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第6話 物品配給所
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一通りストリートの様子を見た後、私たちは物品配給所に移動した。
それは巨大な建物だ。何階にもなっていて、各フロアで食べ物や衣服、その他を配っている。
また、食堂も設置されているらしい。至れり尽くせりなことだ。
まずは二階へ行く。食べ物を配っているここは、お腹を空かせたヒューマンたちでいっぱいだ。もっとも、大混雑というほどではない。苦労せずに歩ける程度だ。
成る程、なかなか広い。奥に見えるのは、実際に物品を渡す窓口なのだろうか。何匹かのヒューマンたちが列を作って並び、順番を待っている。
アリムが言う。
「ここでは持ち運びしやすい食べ物を扱ってます。パンとかそういうのです」
「資料で見ましたよ。けっこう美味しそうに思えます」
「なら、食堂に行った時、食べてみますか? 見学者用のがありますから」
「その場合お金は……」
「タダですからご安心ください(笑)。えー、説明を続けますが、もらえるものは基本的に必要最低限です。たまにおやつが出たりもしますがね。そういうわけで、もっと食べたいとか、あれこれ不満を言うヒューマンもいます」
「そういう時はどうするのですか」
「いろいろですよ。だいたいは好きなものを買うことで解決です」
「買うということは、お金が流通しているのですか」
「お金はないんですよ。かわりにポイントがあります」
「どういうものですか」
「まぁまぁ、そう急がないでください。えっと、ちょっとこれを……」
アリムが上着の内側から何かを取り出し、私に見せる。
プラスチックのような材質で出来た小さな板だ。カードと呼ぶのがしっくりくるだろう。顔写真、氏名、よく分からない記号、そういったものたちが表面に刻まれている。
「これはなんですか」
「身分証みたいなものですよ。ヒューマンたちはどんな個体でもこれを持ってます」
「へぇ……」
「動物園の中で仕事をすると、働きに応じてポイントがもらえます。で、このカードを使えばそのポイントで買い物できるってわけです」
「成る程、ヒューマン用のキャッシュ・カードというわけですか」
「そういうことです。ま、私たち管理者は、タダで何でも入手できますがね」
「先ほど仕事とおっしゃられましたが、ここでは労働せずとも暮らせるのではなかったのですか」
「もちろんそうですよ。働かなくたって最低限の生活ができる。でも、甘いものが欲しいとか、お洒落な服が欲しいとか、ぜいたく品は違う。働かなきゃダメです」
「事情は分かりました。それで、どういう仕事があるのですか」
「あそこの窓口をよく見てください。ヒューマンらしいのがいるでしょう」
目を凝らして左端の窓口を観察する。確かに、赤いTシャツを着た雄のヒューマンが窓口内側にいて、何かを配っている。
「あれが仕事風景ですか」
「えぇ。他にもいろいろありますよ、掃除、裁縫、簡単な機械修理。言い出したらキリがない」
「どれも大変なのですか」
「なぁに、大したことありません。誰にでも出来ます。そもそも難しい仕事はやらせないんです」
「なぜですか」
「別に連中が働かなくたっていいんですよ。すべてこっちでやってますから。でもあいつらにも何かさせとかないと、暇過ぎて脳の働きが鈍るんですよ。だから、簡単な仕事を選んで与えてるんです」
「そういうことでしたか……」
「子どものお手伝いと一緒ですね。こういう意外なところで手がかかるんですよ」
なかなか興味深い話だ。普通、動物園の動物というものは、食べて寝て排泄して、場合によっては交尾して、だいたいそれで一生を終えていくものだ。だがここはそうではない。
生きるための労働ではなく、嗜好品やぜいたく品を得るための労働。健全な飼育にはこういうものが必要とは、さすがは高度な知的生命体ということか。一応は宇宙進出を果たしただけのことはある、感心する。
それは巨大な建物だ。何階にもなっていて、各フロアで食べ物や衣服、その他を配っている。
また、食堂も設置されているらしい。至れり尽くせりなことだ。
まずは二階へ行く。食べ物を配っているここは、お腹を空かせたヒューマンたちでいっぱいだ。もっとも、大混雑というほどではない。苦労せずに歩ける程度だ。
成る程、なかなか広い。奥に見えるのは、実際に物品を渡す窓口なのだろうか。何匹かのヒューマンたちが列を作って並び、順番を待っている。
アリムが言う。
「ここでは持ち運びしやすい食べ物を扱ってます。パンとかそういうのです」
「資料で見ましたよ。けっこう美味しそうに思えます」
「なら、食堂に行った時、食べてみますか? 見学者用のがありますから」
「その場合お金は……」
「タダですからご安心ください(笑)。えー、説明を続けますが、もらえるものは基本的に必要最低限です。たまにおやつが出たりもしますがね。そういうわけで、もっと食べたいとか、あれこれ不満を言うヒューマンもいます」
「そういう時はどうするのですか」
「いろいろですよ。だいたいは好きなものを買うことで解決です」
「買うということは、お金が流通しているのですか」
「お金はないんですよ。かわりにポイントがあります」
「どういうものですか」
「まぁまぁ、そう急がないでください。えっと、ちょっとこれを……」
アリムが上着の内側から何かを取り出し、私に見せる。
プラスチックのような材質で出来た小さな板だ。カードと呼ぶのがしっくりくるだろう。顔写真、氏名、よく分からない記号、そういったものたちが表面に刻まれている。
「これはなんですか」
「身分証みたいなものですよ。ヒューマンたちはどんな個体でもこれを持ってます」
「へぇ……」
「動物園の中で仕事をすると、働きに応じてポイントがもらえます。で、このカードを使えばそのポイントで買い物できるってわけです」
「成る程、ヒューマン用のキャッシュ・カードというわけですか」
「そういうことです。ま、私たち管理者は、タダで何でも入手できますがね」
「先ほど仕事とおっしゃられましたが、ここでは労働せずとも暮らせるのではなかったのですか」
「もちろんそうですよ。働かなくたって最低限の生活ができる。でも、甘いものが欲しいとか、お洒落な服が欲しいとか、ぜいたく品は違う。働かなきゃダメです」
「事情は分かりました。それで、どういう仕事があるのですか」
「あそこの窓口をよく見てください。ヒューマンらしいのがいるでしょう」
目を凝らして左端の窓口を観察する。確かに、赤いTシャツを着た雄のヒューマンが窓口内側にいて、何かを配っている。
「あれが仕事風景ですか」
「えぇ。他にもいろいろありますよ、掃除、裁縫、簡単な機械修理。言い出したらキリがない」
「どれも大変なのですか」
「なぁに、大したことありません。誰にでも出来ます。そもそも難しい仕事はやらせないんです」
「なぜですか」
「別に連中が働かなくたっていいんですよ。すべてこっちでやってますから。でもあいつらにも何かさせとかないと、暇過ぎて脳の働きが鈍るんですよ。だから、簡単な仕事を選んで与えてるんです」
「そういうことでしたか……」
「子どものお手伝いと一緒ですね。こういう意外なところで手がかかるんですよ」
なかなか興味深い話だ。普通、動物園の動物というものは、食べて寝て排泄して、場合によっては交尾して、だいたいそれで一生を終えていくものだ。だがここはそうではない。
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