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第三章 倒せ大川スパローズ
第11話 インターミッション(intermission)
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その週は月曜日からずっと晴天が続いたおかげでボロ球場のコンディションがよく、水曜日の練習はいつも通りにそこで行うことになった。
今回の参加者はかなり少ない。西詰、矢井場、谷下、そのほか数人である。テイターとめぐみは体調不良で参加できず、山阪もまた、仕事を家族やバイトに任せることができずに不参加となった。
ではなぜ谷下は参加できるのかという謎が出てくるが、それはいずれ語る機会が来るだろう。今この場では、彼は自営業だから平日昼間でも時間を都合できるのだ、ということだけを伝えてこの話を終わらせたい。
矢井場がボロ球場に来た時、そこには西詰だけがいて、彼は一人きりで投球練習をしていた。俗にいう投げ込みである。
彼は、マウンドにいくつかのボールが入った小さな箱を置き、そこからボールを取り出しては黙々と本塁に投げている。
今また新しい一球が投じられる。球種は直球で、速度は時速九十キロ半ばだろうか。投げられたボールはホーム・プレートの上を通過し、その前方にあるボロボロなバックネットに当たって地面に落ちる。
タイミングを見計らい、矢井場は少し遠くから声をかける。
「おう、こんちは!」
「はい、こんにちは!」
「偉いな、自主練か?」
「そんな感じです」
「そいつはいいな。でも、何度も何度もしつこく言うが、ケガには気をつけろよ。それにお前は学生なんだ、野球もいいがまず勉強を大切にしろよ」
「はい! ありがとうございます」
「それで調子はどうなんだ? なかなか良さそうに見えるけどよ」
「前より上手くなった気がしますね。体が軽くなった感じです、無駄な脂肪がなくなったというか……」
「手軽にできる運動っつったら走るぐらいしかねぇしよ。金田正一なんてとにかく走り込み頑張ったって話だからな、ピッチャーの基本練習みてぇなもんだ」
西詰は(金田正一って随分と昔だなぁ)などと思いつつ会話を続ける。
「ところで監督。今度の試合のことなんですけど……」
「スパローズか。まだやるって本決まりしたわけじゃねぇけど、まぁ十中八九はそうだろうしな……。で、何が聞きたいんだ?」
「まずですけど、どういう連中なんですか?」
「こういうこと言いたかねぇが、攻めも守りも隙がねぇ。特に内野の守りが堅くてよ、捕手の小荷田が判断力あるんだ。たとえばよ、ノーアウト一塁でサードゴロだとして、二塁に投げてゲッツー狙うか、それとも一塁に投げてとりあえずアウト一つか、難しい時あるだろ」
「はい」
「そういう時、小荷田は即座に指示を飛ばす。で、その通りにやるとちゃんとベストの結果が出るんだ。ゲッツー欲張って二塁に投げたがアウト失敗、フィールダーズ・チョイスでランナー一塁二塁。あいつがいるとそういうエラーが起きねぇ」
「手ごわいですね……」
「しかも、打撃も中々いいんだ。結構打つぜ」
「男性ですか?」
「おう。たぶん四十歳ぐらいじゃねぇかな? でかい男だからよ、一目見たらすぐ小荷田だって分かるぜ」
「了解です」
話しこむ彼らの遠くに別のメンバーたちが姿を現す。話を中止して矢井場は大声を出す。
「おう、みんなこんちは! 西詰、そろそろ時間だぞ!」
今日も練習が始まる。
西詰の本日の主な練習は変化球のコントロールである。彼は先ほどと同じようにマウンドに立ち、いつでも投球できる態勢になっている。
ホーム・プレートの後方にはキャッチャー用のプロテクター類を着けた谷下がいて、そんな彼らの様子を矢井場が見守っている。
谷下は西詰に向かって大声を出す。
「とにかく投げてみようか!」
「はい!」
西詰はいつも通りのセット・ポジションをとり、変化球……ドロップを投げる。それはやたらと遅い速度で飛び、すべり台を滑るようにゆっくりとスルスル落下していき、谷下のミットに入る。
「谷下さん、どうですか?」
「まぁ悪くはないけど、ちょっと遅すぎる気がするね……」
「はい」
矢井場は谷下に自分の意見を述べる。
「でもよ、スロー・カーブだってあるんだしよ。遅いってのは悪いことばかりじゃねぇよ」
「監督、それはそうですが、西詰くんのは遅過ぎではないですか?」
「要は直球とのコンビネーション次第よ。速い直球、遅いドロップ。速度の違いでバッターをきりきり舞いさせりゃあよ、問題ねぇって」
「なるほど……。西詰くん、君自身はどう思うの、自分の変化球?」
言葉を選びつつ西詰は答える。
「俺個人としては結構満足してます。どちらかっていうと、遅さよりもコントロールが気になりますよ……」
「まだ駄目な感じ?」
「はい。今のはうまくストライク・ゾーンにいきましたけど、まだ投げそこなうのが多いですね。あと、プロみたいに使いこなすのはさっぱり駄目です。ストライクに見せかけたボール球で空振りさせるとか、そこまで精密に投げれませんよ……」
「難しいところだね……。とにかくもう少し練習してみようか」
「はい!」
二人は練習を再開する。
それからも西詰は投げ続け、矢井場や谷下にあれこれ指導されながら汗を流した。
やがて練習も終わりに近づき、メンバー一同は球場隅の緑地に移動する。矢井場を除く彼らは地面に腰を下ろし、一塊の集団となる。では矢井場はというと、彼はみんなの前に腰を下ろし、話をする態勢に入っている。
つまり、学校の体育の授業の時、教師が生徒たちに話をする時のようになっているわけだ。では、人々の位置関係が分かったところで、矢井場の話に耳を傾けることにしよう。
「おう、みんなお疲れさん。それでだな、最後にスパローズの話をするぞ」
全員、少し真面目な雰囲気になる。
「言うまでもねぇけどよ、あいつらは手ごわい。でも勝てない相手じゃねぇ、気合入れてこうぜ!」
一同は「はい!」と応答する。
「おーし、いい返事だ。じゃあ早速俺の意見を言うが、向こうの先発はおそらく藤ノ原だろうな。左投げだからよ、十分に気をつけろよ」
「はい!」
「野手のメンバーは分かんねぇが、キャッチャーの小荷田、サードの飯村、この二人はまず出てくるだろう。ショートの宮崎、セカンドの土屋、ここらへんも要注意だ」
「はい!」
「うちがどういう作戦でいくかはまだ決めてねぇ。なにせ変化球ありだからな、そこをよく考えねぇと……。とりあえず投手陣は決めたぜ、先発は比良に任せようかと思ってる。まぁ今ここにはいねぇけど」
おずおずと手を挙げ、西詰が質問する。
「監督、俺や岩川さんじゃないんですか?」
「あいつスライダー投げられるからよ、そこを理由に選んだ。お前はまだ未熟だし、岩川は仕事で参加できねぇ。そしたら消去法で比良になるよ」
「分かりました」
「おう。お前は中継ぎだ、そのつもりでな。抑えは岡に頼みてぇけど、あいつ忙しそうだし無理かもしれねぇ。その場合は俺がやる。野手陣はまだこれからだな、次のミーティングまでには決めとく。俺からの話は以上だ、質問ある奴は手を挙げてくれ」
誰も挙げない。よって、話はこれで終わりとなる。
肝心の試合は来週土曜日に行われる。西詰たちはそれまでにどれだけ強くなれるだろうか。
今回の参加者はかなり少ない。西詰、矢井場、谷下、そのほか数人である。テイターとめぐみは体調不良で参加できず、山阪もまた、仕事を家族やバイトに任せることができずに不参加となった。
ではなぜ谷下は参加できるのかという謎が出てくるが、それはいずれ語る機会が来るだろう。今この場では、彼は自営業だから平日昼間でも時間を都合できるのだ、ということだけを伝えてこの話を終わらせたい。
矢井場がボロ球場に来た時、そこには西詰だけがいて、彼は一人きりで投球練習をしていた。俗にいう投げ込みである。
彼は、マウンドにいくつかのボールが入った小さな箱を置き、そこからボールを取り出しては黙々と本塁に投げている。
今また新しい一球が投じられる。球種は直球で、速度は時速九十キロ半ばだろうか。投げられたボールはホーム・プレートの上を通過し、その前方にあるボロボロなバックネットに当たって地面に落ちる。
タイミングを見計らい、矢井場は少し遠くから声をかける。
「おう、こんちは!」
「はい、こんにちは!」
「偉いな、自主練か?」
「そんな感じです」
「そいつはいいな。でも、何度も何度もしつこく言うが、ケガには気をつけろよ。それにお前は学生なんだ、野球もいいがまず勉強を大切にしろよ」
「はい! ありがとうございます」
「それで調子はどうなんだ? なかなか良さそうに見えるけどよ」
「前より上手くなった気がしますね。体が軽くなった感じです、無駄な脂肪がなくなったというか……」
「手軽にできる運動っつったら走るぐらいしかねぇしよ。金田正一なんてとにかく走り込み頑張ったって話だからな、ピッチャーの基本練習みてぇなもんだ」
西詰は(金田正一って随分と昔だなぁ)などと思いつつ会話を続ける。
「ところで監督。今度の試合のことなんですけど……」
「スパローズか。まだやるって本決まりしたわけじゃねぇけど、まぁ十中八九はそうだろうしな……。で、何が聞きたいんだ?」
「まずですけど、どういう連中なんですか?」
「こういうこと言いたかねぇが、攻めも守りも隙がねぇ。特に内野の守りが堅くてよ、捕手の小荷田が判断力あるんだ。たとえばよ、ノーアウト一塁でサードゴロだとして、二塁に投げてゲッツー狙うか、それとも一塁に投げてとりあえずアウト一つか、難しい時あるだろ」
「はい」
「そういう時、小荷田は即座に指示を飛ばす。で、その通りにやるとちゃんとベストの結果が出るんだ。ゲッツー欲張って二塁に投げたがアウト失敗、フィールダーズ・チョイスでランナー一塁二塁。あいつがいるとそういうエラーが起きねぇ」
「手ごわいですね……」
「しかも、打撃も中々いいんだ。結構打つぜ」
「男性ですか?」
「おう。たぶん四十歳ぐらいじゃねぇかな? でかい男だからよ、一目見たらすぐ小荷田だって分かるぜ」
「了解です」
話しこむ彼らの遠くに別のメンバーたちが姿を現す。話を中止して矢井場は大声を出す。
「おう、みんなこんちは! 西詰、そろそろ時間だぞ!」
今日も練習が始まる。
西詰の本日の主な練習は変化球のコントロールである。彼は先ほどと同じようにマウンドに立ち、いつでも投球できる態勢になっている。
ホーム・プレートの後方にはキャッチャー用のプロテクター類を着けた谷下がいて、そんな彼らの様子を矢井場が見守っている。
谷下は西詰に向かって大声を出す。
「とにかく投げてみようか!」
「はい!」
西詰はいつも通りのセット・ポジションをとり、変化球……ドロップを投げる。それはやたらと遅い速度で飛び、すべり台を滑るようにゆっくりとスルスル落下していき、谷下のミットに入る。
「谷下さん、どうですか?」
「まぁ悪くはないけど、ちょっと遅すぎる気がするね……」
「はい」
矢井場は谷下に自分の意見を述べる。
「でもよ、スロー・カーブだってあるんだしよ。遅いってのは悪いことばかりじゃねぇよ」
「監督、それはそうですが、西詰くんのは遅過ぎではないですか?」
「要は直球とのコンビネーション次第よ。速い直球、遅いドロップ。速度の違いでバッターをきりきり舞いさせりゃあよ、問題ねぇって」
「なるほど……。西詰くん、君自身はどう思うの、自分の変化球?」
言葉を選びつつ西詰は答える。
「俺個人としては結構満足してます。どちらかっていうと、遅さよりもコントロールが気になりますよ……」
「まだ駄目な感じ?」
「はい。今のはうまくストライク・ゾーンにいきましたけど、まだ投げそこなうのが多いですね。あと、プロみたいに使いこなすのはさっぱり駄目です。ストライクに見せかけたボール球で空振りさせるとか、そこまで精密に投げれませんよ……」
「難しいところだね……。とにかくもう少し練習してみようか」
「はい!」
二人は練習を再開する。
それからも西詰は投げ続け、矢井場や谷下にあれこれ指導されながら汗を流した。
やがて練習も終わりに近づき、メンバー一同は球場隅の緑地に移動する。矢井場を除く彼らは地面に腰を下ろし、一塊の集団となる。では矢井場はというと、彼はみんなの前に腰を下ろし、話をする態勢に入っている。
つまり、学校の体育の授業の時、教師が生徒たちに話をする時のようになっているわけだ。では、人々の位置関係が分かったところで、矢井場の話に耳を傾けることにしよう。
「おう、みんなお疲れさん。それでだな、最後にスパローズの話をするぞ」
全員、少し真面目な雰囲気になる。
「言うまでもねぇけどよ、あいつらは手ごわい。でも勝てない相手じゃねぇ、気合入れてこうぜ!」
一同は「はい!」と応答する。
「おーし、いい返事だ。じゃあ早速俺の意見を言うが、向こうの先発はおそらく藤ノ原だろうな。左投げだからよ、十分に気をつけろよ」
「はい!」
「野手のメンバーは分かんねぇが、キャッチャーの小荷田、サードの飯村、この二人はまず出てくるだろう。ショートの宮崎、セカンドの土屋、ここらへんも要注意だ」
「はい!」
「うちがどういう作戦でいくかはまだ決めてねぇ。なにせ変化球ありだからな、そこをよく考えねぇと……。とりあえず投手陣は決めたぜ、先発は比良に任せようかと思ってる。まぁ今ここにはいねぇけど」
おずおずと手を挙げ、西詰が質問する。
「監督、俺や岩川さんじゃないんですか?」
「あいつスライダー投げられるからよ、そこを理由に選んだ。お前はまだ未熟だし、岩川は仕事で参加できねぇ。そしたら消去法で比良になるよ」
「分かりました」
「おう。お前は中継ぎだ、そのつもりでな。抑えは岡に頼みてぇけど、あいつ忙しそうだし無理かもしれねぇ。その場合は俺がやる。野手陣はまだこれからだな、次のミーティングまでには決めとく。俺からの話は以上だ、質問ある奴は手を挙げてくれ」
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