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第10章 この社会を革命するために 後編

第168話 逃避行 Run away to fight another day

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 治を落ち着かせるため、なるべく穏やかな声でシンゴは語る。

「パニクる気持ちはわかるが、まぁ冷静になれ。さすがの情報局もフダを取るには時間がかかる、それまでは逮捕されねぇよ」
「フダ?」
「逮捕状のことだよ。もちろん奴らは場合によっちゃあフダなしで捕まえにくるが、今回は緊急性が低いからな。そうはならんだろ」
「なるほど……」
「それでだ、治、よく聞いてくれ。もちろん捕まるのは嫌だよな?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ俺と一緒に来い。革命戦団の力を借りて逃げるんだ」
「なんだって……?」
「いきなりこんなこと言われて面食らうのは百も承知、その上で話してるつもりだ。そもそもの話、革命戦団はお前に大きな価値を見出してる。
 だって、戦団の活動目的は、LMに都合の悪い情報を暴露することだからな。そしてお前がやろうとしてることはまさに暴露だろう?
 つまり戦団とお前は利害関係が一致している。お前を保護してリーク活動を助けることは、戦団の利益につながるわけだ。
 だから俺はお前を逃がすためにここに来たのさ」

 実にうさん臭い話だ。こんなことをいきなり言われて信じられる人間はそうそういないだろう。
 とはいえ、シンゴの言い分のすべてが嘘であるとも思えない。少なくとも通報に関しては事実と考える方が妥当なはずだ。

 だったら通報以外の言い分も事実なのでは? いや、しかしそんな安直に信じていいのか。やはりこれはなにか手のこんだ罠では?
 疑心暗鬼の苦しみが治の心を締めつけ、言葉を吐き出させる。

「無茶を言うなよ、こんな、まるで意味不明な話……」
「ご意見ごもっとも。だが俺は嘘なんてついてない。マジでお前がヤバいから、捕まる寸前だから助けにきた。本当にそれだけだ。……うん?」

 部屋の色が赤に変わる。機械の合成音声による警告メッセージが読み上げられる。

「何者かがチャット・ルームに接近中、接近中!」

 軽く舌打ちし、大慌てでシンゴは言う。

「ちっ、サイバー・パトロールだ! 悪りぃが時間切れ、話は終わりだ」
「おい……!」
「後でもう一通のメールを送る。もしお前が俺の話を信じるなら、そのメールの指示にしたがって行動してくれ」
「言うだけ言って逃げるなんて無責任だぞ!」
「しょうがねぇだろ、サツに見つかっちまったんだから! それに、お前だっていいかげん職場に戻らねぇと怪しまれるぜ?」
「それぐらい分かってる!」
「とにかく俺はちゃんと伝えたからな! 機会があったらまた会おう、じゃ!」

 シンゴの姿が消失し、直後にチャット・ルームも消える。治の意識は強制的に現実世界へと引き戻され、彼の視界に自分の仕事部屋が映る。
 治は考える。今のは夢だったんだろうか? それとも本当にあったこと? いったいどっちだ?

 スマートフォンが震える。恐る恐る手に取ってプッシュ通知を見る。”新着メール一件”。
 メールのタイトルにはこう書かれている。

”逃げる者に贈る翼”

 さっきシンゴが言っていたメールとはこれだろう。そして治の今後の運命は、このメールの内容を信じるか否かにかかっている。
 いったいどうすべきか?

 

 都内某所、戦火によって崩壊した倉庫街。夕方。今にも降り出しそうな曇り空の下を、白いシャツとチノパン、ショルダー・バッグという服装の治が歩いている。
 どこか遠くで雷鳴が響く中、彼は無言で十分ほど歩き、目的地にたどり着く。倉庫の貨物用扉の右横に設けられた人間用の扉、治はそこに立ってノックする。

 まずゆっくりと三回。それから少し間を置いて一回。さらに間を置き、今度は素早く二回。
 扉が開き、室内から長身の日本人が姿を現す。髪型は黒の刈り上げ、口とアゴにひげを生やしていて、年齢は30代前半だろうか。

 カーキ色の迷彩服を着ている彼は、ニコリと笑って治に話しかける。

「よう! よく来てくれたな、歓迎するぜ」
「……シンゴか?」
「イエス」
「アバターと現実の姿と、あまり変わらないんだな」
「その話は後だ、とりあえず中に入ってくれ。こんなとこ誰かに見られちゃヤバい」
「わかった」

 治は扉をくぐって入室する。そこは小さな事務所らしい、古ぼけたスチール・デスクやオフィス用チェアがいくつか並べられている。
 部屋の奥のソファに座っている男性が治に言う。

「剣崎・ジョシュア・治は君だな?」
「そうですが……」
「まずは自己紹介だ。私の名前はカジキ、よろしく頼む」
「はい」
「これからどう行動するかは、事前に送ったメールに書いてある通りだ。倉庫の隠し通路から地下鉄へ降り、そこを歩いて隠れ家に向かう。質問はあるか?」
「地下鉄を歩いて大丈夫なんですか?」
「とっくの昔に廃棄された路線だ。電車が通る可能性は無い」
「疑問を感じてるのはそこじゃありませんよ。地下鉄というからには真っ暗なはずですが、そんな場所を長時間歩いて迷ったりはしないんですか?」
「対策はちゃんと用意してある。君の後ろの壁を見てくれ」

 指示通りに治は動く。そこにはハンガーに吊るされたカーキ色の迷彩服が存在している。カジキの説明。

「それはステルス機能が搭載された軍服だ。闇市で売られていたオンボロの旧型だが、性能に問題はない。で、服の横を見てくれ」

 ずいぶんと長い黄色のロープが壁のフックにかけられている。いったいこれは何だ?

「すみません、こいつが一体なんの役に立つんですか?」
「我々の腰に巻くのさ。迷った時はロープをたぐっていけばいい、誰かのもとにたどり着ける。命綱ということだ」
「なるほど……」
「これから君にあの迷彩服を着てもらって、それから我々全員にロープを巻く。準備が終わったら出発だ。不明な点はあるか?」
「いえ……」
「では、さっそく作業にとりかかろう」

 言い終わったカジキは治に背を向ける。この間に着替えを済ませろということなのだろう。そういえばシンゴは? 彼へ視線を向けると、既に背を向けている。
 治はバッグを手近な机に置き、シャツのボタンを外し始める。そして強い不安を感じる、僕はこれからどうなるのだろう?

 シンゴの提案に乗って本当によかったのか。しかし今さら後には引けない、だったら行けるところまで行くしかない。
 それに、情報局に暗殺されるくらいなら、イチかバチかでシンゴたちに助けを求める方がマシだろう。これでよかったのだ、きっと。
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