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第9話 サッカーと野球
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それから十五分ほど歩き、我々はヒューマン用の娯楽場があるエリアに到着した。
柵で囲まれているここには様々な施設や設備があり、数多くのヒューマンたちが中で遊んでいる。
まず目についたのは運動場と思われるところだ。二十人ほどのヒューマンたちが集まって、一つのボールを蹴り合っている。
何をしているのだろうか。ただ単に蹴っているだけではなさそうだが。
「アリムさん、解説していただけませんか」
「彼らがやってるのはサッカーといって、とても人気のあるスポーツなんです」
「フェーレのみなさんに保護される前からあったのですか」
「えぇ。かなり長い歴史があって、大戦争が起きる前は定期的に世界大会が開かれてたそうです」
「それはすごい」
「運動場の両端に金属製の物体があるでしょう。ボールを蹴ってあれの中に入れると一点獲得です」
「分かりやすいですね」
「簡単そうに見えるでしょう。でも、きちんと練習しなきゃ勝てません。例外もあるんですが、サッカーは基本的に手を使っちゃいけないんですよ。蹴りのみで戦うんです、そこが難しい」
「ふむ。独創的ですね」
「ヒューマンもけっこう面白いことを考えるでしょう。賢いところがあるんですね」
「成る程」
ボールを追いかけている彼らの顔は実に晴れやかだ。とても楽しいのだろう。
よくよく観察すると、全員が汗をかいている。かなりの運動量らしい。これなら運動不足にならずにすむだろう、健康にいい。
衣食住だけでなくこんな運動設備まで用意してもらえるとは、ヒューマンも幸せ者である。
しかし、スポーツはサッカーしかないのだろうか。
「他にはどんなスポーツがあるのですか」
「そうですねぇ、バスケットボールとか?」
「それだけですか」
「ヒューマンが平和だった頃は、多種多様なスポーツがあったんですよ。テニス、ゴルフ、スキー、カバディ。でも今じゃ殆ど残ってません。学者が記録映像や文書を持ってるだけです」
「なぜそうなったのですか」
「戦争がみんな破壊しちまったんです。サッカーやバスケットボールはルールが単純で分かりやすく、必要な道具も少ない。でも野球なんかはそうもいかないんです。ジャンペン、資料を」
「はい」
以前の時のように、彼女の手から空中に映像が映し出される。
「こいつが野球ってスポーツです。どうです、分かりますか?」
「いえ、さっぱり分かりません」
「木の棒を持ってる奴がいますね。で、向こうにはボールを持ってる奴。あいつが投げるボールを棒で打って飛ばすんです」
「それからどうなるのですか」
「この四角いところをぐるっと回ります。出発地点に帰ってこれたら一点獲得です」
「フィールドの選手たちの役割はなんですか」
「打たれたボールを捕ることですね。四角いところの四つ角に、それぞれ白い物体があるでしょう。ボールを打った選手がそこに到達する前に、物体の上に陣取ってる選手がボールを受け取ると、打った選手の出番が終わります。得点失敗です」
「はぁ……」
何が何だかさっぱり分からない。
「右や左に曲がっていくボールが投げられていますが、あれはなんですか」
「変化球といって、打たれないようにするためのものです」
「さっき棒を空振りしたプレイヤーが何もせずに退場しましたが、何が起きたのですか」
「空振りを三回すると、そいつの出番はそこで終了です」
「あっ。今度は棒の選手が白い物体へ歩き出しました。ボールを打っていないのになぜ歩いているのですか」
「あれは四球といって、打てそうもないボールが四つ出ると、四角いところへ向かって一つだけ進んでいいんです」
「すみません、申し訳ないのですが、何が何なのかよく分かりません」
「そうでしょう、そうでしょう。ぶっちゃけ言って、解説している私だってよく分からんのですよ。詳しいことは学者だけが知ってます」
「こんな複雑なスポーツをヒューマンが発明したとは驚きです」
「そりゃ私だって最初はびっくりしましたよ(笑)」
野球のことをもっとよく知りたい、そういう気持ちが胸中にわいてくる。そのためには実際にヒューマンがやっているところを観察するのが一番だろう。
それを見つけるため、娯楽場を見渡してみる。だがどこにも気配がない。サッカーをしている個体ばかりだ。
「なぜ野球をしているヒューマンがいないのですか」
「いやぁー、残念ながら、あれ滅んでしまいましてね。映像をよくご覧ください、野球って道具だらけでしょう。木の棒、白い物体、手にはめている茶色の道具。こういうのがないと出来んのです。でも戦争でいろいろ燃やされてしまって……」
「道具不足のために遊ぶ機会が減り、絶滅につながったということですか」
「だいたいそんな感じです。あと、ルールが難しいですからね。きちんと審判できるヒューマンたちがどんどん戦争で殺されて、そしたら野球なんて無理ですよ。まぁそんなこんなで絶滅したんです。サッカーのような手軽に準備できるスポーツだけが生き残った」
「悲しいことですね」
「まったくですよ」
はっきりした根拠や理由はないのだが、野球はとても面白いスポーツだと感じる。是非とも見学したい。だが滅んでしまったのでは無理だ。
学者たちに頼めば資料をもとに再現してプレイしてくれるだろう。しかしそれは本来の野球とは違うものだ。学問によって作り出される人工的な野球に過ぎない。
私が見たいのは、ヒューマンたちが日常的にプレイしていた野球なのだ。ルールが多少間違っていたり、あれやこれやの泥臭い駆け引きがあったり、そういう野生のにおいがする野球が見たい。だが滅んでしまったのでは無理だ。
ヒューマンよ、なんと愚かなことをしたのか。優れたものを戦争ですり潰してしまうとは。
柵で囲まれているここには様々な施設や設備があり、数多くのヒューマンたちが中で遊んでいる。
まず目についたのは運動場と思われるところだ。二十人ほどのヒューマンたちが集まって、一つのボールを蹴り合っている。
何をしているのだろうか。ただ単に蹴っているだけではなさそうだが。
「アリムさん、解説していただけませんか」
「彼らがやってるのはサッカーといって、とても人気のあるスポーツなんです」
「フェーレのみなさんに保護される前からあったのですか」
「えぇ。かなり長い歴史があって、大戦争が起きる前は定期的に世界大会が開かれてたそうです」
「それはすごい」
「運動場の両端に金属製の物体があるでしょう。ボールを蹴ってあれの中に入れると一点獲得です」
「分かりやすいですね」
「簡単そうに見えるでしょう。でも、きちんと練習しなきゃ勝てません。例外もあるんですが、サッカーは基本的に手を使っちゃいけないんですよ。蹴りのみで戦うんです、そこが難しい」
「ふむ。独創的ですね」
「ヒューマンもけっこう面白いことを考えるでしょう。賢いところがあるんですね」
「成る程」
ボールを追いかけている彼らの顔は実に晴れやかだ。とても楽しいのだろう。
よくよく観察すると、全員が汗をかいている。かなりの運動量らしい。これなら運動不足にならずにすむだろう、健康にいい。
衣食住だけでなくこんな運動設備まで用意してもらえるとは、ヒューマンも幸せ者である。
しかし、スポーツはサッカーしかないのだろうか。
「他にはどんなスポーツがあるのですか」
「そうですねぇ、バスケットボールとか?」
「それだけですか」
「ヒューマンが平和だった頃は、多種多様なスポーツがあったんですよ。テニス、ゴルフ、スキー、カバディ。でも今じゃ殆ど残ってません。学者が記録映像や文書を持ってるだけです」
「なぜそうなったのですか」
「戦争がみんな破壊しちまったんです。サッカーやバスケットボールはルールが単純で分かりやすく、必要な道具も少ない。でも野球なんかはそうもいかないんです。ジャンペン、資料を」
「はい」
以前の時のように、彼女の手から空中に映像が映し出される。
「こいつが野球ってスポーツです。どうです、分かりますか?」
「いえ、さっぱり分かりません」
「木の棒を持ってる奴がいますね。で、向こうにはボールを持ってる奴。あいつが投げるボールを棒で打って飛ばすんです」
「それからどうなるのですか」
「この四角いところをぐるっと回ります。出発地点に帰ってこれたら一点獲得です」
「フィールドの選手たちの役割はなんですか」
「打たれたボールを捕ることですね。四角いところの四つ角に、それぞれ白い物体があるでしょう。ボールを打った選手がそこに到達する前に、物体の上に陣取ってる選手がボールを受け取ると、打った選手の出番が終わります。得点失敗です」
「はぁ……」
何が何だかさっぱり分からない。
「右や左に曲がっていくボールが投げられていますが、あれはなんですか」
「変化球といって、打たれないようにするためのものです」
「さっき棒を空振りしたプレイヤーが何もせずに退場しましたが、何が起きたのですか」
「空振りを三回すると、そいつの出番はそこで終了です」
「あっ。今度は棒の選手が白い物体へ歩き出しました。ボールを打っていないのになぜ歩いているのですか」
「あれは四球といって、打てそうもないボールが四つ出ると、四角いところへ向かって一つだけ進んでいいんです」
「すみません、申し訳ないのですが、何が何なのかよく分かりません」
「そうでしょう、そうでしょう。ぶっちゃけ言って、解説している私だってよく分からんのですよ。詳しいことは学者だけが知ってます」
「こんな複雑なスポーツをヒューマンが発明したとは驚きです」
「そりゃ私だって最初はびっくりしましたよ(笑)」
野球のことをもっとよく知りたい、そういう気持ちが胸中にわいてくる。そのためには実際にヒューマンがやっているところを観察するのが一番だろう。
それを見つけるため、娯楽場を見渡してみる。だがどこにも気配がない。サッカーをしている個体ばかりだ。
「なぜ野球をしているヒューマンがいないのですか」
「いやぁー、残念ながら、あれ滅んでしまいましてね。映像をよくご覧ください、野球って道具だらけでしょう。木の棒、白い物体、手にはめている茶色の道具。こういうのがないと出来んのです。でも戦争でいろいろ燃やされてしまって……」
「道具不足のために遊ぶ機会が減り、絶滅につながったということですか」
「だいたいそんな感じです。あと、ルールが難しいですからね。きちんと審判できるヒューマンたちがどんどん戦争で殺されて、そしたら野球なんて無理ですよ。まぁそんなこんなで絶滅したんです。サッカーのような手軽に準備できるスポーツだけが生き残った」
「悲しいことですね」
「まったくですよ」
はっきりした根拠や理由はないのだが、野球はとても面白いスポーツだと感じる。是非とも見学したい。だが滅んでしまったのでは無理だ。
学者たちに頼めば資料をもとに再現してプレイしてくれるだろう。しかしそれは本来の野球とは違うものだ。学問によって作り出される人工的な野球に過ぎない。
私が見たいのは、ヒューマンたちが日常的にプレイしていた野球なのだ。ルールが多少間違っていたり、あれやこれやの泥臭い駆け引きがあったり、そういう野生のにおいがする野球が見たい。だが滅んでしまったのでは無理だ。
ヒューマンよ、なんと愚かなことをしたのか。優れたものを戦争ですり潰してしまうとは。
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