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第8話 単純こそ最善(Simpletons)
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午後はヒューマンたちの娯楽について見学することになった。
娯楽。彼らも知的生命体の一種であるからには当然それが必要なのだろうが、いったい何を好むのか。
食事と交尾以外の楽しみなどまるでなさそうに思えるが、あぁ見えて意外と高度な遊びをするのかもしれない。
もちろん、まるで幼稚という可能性もあるが。
見学予定の場所まではストリートを歩いていくことになっていた。私たちは雑談しながらのんびり進んでいった。
公園まで来た時、私は不思議な光景を目にした。ベンチに座っている一匹の雄のヒューマンが、口に小さな棒状の物を咥え、それから発する煙を吸い込んでいるのである。
思わず足を止め、じっと眺めてしまう。
「あれはなんですか」
「タバコ製品ですね」
「初めて見ます」
「タバコという植物が地球にあるんですが、連中はこれが大好きなんですよ」
「なぜですか」
「タバコにはニコチンが含まれてんですが、ヒューマンがニコチンを摂取すると快楽物質が脳の中に出るんですよ。つまり気持ちよくなるわけです」
「害はないのですか」
「ありますよ、ありますよ、ありますよ! まず、ニコチンってのは依存性がありますから、やめようと思ってもやめれなくなります」
「まるで麻薬ですね」
「麻薬そのものですよ。体にいいわけがない。そもそもの話、タバコ吸ってると病気のリスクが高まるんです。ガン、糖尿病、脳卒中、慢性気管支炎、ろくでもないものばっかです」
アリムは心底うんざりした顔をしている。余程タバコが嫌いらしい。
それにしても、ヒューマンはなぜこんな危険な物を発明したのだろうか。
「タバコが生まれた経緯を教えてください」
「地球には南米大陸って場所があって、元々はそこにタバコが生えていたわけです。で、いつの間やら世界中に広まって、あれこれ加工する技術が発達し、いろんなタバコ製品が作られていったんです」
話だけ聞いていると、まるで凶悪な流行病の伝染のようである。ひょっとしてヒューマンは毒物が好きなのだろうか。
いや、しかし、有害物質をわざわざ自ら摂取するなど考えにくい。生存本能に真っ向から反することであるから。けれども想像を超えているのがヒューマンだ。
そう思っていると、私は少し遠くのベンチに別の雄ヒューマンを一匹見つけた。彼は座っていて、コップを持ち、中の液体をちびちび飲んでいる。
液体の臭いが風に運ばれてくる。どう考えても消毒液に特有のものだ。
「アリムさん、彼はなぜ消毒液を飲んでいるのですか」
「ははは! 消毒液じゃなくって、あれはお酒です」
「ジュースの仲間ですか」
「いえ、全然違います。お酒はお酒なんですよ。米とか麦とかいろんな植物を発酵させて作るんです。発酵過程でアルコールができるんですね」
「アルコールは体に有害と思うのですが、若しかしてヒューマンは分解する能力を持つのですか。アルコールを栄養にしているのですか」
「まぁ分解はしますがね。栄養のためじゃなくて、アルコールの毒を体の外に出すためです」
「お話を伺った限りでは、ヒューマンがアルコールから手に入れる利益はゼロ、それどころか不利益ばかりと思えるのですが、そうなのですか」
「それ以外に何があるんです? 積極的に毒を飲む、そういう高度な知性を持った生命体ですよ」
宇宙は広い。様々な生き物たちがいて、変わった習性や特徴を持ったものも多くいる。そして私は一部しか知らない。
しかしその上で判断するが、ヒューマンはとびきり変な生き物だ。タバコだのお酒だの、そんなことをしていれば絶滅しかけるのも当然だろう。
フェーレもなぜこんなろくでもない物を野放しにしているのか。ヒューマンの保護を第一に考えるなら、彼らから取り上げるべきではないのか。
「モサーベさん、何やら考え込んでいますね」
「貴方たちの飼育方法が理解できないのです。タバコや酒を放置していると、いずれ大問題が起きると想像します。けれども貴方たちは何の対策もしていない」
「いえいえ、ご心配なさらず。きちんとやっていますよ」
「例えばどのようにですか」
「研究や試行錯誤の末、我々は依存性のない快楽物質を作り出すことに成功したのです。しかも何の害もない。タバコや酒に入っているのはそういったもので、従来とはぜんぜん成分が違います」
「依存性のない快楽物質とはどういうものですか」
「地球にはネコという生き物がいます。で、マタタビという植物を与えると、一時的に気分が良くなるんです。これには依存性がないんですね」
「それと同じようなものを開発したということですか」
「えぇ。だから、タバコだろうとお酒だろうと構いやしません。むしろ必要に応じてどんどん使って欲しいくらいです」
「なぜですか」
「ストレスためて暴力的になったり、逆に抑うつ状態になったり、そういうのは困りますからね。そうなる前にタバコ、酒です」
「若しかしてこれはポイントで買うのですか」
「いえいえ。無料配布です。個体の体質や年齢などに応じて医療班が処方するんです」
薬物で精神状態を安定させる。成る程、薬の費用に目を瞑ればなかなかの良策といえる。
そうやって一人で納得していると、アリムがまだ話を聞かせてくる。
「動物園を始めた頃は苦労したもんですよ、本当。あれこれデータを集め、分析し、実験し……。今でこそ安定して運営してますが、昔はこんなんじゃなかった」
「はぁ……」
「ストレス管理なんて、コツをつかめば楽なもんです。妊娠のリスクなく交尾できるようにして、それでも足りないならタバコや酒」
「交尾には性病がつきものですが、それのリスクはどうなっているのですか」
「あんなもんとっくに撲滅しましたよ。第一、もし病気になったってすぐ治療できますしね。あっ、そういえば、交尾と薬を同時にやると非常に気持ちいいそうです」
「どこか野蛮な気がします」
「実際野蛮だからしょうがないですよ。ま、多少は上等なヒューマンもいるんですがね。いま我々が向かっているエリアに着けば、そういう連中を見物できますよ。さ、出発しましょう! 時間は大切ですからね!」
アリムが歩き出す。私もジャンペンも彼の後についていく。
交尾と薬物。単純こそ最善なのかもしれない。
娯楽。彼らも知的生命体の一種であるからには当然それが必要なのだろうが、いったい何を好むのか。
食事と交尾以外の楽しみなどまるでなさそうに思えるが、あぁ見えて意外と高度な遊びをするのかもしれない。
もちろん、まるで幼稚という可能性もあるが。
見学予定の場所まではストリートを歩いていくことになっていた。私たちは雑談しながらのんびり進んでいった。
公園まで来た時、私は不思議な光景を目にした。ベンチに座っている一匹の雄のヒューマンが、口に小さな棒状の物を咥え、それから発する煙を吸い込んでいるのである。
思わず足を止め、じっと眺めてしまう。
「あれはなんですか」
「タバコ製品ですね」
「初めて見ます」
「タバコという植物が地球にあるんですが、連中はこれが大好きなんですよ」
「なぜですか」
「タバコにはニコチンが含まれてんですが、ヒューマンがニコチンを摂取すると快楽物質が脳の中に出るんですよ。つまり気持ちよくなるわけです」
「害はないのですか」
「ありますよ、ありますよ、ありますよ! まず、ニコチンってのは依存性がありますから、やめようと思ってもやめれなくなります」
「まるで麻薬ですね」
「麻薬そのものですよ。体にいいわけがない。そもそもの話、タバコ吸ってると病気のリスクが高まるんです。ガン、糖尿病、脳卒中、慢性気管支炎、ろくでもないものばっかです」
アリムは心底うんざりした顔をしている。余程タバコが嫌いらしい。
それにしても、ヒューマンはなぜこんな危険な物を発明したのだろうか。
「タバコが生まれた経緯を教えてください」
「地球には南米大陸って場所があって、元々はそこにタバコが生えていたわけです。で、いつの間やら世界中に広まって、あれこれ加工する技術が発達し、いろんなタバコ製品が作られていったんです」
話だけ聞いていると、まるで凶悪な流行病の伝染のようである。ひょっとしてヒューマンは毒物が好きなのだろうか。
いや、しかし、有害物質をわざわざ自ら摂取するなど考えにくい。生存本能に真っ向から反することであるから。けれども想像を超えているのがヒューマンだ。
そう思っていると、私は少し遠くのベンチに別の雄ヒューマンを一匹見つけた。彼は座っていて、コップを持ち、中の液体をちびちび飲んでいる。
液体の臭いが風に運ばれてくる。どう考えても消毒液に特有のものだ。
「アリムさん、彼はなぜ消毒液を飲んでいるのですか」
「ははは! 消毒液じゃなくって、あれはお酒です」
「ジュースの仲間ですか」
「いえ、全然違います。お酒はお酒なんですよ。米とか麦とかいろんな植物を発酵させて作るんです。発酵過程でアルコールができるんですね」
「アルコールは体に有害と思うのですが、若しかしてヒューマンは分解する能力を持つのですか。アルコールを栄養にしているのですか」
「まぁ分解はしますがね。栄養のためじゃなくて、アルコールの毒を体の外に出すためです」
「お話を伺った限りでは、ヒューマンがアルコールから手に入れる利益はゼロ、それどころか不利益ばかりと思えるのですが、そうなのですか」
「それ以外に何があるんです? 積極的に毒を飲む、そういう高度な知性を持った生命体ですよ」
宇宙は広い。様々な生き物たちがいて、変わった習性や特徴を持ったものも多くいる。そして私は一部しか知らない。
しかしその上で判断するが、ヒューマンはとびきり変な生き物だ。タバコだのお酒だの、そんなことをしていれば絶滅しかけるのも当然だろう。
フェーレもなぜこんなろくでもない物を野放しにしているのか。ヒューマンの保護を第一に考えるなら、彼らから取り上げるべきではないのか。
「モサーベさん、何やら考え込んでいますね」
「貴方たちの飼育方法が理解できないのです。タバコや酒を放置していると、いずれ大問題が起きると想像します。けれども貴方たちは何の対策もしていない」
「いえいえ、ご心配なさらず。きちんとやっていますよ」
「例えばどのようにですか」
「研究や試行錯誤の末、我々は依存性のない快楽物質を作り出すことに成功したのです。しかも何の害もない。タバコや酒に入っているのはそういったもので、従来とはぜんぜん成分が違います」
「依存性のない快楽物質とはどういうものですか」
「地球にはネコという生き物がいます。で、マタタビという植物を与えると、一時的に気分が良くなるんです。これには依存性がないんですね」
「それと同じようなものを開発したということですか」
「えぇ。だから、タバコだろうとお酒だろうと構いやしません。むしろ必要に応じてどんどん使って欲しいくらいです」
「なぜですか」
「ストレスためて暴力的になったり、逆に抑うつ状態になったり、そういうのは困りますからね。そうなる前にタバコ、酒です」
「若しかしてこれはポイントで買うのですか」
「いえいえ。無料配布です。個体の体質や年齢などに応じて医療班が処方するんです」
薬物で精神状態を安定させる。成る程、薬の費用に目を瞑ればなかなかの良策といえる。
そうやって一人で納得していると、アリムがまだ話を聞かせてくる。
「動物園を始めた頃は苦労したもんですよ、本当。あれこれデータを集め、分析し、実験し……。今でこそ安定して運営してますが、昔はこんなんじゃなかった」
「はぁ……」
「ストレス管理なんて、コツをつかめば楽なもんです。妊娠のリスクなく交尾できるようにして、それでも足りないならタバコや酒」
「交尾には性病がつきものですが、それのリスクはどうなっているのですか」
「あんなもんとっくに撲滅しましたよ。第一、もし病気になったってすぐ治療できますしね。あっ、そういえば、交尾と薬を同時にやると非常に気持ちいいそうです」
「どこか野蛮な気がします」
「実際野蛮だからしょうがないですよ。ま、多少は上等なヒューマンもいるんですがね。いま我々が向かっているエリアに着けば、そういう連中を見物できますよ。さ、出発しましょう! 時間は大切ですからね!」
アリムが歩き出す。私もジャンペンも彼の後についていく。
交尾と薬物。単純こそ最善なのかもしれない。
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