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第4章 現代の監視社会における具体的な監視方法とその運用の実態について
第79話 特別扱い No rule without exceptions
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その日の午前、理堂と大伝馬は射撃訓練を行い、今は食堂で遅めの昼食を取っている。
二人の他は誰もいない、静かな場所。理堂はズズッとかけ蕎麦の汁をすすり、喋る。
「デンマさん。そのチャーハン、おいしいですか?」
「俺にとってはおいしいよ。俺にとっては、な」
「と、いうと?」
「こいつはサイボーグ用の特別食。生身のお前にはゲロマズだ」
「へぇ……」
「そんなことよりよ。理堂……」
チャーハンを食べる手を休め、大伝馬は言う。
「お前、ここの仕事には慣れたか?」
「まぁそれなりに……」
「どうだ、監視社会の実態を知った感想は?」
「そりゃあビックリしてますよ。ダーク・ウェブでいろんな噂を耳にしましたけど、真実はそれよりも奇妙、想像以上です」
「へへ。じゃあ特別授業だ、もっと教えてやる」
大伝馬はコップの水をゴクリと飲むと、得意げな顔で語り出す。
「いいか、理堂。監視のやり方ってのは、本当にいろいろあるんだよ。たとえば、位置情報ゲームってあるだろ」
「昔よく流行りましたよね。ポケット・クリーチャーズとか、ステーション・コレクションとか」
「あぁいうゲームはスマホのGPS機能を利用しているわけだが、それはどういう事態を引き起こしてると思う?
つまりな。当たり前な話、ゲーム会社はスマホの位置情報をほとんど把握できるんだよ。
どのプレイヤーがいつどこをどれくらい歩いたか、どこに立ち寄ったか、すぐ調べられる」
「なんとなく先が読めます」
「言ってみろ」
「LMは、ゲーム会社からそういうデータを提供させ、監視を行う時に役立てる。
そして会社は提供の見返りとして、チーターの逮捕や処罰などをLMに頼む……」
「正解」
理堂はため息をつく。
「はぁ……。最近、GPSを使うのが怖いですよ……。何が起きるか分からなくて」
「でもそれを理解できてよかったじゃねぇか。前より賢くなったってことだ」
「俺、情報局に入るまで、個人情報って名前や住所といったデータだけを指す言葉だと思ってました」
「ところがどっこい、違うんだな。
自分の居場所、通話履歴、ネットの閲覧記録。そういうのも個人情報だ。専門用語でいうところのメタ・データってやつだ」
「この前チーフに教えてもらいましたよ。
たとえば、ある女性の通話記録を見ると、しばしば産婦人科に電話している。
また、彼女は不妊治療の情報をネットで検索していて、通販サイトでは不妊症の解説書を買っている。
ここまで調べれば、誰だって推理できますよ。すなわち、この女性は不妊症に悩んでいる」
「だから個人情報ってのは恐ろしいんだよな。データの一つ一つはたいしたことなくても、パズルのように組み合わせることで真実が浮かび上がってくる……」
またもやため息をつき、理堂はぼやく。
「はぁ……。本当、凄まじい監視社会だ」
「でもビビるこたねぇよ。だってお前は情報局のスタッフ、LMから特別に愛されている子どもだ。
よっぽどひどいヘマをしない限り、彼女がお前のプライバシーを守ってくれるさ」
嘘つきデンマさん。理堂はそう思う。なぜなら、今この瞬間だって、理堂たちは監視されているのだ。
彼はちらっと天井に目をやる。監視カメラがいくつも埋めこまれているのがわかる。このぶんだと盗聴マイクもあるだろうし、スマホの電波だって傍受されている。
そう、たとえ情報局のスタッフであろうと、特別扱いなんてあり得ない。誰もがこの”監視”という鳥かごに囚われ、不穏な言動をすれば”怒られる”。
この監視社会では、内緒話は不可能なのか? たとえば、いま大伝馬と行っているこの会話を、暗号化された無線通信に切り替える。これなら……。
いやいや、俺は何を言っているんだ? この前チーフがやってみせただろう、局のコンピューターはあっさり暗号を破る。
つまり、電波が届かない山奥にでも行かない限り、無線通信は必ずLMに捕捉され、盗聴されるのだ。
暗号化してもこうなるのだから、まして単なる無線通信など、なんのカモフラージュにもならない。
素人はよく、”たとえ会社の中であっても、無線通信なら監視網に引っかからない”などと考えるが、それはまさしく愚の極み。
まるで子どもの隠れん坊だ。本人はうまく隠れたつもりでも、大人には全て見えている。国民という子どもは、リトル・マザーという大人の目から逃げられない。
プライバシーは、LMの成立と同時に消滅した。そんなことは理堂だって知っている、それでもストレスで愚痴りたくなってしまう。
二人の他は誰もいない、静かな場所。理堂はズズッとかけ蕎麦の汁をすすり、喋る。
「デンマさん。そのチャーハン、おいしいですか?」
「俺にとってはおいしいよ。俺にとっては、な」
「と、いうと?」
「こいつはサイボーグ用の特別食。生身のお前にはゲロマズだ」
「へぇ……」
「そんなことよりよ。理堂……」
チャーハンを食べる手を休め、大伝馬は言う。
「お前、ここの仕事には慣れたか?」
「まぁそれなりに……」
「どうだ、監視社会の実態を知った感想は?」
「そりゃあビックリしてますよ。ダーク・ウェブでいろんな噂を耳にしましたけど、真実はそれよりも奇妙、想像以上です」
「へへ。じゃあ特別授業だ、もっと教えてやる」
大伝馬はコップの水をゴクリと飲むと、得意げな顔で語り出す。
「いいか、理堂。監視のやり方ってのは、本当にいろいろあるんだよ。たとえば、位置情報ゲームってあるだろ」
「昔よく流行りましたよね。ポケット・クリーチャーズとか、ステーション・コレクションとか」
「あぁいうゲームはスマホのGPS機能を利用しているわけだが、それはどういう事態を引き起こしてると思う?
つまりな。当たり前な話、ゲーム会社はスマホの位置情報をほとんど把握できるんだよ。
どのプレイヤーがいつどこをどれくらい歩いたか、どこに立ち寄ったか、すぐ調べられる」
「なんとなく先が読めます」
「言ってみろ」
「LMは、ゲーム会社からそういうデータを提供させ、監視を行う時に役立てる。
そして会社は提供の見返りとして、チーターの逮捕や処罰などをLMに頼む……」
「正解」
理堂はため息をつく。
「はぁ……。最近、GPSを使うのが怖いですよ……。何が起きるか分からなくて」
「でもそれを理解できてよかったじゃねぇか。前より賢くなったってことだ」
「俺、情報局に入るまで、個人情報って名前や住所といったデータだけを指す言葉だと思ってました」
「ところがどっこい、違うんだな。
自分の居場所、通話履歴、ネットの閲覧記録。そういうのも個人情報だ。専門用語でいうところのメタ・データってやつだ」
「この前チーフに教えてもらいましたよ。
たとえば、ある女性の通話記録を見ると、しばしば産婦人科に電話している。
また、彼女は不妊治療の情報をネットで検索していて、通販サイトでは不妊症の解説書を買っている。
ここまで調べれば、誰だって推理できますよ。すなわち、この女性は不妊症に悩んでいる」
「だから個人情報ってのは恐ろしいんだよな。データの一つ一つはたいしたことなくても、パズルのように組み合わせることで真実が浮かび上がってくる……」
またもやため息をつき、理堂はぼやく。
「はぁ……。本当、凄まじい監視社会だ」
「でもビビるこたねぇよ。だってお前は情報局のスタッフ、LMから特別に愛されている子どもだ。
よっぽどひどいヘマをしない限り、彼女がお前のプライバシーを守ってくれるさ」
嘘つきデンマさん。理堂はそう思う。なぜなら、今この瞬間だって、理堂たちは監視されているのだ。
彼はちらっと天井に目をやる。監視カメラがいくつも埋めこまれているのがわかる。このぶんだと盗聴マイクもあるだろうし、スマホの電波だって傍受されている。
そう、たとえ情報局のスタッフであろうと、特別扱いなんてあり得ない。誰もがこの”監視”という鳥かごに囚われ、不穏な言動をすれば”怒られる”。
この監視社会では、内緒話は不可能なのか? たとえば、いま大伝馬と行っているこの会話を、暗号化された無線通信に切り替える。これなら……。
いやいや、俺は何を言っているんだ? この前チーフがやってみせただろう、局のコンピューターはあっさり暗号を破る。
つまり、電波が届かない山奥にでも行かない限り、無線通信は必ずLMに捕捉され、盗聴されるのだ。
暗号化してもこうなるのだから、まして単なる無線通信など、なんのカモフラージュにもならない。
素人はよく、”たとえ会社の中であっても、無線通信なら監視網に引っかからない”などと考えるが、それはまさしく愚の極み。
まるで子どもの隠れん坊だ。本人はうまく隠れたつもりでも、大人には全て見えている。国民という子どもは、リトル・マザーという大人の目から逃げられない。
プライバシーは、LMの成立と同時に消滅した。そんなことは理堂だって知っている、それでもストレスで愚痴りたくなってしまう。
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