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第10章 この社会を革命するために 後編
第162話 ある日の緊急事態 Unauthorized access
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公園の一件があって以降、治は変わった。以前の精彩を欠く仕事ぶりは消え、今や真逆の勤労者だ。リジーや梅下はそれを喜ばしいことと考えている。
彼女たちは「治は会社のために頑張っている」と思っている。しかしそれは誤解であり、治は会社ではなくリークを行う準備のために頑張っているのだ。
治は、表面的には今まで通りに仕事を続けつつ、その裏でインチキの証拠データを集め、いつかネットに投稿して暴露するという秘密計画を立てた。
同時に、計画を終えるにはかなりの時間が要るだろうと見積もった。なぜなら、チェスナット社は極秘データの漏洩を防ぐために多くの策を用意したからだ。
いくら治が腕利きのコンピューター技術者といっても、この厳重な警戒網をすり抜けてデータをコピーし、社外に持ちだすのは、かなりの難事業と言うほかない。
だから彼はしばしば残業し、場合によっては休日出勤までも行って、少しずつ少しずつこの計画を進めていった。
やがて、計画が八割ほど済んだ時、ある事件が起きた。
その日の夕方、治がデスクのパソコンを使って仕事に励んでいると、パソコンの画面に警報文が表示された。
”12号サーバーへの不正アクセスを検出しました!”
無線通信によって、パソコンが治の脳内に警告音と音声ガイダンスを流しこむ。
(ビーッ、ビーッ! サイバー攻撃です。担当者はただちに現場へ急行し、対処にあたってください)
やや遅れて、別室の梅下が無線機で話しかけてくる。
(剣崎くん、いったい何事?)
(わかりません、僕もいま警報を聞いたばかりで……)
(とにかく急いで!)
(はい!)
治は仕事を打ち切って席を立つ。そのまま室外へ歩み去り、駆け足で廊下を進む。目指すはフロアの隅にあるサイバー攻撃の特別対策室だ。
あっという間に到着し、すぐ近くにある電子戦用のリクライニング・シートに座る。この世界でしばしば登場してきたあの椅子だ。
なるべく呼吸を整えようと努力しながら治は背もたれを倒し、仰向けに寝るような体勢を取る。そして頭部の近くを探り、一本のコードを左手でつかむ。
そいつを左耳の空きソケットに挿しこむ。目を閉じ、対策室のコンピューターへ脳波を送り、同室の設備を使う許可を求める。
(緊急事態発生、サイバー攻撃だ。略式での認証を頼む)
(かしこまりました……)
コンピューターは滞りなく処理を行い、結果を治に伝える。
(認証終了。では、ご命令を)
(スクランブル用装備を頼む。で、準備が終わったらすぐ12号サーバーに僕を送ってくれ)
(ラジャー)
治は意識だけを電脳空間へ転送されて、そこに姿を現す。この空間をわかりやすく例えて表現すれば、青い宇宙だ。地面など存在しない。
そして治は体ひとつでこの場所を漂う宇宙飛行士だ。もっとも、その服装は飛行士のそれではなく、スクランブル用装備として支給された黒いレザー・コートだが。
彼は(映画の『マトリクス』の終盤、ヒロインと共に殴りこみをかける場面で、主人公がこんな恰好してたよな)と思い、仮装をした時のような愉快な気分になる。
だがすぐに真面目な顔つきに戻る。(これはごっこ遊びなんかじゃなく、クラッカー(侵入者)相手の命がけの戦いなんだ。油断しちゃいけない)。
そう、命がけだ。コンピューターの援護防御があるとはいえ、敵の攻撃を受ければ死ぬ可能性すら存在する。2084年における電子戦とはそういうものだ。
まぁそれはさておき、これからどうするか。治は眼前に浮かぶ白く巨大な球、12号サーバーに意識を向ける。まずはこれについて調べよう、コンピューターに命じる。
(サーバー全体のスキャンを)
(了解……。結果です、エリアCASに異常が認められます)
(そこに僕を送れ)
(はい)
治は球の上部にある地点、すなわちエリアCASに瞬間移動する。ここには1本の大きな柱が立っていて、まるでスイカに刺さったストローだ。
平常時はこんな柱など存在しない。侵入者が突き刺したのだ。そいつはこの柱を通じてサーバー内部に入ったに違いない。
ならば治もこれを利用して後を追いかけるべきだろう、しかしその前に、柱が安全かどうかを確認しなくては。再度コンピューターに命じる。
(柱について調べてくれ)
(特に異常は見つかりません。ただ、パスワードによってロックされています。このままでは利用できません)
(パスを破れないか?)
(では、総当たり攻撃を行います……)
治と柱の中間地点にネット・ブラウザーのような画面が現れる。そこに存在するパスワードの入力場所に、凄まじい速さで多種多様な文字、数字が打ちこまれていく。
数秒後、コンピューターは仕事を終えて告げる。
(突破しました)
画面が消える。直後にロックが解除され、柱が利用可能な状態となる。
治は柱に近づき、そこにある扉のようなものに向かって(開け)と命令する。エレベーターが開く時のように扉が消えていき、そこに緑のもやが現れる。
このもやは別々の地点をつなぐワープ装置だ。こいつに飛びこめばクラッカーのいる地点にたどり着ける。
敵と対決する危険はもちろん大きい。だが被害はこうしてもたついている間にも拡大し続けている、急いで食い止めねば。治は覚悟を決めてもやに入る。
彼女たちは「治は会社のために頑張っている」と思っている。しかしそれは誤解であり、治は会社ではなくリークを行う準備のために頑張っているのだ。
治は、表面的には今まで通りに仕事を続けつつ、その裏でインチキの証拠データを集め、いつかネットに投稿して暴露するという秘密計画を立てた。
同時に、計画を終えるにはかなりの時間が要るだろうと見積もった。なぜなら、チェスナット社は極秘データの漏洩を防ぐために多くの策を用意したからだ。
いくら治が腕利きのコンピューター技術者といっても、この厳重な警戒網をすり抜けてデータをコピーし、社外に持ちだすのは、かなりの難事業と言うほかない。
だから彼はしばしば残業し、場合によっては休日出勤までも行って、少しずつ少しずつこの計画を進めていった。
やがて、計画が八割ほど済んだ時、ある事件が起きた。
その日の夕方、治がデスクのパソコンを使って仕事に励んでいると、パソコンの画面に警報文が表示された。
”12号サーバーへの不正アクセスを検出しました!”
無線通信によって、パソコンが治の脳内に警告音と音声ガイダンスを流しこむ。
(ビーッ、ビーッ! サイバー攻撃です。担当者はただちに現場へ急行し、対処にあたってください)
やや遅れて、別室の梅下が無線機で話しかけてくる。
(剣崎くん、いったい何事?)
(わかりません、僕もいま警報を聞いたばかりで……)
(とにかく急いで!)
(はい!)
治は仕事を打ち切って席を立つ。そのまま室外へ歩み去り、駆け足で廊下を進む。目指すはフロアの隅にあるサイバー攻撃の特別対策室だ。
あっという間に到着し、すぐ近くにある電子戦用のリクライニング・シートに座る。この世界でしばしば登場してきたあの椅子だ。
なるべく呼吸を整えようと努力しながら治は背もたれを倒し、仰向けに寝るような体勢を取る。そして頭部の近くを探り、一本のコードを左手でつかむ。
そいつを左耳の空きソケットに挿しこむ。目を閉じ、対策室のコンピューターへ脳波を送り、同室の設備を使う許可を求める。
(緊急事態発生、サイバー攻撃だ。略式での認証を頼む)
(かしこまりました……)
コンピューターは滞りなく処理を行い、結果を治に伝える。
(認証終了。では、ご命令を)
(スクランブル用装備を頼む。で、準備が終わったらすぐ12号サーバーに僕を送ってくれ)
(ラジャー)
治は意識だけを電脳空間へ転送されて、そこに姿を現す。この空間をわかりやすく例えて表現すれば、青い宇宙だ。地面など存在しない。
そして治は体ひとつでこの場所を漂う宇宙飛行士だ。もっとも、その服装は飛行士のそれではなく、スクランブル用装備として支給された黒いレザー・コートだが。
彼は(映画の『マトリクス』の終盤、ヒロインと共に殴りこみをかける場面で、主人公がこんな恰好してたよな)と思い、仮装をした時のような愉快な気分になる。
だがすぐに真面目な顔つきに戻る。(これはごっこ遊びなんかじゃなく、クラッカー(侵入者)相手の命がけの戦いなんだ。油断しちゃいけない)。
そう、命がけだ。コンピューターの援護防御があるとはいえ、敵の攻撃を受ければ死ぬ可能性すら存在する。2084年における電子戦とはそういうものだ。
まぁそれはさておき、これからどうするか。治は眼前に浮かぶ白く巨大な球、12号サーバーに意識を向ける。まずはこれについて調べよう、コンピューターに命じる。
(サーバー全体のスキャンを)
(了解……。結果です、エリアCASに異常が認められます)
(そこに僕を送れ)
(はい)
治は球の上部にある地点、すなわちエリアCASに瞬間移動する。ここには1本の大きな柱が立っていて、まるでスイカに刺さったストローだ。
平常時はこんな柱など存在しない。侵入者が突き刺したのだ。そいつはこの柱を通じてサーバー内部に入ったに違いない。
ならば治もこれを利用して後を追いかけるべきだろう、しかしその前に、柱が安全かどうかを確認しなくては。再度コンピューターに命じる。
(柱について調べてくれ)
(特に異常は見つかりません。ただ、パスワードによってロックされています。このままでは利用できません)
(パスを破れないか?)
(では、総当たり攻撃を行います……)
治と柱の中間地点にネット・ブラウザーのような画面が現れる。そこに存在するパスワードの入力場所に、凄まじい速さで多種多様な文字、数字が打ちこまれていく。
数秒後、コンピューターは仕事を終えて告げる。
(突破しました)
画面が消える。直後にロックが解除され、柱が利用可能な状態となる。
治は柱に近づき、そこにある扉のようなものに向かって(開け)と命令する。エレベーターが開く時のように扉が消えていき、そこに緑のもやが現れる。
このもやは別々の地点をつなぐワープ装置だ。こいつに飛びこめばクラッカーのいる地点にたどり着ける。
敵と対決する危険はもちろん大きい。だが被害はこうしてもたついている間にも拡大し続けている、急いで食い止めねば。治は覚悟を決めてもやに入る。
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