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第9章 この社会を革命するために 前編

第140話 死亡賭博 Death pool

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 有名人がいつ死ぬかについて賭けるギャンブルをデス・プールと呼ぶ。対象は様々で、スポーツ選手や作家、政治家、ときには天皇やローマ法王までもが選ばれる。
 かつてプラネットを遊んでいた頃、低賃金の土木建築作業員にすぎなかった俺は、どうやって課金の費用を作るかいつも悩んでいた。

 そんな時、このサイトからの広告メールによってデス・プールを知り、面白半分に参加した。
 当時の俺は火村大輔というスカしたロック・ギタリストが大嫌いで、さっさと死ねばいいと思っていた。だから「30日以内に死亡」のチケットを購入した。

 彼はそのときまだ20代後半の若い男で、急死などまず考えられず、よってこのチケットはいわゆる大穴となっていた。
 で、賭けはどういう結末を迎えたか? 俺がチケットを買って数日後、情報局が飛ばしていたドローンが墜落事故を起こし、火村の妻と子どもを殺した。

 火村は記者会見で号泣しながら訴えた。

「公共の利益のためとはいえ、なんでドローンをいつも飛ばしておく必要があるんですか!
 こんなものはいらない! 仮に必要だとしても、24時間休みなしで飛ばす必要はない!
 どうしてもの時だけ飛ばせばいいんです! 無闇にドローンを、ドローンを、乱用したことが、俺の家族の命を奪った! ドローンなんていらない、廃止すべきだ!」

 みっともなく取り乱す火村の姿をテレビでながめながら、俺は心の中で拍手喝采した。ざまぁみろ、高慢ちきなクソ野郎! 調子に乗るから天罰が下ったんだ!
 同時にこうも思った。ドローンを廃止なんて反体制的なことを言い出したら、LMや情報局が黙っているわけがない。近いうちに消されるに決まってる。

 この予測はみごとに当たった。記者会見から2週間後、火村は自宅の庭で謎の焼身自殺を遂げたのだ。おかげで俺は賭けに勝ち、かなりの儲けを手に入れた。
 それから俺はデス・プールに熱中した。いろんな有名人の健康データを血眼になって探し、分析し、くたばりそうな奴を見つけると片っ端から賭けた。

 あの頃の俺は、賭けの対象にした有名人のニュースを知るたびにこう思った。こいつまだ生きてんのか、馬鹿野郎、さっさと死んで俺に儲けさせろ!
 そいつが長生きしたせいで賭けに負けた時はしこたま罵った。クズ、クソ、ゴミ、アホ、ドちくしょう、今すぐ自殺して俺に詫びろ!

 まぁ基本的には俺は勝つことが多かったから、こういう罵倒はごくたまに経験するだけだった。むしろたいていはこんなセリフと共に賭けを終えた。
 ターゲットくん、死んでくれてありがとう。おかげで大儲けだ、君の死に心の底から感謝する!

 デス・プールは俺に多くの金をもたらし、生活を楽にし、プラネットに重課金することを可能にしてくれた。でも、あることがきっかけで俺はこの愚かな博打をやめた。
 それは港区でビルの建築の仕事をやってた時だった。休憩時間、現場の片隅でボーっとしていた俺は、その日の朝に知ったニュースのせいですごくブルーだった。

 ニュースが言うには、俺が中学生の頃から大好きなロック・シンガーのヒューイ・タイガーが、くも膜下出血で死んだというのだ。まだ37歳だというのに!
 彼みたいなクール・ガイがどうして若死にしなくちゃいけないんだ? そう考えた時、同僚の男たちの会話が聞こえてきた。

「おい、デス・プールって知ってるか?」
「噂だけはな。あれだろ、作家とか政治家がいつ死ぬかに賭けるっていう……」
「なんだ、知ってんのか。じゃあ話は早い、お前もやってみろよ」
「でもギャンブルはなぁ……」
「そんなヤバいもんじゃねぇよ、ちょっとした小遣い稼ぎと思えばいい。
 実はさ、俺さ、こないだ賭けたのよ。ヒューイ・タイガーが死ぬかどうか……」
「タイガー? あいつ確か、昨日の夜に死んだんだろ?」
「そうそう! おかげで大儲けよ!」
「へぇ!」
「なんだっけ、AVMだっけ? よく知らねぇけど、タイガーって脳の血管が生まれつき病気だったらしいのよ。
 だからいつかそこがバクハツしてくたばるんじゃねぇかと思ってさ。それで賭けたんだけど、アイツいつまでも死なねぇからさぁ……」
「そりゃお前、タイガーってまだ30代なんだしさ。普通に考えたらまず死なねぇよ」
「だがくたばった! いやぁお前、これ以上に嬉しいことってあるかよ!?」
「で、どんだけ儲かったの?」
「二十万!」
「マジ!?」
「だからお前もやってみろって! くたばりそうなの見つけりゃ、それでこんなに儲かるんだぜ? おいしい話だろ?」

 巨大なハンマーで心を殴り飛ばされたような、そんな凄まじいショックだった。
 俺はいつまでもタイガーに長生きして欲しかったし、もっと活躍して欲しかったし、もっともっといろんな曲を発表して欲しかった。

 だが、俺がタイガーの長生きを祈ったまさにその時、同僚は死を祈った。タイガーが死んだというニュースを聞き、俺が悲しんだまさにその時、同僚は狂喜した。
 デス・プールは法的には問題ない。大昔に日本版カジノ(IR)が生まれて以降、ギャンブルへの法規制は緩められ、デス・プールも合法となった。

 しかし。法的に問題がないからといって、じゃあ道徳的にも問題ないのか? そんなわけあるか! これほど胸糞の悪い話はそうそうあるもんじゃない!
 タイガーが死んだことで俺はやっと悟ったのだ。人の死を賭けの対象にしてはならないし、ましてや死を喜んではいけない。

 そして、この一件と前後して、俺はプラネットで大事件に巻きこまれ、引退することを余儀なくされた。
 引退するのだからもう課金する必要もない。したがってデス・プールでせっせと稼ぐ必要もない。こうして俺はデス・プールから完全に手を引いた。

 若気の至りとはいえ本当に愚かなことをしたものだ。今でもそう思う。火村の死を喜んだのは大きな過ちだった、彼のファンの悲しみを思えばとても喜べる話ではない。
 ……思い出話はこれぐらいにしておこう。俺は回想をやめ、サイトを見て回る。仰木の死に関する賭けは……やっぱり行われているな。

 参加者たちが投稿したコメント群を読む。ふむ……。現役引退後の仰木は離婚裁判で苦しみ、しばしば深酒した。それが病を招いて死につながったという意見が多い。
 彼はLMに嫌われるような言動をする人物ではなかったし、マフィアに暗殺されるような事情を抱えていたわけでもない。

 となると、おそらくだが、今回の急死はやはり単なる不運なのだろう。あるいは、不健康な生活習慣がもたらした必然的な悲劇だ。
 こういった話は確かにまれに発生する、そんなに疑うほどのことではない。調査を打ち切ることに決め、俺はブラウザーを閉じて軽くため息をつく。

 やれやれ……。世の中は嫌なことばっかりだ。
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