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第5章 上流階級の優雅で華麗な日々

第98話 海沿いの道 Reap what you sow

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 その後、俺たちはみんなして喋りまくり、スエナへの怒りをぶちまけ、どうにか気分が落ち着いたところで解散となった。
 俺はサンドマンと共にグレート・ベースの一室へ戻り、彼に言う。

「じゃ、俺、今日はもう落ちるから。また今度……」
「ちょっと待って。最後に聞きたいんだが」
「何?(早くしろよ!)」
「スエナの野郎、大丈夫かな?」

 俺はサンドマンの顔色をうかがう。ちょっと不安そうだ。

「大丈夫って、何が?」
「スエナが最後に言っただろ。「どんな方法だろうと必ずやり返してやる」って。
 今、なんとなく嫌な予感がしてさ。
 あいつ、ひょっとしてリアルで反撃してくるつもりじゃないかって……」

 はぁ? リアルで?

「おいおい。あいつは俺らの本名も、住所も知らないんだぞ? 何ができるってんだ」
「そりゃそうだが、でも、今の日本じゃプライバシーなんて無いも同然なのはお前も知ってるだろ?
 大金を払いさえすれば、たいていの個人情報が手に入る。つまり、奴が俺らのリアルでの居場所を突き止め、報復してくる可能性が……」
「馬鹿々々しい。あのなぁ、俺たちは金持ち、特権階級だぞ? 情報漏れが起きないよう、専門家のアドバイスを受けてガード固めてるじゃないか。
 心配しすぎなんだよ。じゃ、落ちるぜ!」

 ログアウトする。
 ったく、情けない男だわ。自爆上等のテロリストならともかく、スエナのような一般人、どこに怖がる要素があるんだ。

 アリがいくら怒ったところで、人間に復讐できるわけがない。だから俺たちはどーんと構えてりゃいいのさ。
 俺は今までたくさんのアリを踏みつぶし、殺してきたが、何の復讐も受けていない。弱者は強者に逆らえない、これが世の中ってやつだ!



 今週の木曜と金曜はかなりの雨が降った。そのせいで、土曜の朝になった今でも道がぬかるんでいる。
 こんな日はさすがに外出したくない、でもパパはメールをよこし、いつぞやの時のように会社へ呼び出した。

 食堂の椅子に座ってぼんやり考える。どうにかして呼び出しを断れないかな?
 しかしすぐそばに立っている爺やが主張する。

「坊ちゃま、そろそろ出発しませんと……」

 俺はぞんざいに「わかってるよ」と返事する。どうせやらなくちゃいけない用事なら、早めに片づけたほうがいい。
 爺やにたずねる。

「車の準備は?」
「できております」
「確認するけどさ……。俺が運転しちゃダメなの?」
「はい。旦那様から「ガードに運転させるように」とうかがっております」

 ちっ。こないだみたいな気ままな一人旅は、やっぱダメらしい。

「車の種類は?」
「もちろん防弾車です」
「ねぇ、いつものスポーツカーじゃダメなの?」
「申し訳ありませんが、旦那様の言いつけでして……」
「わかってる、わかってる! 安全面を考えれば、あの野暮ったいかわりに防御力抜群の防弾車がベスト、そうだろ!」
「はい」
「ったく……」
「これも旦那様からですが、道順についても話がきておりまして」
「あぁ何!?」
「海沿いのあの崖の道はさけて、遠回りでもメイン・ロードを……」
「はぁぁぁぁぁ!?」

 ふざけんな、ちくしょう! パパはどこまで俺の自由を奪えば気が済むんだ!

「やだよそんなの! メイン・ロードなんて!」
「しかし坊ちゃま……」
「あのさ、俺だって妥協くらいできるよ。でも物事には限度があるだろ?」
「そうはいっても旦那様の……」
「パパがなんだっつーの! わかった、それならね……」

 スマホを取り出し、通話アプリを立ち上げる。

「もしもし、パパ?」
「なんだいきなり……。仕事中にかけるのはなるべく……」
「そっち行く件だけどさ、海沿いの道でもいいでしょ?」
「何?」
「今日は数日ぶりに晴れたんだ、きれいな景色を見て気分転換したいんだよ」
「あのなぁ、あそこは事故の可能性が……」
「嫌だったら嫌だ! ガードが運転するのも、防弾車なのも我慢する、だからせめて道くらい好きに選ばせてよ!」
「……。わかった、じゃあお前の自由にしなさい」
「やった!」
「そのかわり、じゅうぶん気をつけるんだぞ。何かおかしいと感じたらすぐ家に引き返せ、わかったな?」
「うん! じゃ、また後でね!」

 通話を終え、爺やを見る。

「パパの許可もとったし、これでいいでしょ?」
「はぁ……」
「それじゃあ行ってきます!」

 席を立つ。すたすた歩いて食堂を出る。
 隅で掃除をしているメイドが、「いってらっしゃいませ」とあいさつしてくる。

 あれ、この時間に掃除? 変なやつ。今は休憩してもいい時間なのに。
 まぁいいか、仕事熱心なのはいいことだ。これからもその調子で頑張ってくれよ。



 こうして海沿いの道を通ってのドライブが始まった。
 助手席の俺は、さっきからずっと外の風景をながめている。ふと、乗車前に爺やと交わした会話が思い出される。

「坊ちゃま、運転席の後ろにお座りください」
「なんでさ」
「事故にあった時にもっとも生存率が高いのがそこでして……」
「でも、そしたら前の景色が見らんないじゃん」
「そうですが、なるべく安全を心がけて……」
「やだよ、やだ! 助手席にしたいんだ! じゃあ聞くけど、パパはどこに座るか指定したの?」
「いえ、何もうかがっておりません」
「なら、どこに座ろうと俺の勝手じゃないか。はい決まり、助手席!」

 やれやれ。いくら武装戦線に狙われてるからって、どこに座るかなんて小さいことまで警戒する必要あんの? ナンセンスだよ。
 この不自由な生活は、いつになったら終わるんだろう? いい加減に限界だぜ。

「はぁ……」

 ため息をもらす。しかし運転席のガードは無反応を貫き、黙々と仕事を続ける。
 こいつはさっきからずっとこうだ。喋るのは必要最低限の事柄だけ。なにか冗談を言って俺を楽しませるとか、そういうサービスはいっさい無い。

 どうしてパパはこんな野暮チンをよこしんたんだろう。何もかもが俺を退屈させる、早く用事をすませてプラネットに行きたいよ……。
 会社まではあとどれくらいの距離だ? 前を向いて標識を探し、文字を読み取る。やれやれ、こりゃぁまだかかりそうだ。

 ついでにもっと前の方に注意を向けると、かなり大型のトラックが向かってきているのが見える。けっこうなスピードだ。
 路面はまだ湿っているのに、どうしてそんなに飛ばすんだ。ドライバーは自殺願望でもあるのか?

 うちのガードみたいに安全第一でゆっくり運転しろよな。そこに関しちゃこいつは優秀だ、そろそろ急カーブにさしかかるが、確実に曲がるために減速している。
 もちろん、減速したといってもそれなりの速度が出ているわけで、物理法則にしたがって遠心力が生まれる。俺は体が崖際へ押し出されるような感覚を味わう。

 なぜか不安が襲ってくる。スエナの言葉が思い浮かぶ。「どんな方法だろうと必ずやり返してやる」。不安が強まる。
 大型トラックが接近してくる、相変わらずの猛スピードで。どうしてブレーキしないんだ、そのままじゃカーブを曲がれないぞ!

 思わず俺は言葉を漏らす。

「おい、あれ……!」

 トラックが中央線を無視してこっちへ突っこんでくる。減速しきった俺の車は、今、崖のそばだ。このまま事態が進むと……。

「おい! ちょっと!」

 ガードが「くそっ!」と言って回避運動を取ろうとする。しかし間に合わない、トラックが衝突する。
 強烈な衝撃。「ドォン!」という派手な音。トラックはそのままガードレールを破壊し、俺の車を道連れにして落ちていく。

 たしかこの下は砂場のはずだ。じゃあ、俺は死ぬのか? 車の爆発炎上によって?
 いや、大ケガしても移植手術がある、けど即死したら、そもそもこの事故は誰の企みで……。

「ドォォォォォン!」
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