VRMMO レヴェリー・プラネット ~ユビキタス監視社会~

夏野かろ

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第12章 すべてを変える時

第220話 本当の弱者 True loser

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《レーヴェの視点》
 この土壇場で乱入者だと?

「えぇい……!」

 パトリシアの横薙ぎの一撃を、拳銃のトリガー・ガードでかろうじて受け止める。これでは反撃できん。そう思った瞬間に彼女の左手が動く。
 その手のグロック18が私の顔に向けられる。

「くたばれ!」

 とっさに我が右手でパトリシアの左腕を払い、銃口を顔の外へと向けさせる。
 バァン! 発砲音と共に弾丸が放たれ、右耳をかすめていく。もしこれが顔に直撃していたら……。

「貴様! なにをする!」
「ちっ、ようやく回復した一発なのに……」
「一騎討ちに割って入るなど!」
「無粋とでも言いたいわけ?」
「分かっているならなぜやった!」
「獲物が弱っていたら襲いかかるに決まっている」
「ビッチ!」

 パトリシアの体を蹴ってよろめかせ、その隙に後ろへ跳び退く。間合いを離しながら銃を投げ捨て、かわりにソードを取り出す。
 両手でしっかりと構える。これでもう負けはない、正面きっての勝負ならこちらに分がある。

 だがパトリシアはなぜかニヤリと笑い、グロック18を腰のホルスターにしまって言う。

「その様子だと、何も知らないわけね。レーダーを見てみたら?」

 急いで確認する。最も戦力の少ないポイントDに多数の敵が集まり、捨て身の突撃をしかけているのがわかる。

「これは……!」
「さっきアップルから、クラン内チャットで連絡があってね。
 ここの敵がどれだけいるか、どこの防御が薄いか、そして、あなたがいま何をやっているか。すべて教えてくれた。
 私とアンズは、その情報を頼りに作戦を立て、全戦力をアンズが率いて強襲することに決めた。
 で、暇になった私は、こうしてあなたを殺しにきたってわけ。あなたがスエナと夢中になって戦ってたおかげで、みんなうまくいった……」
「クソッ!」

 チーム内チャットを使い、Dの守備隊のリーダーに連絡する。

(こちらレーヴェ! どうなっている!?)
(持ちこたえられません! 敵が多すぎます!)
(泣き言をいうな!)
(無理なものは無理ですよ! だいたい、こっちがピンチの時、レーヴェさんは何をやってたんですか!
 あれだけ必死に呼びかけたのに、ぜんぜん返事してくれなくて……!)
(私はスエナと戦っていたのだ)
(そんなザコに気を取られて!? バカ野郎ォーッ!)

 守備隊を示す光点の数が減っていく。まもなく全滅するだろう。そうなれば、敵は☆を見つけ出して壊すに決まっている。すなわち敗北だ。
 言葉では表現できないような悪寒が私を震わせる。全身の血の気が引き、視界が極端に狭まって歪む。パトリシアが嘲笑う。

「お馬鹿さん……。最高指揮官でありながら、目の前のことにばかり気を取られ、大局観にもとづく判断ができなかった。
 その結果がこれってわけ。お粗末な結末じゃない?」
「貴様……」
「いくら怒ったって無駄、無駄。チェック・メイトまであと少し、今さら逆転の策なんて無い。
 最強と威張り散らしたヘル・レイザーズは、こうして格下の連合軍に倒される」
「ふざけるな!」

 私は走り出す。全力の袈裟斬りを繰り出す。パトリシアはそれを受け止め、斬り返し、私たちは打ち合う。

「ふざけるな! レイザーズはこれまで億を超える額の金を払ってきた! なのに、お前たち微課金のクズどもに負けるだと!」
「そう、負ける」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 最大音量の怒声を浴びせ、上からソードを叩きつける。パトリシアは下から止めて言う。

「これまでたっぷり弱者をいたぶり、こうやって見下し、楽しい気分に浸ってきたでしょう?
 でもね、そんな邪悪な遊び、いつまでも続かない。いや、続けてはいけない。どこかで終わりにしなくちゃ。
 私も、あなたも、このゲームから卒業する時。憎しみと復讐が無限に連鎖する、この狂ったゲームをやめるタイミングなのよ」
「断る! もしやめたら、これまでの課金はどうなる!?」
「そうやってコンコルド効果みたいなことを考えて、失ったお金にしがみつくのはやめたほうがいい。
 すべては終わったこと。支払ったものは授業料と考え、気持ちを切り替えるほうがずっとベター」
「黙れ! 認めん、認めん認めん認めん! 王者たる私は、このプラネットにいつまでも君臨し続ける!」
「でもね、ゲームはいつか終わる。サービス終了する。そうしたら現実に帰るしかないのよ。否が応でも。
 現実の自分がどれだけ辛くてみじめでも、けっきょく私たちは現実に帰り、そこで生きるしかない。現実逃避は無限に続けられない。
 だったら、ちょうどいいタイミングで帰らなくちゃ。映画の上映が終わったら、映画館から出て現実に帰る。そうでしょ?」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 力任せに押しこみ、パトリシアをよろめかせる。蹴り、斬り、彼女のソードを弾き飛ばす。

「しまった!」
「簡単には殺さんぞ!」

 愛刀を投げ捨てて両手を空ける。左手を伸ばしてパトリシアの服をつかみ、引き寄せ、鼻っ柱に頭突きをぶちこむ。

「ぐうっ……」
「まだ終わらん!」

 相手の足を踏んで逃げる自由を奪い、殴り、貫き手をみぞおちにぶちこむ。最後にアッパー・カットを入れてフラつかせ、地面に倒す。
 そのままかがみこんで髪をつかみ、頭部を持ち上げ、顔を右手で握って締めつける。プロレス技でいうブレイン・クローだ。パトリシアのうめき声がもれる。

「この、野蛮人!」
「なんとでもいえ! お前は理解する必要がある、誰が強者で誰が弱者かを!」
「仮にあなたが強者だとして、私を痛めつける権利があるとでも!」
「イエス!」
「そうやって弱肉強食のルールを認めるから、現実世界のあなたも、同じルールに縛られて誰かにいじめられる。
 やるべきことはそれじゃない。むしろこんなルールは否定しなきゃ」
「負け犬が偉そうに……!」
「本当の負け犬はあなただ。いつまでたっても弱い者いじめの快楽を捨てられないあなたこそ、弱者そのものだ」
「違う!」

 手を離し、この不愉快な腐った頭を地面に叩きつける。唾を吐きつけて言う。

「いったい私の何が悪い! 人をいじめる権利が売られている限り、それを買っていじめを行うのは、正義だ!」
「そんな権利は販売していいものじゃない。そもそも、そんなものは存在しちゃいけない。
 狂暴なケダモノではなく、理性を持った人間として生きたいのなら、弱い者いじめなんてやるべきじゃない。むしろいたわって優しくする、それこそ正義だ」
「減らず口を……!」

 私とパトリシアはにらみ合う。
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