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第11章 この社会の平和を守るために
第182話 兵者詭道也、攻其無備、出其不意 Hole card
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森は完全サイボーグ特有の機械的視覚を使い、シンゴとの距離をミリ単位で正確に測る。どうやら奇襲をかけるにはやや遠いらしい。もう少し相手を引き寄せねば。
右腕のガードをわざと解き、大げさに動かして挑発する。
「どうした? 威勢よくタンカを切ったくせに、攻めて来ないのか?」
「うるせぇ、じゃあそっちが来いよ」
「丁寧に断る。なぜなら、時間が経てばいずれ私の部下たちが助けに来る。つまり私はこうして待っているだけでどんどん有利になるわけだ。
よって攻めない。遠慮なく持久戦に持ちこむ」
シンゴはぺっと唾を吐き、言う。
「なぁあんた、映画は好きか?」
「はァ……?」
「俺がまだガキんちょだった頃、暇つぶしによく映画を見た。『リーサル・ウェポン』とか『フェイス/オフ』とか、いろいろな。
今でもよく覚えてる。あぁいう映画の最後は、主役と悪役の一騎討ちってのがお約束だ。
そして俺たちは今まさに一騎討ちをしてる。なのにこれから部下が助けに来るだって? そういう野暮は禁じ手だろ……!」
「野暮もクソもない。勝てばそれでいい」
「ざけんな! 正々堂々、タイマン張って決着つけるべきだろうが!」
「知らん」
「とことん傲慢なクソビッチが!」
叫び、シンゴは走り出す。圧倒的なスピードだ、さすがに剣崎の護衛を務めるだけのことはある。
二人の距離が縮まっていく。あるタイミングで森が右腕を持ち上げ、シンゴへ真っ直ぐ突き出す。映画に出てくるキョンシーのような恰好だ。
侮蔑の笑みを浮かべてシンゴは怒鳴る。
「念力でも出そうってか!」
森の右手が曲がり、掌底を打つ時の状態になる。手首の個所で金属の穴が光る、森は冷たく言う。
「死ね」
右腕内部の機械が動き、空気銃の仕組みで矢を撃ち出す。矢はシンゴの喉へ真っ直ぐ飛び、貫き、風穴を開けたのちに転倒させる。
「ガ、ハッ……!?」
傷口から血があふれ出し、床を汚す。シンゴは何か言おうとする、だが声帯を破壊されてまったく喋れない。
大量の空気が彼の体外へ逃げていき、正常な呼吸機能が止まる。彼は酸欠になるのを感じる、体を動かそうする。しかし無理だ。
天井を見上げることしかできないシンゴの視界に森の姿が入ってくる。彼女は死にぞこないのセミやゴキブリを見る目つきで語る。
「正々堂々? バカか? 孫子の兵法にはこう書いてある。
(引用)
”兵とは詭道なり。故に能なるも之れに不能を視(しめ)し、用なるも之れに不用を視し、
近きも之れに遠きを視し、遠きも之れに近きを視す。(略)
其の無備を攻め、其の不意に出づ。之れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。”
要約すると、戦いに勝つとは相手を罠にハメることであり、上手に騙して不意を突くのが兵法家のやり方というわけだ。
プリヴェンターで銃を封じたから、飛び道具が使われるなどあり得ないと思ったんだろう?
残念だったな。こういう事態を想定し、常に奥の手を用意してある。火薬を使わない空気銃であれば、プリヴェンターの影響下でも安全に発射可能……」
シンゴは何か言い返そうとする。だが喉の風穴から空気が漏れるだけで、言葉にならない。全身から力が抜けてゆく、死が迫って来る。
右腕の調子を確認している森がしごくあっさりとコメントする。
「冥途の土産に教えておこう。私はこれからを剣崎を逮捕するが、安心しろ、彼は殺さない。
後で詳しく取り調べする予定だし、それにリトル・マザーも「生け捕りにしろ」と命令してきた。
あぁいった思想的犯罪者は、リハビリ施設でたっぷりと過酷な肉体労働をさせ、マザーに逆らった罪を十分に理解させたのちに殺す取り決めになっている。
そう、楽に死ぬという慈悲は剣崎には与えられない。彼はとことん苦しみ、痛みを味わい、絶望し、それからようやく死ねる。
シンゴ、実はお前は幸運なんだ。なぜなら、剣崎と比べてずっと少ない苦しみで死ねるからだ……」
森はシンゴの体へかがみこむ。肺が止まっていることを目で確認する。念のために両眼も調べる、どちらの瞳孔も完全に開ききっており、何の反応も返さない。
もしこれが死んだフリなら、こんな状態にはならない。すなわちシンゴは死んだのだ。彼が道連れ狙いで自爆するといったリスクは完全に除去された。
あとは剣崎を捕まえて仕事を終わらせるだけ。森は奥の部屋へと歩き出す。
引用元
『孫子』、講談社学術文庫
訳者:浅野祐一
出版:講談社、第三十八刷
ページ:26および27
右腕のガードをわざと解き、大げさに動かして挑発する。
「どうした? 威勢よくタンカを切ったくせに、攻めて来ないのか?」
「うるせぇ、じゃあそっちが来いよ」
「丁寧に断る。なぜなら、時間が経てばいずれ私の部下たちが助けに来る。つまり私はこうして待っているだけでどんどん有利になるわけだ。
よって攻めない。遠慮なく持久戦に持ちこむ」
シンゴはぺっと唾を吐き、言う。
「なぁあんた、映画は好きか?」
「はァ……?」
「俺がまだガキんちょだった頃、暇つぶしによく映画を見た。『リーサル・ウェポン』とか『フェイス/オフ』とか、いろいろな。
今でもよく覚えてる。あぁいう映画の最後は、主役と悪役の一騎討ちってのがお約束だ。
そして俺たちは今まさに一騎討ちをしてる。なのにこれから部下が助けに来るだって? そういう野暮は禁じ手だろ……!」
「野暮もクソもない。勝てばそれでいい」
「ざけんな! 正々堂々、タイマン張って決着つけるべきだろうが!」
「知らん」
「とことん傲慢なクソビッチが!」
叫び、シンゴは走り出す。圧倒的なスピードだ、さすがに剣崎の護衛を務めるだけのことはある。
二人の距離が縮まっていく。あるタイミングで森が右腕を持ち上げ、シンゴへ真っ直ぐ突き出す。映画に出てくるキョンシーのような恰好だ。
侮蔑の笑みを浮かべてシンゴは怒鳴る。
「念力でも出そうってか!」
森の右手が曲がり、掌底を打つ時の状態になる。手首の個所で金属の穴が光る、森は冷たく言う。
「死ね」
右腕内部の機械が動き、空気銃の仕組みで矢を撃ち出す。矢はシンゴの喉へ真っ直ぐ飛び、貫き、風穴を開けたのちに転倒させる。
「ガ、ハッ……!?」
傷口から血があふれ出し、床を汚す。シンゴは何か言おうとする、だが声帯を破壊されてまったく喋れない。
大量の空気が彼の体外へ逃げていき、正常な呼吸機能が止まる。彼は酸欠になるのを感じる、体を動かそうする。しかし無理だ。
天井を見上げることしかできないシンゴの視界に森の姿が入ってくる。彼女は死にぞこないのセミやゴキブリを見る目つきで語る。
「正々堂々? バカか? 孫子の兵法にはこう書いてある。
(引用)
”兵とは詭道なり。故に能なるも之れに不能を視(しめ)し、用なるも之れに不用を視し、
近きも之れに遠きを視し、遠きも之れに近きを視す。(略)
其の無備を攻め、其の不意に出づ。之れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。”
要約すると、戦いに勝つとは相手を罠にハメることであり、上手に騙して不意を突くのが兵法家のやり方というわけだ。
プリヴェンターで銃を封じたから、飛び道具が使われるなどあり得ないと思ったんだろう?
残念だったな。こういう事態を想定し、常に奥の手を用意してある。火薬を使わない空気銃であれば、プリヴェンターの影響下でも安全に発射可能……」
シンゴは何か言い返そうとする。だが喉の風穴から空気が漏れるだけで、言葉にならない。全身から力が抜けてゆく、死が迫って来る。
右腕の調子を確認している森がしごくあっさりとコメントする。
「冥途の土産に教えておこう。私はこれからを剣崎を逮捕するが、安心しろ、彼は殺さない。
後で詳しく取り調べする予定だし、それにリトル・マザーも「生け捕りにしろ」と命令してきた。
あぁいった思想的犯罪者は、リハビリ施設でたっぷりと過酷な肉体労働をさせ、マザーに逆らった罪を十分に理解させたのちに殺す取り決めになっている。
そう、楽に死ぬという慈悲は剣崎には与えられない。彼はとことん苦しみ、痛みを味わい、絶望し、それからようやく死ねる。
シンゴ、実はお前は幸運なんだ。なぜなら、剣崎と比べてずっと少ない苦しみで死ねるからだ……」
森はシンゴの体へかがみこむ。肺が止まっていることを目で確認する。念のために両眼も調べる、どちらの瞳孔も完全に開ききっており、何の反応も返さない。
もしこれが死んだフリなら、こんな状態にはならない。すなわちシンゴは死んだのだ。彼が道連れ狙いで自爆するといったリスクは完全に除去された。
あとは剣崎を捕まえて仕事を終わらせるだけ。森は奥の部屋へと歩き出す。
引用元
『孫子』、講談社学術文庫
訳者:浅野祐一
出版:講談社、第三十八刷
ページ:26および27
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