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第8章 マフィア・ラプソディ

第124話 馬鹿げた事件 Nice jokes

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 かつて馬場英知と彼の仲間が訪れた駐車場に、コートを着た2人の女たちがいる。1人はストロベリー・ブロンドの長髪をもつ白人女性で、名をジェーンという。
 もう1人は黒のショートカットをしたアジア系、名はウーファン。ジェーンより少し背が低い。

 彼女たちはこのあたりを仕切るマフィアの構成員であり、ウーファンはジェーンの舎弟にあたる。
 ウーファンはこの”舎弟”という言葉が嫌いだ。女の自分に”弟”の語を使って欲しくない。だから自分達の関係を誰かに説明する時は”舎妹(しゃまい)”と言う。

 二人は駐車場の隅にたたずみ、目の前の柱の上にある防犯カメラをながめている。落ち着いた口調でジェーンが話し出す。

「あれはやっぱり壊れてるんでしょうか」
「見た感じ、そうだと思いますけど」
「確かめましょう。ウーファン、セサミして」
「じゃぁ……」

 ウーファンはコートのポケットからスマートフォンを取り出す。右手の人差し指を指紋認証パネルに押し当てて解錠する。
 右耳下部のソケットの無線子機を通じて脳波を送り、セサミ用のアプリを起動する。セサミとは sesame, ゴマという英単語だが、裏社会では全く別の意味を持つ。

 すなわち、オープン・セサミ、開けゴマ。つまり、「非合法な手段を使って無理やり電子的な錠をこじ開ける」。
 この言葉は、第三次世界大戦が終わった頃からそんなふうに使われるようになったのだ。

 ウーファンは、防犯カメラの電脳世界に侵入してデータを盗もうとしているのだ。彼女はこういったことの専門家である。
 ただしそれは、カメラがきちんと作動していればの話だ。故障して電源すら通じていない、そんなものからデータを盗ることはできない。

 すぐに事態を理解したウーファンは、つまらない顔でジェーンに伝える。

「駄目だなー、こりゃ。マジで壊れてます」
「困りましたね……。ボスの話によると、ジョンがお金をパロされた時、この付近にミュルザンヌを停めていたわけでしょう?
 だったらカメラに犯人の姿が映っている。そのデータを手に入れて正体を割り出す、そういうプランでしたが……」
「諦めるしかないですよ。こんな貧乏人どもの巣窟じゃ、誰もまともなセキュリティ意識なんて持ってない。
 LMが「カメラをつけろ!」とうるさいから申し訳程度に設置してるだけ。壊れちゃったら「直す金がもったない」、そう考えてほったらかし」
「嘆かわしいことです。せっかく防犯カメラを使うなら、きちんとメンテナンスしたほうがいいでしょうに」
「マフィアのあたしらが防犯意識の低さに怒るなんて、なんか面白いですね!」
「くだらないジョークです……」

 ジェーンは言い捨て、あたりを見回す。カメラは他にもいくつかあるが、自分たちの役に立ちそうなものは何もない。
 カメラ漁りのプランは破棄するしかなさそうだ。彼女は愚痴るようにつぶやく。「まったく、もう……」。



 いつまでも駐車場にいても仕方ない。二人は立ち去ることに決め、赤いアルファ・ロメオに乗って移動を始めた。
 運転手はウーファンで、ジェーンは運転席の後ろにいる。事故った時の生存率を合理的に考慮すればここに座るべき、それがジェーンの持論だ。

 彼女は特別な理由がない限り助手席に座らない。ここは英語で「デス・シート(death seat)」と揶揄されるほど危険なのだ。なるべく使いたくない。
 世人はどうして意味もなく助手席を好むのだろう。自殺願望でもあるのか。そんなことを考えて(くだらない……)と内心で評し、ウーファンに話しかける。

「ねぇ、今後のことだけど」
「はい?」
「どうしたらいいと思う?」
「まぁ地道に聞きこみするしかないと思いますけど」
「あなたはセサミの専門家でしょう、ネットで情報を得られないの?」
「無茶いわないで下さいよ~。セサミってそんな万能なもんじゃないです」
「ふぅ……。そう……」

 車は長いカーブにさしかかる。きちんと曲がるためにウーファンは速度を落とし、その拍子に浮かんだ疑問を話題に出す。

「しっかし、姐さん。ジョンはなんだってパロされたんです?」
「ボスからはこう聞いています。彼の兄貴分が取引に出かけている間、ジョンは駐車場で待っていた。ところでウーファン、ジョンが腎臓病なのは知ってる?」
「初耳ですねー」
「ボスの情報によればそうですよ。だから彼はいつもトイレが近く、あの時も必死に我慢していた。で、ついに限界を超えて……」
「超えて?」
「大急ぎで用を足せば問題ない。そう思って車を飛び出し、焦っていたからドアをきちんと閉めなかった。この隙にお金のケースをパロされたそうです」
「へぇー。さすがジョン、期待を裏切る!」
「私は前からボスに言っていましたよ。あんなうかつな男に大仕事を任せるのは危険だと」
「泥棒マフィアのうちが逆に泥棒されるなんて、なんか面白いですね!」
「笑い事じゃありません。ジョンのせいで私たちが尻ぬぐいする羽目になったんですよ? 全く、何でマフィアが泥棒を探して捕まえなくちゃならないんだか……」
「いっそあたしたち二人、警察官に転職します?」
「冗談? どこの世界に元マフィアの警察官がいるの」
「あははははは! そりゃそーです!」

 カーブが終わる。直線道路が見えてくる。大笑いして上機嫌のウーファンは、勢いよくスピードをあげる。
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