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第1章 下流階級で低収入の俺が本気出したら無双してしまった
第7話 お仕事 Lowlife
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翌日。現実世界、早朝。スマホから目覚まし時計のアラームが鳴り、俺は目覚める。
黒カビだらけの天井が見えて不愉快だ。こんなとこにいるより、仕事に出かけて外の空気を吸った方がマシだな。
え? 俺の仕事は何かって? 引っ越し会社のパート社員だよ。キツい肉体労働なのに安い給料さ、おまけに交通費は自腹! クソ!
とはいえ文句を垂れるとリトル・マザー(Little Mother)に逮捕されるからな。黙って働くしかない。
なんだよ、今度はリトル・マザーについて教えて欲しいのか? 人名じゃねぇよ、国民安全保障特別委員会の通称だ。LMと略される時もある。
この組織は日本すべてを支配してるんだ。昔の中国が中国共産党に支配されてたのと同じだな。
そりゃ表面上はね、日本は民主主義の政治ってことになってる。でも、最終的にはLMの政策が全てを押しのけて採用されるんだ。それって実質的に独裁じゃん。
どうしてこんなクソのかたまりが生まれたか教えてやるよ。俺が聞いた話だと、第三次世界大戦が起きた時、政治家たちが言い出したらしい。
「今は戦時である以上、敵国のスパイによって、地下鉄サリン事件やアメリカの911のような大規模テロが起きるかもしれない。だから専門の対策機関が必要だ」
こうして国民安全保障特別委員会……LMが設立され、時と共にどんどん肥大化していった。
奴は”テロ対策”や”治安維持”という大義名分で国民を説得し、何でも調べられる特権を手に入れたのさ。
裁判所に申請書を出しさえすれば、盗聴も盗撮も好きなだけ実行できる。なおかつ、下部組織として情報局を抱え、必要があれば局に実力行使を命じられる。
おかげで凄まじい監視社会が出来上がった。ニュースじゃ毎日のようにこんな話が流れてるぜ。
「合法的な盗聴捜査の結果、情報局はこれこれの人物にスパイの疑いを認め、緊急逮捕しました」
「逮捕時に激しく抵抗されたため、交戦の末にやむを得ず射殺しました」
「それそれの企業がテロ組織を支援していると判明したため、強制捜査が行われました」
「幹部のどれどれ氏が捜査時に逃亡を図ったため、やむを得ず射殺しました」
なぁにが緊急逮捕だよ、強制捜査だよ。誰もが知ってるぜ、そんなの嘘っぱちだって。実際は、自分たちのいうことを聞かない連中を粛清してるだけ。
2084年の日本は自由の無い生き地獄だ。
クソ! もうこの話はやめようぜ。怒ったって何も変わらねぇ、だったら何も考えないほうがストレス溜まんなくていい。
LMのことより目の前の仕事だ。今日はちょっと暑いぜ……ちくしょう、もう軽く汗ばんでやがる。
下流階級と中流階級、俗に「下民」と「中民」なんていうが、どっちの側も自分たちにふさわしい地区にまとまって暮らしているのが普通だ。
下民が住むのはいわゆる貧民街、スラムだな。水も空気も汚くて、治安は最悪。あちこちに犯罪者やテロリストの隠れ家がある。
で、中民の皆さんは市街地だ。公共バスや電車がたくさんあって、水や空気がきれいで、”LMに従っている限りは”警察や情報局に守ってもらえる。
それでだな。これら二つの地区の境目にある場所に、一棟のボロいアパートがある。今日の現場はここだ。
今の状況? とっくに朝礼を終えて、俺も同僚も制服姿で作業中さ。
ところで、現場の建物のエレベーターが使えるかどうかってのは、実に重要な問題だ。もし使えないとかわりに階段を使うはめになる。
それじゃあ悲しいニュースを伝えるとしよう。もう予想してると思うが、ここのエレベーターは故障中だ。クソ。
10階の部屋から1階まで、冷蔵庫みたいな重いものを人力で運ばなくちゃならん。
俺は現場に入っていく。同僚の男性、平田さんが、クソでかいタンスを運ぼうとしているのが見える。声をかける。
「平田さん、手伝いますよ」
「おぅ。じゃあ向こう側を頼む」
彼の反対側に回り、タンスに手をかける。
「馬場。せーの、で持ち上げるぞ」
「はい」
「よし。せーの……!」
腰にタンスの重みがのしかかってくる。もしこれでケガしても労災は無いってんだから、ひどい話だぜ。
俺たちは汗まみれになりながら仕事をこなす。一階にたどり着き、タンスをおろす。
「平田さん、お疲れ様です」
「お礼のタイミングが早ぇよ。今度はトラックまで持ってかなきゃ」
「はい」
うん? 少し遠くに当川の姿が見えるな。死ぬほど大嫌いな先輩だよ。向こうも俺たちに気づいたらしく、大声でなにか言ってくる。
「てめぇら! 休んでんじゃねぇぞ!」
こういうときはこれに限る。
「すんません! すぐやります!」
「口じゃなくて体を動かせ!」
「すんません!」
「いいか! いつも言ってるが、お前らがサボるとすぐ会社にバレるんだからな! キビキビ働けっ!」
そうなんだよね。ちょっとでもサボるとすぐバレる。何らかの方法で社員の働きぶりを監視してんだろうけど、いったいどういう仕組みなんだろ?
思わず考えこんでしまう俺。考えこむ? あっ、やば……。
「馬場ぁ! だからぐーたらしてんじゃねぇよ! 早くしろ!」
「はい!」
「気合い入れろっ!」
言うだけ言って当川はどこかに去っていく。
クソッタレ……。他人を見下して威張り散らす、それでしかプライドを保てない俗物野郎め。
汗が頬を伝って地面に落ちていく。仕事はまだ残ってる、まだまだまだまだ残ってる。
たまに思うよ。なんで生きてんだろうって。人生ってなんだろうな。まぁ……ゴミカスだ。
黒カビだらけの天井が見えて不愉快だ。こんなとこにいるより、仕事に出かけて外の空気を吸った方がマシだな。
え? 俺の仕事は何かって? 引っ越し会社のパート社員だよ。キツい肉体労働なのに安い給料さ、おまけに交通費は自腹! クソ!
とはいえ文句を垂れるとリトル・マザー(Little Mother)に逮捕されるからな。黙って働くしかない。
なんだよ、今度はリトル・マザーについて教えて欲しいのか? 人名じゃねぇよ、国民安全保障特別委員会の通称だ。LMと略される時もある。
この組織は日本すべてを支配してるんだ。昔の中国が中国共産党に支配されてたのと同じだな。
そりゃ表面上はね、日本は民主主義の政治ってことになってる。でも、最終的にはLMの政策が全てを押しのけて採用されるんだ。それって実質的に独裁じゃん。
どうしてこんなクソのかたまりが生まれたか教えてやるよ。俺が聞いた話だと、第三次世界大戦が起きた時、政治家たちが言い出したらしい。
「今は戦時である以上、敵国のスパイによって、地下鉄サリン事件やアメリカの911のような大規模テロが起きるかもしれない。だから専門の対策機関が必要だ」
こうして国民安全保障特別委員会……LMが設立され、時と共にどんどん肥大化していった。
奴は”テロ対策”や”治安維持”という大義名分で国民を説得し、何でも調べられる特権を手に入れたのさ。
裁判所に申請書を出しさえすれば、盗聴も盗撮も好きなだけ実行できる。なおかつ、下部組織として情報局を抱え、必要があれば局に実力行使を命じられる。
おかげで凄まじい監視社会が出来上がった。ニュースじゃ毎日のようにこんな話が流れてるぜ。
「合法的な盗聴捜査の結果、情報局はこれこれの人物にスパイの疑いを認め、緊急逮捕しました」
「逮捕時に激しく抵抗されたため、交戦の末にやむを得ず射殺しました」
「それそれの企業がテロ組織を支援していると判明したため、強制捜査が行われました」
「幹部のどれどれ氏が捜査時に逃亡を図ったため、やむを得ず射殺しました」
なぁにが緊急逮捕だよ、強制捜査だよ。誰もが知ってるぜ、そんなの嘘っぱちだって。実際は、自分たちのいうことを聞かない連中を粛清してるだけ。
2084年の日本は自由の無い生き地獄だ。
クソ! もうこの話はやめようぜ。怒ったって何も変わらねぇ、だったら何も考えないほうがストレス溜まんなくていい。
LMのことより目の前の仕事だ。今日はちょっと暑いぜ……ちくしょう、もう軽く汗ばんでやがる。
下流階級と中流階級、俗に「下民」と「中民」なんていうが、どっちの側も自分たちにふさわしい地区にまとまって暮らしているのが普通だ。
下民が住むのはいわゆる貧民街、スラムだな。水も空気も汚くて、治安は最悪。あちこちに犯罪者やテロリストの隠れ家がある。
で、中民の皆さんは市街地だ。公共バスや電車がたくさんあって、水や空気がきれいで、”LMに従っている限りは”警察や情報局に守ってもらえる。
それでだな。これら二つの地区の境目にある場所に、一棟のボロいアパートがある。今日の現場はここだ。
今の状況? とっくに朝礼を終えて、俺も同僚も制服姿で作業中さ。
ところで、現場の建物のエレベーターが使えるかどうかってのは、実に重要な問題だ。もし使えないとかわりに階段を使うはめになる。
それじゃあ悲しいニュースを伝えるとしよう。もう予想してると思うが、ここのエレベーターは故障中だ。クソ。
10階の部屋から1階まで、冷蔵庫みたいな重いものを人力で運ばなくちゃならん。
俺は現場に入っていく。同僚の男性、平田さんが、クソでかいタンスを運ぼうとしているのが見える。声をかける。
「平田さん、手伝いますよ」
「おぅ。じゃあ向こう側を頼む」
彼の反対側に回り、タンスに手をかける。
「馬場。せーの、で持ち上げるぞ」
「はい」
「よし。せーの……!」
腰にタンスの重みがのしかかってくる。もしこれでケガしても労災は無いってんだから、ひどい話だぜ。
俺たちは汗まみれになりながら仕事をこなす。一階にたどり着き、タンスをおろす。
「平田さん、お疲れ様です」
「お礼のタイミングが早ぇよ。今度はトラックまで持ってかなきゃ」
「はい」
うん? 少し遠くに当川の姿が見えるな。死ぬほど大嫌いな先輩だよ。向こうも俺たちに気づいたらしく、大声でなにか言ってくる。
「てめぇら! 休んでんじゃねぇぞ!」
こういうときはこれに限る。
「すんません! すぐやります!」
「口じゃなくて体を動かせ!」
「すんません!」
「いいか! いつも言ってるが、お前らがサボるとすぐ会社にバレるんだからな! キビキビ働けっ!」
そうなんだよね。ちょっとでもサボるとすぐバレる。何らかの方法で社員の働きぶりを監視してんだろうけど、いったいどういう仕組みなんだろ?
思わず考えこんでしまう俺。考えこむ? あっ、やば……。
「馬場ぁ! だからぐーたらしてんじゃねぇよ! 早くしろ!」
「はい!」
「気合い入れろっ!」
言うだけ言って当川はどこかに去っていく。
クソッタレ……。他人を見下して威張り散らす、それでしかプライドを保てない俗物野郎め。
汗が頬を伝って地面に落ちていく。仕事はまだ残ってる、まだまだまだまだ残ってる。
たまに思うよ。なんで生きてんだろうって。人生ってなんだろうな。まぁ……ゴミカスだ。
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