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第四章 ファルコンズ最高!(Falcons rules!)
第14話 城さや子とボルティモア・チョップ
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木曜、金曜、土曜。カレンダーの日付はあっという間に進んでいき、日曜日がやってきた。
その日は紅白戦をする予定になっていて、赤チームの先発を任されている西詰は、早めにボロ球場に到着するつもりで家を出た。
そして彼がボロ球場の近くまで来た時、彼は、二十歳前後の若い女性の姿が球場内で何かをしているのを発見した。
その人物はファルコンズのユニフォームを着ていて、遠くから見た限りでは日本人のように見える。栗色のきれいな髪をポニーテールに結んでいて、背の高さは百六十五センチほどだろうか、日本人女性としては長身な体つきだ。
彼女はバットを手にせっせと素振りをしている。様子を見るに、おそらく右打ちなのだろう。それにしても中々きれいなバッティング・フォームだ、西詰はそう思う。
(しかし、こんな人うちにいたっけな?)
その疑問を解決するべく、彼はその女性に近づいて声をかける。
「ちはーっす、西詰です。あの、あなたは……」
女性は振り返り、「どーも、こんちは!」と挨拶する。
「おー、君が西詰くんかぁ! あたしね、城さや子だよ。監督さんから聞いてない?」
「え……。あっ、はい」
どぎまぎしながら西詰は答える。
(こりゃ確かにすっげぇ美人……。若い頃の桜井幸子みたい……)
「西詰くん、どしたの? 調子悪い?」
「いや、大丈夫ですよ。あのー、それで、城さんはなんでここに?」
「自主練に決まってるじゃん。長いことやってなかったからねー、体もなまってるし、気合入れてかないと!」
「すごいっすね……」
「そういう君はなんで? あっ、自主練?」
「はい」
「へぇー、いいじゃんいいじゃん! お姉さんそういうの凄くカッコいいと思うな!」
そう言って、城はニコニコ笑ってみせる。思わず見惚れる西詰。
「西詰くんホント大丈夫? さっきからボーッとして」
「大丈夫っすよ!」
「ならいいけど」
初夏の少し暑い風が吹き抜けていく。何処かからセミの鳴き声が聞こえてくる。
セミはなぜ鳴くのだろうか。学者たちは求愛のためだと説明している。
彼らは夏が去るまでずっと鳴き続けるだろう。それは日本の夏の風物詩の一つなのだから。
紅白戦は、三対ゼロで赤チーム優勢という展開で進んでいった。そして今は四回の表、白チームが攻撃する番である。
状況は二死でランナー無し、右打席に入っているのは一番のさや子。マウンドの西詰は彼女の姿を見ている。
(さて、どう攻める……?)
前回の対戦では内野フライにしたが、打たれたのは得意球のドロップである。直球ではない。
凡打とはいえ変化球を打ったということは、それ相応の技量を持っているわけであり、そんな相手にいい加減な球を投げれば思いっきり飛ばされるのがオチだろう。慎重にいく必要がある。
また、一番バッターに抜擢されるだけあって、さや子はなかなか足が速い。デイビッドよりは劣るものの、男性と女性の体力差を考慮して評価すれば、ほぼ互角の走力といえるのではないだろうか。
そういう相手に三塁へ転がされたりすると実に厄介だ。内野安打にされかねない。ベストは三振させること、セカンド・ベストは平凡なフライ、これらのどちらかで仕留めたいところだ。
西詰はキャッチャーとサインを送り合い、作戦を決め、投げ始める。
第一球目は直球でボール球、二球目はそれよりも速い直球を投げてストライクを奪う。続いて、外角へ逃げていく遅いドロップで空振りをとってワン・ツー、最後は力いっぱいの真っ直ぐで見逃し三振を狙う。
セット・ポジションから動きを開始し、内角低めを狙って投げ込む。だがコントロールに失敗して、球は打ちやすそうなところに向かっていく。好球必打とばかりにさや子は打つ。
勢いよく振られたバットが球の上部を叩き、地面に打ちつけるようにして前へ飛ばす。球はカエルのように飛び跳ねながらショートへ飛んでいく。
ショートが処理にいく、だが球が高く弾んでいくせいでなかなか捕球できない。その隙にさや子は一塁へ走る、ショートようやく捕って送球、球はファーストへ飛ぶ……ファーストが捕る寸前、さや子が一塁を駆け抜ける。
「セーフ!」
記録でいうなら内野安打というところだろうか。さや子は西詰に言う。
「どうよ、凄いっしょ?」
「ラッキー・ヒットじゃないっすか!」
「それは違うね~。西詰くん、ひょっとしてあぁいう打球って初めて?」
「そんなことないですけど、まさかあそこまで弾むなんて思わなくて……」
「あれはねぇ、ボルティモア・チョップっていって、わざとボールを叩きつけるわけよ。あぁやって高く飛ぶとすぐ捕れないでしょ、その隙に走る」
「まぐれじゃなくて実力で打った内野安打ってことですか」
「そーゆーこと。軟式ボールは柔らかいからね、硬式よりも弾むよ。そういう特徴知ってればね、こういう軟式独特の打撃ができるわけ」
「なるほど……」
これだけの技術を持つさや子がスパローズとの再試合に出てくれたらどれだけ心強いだろうか。西詰はそう思い、できるならそうなって欲しいと密かに願った。
その日は紅白戦をする予定になっていて、赤チームの先発を任されている西詰は、早めにボロ球場に到着するつもりで家を出た。
そして彼がボロ球場の近くまで来た時、彼は、二十歳前後の若い女性の姿が球場内で何かをしているのを発見した。
その人物はファルコンズのユニフォームを着ていて、遠くから見た限りでは日本人のように見える。栗色のきれいな髪をポニーテールに結んでいて、背の高さは百六十五センチほどだろうか、日本人女性としては長身な体つきだ。
彼女はバットを手にせっせと素振りをしている。様子を見るに、おそらく右打ちなのだろう。それにしても中々きれいなバッティング・フォームだ、西詰はそう思う。
(しかし、こんな人うちにいたっけな?)
その疑問を解決するべく、彼はその女性に近づいて声をかける。
「ちはーっす、西詰です。あの、あなたは……」
女性は振り返り、「どーも、こんちは!」と挨拶する。
「おー、君が西詰くんかぁ! あたしね、城さや子だよ。監督さんから聞いてない?」
「え……。あっ、はい」
どぎまぎしながら西詰は答える。
(こりゃ確かにすっげぇ美人……。若い頃の桜井幸子みたい……)
「西詰くん、どしたの? 調子悪い?」
「いや、大丈夫ですよ。あのー、それで、城さんはなんでここに?」
「自主練に決まってるじゃん。長いことやってなかったからねー、体もなまってるし、気合入れてかないと!」
「すごいっすね……」
「そういう君はなんで? あっ、自主練?」
「はい」
「へぇー、いいじゃんいいじゃん! お姉さんそういうの凄くカッコいいと思うな!」
そう言って、城はニコニコ笑ってみせる。思わず見惚れる西詰。
「西詰くんホント大丈夫? さっきからボーッとして」
「大丈夫っすよ!」
「ならいいけど」
初夏の少し暑い風が吹き抜けていく。何処かからセミの鳴き声が聞こえてくる。
セミはなぜ鳴くのだろうか。学者たちは求愛のためだと説明している。
彼らは夏が去るまでずっと鳴き続けるだろう。それは日本の夏の風物詩の一つなのだから。
紅白戦は、三対ゼロで赤チーム優勢という展開で進んでいった。そして今は四回の表、白チームが攻撃する番である。
状況は二死でランナー無し、右打席に入っているのは一番のさや子。マウンドの西詰は彼女の姿を見ている。
(さて、どう攻める……?)
前回の対戦では内野フライにしたが、打たれたのは得意球のドロップである。直球ではない。
凡打とはいえ変化球を打ったということは、それ相応の技量を持っているわけであり、そんな相手にいい加減な球を投げれば思いっきり飛ばされるのがオチだろう。慎重にいく必要がある。
また、一番バッターに抜擢されるだけあって、さや子はなかなか足が速い。デイビッドよりは劣るものの、男性と女性の体力差を考慮して評価すれば、ほぼ互角の走力といえるのではないだろうか。
そういう相手に三塁へ転がされたりすると実に厄介だ。内野安打にされかねない。ベストは三振させること、セカンド・ベストは平凡なフライ、これらのどちらかで仕留めたいところだ。
西詰はキャッチャーとサインを送り合い、作戦を決め、投げ始める。
第一球目は直球でボール球、二球目はそれよりも速い直球を投げてストライクを奪う。続いて、外角へ逃げていく遅いドロップで空振りをとってワン・ツー、最後は力いっぱいの真っ直ぐで見逃し三振を狙う。
セット・ポジションから動きを開始し、内角低めを狙って投げ込む。だがコントロールに失敗して、球は打ちやすそうなところに向かっていく。好球必打とばかりにさや子は打つ。
勢いよく振られたバットが球の上部を叩き、地面に打ちつけるようにして前へ飛ばす。球はカエルのように飛び跳ねながらショートへ飛んでいく。
ショートが処理にいく、だが球が高く弾んでいくせいでなかなか捕球できない。その隙にさや子は一塁へ走る、ショートようやく捕って送球、球はファーストへ飛ぶ……ファーストが捕る寸前、さや子が一塁を駆け抜ける。
「セーフ!」
記録でいうなら内野安打というところだろうか。さや子は西詰に言う。
「どうよ、凄いっしょ?」
「ラッキー・ヒットじゃないっすか!」
「それは違うね~。西詰くん、ひょっとしてあぁいう打球って初めて?」
「そんなことないですけど、まさかあそこまで弾むなんて思わなくて……」
「あれはねぇ、ボルティモア・チョップっていって、わざとボールを叩きつけるわけよ。あぁやって高く飛ぶとすぐ捕れないでしょ、その隙に走る」
「まぐれじゃなくて実力で打った内野安打ってことですか」
「そーゆーこと。軟式ボールは柔らかいからね、硬式よりも弾むよ。そういう特徴知ってればね、こういう軟式独特の打撃ができるわけ」
「なるほど……」
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