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第二章 フレンズ(Friends)
第7話-1 言葉って難しい
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大学を出てから約ニ十分後、西詰はどうにかそのビルに辿り着いた。築三十年は優に経っていそうなそれの中に入り、エレベーターで五階へ向かう。数十秒後、目的地に到着。エレベーターから降りてあたりの様子を窺ってみる。
なるほど、入り口から少し奥の方にバッティングセンターの設備が存在しているのが見える。しかもそれだけではない、ビリヤードやエア・ホッケー、卓球、格闘ゲームの筐体などもある。もし十分なお金と時間があるなら、ここでたっぷり遊んで過ごせるだろう。中々の穴場である。
彼はフロアの中に進み、料金表があるかどうかを調べようとする。その時、視界の端に、見覚えのある赤毛の少女が自販機のところに立っているのが見えた。その人物に近づき、話しかける。
「もしかして、テイター?」
「うん……? おー、歩だ! Hello(ハロー)!」
ハローの部分をネイティブとあまり変わらない発音でテイターは言い、西詰に話し返す。
「どしたの、ここに来て?」
「まぁその……ナイン・ターゲッツでもやろうかなって。投球練習みたいな感じで」
「へー、自主練ってやつ?」
「うん、まぁ……」
「あたしもねー、自主練に来たんだー。バッティングしようと思って」
テイターは視線を緑のネットの中へと向ける。そこにはホーム・プレートが地面に置かれている場所があり、それの左右には打席が設けられている。いうまでもなく、ここに立って球を打つのである。
「ねぇねぇ、歩ってバッティングどれくらい上手いの?」
「俺はピッチャーだぜ? 大して打てやしない」
「でも紅白戦じゃ大活躍だったんでしょ。監督から聞いたよ」
「耳が早いなぁ」
「……? 何それ?」
テイターは不思議そうな顔をする。西詰は少し驚く。
「えっ?」
「あたし、帰国子女だからさー。たまに分かんない日本語あるんだー」
「なるほど……。耳が早いってのは、噂や情報を知るのが早いって意味かな」
「へぇー」
「やっぱ色々言葉の問題があるの?」
「うん。お父さんは日本人だけど、お母さんはアメリカ人だからさ。お母さん、あんまり難しい日本語分かんなくて、それでお父さんが使わないでしょ。だからあたしも難しい言葉はよく分かんないんだ」
「大変じゃん」
「まぁ仕方ないよ。少しだけ英語ができる、それの代償みたいなもんだから」
「なるほど……」
「言葉の話はこれで終わりにしてさー、バッティングやろうよ! ねぇねぇ、勝負しよ! 料金あたしが払うから!」
にこにこ笑いながら頼み込んでくるテイターを、西詰は可愛いと感じる。だがそれに流されていけない、今日は練習目的でバッティングセンターに来たのだから。
「おいおい、遊んでる場合じゃないぜ……」
「いいじゃん、ちょっとくらい! それとも、あたしに勝つ自信ないの?」
「当たり前だろ。ピッチャーがバッティング対決で勝てるわけない」
「じゃあハンディキャップあげる! あたしは時速百キロのピッチング・マシンでやるから、歩は九十キロ」
「それでもキツいって……」
「じゃあじゃあ、あたしは fast ball(ファスト・ボール)と変化球の混じってる奴にするから! 歩はファスト・ボールだけのにしなよ」
「ファスト・ボール?」
「直球のことだよ。日本だとストレートって言うけど、きちんと英語で言うならファスト・ボールかなぁ。自信ないけど」
「へぇ……」
「ねぇ、やるの、やらないの! ここは軟式ボールの打席ばっかだし、普段の感覚で打てば大丈夫だから!」
「じゃあ、少しだけな? 一回だけだぞ?」
「やったー!」
テイターは飼い主に褒められた犬のように大喜びする。西詰はそれを見て苦笑し、(こいつは見ていて飽きないなぁ)と思った。
バッティング対決のルールは以下のように決まった。まず、前述の通り、テイターは時速百キロのピッチング・マシンと対戦する。そしてそれは、直球と変化球の両方をランダムに投げてくる。対して、西詰は時速九十キロで直球のみのマシンだ。
得点は、打球が前へ飛んだら何であろうと一点。明らかに内野ゴロに思えるような当たりであっても一点である。また、マシンの少し上にあるホームランの的に当てることができたら三点と数える。最後に、挑戦する球数は二十個とする。
先にやるのはテイターである。彼女は施設備え付けの貸しヘルメットとバットを手に左打席へ入り、後方で見守っている西詰に少し大きな声で伝える。
「そいじゃよろしく!」
言われ、西詰はバッティング用のプリペイド・カードを料金用の機械に挿入する。ピッチング・マシンが起動し、カード挿入から約十秒後、投球を始める。
ちなみに、ここのバッティングセンターは一ゲームにつき二百五十円の料金設定になっている。これを高いと感じるか安いと感じるかは人それぞれだが、ホームランの的に当てると景品がもらえるサービスがあるので、総合的には少し割安といえるかもしれない。
まぁそれは兎も角、この勝負、勝つのは一体どちらだろうか?
なるほど、入り口から少し奥の方にバッティングセンターの設備が存在しているのが見える。しかもそれだけではない、ビリヤードやエア・ホッケー、卓球、格闘ゲームの筐体などもある。もし十分なお金と時間があるなら、ここでたっぷり遊んで過ごせるだろう。中々の穴場である。
彼はフロアの中に進み、料金表があるかどうかを調べようとする。その時、視界の端に、見覚えのある赤毛の少女が自販機のところに立っているのが見えた。その人物に近づき、話しかける。
「もしかして、テイター?」
「うん……? おー、歩だ! Hello(ハロー)!」
ハローの部分をネイティブとあまり変わらない発音でテイターは言い、西詰に話し返す。
「どしたの、ここに来て?」
「まぁその……ナイン・ターゲッツでもやろうかなって。投球練習みたいな感じで」
「へー、自主練ってやつ?」
「うん、まぁ……」
「あたしもねー、自主練に来たんだー。バッティングしようと思って」
テイターは視線を緑のネットの中へと向ける。そこにはホーム・プレートが地面に置かれている場所があり、それの左右には打席が設けられている。いうまでもなく、ここに立って球を打つのである。
「ねぇねぇ、歩ってバッティングどれくらい上手いの?」
「俺はピッチャーだぜ? 大して打てやしない」
「でも紅白戦じゃ大活躍だったんでしょ。監督から聞いたよ」
「耳が早いなぁ」
「……? 何それ?」
テイターは不思議そうな顔をする。西詰は少し驚く。
「えっ?」
「あたし、帰国子女だからさー。たまに分かんない日本語あるんだー」
「なるほど……。耳が早いってのは、噂や情報を知るのが早いって意味かな」
「へぇー」
「やっぱ色々言葉の問題があるの?」
「うん。お父さんは日本人だけど、お母さんはアメリカ人だからさ。お母さん、あんまり難しい日本語分かんなくて、それでお父さんが使わないでしょ。だからあたしも難しい言葉はよく分かんないんだ」
「大変じゃん」
「まぁ仕方ないよ。少しだけ英語ができる、それの代償みたいなもんだから」
「なるほど……」
「言葉の話はこれで終わりにしてさー、バッティングやろうよ! ねぇねぇ、勝負しよ! 料金あたしが払うから!」
にこにこ笑いながら頼み込んでくるテイターを、西詰は可愛いと感じる。だがそれに流されていけない、今日は練習目的でバッティングセンターに来たのだから。
「おいおい、遊んでる場合じゃないぜ……」
「いいじゃん、ちょっとくらい! それとも、あたしに勝つ自信ないの?」
「当たり前だろ。ピッチャーがバッティング対決で勝てるわけない」
「じゃあハンディキャップあげる! あたしは時速百キロのピッチング・マシンでやるから、歩は九十キロ」
「それでもキツいって……」
「じゃあじゃあ、あたしは fast ball(ファスト・ボール)と変化球の混じってる奴にするから! 歩はファスト・ボールだけのにしなよ」
「ファスト・ボール?」
「直球のことだよ。日本だとストレートって言うけど、きちんと英語で言うならファスト・ボールかなぁ。自信ないけど」
「へぇ……」
「ねぇ、やるの、やらないの! ここは軟式ボールの打席ばっかだし、普段の感覚で打てば大丈夫だから!」
「じゃあ、少しだけな? 一回だけだぞ?」
「やったー!」
テイターは飼い主に褒められた犬のように大喜びする。西詰はそれを見て苦笑し、(こいつは見ていて飽きないなぁ)と思った。
バッティング対決のルールは以下のように決まった。まず、前述の通り、テイターは時速百キロのピッチング・マシンと対戦する。そしてそれは、直球と変化球の両方をランダムに投げてくる。対して、西詰は時速九十キロで直球のみのマシンだ。
得点は、打球が前へ飛んだら何であろうと一点。明らかに内野ゴロに思えるような当たりであっても一点である。また、マシンの少し上にあるホームランの的に当てることができたら三点と数える。最後に、挑戦する球数は二十個とする。
先にやるのはテイターである。彼女は施設備え付けの貸しヘルメットとバットを手に左打席へ入り、後方で見守っている西詰に少し大きな声で伝える。
「そいじゃよろしく!」
言われ、西詰はバッティング用のプリペイド・カードを料金用の機械に挿入する。ピッチング・マシンが起動し、カード挿入から約十秒後、投球を始める。
ちなみに、ここのバッティングセンターは一ゲームにつき二百五十円の料金設定になっている。これを高いと感じるか安いと感じるかは人それぞれだが、ホームランの的に当てると景品がもらえるサービスがあるので、総合的には少し割安といえるかもしれない。
まぁそれは兎も角、この勝負、勝つのは一体どちらだろうか?
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