメスだらけなんですね」
なんとも男尊女卑な話だ。しかし合理的でもある。まぁ飼育動物ならこれで十分だろう。
私たちから少し遠くにある道路を、三匹の子ヒューマンたちを連れたメスのヒューマンが歩いていく。それを見ながらアリムは言う。
「ところでモサーベさん、世の中ってのは弱肉強食ですよね?」
「そうだと思いますが」
「個人的な意見なんですが、一夫一妻って弱肉強食に逆らってますよ。だって、弱肉強食って優秀な奴だけが生き残るってことでしょう。だとすると、生殖だって同じはずです。つまり、優秀な個体のみが子孫を作ってよい。低能はやっちゃダメ」
「どういうことですか」
「ここに一つのグループがあるとして、オス十匹、メス十匹の合計二十で構成されてるとします。それでですね、一夫一妻でやってくと、夫婦が十組できますね。つまり、どのオスにも子孫を残すチャンスがある。どうしようもない落ちこぼれのオスだって、同じような落ちこぼれのメスと魅力が釣り合って、結婚、交尾、子孫誕生までたどり着ける」
「はい」
「一夫一妻だと落ちこぼれ夫婦がクソみたいな遺伝子や性質をまた世に放つわけです。これじゃあいつまで経っても馬鹿が減らない。そこでです、一夫多妻にしてみましょう。マシになります」
「なぜですか」
「優秀なオス一匹がメス十匹を独占する。そうすれば子孫だってみんな優秀なはずです。もちろん、先天的な病気や障害が発生することもありますし、また、優秀な両親からクズが生まれることもある。それでもですよ、落ちこぼれたちがクズを生む確率に比べりゃずっとマシでしょう。だから一夫多妻がいいわけです」
「お考えは分かりました。ところで、その場合について考えると、メスと番えないオスが九匹も出ます。それについてどう思われるのですか」
「仕方ないですよ。さっき言った通り、世界は弱肉強食ですからね。駄目な連中にはいろいろ諦めてもらうしかない。まぁ私の考えは兎も角、うちの動物園では一夫多妻でやってます。優秀なヒューマンのみを増やし続けるって意味じゃ、やっぱりこれが最高と思います」
駄目な連中にはいろいろ諦めてもらうしかない。残酷な話だが、そうなのかもしれない。
アリムの話には説得力がある。一夫多妻の利点がはっきりと理解できる。弱い者たちの居場所はこの世界にない、しっかり認識した上で物事を考えなくてはならないのだ。
ヒューマン社会が崩壊した理由の一つはこれなのかもしれない。つまり、一夫一妻を堅持し続けたせいでクズが大量発生し、優秀な者たちの足を引っ張り、国家や民族のレベルを下げていった。
彼らは一夫多妻に移行すべきだったのだ。劣悪なオスたちの救済など行わず、見捨てておけばよかった。なぜこの発想に至らなかったのだろうか、実に興味深いことだ。
ところで、動物園ではヒューマンに薬を与えて繁殖力を奪っているのではなかったか。
「ここのヒューマンは繁殖力を失っていると昨日知りましたが、なぜ子どもを作れるのですか」
「簡単なことですよ。薬のない食事を与え続け、同時に、以前の薬の解毒治療をする。一週間もすればオスもメスも子どもを作れるようになります」
「成る程」
「治療ついでに奴らの人格や記憶を操作して、繁殖に適した状態にするってのもやりますね。ヒューマンのメスってオスの浮気をひどく嫌うんですよ。でもそれだと一夫多妻ができないでしょう、だからそういう心理を取り除きます。ハーレム万歳、浮気OK。力ずくでも教育します」
「ふむ」
「最近は偽の恋愛感情を植え付けることもやってますよ。これがあると楽に交尾が進むんです」
「ヒューマンは成長過程で自然な恋愛を経験しないのですか」
「そりゃしますよ」
「あるオスとメスが恋人関係の場合、どうやってその恋愛感情を処理するのですか」
「消去ですね。新たな夫婦生活のためには必要なことです」
「いつもうまくいくのですか」
「たまには失敗しますよ。そういう個体は処分です」
処分。たまに飛び出すこの言葉は、具体的には何を意味しているのか。知る機会があるといいのだが。
「モサーベさん、動物園には自由恋愛だの自由結婚だのはないんです。どういうカップリングをするが、誰と誰を結婚させて交尾させ、どれくらいの数の子どもを作らせるか。すべてこっちが管理してます」
「そんなことをして大丈夫なのですか」
「むしろこうすることこそベストなんです。勝手に恋愛して、優秀な個体がクズとくっつき、人生を台無しにする。馬鹿らしいことです、それなら誰かが婚姻を管理して、本人たちのためではなく社会のために利益となるカップルを作っていくほうがいい」
「成る程、成る程。私もそう思います」
「ヒューマンみたいな知性の足りない生き物は、自分で自分をきちんと管理する力だって足りてない。親が子どもを管理するように、ヒューマンより優れた種族、たとえば我々フェーレのような存在がヒューマンを管理してやった方が幸せでしょう」
「同意します」
フェーレに出会って保護されることになったのは、ヒューマンにとって素晴らしいことだったといえるのかもしれない。少なくとも絶滅するよりかはいい。
大戦争が起きる前に出会えていればよかったのだろうが、過ぎたことを惜しがっても仕方ない。今がいいのだから、それでいいのだ。そう結論づけよう。
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