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第2章 2084年
第31話 いまや水道事業は民間企業のもの Rich and poor
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その場所は清潔で、車道も歩道も広く、デザインのよい建物がたくさん建っている。
天気は晴れ。風が穏やかに吹き、心地よく、すべてが美しい。
ここに公園がある。そこのベンチに一組の若い男女が腰かけている。男性は三十代前半、女性は二十代前半といったところだろうか。
どちらも作業服を着ている。帽子の会社ロゴから判断するに、水道会社の調査員のものだ。
今は昼食時で、二人はサンドイッチを食べている。彼ら(あるいは彼女ら)の視線は、公園の出口の前にある大きな邸宅に注がれている。
邸宅の前の道路では工事が行われている。もしあなたが工事の看板の文字を読めば、それが水道関係のものであることが分かるだろう。
女性が喋り出す。
「あの工事って、水道管の取り換えでしたよね」
「あぁ」
「熊里(くまざと)主任。あんなに高級な水道管を使う理由ってなんですか」
「そりゃ、あれだよ。劣化しにくいとか、地震に強いとか、そういう特別な性能が必要だからだ」
「じゃあ別の質問をしていいですか。私、こないだ低所得者の住む地区に行ってきました。もちろん仕事で行ったんですけど」
「……それで?」
「点検をやったんですが、なんですか、あの管は。ボロボロにも程があります!
耐用年数を過ぎてるどころか、あちこち腐食したり亀裂が入ったり、あれじゃあ外の汚れで水が汚染されますよ。
あぁいう貧乏なとこって、あぁいうオンボロ管がたくさんあるわけですよね。
でもよっぽどのことがないと取り換えされなくて、しかも仮に取り換えるとしても旧式の安い管を使ってごまかす……」
「その通り」
「水道ってインフラですよね? 生きてくために絶対必要なものですよね?
だったら、収入に関係なく、きちんとしたクオリティのものが供給されなくちゃいけない。なのにどうして格差があるんですか!」
「そんなのいちいち言わんでも、お前、答えわかってんだろ?」
「えぇ! いまや水道事業は民間企業のもの、昔みたいな公共の仕事ではなくなった。
そして企業は利益第一で行動する。だから儲かるところ……金持ちのところを優先して工事する。
で、貧乏人に対しては、さっきいったみたいな手抜きで済ます」
「ご名答だ、若海(わかうみ)」
若海と呼ばれたこの女性の声が強まる。
「なんでこんなに不平等なんですか! これじゃあ貧乏人は死ねといってるのと同じですよ!」
「まあ落ち着けって。最低限どうにか飲める程度の水は、ちゃんと供給されてるだろ」
「ほんとに最低限じゃないですか! あんなプールみたいな塩素臭い水! 熊里主任、だって……」
「(手で制する)。とにかく落ち着けって。ほら……」
熊里は空を指さす。そこには飛行中の小型ドローン一機がある。彼はそれを見ながら言う。
「若海。あまり滅多なことを口にするもんじゃないぜ。特に、リトル・マザーを怒らせるようなことはな。
彼女は俺たちのすべてを知ろうと努力してる。あのドローンを見ろ、どんな情報だって集めちまう」
「でも映像だけに決まってます。こんな離れたとこの声なんて、拾えるわけない」
「だといいんだがね。お前は新人だから知らんだろうが、情報収集はドローン以外にもいろいろあるんだ。
気を抜いて喋りまくってると、いつどこで”不運な事故”にあうか分らんぞ」
「こんなディストピア……!」
「悪いがお喋りはここまでだ。勤務時間まであと10分。残ってるそれ、さっさと食っちまえよ。
ぼさっとしてると会社にサボりと思われるぞ。誰がどんな仕事振りなのか、人事部は全て知ってんだから」
「……はい」
若海は大急ぎでサンドイッチを食べ始める。そんな様子を熊里は黙って見つめている……哀れとも悲しみとも解釈できる顔をしながら。
天気は晴れ。風が穏やかに吹き、心地よく、すべてが美しい。
ここに公園がある。そこのベンチに一組の若い男女が腰かけている。男性は三十代前半、女性は二十代前半といったところだろうか。
どちらも作業服を着ている。帽子の会社ロゴから判断するに、水道会社の調査員のものだ。
今は昼食時で、二人はサンドイッチを食べている。彼ら(あるいは彼女ら)の視線は、公園の出口の前にある大きな邸宅に注がれている。
邸宅の前の道路では工事が行われている。もしあなたが工事の看板の文字を読めば、それが水道関係のものであることが分かるだろう。
女性が喋り出す。
「あの工事って、水道管の取り換えでしたよね」
「あぁ」
「熊里(くまざと)主任。あんなに高級な水道管を使う理由ってなんですか」
「そりゃ、あれだよ。劣化しにくいとか、地震に強いとか、そういう特別な性能が必要だからだ」
「じゃあ別の質問をしていいですか。私、こないだ低所得者の住む地区に行ってきました。もちろん仕事で行ったんですけど」
「……それで?」
「点検をやったんですが、なんですか、あの管は。ボロボロにも程があります!
耐用年数を過ぎてるどころか、あちこち腐食したり亀裂が入ったり、あれじゃあ外の汚れで水が汚染されますよ。
あぁいう貧乏なとこって、あぁいうオンボロ管がたくさんあるわけですよね。
でもよっぽどのことがないと取り換えされなくて、しかも仮に取り換えるとしても旧式の安い管を使ってごまかす……」
「その通り」
「水道ってインフラですよね? 生きてくために絶対必要なものですよね?
だったら、収入に関係なく、きちんとしたクオリティのものが供給されなくちゃいけない。なのにどうして格差があるんですか!」
「そんなのいちいち言わんでも、お前、答えわかってんだろ?」
「えぇ! いまや水道事業は民間企業のもの、昔みたいな公共の仕事ではなくなった。
そして企業は利益第一で行動する。だから儲かるところ……金持ちのところを優先して工事する。
で、貧乏人に対しては、さっきいったみたいな手抜きで済ます」
「ご名答だ、若海(わかうみ)」
若海と呼ばれたこの女性の声が強まる。
「なんでこんなに不平等なんですか! これじゃあ貧乏人は死ねといってるのと同じですよ!」
「まあ落ち着けって。最低限どうにか飲める程度の水は、ちゃんと供給されてるだろ」
「ほんとに最低限じゃないですか! あんなプールみたいな塩素臭い水! 熊里主任、だって……」
「(手で制する)。とにかく落ち着けって。ほら……」
熊里は空を指さす。そこには飛行中の小型ドローン一機がある。彼はそれを見ながら言う。
「若海。あまり滅多なことを口にするもんじゃないぜ。特に、リトル・マザーを怒らせるようなことはな。
彼女は俺たちのすべてを知ろうと努力してる。あのドローンを見ろ、どんな情報だって集めちまう」
「でも映像だけに決まってます。こんな離れたとこの声なんて、拾えるわけない」
「だといいんだがね。お前は新人だから知らんだろうが、情報収集はドローン以外にもいろいろあるんだ。
気を抜いて喋りまくってると、いつどこで”不運な事故”にあうか分らんぞ」
「こんなディストピア……!」
「悪いがお喋りはここまでだ。勤務時間まであと10分。残ってるそれ、さっさと食っちまえよ。
ぼさっとしてると会社にサボりと思われるぞ。誰がどんな仕事振りなのか、人事部は全て知ってんだから」
「……はい」
若海は大急ぎでサンドイッチを食べ始める。そんな様子を熊里は黙って見つめている……哀れとも悲しみとも解釈できる顔をしながら。
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