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第11章 この社会の平和を守るために
第184話 最後の反抗 Last resort
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寒々とした目つきの治が淡々と語る。
「かつて孫子の兵法を読んだ時、二人の男たちの名前が登場した。専諸と曹ケイだ」
「それがどうした?」
「専諸は自分が死ぬことを覚悟して敵の王に近づき、魚料理に隠した武器で暗殺した。もちろん報復として彼も殺された、でも確かに王を殺した。
二人目、曹ケイは、同じく敵の王に近づいて武器で脅し、王が奪い取った領土を返還させることを約束させた。
そう、人間というものは、死んでも構わないと決意すれば敵に一泡ふかせてやることができるんだ……」
直感が雷のごとく森を打つ。(自爆……!?)。どうして。あれほど武器を確認したのに。
「貴様……!?」
「僕の死は、LMに逆らった瞬間に決定していた。僕はリークを決めた時に死んでしまったんだ。だから未練なんてない……」
「やめろォォォーーーーーーーーッ!」
治はその機械を作動させる。右耳のソケットに挿しこまれた棒状の黒い物体が、治の脳波をかき乱し、体の各所に狂った命令を実行させる。
彼の心臓と肺が止まる。舌がもつれ、全身がけいれんし、両目の瞳孔が開き、五感が消え去る。ゆっくりと地面に倒れていく。
森は、死の恐怖が過ぎ去ったことを瞬時に理解し、心から安堵する。同時に、治が自殺を試みたことを察して駆け寄る。
「おい、おい!」
「……」
「死ぬな、生きろ! 生け捕りにしなくちゃいけないんだ、生きろ!」
「アハハ……!」
「おい!」
「言った、だろ……。死を決意、す、れば、一泡ふかせ……」
「生きろォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
指揮車の冬川から無線連絡が来る。
(どうしました?)
(今すぐ救護班を! ターゲットが自殺を図りました!)
(何……!?)
(早く!)
(わかりました、直ちに向かわせます)
治は死んでいく。もう1分ともたない。
「貴様ァ! 今すぐ自殺をやめろ!」
「いくらナイフで、脅し、たって……。ダメなも、の、は……。ダメさ」
「生きろッ!」
「グッドバイ……」
死が訪れる。森は絶叫する。
「クソォオオォォオオオォォォオォォオオオォオオォォォォオオオオオオオオォォオオォォォオォオォォォォッ!」
彼女は握りしめた右の拳で地面を叩き、怒りをぶちまけ、無意味と知りながらなおも言う。
「生きろ! 生きるんだ! 何が何でも生きろ! 生け捕りにしなくちゃならないんだぞ!」
死体は何も答えない。剣崎を尋問して情報を得る機会は永遠に失われた。
激しい混乱が森の心を揺さぶり、呆然と彼女はつぶやく。
「東京新瀬銀行の事件と同じだ……。犯人を目の前にして、みすみす自殺をゆるしてしまった……」
彼女の左手からナイフが落ち、虚しい音を響かせて地面に転がる。
力は本当に万能なものなのだろうか。どんなことでも成し得るのだろうか。
作戦は終わった。森たちは特調のオフィスに帰還した。
結論としては、作戦は50パーセントだけ成功したといえるだろう。
革命戦団の構成員をごく少数とはいえ殺害し、その勢力を弱めた。また、剣崎のリークを阻止することにも成功した。
だが肝心の剣崎の身柄を抑えられなかった。後日にリトル・マザーから激しい懲罰が下されるだろう。
森、デンマ、冬川の三人は、秘密会議室にこもって話し合っている。どうすればLMにうまく言い訳できるか、必死に知恵を絞っている。
そして理堂は、特調メンバー用の簡易宿泊所のベッドに横たわり、目を閉じ、多くのことを考えている。
僕たちがこの作戦でリークを失敗させたのは、社会にとって本当に利益なんだろうか? むしろ僕たちは、目先の利益と引き換えに何か大事なものを失ったのでは?
何か大事なもの? それはなんだ? 具体的にどういうものだ?
分からない。ひょっとするとそんなものは存在せず、作戦はただ利益のみをもたらしたのかもしれない。
どれだけ考えても迷いは晴れない。やがて疲労が理堂に重くのしかかり、彼は眠りに落ちていく。
意識が消失する直前、思う。
下っ端にすぎない僕は処罰されないはず、少なくとも減給はない。なら、それでいいじゃないか。とりあえず明日はゆっくり休み、美味しいものを食べて楽しもう。
剣崎? 敗北した弱者なんてどうでもいい。まぁでも、後で冥福を祈るぐらいはしておこう。せいぜいあの世で幸せをつかめ、非国民にもその程度の権利はある。
「かつて孫子の兵法を読んだ時、二人の男たちの名前が登場した。専諸と曹ケイだ」
「それがどうした?」
「専諸は自分が死ぬことを覚悟して敵の王に近づき、魚料理に隠した武器で暗殺した。もちろん報復として彼も殺された、でも確かに王を殺した。
二人目、曹ケイは、同じく敵の王に近づいて武器で脅し、王が奪い取った領土を返還させることを約束させた。
そう、人間というものは、死んでも構わないと決意すれば敵に一泡ふかせてやることができるんだ……」
直感が雷のごとく森を打つ。(自爆……!?)。どうして。あれほど武器を確認したのに。
「貴様……!?」
「僕の死は、LMに逆らった瞬間に決定していた。僕はリークを決めた時に死んでしまったんだ。だから未練なんてない……」
「やめろォォォーーーーーーーーッ!」
治はその機械を作動させる。右耳のソケットに挿しこまれた棒状の黒い物体が、治の脳波をかき乱し、体の各所に狂った命令を実行させる。
彼の心臓と肺が止まる。舌がもつれ、全身がけいれんし、両目の瞳孔が開き、五感が消え去る。ゆっくりと地面に倒れていく。
森は、死の恐怖が過ぎ去ったことを瞬時に理解し、心から安堵する。同時に、治が自殺を試みたことを察して駆け寄る。
「おい、おい!」
「……」
「死ぬな、生きろ! 生け捕りにしなくちゃいけないんだ、生きろ!」
「アハハ……!」
「おい!」
「言った、だろ……。死を決意、す、れば、一泡ふかせ……」
「生きろォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
指揮車の冬川から無線連絡が来る。
(どうしました?)
(今すぐ救護班を! ターゲットが自殺を図りました!)
(何……!?)
(早く!)
(わかりました、直ちに向かわせます)
治は死んでいく。もう1分ともたない。
「貴様ァ! 今すぐ自殺をやめろ!」
「いくらナイフで、脅し、たって……。ダメなも、の、は……。ダメさ」
「生きろッ!」
「グッドバイ……」
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「クソォオオォォオオオォォォオォォオオオォオオォォォォオオオオオオオオォォオオォォォオォオォォォォッ!」
彼女は握りしめた右の拳で地面を叩き、怒りをぶちまけ、無意味と知りながらなおも言う。
「生きろ! 生きるんだ! 何が何でも生きろ! 生け捕りにしなくちゃならないんだぞ!」
死体は何も答えない。剣崎を尋問して情報を得る機会は永遠に失われた。
激しい混乱が森の心を揺さぶり、呆然と彼女はつぶやく。
「東京新瀬銀行の事件と同じだ……。犯人を目の前にして、みすみす自殺をゆるしてしまった……」
彼女の左手からナイフが落ち、虚しい音を響かせて地面に転がる。
力は本当に万能なものなのだろうか。どんなことでも成し得るのだろうか。
作戦は終わった。森たちは特調のオフィスに帰還した。
結論としては、作戦は50パーセントだけ成功したといえるだろう。
革命戦団の構成員をごく少数とはいえ殺害し、その勢力を弱めた。また、剣崎のリークを阻止することにも成功した。
だが肝心の剣崎の身柄を抑えられなかった。後日にリトル・マザーから激しい懲罰が下されるだろう。
森、デンマ、冬川の三人は、秘密会議室にこもって話し合っている。どうすればLMにうまく言い訳できるか、必死に知恵を絞っている。
そして理堂は、特調メンバー用の簡易宿泊所のベッドに横たわり、目を閉じ、多くのことを考えている。
僕たちがこの作戦でリークを失敗させたのは、社会にとって本当に利益なんだろうか? むしろ僕たちは、目先の利益と引き換えに何か大事なものを失ったのでは?
何か大事なもの? それはなんだ? 具体的にどういうものだ?
分からない。ひょっとするとそんなものは存在せず、作戦はただ利益のみをもたらしたのかもしれない。
どれだけ考えても迷いは晴れない。やがて疲労が理堂に重くのしかかり、彼は眠りに落ちていく。
意識が消失する直前、思う。
下っ端にすぎない僕は処罰されないはず、少なくとも減給はない。なら、それでいいじゃないか。とりあえず明日はゆっくり休み、美味しいものを食べて楽しもう。
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