いいぞ頑張れファルコンズ 燃やせ草野球スピリット

夏野かろ

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第二章 フレンズ(Friends)

第6話 下水道橋のゲームセンター

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 バイト翌日の日曜練習は特筆すべきことなく終わり、いつものように新しい週が始まる。西詰は月曜と火曜を大学に通って過ごし、普段通りに水曜を迎えた。



 その日は朝から雨だった。誰でも経験のあることだが、雨の中、傘を差しながら道を歩いていくのは嫌なものである。しかし、その程度のことで授業をさぼるほど西詰はいい加減ではない。あぁだこうだと小さな不満を抱きつつ、彼は大学へ出かけた。
 時間が流れ、一時限目、二時限目……という風に彼は予定を消化していく。そしてついに本日最後の授業、英語音声学となった。彼は教室に移動し、奥の方の席にいる大野の横に座って話しかける。

「はいよ、こんちは」
「おう! どうした、かったるそうじゃん」
「そりゃあさ、雨だもん。まぁ、おかげで助かった部分もあるけどね」
「なんだよ?」
「前に言ったかもしれんけど、草野球始めてさ。今日は練習日なんだけど、雨だから休み」
「ははーん、それでか。練習嫌なの?」
「別にそういうわけじゃないけどさ。たまにはゆっくりしたいから……」
「何言ってんだよ、お前はいつだってゆっくりしてるじゃん」
「はは、そうかも」

 チャイムがピンポーンと鳴り、授業の開始時刻になったことを告げる。だが、担当者である教授の姿は教室内のどこにも見当たらない。あたりはまだざわついていて、学生たちは思い思いに時を過ごしている。それをいいことに、西詰たちもお喋りを続ける。
 大野は質問する。

「お前、もう試合出たの?」
「紅白戦なら一回ね。それと、多分だけど、今度の日曜の試合にも出るよ」
「すげぇな、入ったばかりなのに。頼りにされてんじゃん」
「んなこたぁねーよ。ピッチャーの人数が足りねぇから、それで使ってもらってるだけだ」
「それでもさ、いいことだと思うぜ。お前が必要な場所があって、頼りにされる。いいじゃん、そういうの」
「そうかな?」
「それで、自信あんの? 失点しない自信」
「さぁね……。まぁ、やるだけやるしかねぇよ」
「ふーん……。そうだ、ちょっと話変わるけどさ。お前、下水道橋のとこのゲーセン知ってる?」

 少し説明をしよう。東京都の千代田区には水道橋という場所があるが、それと同じような場所が名聖大学の近くにもある。玉手川を横切る大きな橋の付近がそうだ。しかし、そこの通称は水道橋などという上品なものではない。地元住民からは下水道橋と呼ばれているのだ。
 千代田区の水道橋の由来は、かつては水道の通る橋がそこに存在したからである。では、下水道橋は何が由来なのか。そのあたりに昭和期から下水処理場がずっと存在し、稼働しているからである。

 現代の高度な科学技術を駆使して建設された下水処理場は、もちろん、決して不潔不衛生な場所ではない。しかし、処理された下水が施設から玉手川に放流されているのは事実である。やっぱりなんかきたない。
 そういうわけだから、人々は処理場付近を、近くにある大きな橋とからめて下水道橋などと呼び、揶揄しているのである。

 説明が終わったところで、話を本流に戻そう。ゲーセンのことなど初耳の西詰は、詳しいことを聞くべく大野にたずねる。

「ゲーセン?」
「あそこにビリヤードの看板出してるビルがあるだろ。あれって丸ごとゲーセンみたいなもんで、遊べるとこなら何でもあるぞ。ダーツだってボウリングだって、バッティングセンターだってな」
「へぇー……」
「それでだな。中にはナイン・ターゲッツもあんだよ。昔のテレビ番組であったじゃん、ボール投げて的を抜いてくやつ……」

 ナイン・ターゲッツというのは、九十年代の後半から七年ほど放送されていた『筋肉番長』というテレビ番組に登場するゲームのことだ。
 正方形の形をした金属製の枠の中に、小さな九つの的(ターゲット)が設置されていて、プレイヤーはそれらに向かってボールを投げて的を抜いていく。見事すべての的を抜いたら賞金がもらえ、ダメだったらそれまで。そういう内容である。

 『筋肉番長』に登場した様々なゲームの中でもこれの人気は断トツで、プロ野球の投手から素人の会社員まで様々な人々が挑戦し、悲喜こもごものドラマが生まれた。
 そして、安価に模倣品を作れる点がよかったのか、番組終了後もこれの類似品が世に出回り、今ではゲームセンターやバッティングセンターの標準的なゲームとしてどこにでも設置されているのである。

 大野の話はまだ続いている。

「あそこ料金安いしさ、今度コントロール練習のつもりでやってみたらいいじゃん」
「なるほどね……。ナイス・アイデアかも」
「だろ?」
「ちょっと考えてみるよ、それ。何の準備もなしで試合ってのは不安だし」
「ぜってぇそうしたほうがいいよ。しかし、教授遅ぇなぁ……どうなってんだ?」

 大野はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、大学の休講情報が掲載されているサイトを見る。そして言う。

「おい、休講だってよ。教授、インフルエンザだとさ」
「インフル? もう五月だぜ」
「なるときゃなるんだよ、あれは。俺なんて真夏の七月にインフルやったことあるぜ、中学二年の時だけど」
「油断してるとまたなるぞ、お前」
「そういうお前こそ気をつけろよな。インフルで出場できませんなんて、チームメイトに申し訳ねぇだろう」
「ちゃんと手洗いうがいしてるし、大丈夫だって」
「でも気を抜くんじゃねーぞ。しかし、どうすっかなぁこれから……。いきなり休講なんて言われてもな」
「俺は今からそのゲーセン行ってみるよ。場所はスマホで調べりゃいいのか?」
「多分それでOKでしょ。良かったじゃん、自主練できてさ」
「はは、そうかも」

 こういうわけで、西詰は下水道橋のゲームセンターに向かったのだった。
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