上 下
175 / 227
第10章 この社会を革命するために 後編

第172話 踏みにじられた権利を回復するために Der Kampf um's Recht

しおりを挟む
 シンゴは話を続ける。

「俺だってな、自分や仲間たちのやり方が正しいとは思っちゃいねぇよ。政府や企業のサーバーをクラッキングして情報を盗むなんて、明らかに犯罪なわけだからな。
 でも、今の日本で真実を知りたきゃ、こういう強引な方法を使うしかないだろ? だって合法的に情報収集をしたら、最悪は情報局に殺されちまうわけだから」
「正確に言うなら局の親玉のLMに殺されちまうんだろ」
「もちろん! 結局のところ、全てがおかしくなったのはあのクソアマが誕生してからだ。それまでは曲がりなりにも言論の自由があったのに、LMがつぶしやがった。
 そして奴は言論弾圧を可能にするために監視社会を作り上げ、今じゃ神のごとき圧倒的な力を振り回す……」
「いったいどうしたらいんだろうな?」
「武力に訴えてでもLMを破壊し、解体する。それしかないだろ?」
「話し合いで解決できればいいんだけどね……」
「そんな平和なやり方は奴には通じない。こちらが話し合いをしようとすると、何かが始まる前に暗殺され、何もできない。そういう現実をお前は知ってるはずだろうが」

 言いながらシンゴは傍らの本を取り上げる。彼がさっきまで読んでいたものだ。治はそれに視線を走らせ、シンゴに質問する。

「それ、何の本?」
「タイトルは『権利のための闘争』。書いたのはイェーリングって男だ。もう200年以上も昔に出版されたシロモノさ」
「内容は?」
「なかなか興味深いぜ。たとえば彼はこんなことを述べている。

(引用※1)
”自分の権利があからさまに軽視され蹂躙されるならばその権利の目的物が侵されるにとどまらず自己の人格までもが脅かされるということがわからない者、
 そうした状況において自己を主張し、正当な権利を主張する衝動に駆られない者は、助けてやろうとしてもどうにもならない。”

 いいか、治。俺たち国民には真実を知る権利がある。だが今の日本では、そういったものは蹂躙されるどころか徹底的にぶっ壊された。
 ならば、真実を知る権利をぞんぶんに主張することの何がおかしいんだ?」
「イェーリングは他にどんなことを言ってるんだ?」
「じゃあ引用をもう一つ。

(引用※2)
”長い平和の時代が続き、永久平和を信ずる思想が百花繚乱と姸(けん)を競ったかと思うと、一発の砲声によって太平の夢が破られる。
 平和を享受した世代に代わって登場した次の世代が、戦争という厳しい労働によってようやく平和を回復しうるということになる。”

 言論の自由、監視されない自由、プライバシーを侵害されない権利は、俺たちの前の世代は確かに享受していたんだろうさ。
 だがそれらはあっけなくLMに奪い取られた。だから俺にせよ他の連中にせよ、失われた自由や権利を回復するために必死で戦っている」
「でもさ、その主張はちょっと攻撃的というか、あまりに好戦的すぎやしないか?」
「俺は無闇やたらと戦うことを肯定しているわけじゃないし、イェーリングもこう言ってる。

(引用※3)
”私はどんな争いにおいても権利のための闘争を行えと要請しているわけではなく、
 権利に対する攻撃が人格の蔑視を含む場合にのみ闘争に立ち上がることを求めているのである。
 譲歩と宥和の気持、寛大さと穏やかさ、和解とか権利主張の断念とかいったことについては、私の理論も十分にその意義を認めている。
 私の理論によって批判されるのは、臆病や不精や怠慢によって漫然と不法を甘受する態度だけである。”

 ここだよ、ここが重要なんだ。繰り返していうが、無闇に戦って戦いまくれってことじゃない。寛大に物事を受け止め、穏便にすますことは大切なことだ。
 問題となるのは、相手がこっちの人格を踏みにじるようなひどいことをして、なのに何もせず事なかれ主義でやり過ごそうとする態度だ。そりゃおかしいぜ」
「まぁ言いたいことはわかるよ。でもイェーリングの主張が絶対に正しいわけじゃないだろう?」
「そりゃ勿論。彼の言い分にだっていろいろ問題点はあるさ。しかし、一つ間違いがあるからといって他のすべてが否定されるわけでもない。
 とにかくだな、俺が一番言いたいのは、少なくとも2084年の監視社会においては、もはや武力闘争を行う以外に言論の自由を回復する手段がないってことだ。
 それにだぜ、治、お前だってリークのために殺されそうになってて、それでこうして俺たち革命戦団の世話になってるわけだろう。
 権力者に楯突いて戦うって意味じゃお前も俺も結局おなじなんだよ。だったら俺たちでケンカや言い争いをしても無意味だぜ」
「まぁ確かに……。同意するよ」

 一気に喋った疲れを感じ、シンゴは少し黙る。本に視線を落とし、考える。武力闘争の道を選んだ俺は間違っているのだろうか?
 もしそうだとしたら、じゃあ今の日本でいったいどうしたら言論の自由を回復できる? プライバシーの権利を主張できる? 監視社会を解体できる?

 こっちが冷静に話し合いで解決しようとしても、向こうはそれに応じようとせず、それどころか武力で口封じして話し合いの機会を叩き潰してくる。
 そんな無茶苦茶な状況が固定化してしまったのなら、もはや言葉の力では何も解決できず、かわりに拳の力を使うしかない。少なくとも俺はそう信じるぜ。





引用元
『権利のための闘争』、岩波文庫
著者:イェーリング、訳者:村上淳一
出版:岩波書店、第二十七刷

引用※1
ページ:13

引用※2
ページ:31

引用※3
ページ:15
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔導兇犬録:哀 believe

蓮實長治
ファンタジー
そこは「この現実世界」に似ているが様々な「異能力者」が存在し、科学技術と超常の力が併存する平行世界の近未来の日本。 福岡県久留米市で活動する「御当地魔法少女」である「プリティ・トリニティ」は、日頃の活躍が認められ地元自治体の広報活動にも協力するなど順風満帆な日々をおくっていたのだが……。 ある日、突然、いつもと勝手が全く違う血飛沫が舞い散り銃弾が飛び交うスプラッタで命懸けの戦闘をやらされた挙句、サポートしてくれていた運営会社から、とんでもない事を告げられる。 「ごめん……親会社が潰れて、今までみたいに『怪人』役の手配が出来なくなった……」 「えっ?」 なんと、運営の「親会社」の正体は……彼女達の商売敵である「正義の味方」達が、つい最近、偶然にも壊滅させた暴力団だったのだ。 果たして彼女達が選ぶのは……廃業して収入を失しなう奈落への道か? それとも「台本無し・命懸け・今までのイメージぶち壊し」の地獄の三位一体か? 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。(GALLERIAは掲載が後になります) この小説の執筆にあたり、下記を参考にしました。 体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉: 伊藤亜紗(著)/文藝春秋社 武術に学ぶ力の発揮:https://ameblo.jp/hokoushien/entry-12013667042.html 剣術の基本。:https://hiratomi.exblog.jp/20897762/ 映画「フィールズ・グッド・マン」アーサー・ジョーンズ監督

異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕

naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。   この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。

アーマードナイト

ハヤシカレー
SF
 6年前に死亡し少女の命日、少女を見殺しにした罪を背負い憧れを捨てた青年……朝日 昇流が思い出の展望台で夢中 啓示と共に街を見渡していた時だった。  突然何かが自宅の天井を貫き空へと飛翔する光景が瞳に映る。  困惑していると空が段々と、鎧の様な夜に包まれていき……そして……  気が付くと朝日は辺り一面に雪の広がる銀世界の上に立っていた。  その銀世界の中で謎の怪物……ワールデスという種族と遭遇する。  ワールデスによって命を奪われそうになった時、突然現れた空を舞い、言葉を扱う紺色の鎧、ナイトに救われる。  朝日はナイトと一体化しアーマードナイトとなりワールデスを撃破し……雪は消えた……が、雪が溶け切った後に広がっていたのは……  紺色に錆び付き、崩壊した世界だった。  朝日はワールデスと戦いながら崩壊した街を巡り、その中で崩壊世界の正体……そして自らの……かつて果たせなかった夢を叶える。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

言霊付与術師は、VRMMOでほのぼのライフを送りたい

工藤 流優空
SF
社畜?社会人4年目に突入する紗蘭は、合計10連勤達成中のある日、VRMMOの世界にダイブする。 ゲームの世界でくらいは、ほのぼのライフをエンジョイしたいと願った彼女。 女神様の前でステータス決定している最中に 「言霊の力が活かせるジョブがいい」 とお願いした。すると彼女には「言霊エンチャンター」という謎のジョブが!? 彼女の行く末は、夢見たほのぼのライフか、それとも……。 これは、現代とVRMMOの世界を行き来するとある社畜?の物語。 (当分、毎日21時10分更新予定。基本ほのぼの日常しかありません。ダラダラ日常が過ぎていく、そんな感じの小説がお好きな方にぜひ。戦闘その他血沸き肉躍るファンタジーお求めの方にはおそらく合わないかも)

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『特殊な部隊』の初陣

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる  地球人が初めて出会った地球外生命体『リャオ』の住む惑星遼州。 理系脳の多趣味で気弱な『リャオ』の若者、神前(しんぜん)誠(まこと)がどう考えても罠としか思えない経緯を経て機動兵器『シュツルム・パンツァー』のパイロットに任命された。 彼は『もんじゃ焼き製造マシン』のあだ名で呼ばれるほどの乗り物酔いをしやすい体質でそもそもパイロット向きではなかった。 そんな彼がようやく配属されたのは遼州同盟司法局実働部隊と呼ばれる武装警察風味の『特殊な部隊』だった。 そこに案内するのはどう見ても八歳女児にしか見えない敗戦国のエースパイロット、クバルカ・ラン中佐だった。 さらに部隊長は誠を嵌(は)めた『駄目人間』の見た目は二十代、中身は四十代の女好きの中年男、嵯峨惟基の駄目っぷりに絶望する誠。しかも、そこにこれまで配属になった五人の先輩はすべて一週間で尻尾を撒いて逃げ帰ったという。 司法局実動部隊にはパイロットとして銃を愛するサイボーグ西園寺かなめ、無表情な戦闘用人造人間カウラ・ベルガーの二人が居た。運用艦のブリッジクルーは全員女性の戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』で構成され、彼女達を率いるのは長身で糸目の多趣味なアメリア・クラウゼだった。そして技術担当の気のいいヤンキー島田正人に医務室にはぽわぽわな詩を愛する看護師神前ひよこ等の個性的な面々で構成されていた。 その個性的な面々に戸惑う誠だが妙になじんでくる先輩達に次第に心を開いていく。 そんな個性的な『特殊な部隊』の前には『力あるものの支配する世界』を実現しようとする『廃帝ハド』、自国民の平和のみを志向し文明の進化を押しとどめている謎の存在『ビックブラザー』、そして貴族主義者を扇動し宇宙秩序の再編成をもくろむネオナチが立ちはだかった。 そんな戦いの中、誠に眠っていた『力』が世界を変える存在となる。 その宿命に誠は耐えられるか? SFお仕事ギャグロマン小説。

処理中です...