14 / 56
第二章 フレンズ(Friends)
第5話 どんな結果も本人次第
しおりを挟む
水曜日から二日が経過し、金曜の夜になった。大学の授業を終えて帰宅した西詰は、その時、ベッドに寝ころんでボーッとしながらスマートフォンをいじっていた。そうしているところに電話がかかってくる。彼はスマホを通話モードに切り替える。
「はい、もしもし」
「おう、元気か?」
山阪の声である。
「何か用事ですか?」
「おう。まずな、お前のユニフォームだけど、やっと完成したぞ」
「おぉ……」
「約束通り、こいつの代金は全部俺が出してやる。だから気にせずもらっておけよ」
「ありがとうございます」
「それでだな、お前んちって俺の米屋に近いんだろ? だから明日、取りにきてくんねーかな」
「午後でいいですか?」
「具体的に何時だ?」
「うーん……五時とか……」
「十二時は無理か? 実はな、うちのカミさんがちょっと病気でよ。大したことないって医者は言うんだが、でも土曜一日は寝てた方がいいって話なんだわ」
西詰は、話の流れが面倒事のある方向へ進み始めているのを感じる。
「あの、俺に何を言いたいんでしょうか」
「うちはカミさんと一緒に店やってるが、これじゃあ働いてくれなんて言えんしな。それでだな、お前、バイトしてないんだろ?」
「はい」
「バイト代出すから手伝ってくんねーかな?」
「はぁ……」
「それによ、バイトだけじゃなくて他にもあるんだわ。お前、今度の試合に出るつもりだろ」
「監督から話聞いたんですか?」
「おうよ。鎌崎ジャイアンツとは何回か戦ってるが、お前が登板するならいろんな情報教えときたいしな。なぁー頼むよ!」
孫氏曰く、「彼を知り己を知れば百戦危うからず」。敵と味方の情報をよく知ることが大事と彼は説いたのだ。
それはもちろん西詰も分かっている。そして、鎌崎ジャイアンツのデータを仕入れることができるなら、そのチャンスを逃すのはもったいない。彼は心を決める。
「分かりました、じゃあ明日そっち行きます。でもさすがに十二時はきついですよ、一時にしてください」
「うーん……。まぁ無理言ってんのはこっちだしな。OK、じゃあ一時でよろしくな」
「はい」
電話が切れる。ボーッとしている暇は、どうやらなさそうである。
翌日、西詰は約束通りに山阪米穀店へ行き、土曜午後の活動を始めた。店内のカウンターの後ろの席に彼は座り、その横にいる山阪の話を聞いている。
山阪はカウンターの何処かから紙袋を出し、西詰に渡す。
「ほれ、お前のユニフォームだ! ちょっと出してみろ」
言われ、西詰は紙袋の中をゴソゴソと漁り、中身を取り出す。ユニフォームの上半身部分を手に取って広げてみる。白地に青色の筆記体英字で "Falcons" と書かれている。
「なんか、ドラのユニフォームみたいですね」
「黄色の文字にするってアイデアもあったんだが、俺が「青がいい」って主張してな。どうだ、カッコいいだろう?」
「はい。こんなすごい物、ありがとうございます」
「よし、次はこれだ」
続いて、山阪は小さな紙を西詰に渡し、言う。
「こいつはファルコンズのメンバーの連絡先だ。俺やお前のだけじゃなく、監督だってテイターだって、何でもあるぜ」
「分かりました」
「とりあえずはこれでいいか。じゃ、さっそく仕事してもらおうかな」
「何をすればいいんですか?」
「まずは店の前の掃除だな。お前がやってる間、俺は店の奥でメシ食ってるからよ、客が来たら呼んでくれ」
「分かりました」
お客さんを相手に仕事するタイプの自営業は、食事のチャンスがなかなか来ないものである。
店員がいれば彼なり彼女なりに店を任せられるのだが、家族で経営しているような小店舗ではそうもいかない。だからこそ、山阪は午後一時という早い時間に西詰を呼んで、食事休憩のチャンスを作り出したのである。
それから一時間ほどは仕事仕事で時間が流れていった。やがてそれも終わり、少し暇になった西詰と山阪は、カウンター内の席に座りながら雑談を始める。
西詰は山阪にたずねる。
「鎌崎ジャイアンツってどんなチームなんですか?」
「なぁに、大した連中じゃねぇよ。クリーンアップがちょっと強いぐらいか? まっ、うちと同じくらい、どっこいどっこいだな」
「じゃあ今までの勝敗はどうなんですか?」
「今年は二勝二敗だ」
「五分五分ですね……」
「今度の試合で勝てば、俺たちファルコンズの勝ち越しだな。なら、お前にも頑張ってもらって、是非とも勝たなくっちゃなぁ?」
山阪はにやりと笑って西詰を見る。
「ちょっ、プレッシャーかけるのは勘弁してくださいよ……」
「ビビんなよ、からかっただけじゃねぇか。安心しろ、俺がバーンと打ってコールド勝ちにしてやっから」
「でも失点だらけじゃそうもいきませんよ。うち、守備陣は大丈夫なんですか?」
「大丈夫かって、そんなん言われてもな……。そんなんその日その日の面子次第だよ。上手いのもいればヘボもいる。いいか、草野球じゃまず面子の確保が大事なんだ。九人いなかったら試合できねぇ」
「学校の部活とは違うってことですか」
「そうだ。たとえ下手クソな奴でもよ、試合に来られるのがそいつだけだったらスタメンにするしかねぇ。そう意味じゃ、ピッチャーは大変だな。試合によっちゃ、ガバガバな守備陣を頼りに戦うしかねぇんだから」
「そんな……」
「たとえ守備がザルでもよ、バッターみんな三振にすりゃあいいんだ。そんぐらいの勢いでいけよ、試合の前からへたれてたんじゃあ勝てるものも勝てねぇぜ!」
「はい」
とりあえず返答したものの、それでも西詰は不安を感じるのだった。そんなことは気にも留めずに山阪は話し続ける。
「そういやお前、ちゃんと毎日練習してるか?」
「いえ……。山阪さんは何かしてるんですか?」
「当たり前よ! つっても、仕事あるからよ、あんまちゃんとしたのはできねぇけどな。とにかく素振りだ、素振りだけは毎日やってる。正月だろうと盆暮れだろうとこれだけは欠かさねぇな」
「やっぱ俺もなんかした方がいいんですかね……」
「そいつぁーお前次第だ。うちは割と気楽だからよ、あれをしろだのこれをしろだの、強制することはしない。あくまで個人の自主性を尊重だ。でもな、だからって何もしないでいると、試合の時に恥かくのは本人だぜ。送球エラー、暴投、フィールダースチョイス。大事な場面でやらかすと気分は最悪だ、経験者のお前なら分かるだろ」
「そりゃもちろん」
「なら、やらかさないよう、しっかり練習しないとな。とりあえずランニングでもやったらどうだ?」
「考えてみます」
「まぁ無理せずに頑張れ。くれぐれも怪我だけはすんなよ、それだけは絶対気をつけろ」
「分かりました」
あっさり風味の返事をした西詰であるが、野球に対する山阪の熱意を聞いて、少し毎日の過ごし方を見直そうと思うのであった。
「はい、もしもし」
「おう、元気か?」
山阪の声である。
「何か用事ですか?」
「おう。まずな、お前のユニフォームだけど、やっと完成したぞ」
「おぉ……」
「約束通り、こいつの代金は全部俺が出してやる。だから気にせずもらっておけよ」
「ありがとうございます」
「それでだな、お前んちって俺の米屋に近いんだろ? だから明日、取りにきてくんねーかな」
「午後でいいですか?」
「具体的に何時だ?」
「うーん……五時とか……」
「十二時は無理か? 実はな、うちのカミさんがちょっと病気でよ。大したことないって医者は言うんだが、でも土曜一日は寝てた方がいいって話なんだわ」
西詰は、話の流れが面倒事のある方向へ進み始めているのを感じる。
「あの、俺に何を言いたいんでしょうか」
「うちはカミさんと一緒に店やってるが、これじゃあ働いてくれなんて言えんしな。それでだな、お前、バイトしてないんだろ?」
「はい」
「バイト代出すから手伝ってくんねーかな?」
「はぁ……」
「それによ、バイトだけじゃなくて他にもあるんだわ。お前、今度の試合に出るつもりだろ」
「監督から話聞いたんですか?」
「おうよ。鎌崎ジャイアンツとは何回か戦ってるが、お前が登板するならいろんな情報教えときたいしな。なぁー頼むよ!」
孫氏曰く、「彼を知り己を知れば百戦危うからず」。敵と味方の情報をよく知ることが大事と彼は説いたのだ。
それはもちろん西詰も分かっている。そして、鎌崎ジャイアンツのデータを仕入れることができるなら、そのチャンスを逃すのはもったいない。彼は心を決める。
「分かりました、じゃあ明日そっち行きます。でもさすがに十二時はきついですよ、一時にしてください」
「うーん……。まぁ無理言ってんのはこっちだしな。OK、じゃあ一時でよろしくな」
「はい」
電話が切れる。ボーッとしている暇は、どうやらなさそうである。
翌日、西詰は約束通りに山阪米穀店へ行き、土曜午後の活動を始めた。店内のカウンターの後ろの席に彼は座り、その横にいる山阪の話を聞いている。
山阪はカウンターの何処かから紙袋を出し、西詰に渡す。
「ほれ、お前のユニフォームだ! ちょっと出してみろ」
言われ、西詰は紙袋の中をゴソゴソと漁り、中身を取り出す。ユニフォームの上半身部分を手に取って広げてみる。白地に青色の筆記体英字で "Falcons" と書かれている。
「なんか、ドラのユニフォームみたいですね」
「黄色の文字にするってアイデアもあったんだが、俺が「青がいい」って主張してな。どうだ、カッコいいだろう?」
「はい。こんなすごい物、ありがとうございます」
「よし、次はこれだ」
続いて、山阪は小さな紙を西詰に渡し、言う。
「こいつはファルコンズのメンバーの連絡先だ。俺やお前のだけじゃなく、監督だってテイターだって、何でもあるぜ」
「分かりました」
「とりあえずはこれでいいか。じゃ、さっそく仕事してもらおうかな」
「何をすればいいんですか?」
「まずは店の前の掃除だな。お前がやってる間、俺は店の奥でメシ食ってるからよ、客が来たら呼んでくれ」
「分かりました」
お客さんを相手に仕事するタイプの自営業は、食事のチャンスがなかなか来ないものである。
店員がいれば彼なり彼女なりに店を任せられるのだが、家族で経営しているような小店舗ではそうもいかない。だからこそ、山阪は午後一時という早い時間に西詰を呼んで、食事休憩のチャンスを作り出したのである。
それから一時間ほどは仕事仕事で時間が流れていった。やがてそれも終わり、少し暇になった西詰と山阪は、カウンター内の席に座りながら雑談を始める。
西詰は山阪にたずねる。
「鎌崎ジャイアンツってどんなチームなんですか?」
「なぁに、大した連中じゃねぇよ。クリーンアップがちょっと強いぐらいか? まっ、うちと同じくらい、どっこいどっこいだな」
「じゃあ今までの勝敗はどうなんですか?」
「今年は二勝二敗だ」
「五分五分ですね……」
「今度の試合で勝てば、俺たちファルコンズの勝ち越しだな。なら、お前にも頑張ってもらって、是非とも勝たなくっちゃなぁ?」
山阪はにやりと笑って西詰を見る。
「ちょっ、プレッシャーかけるのは勘弁してくださいよ……」
「ビビんなよ、からかっただけじゃねぇか。安心しろ、俺がバーンと打ってコールド勝ちにしてやっから」
「でも失点だらけじゃそうもいきませんよ。うち、守備陣は大丈夫なんですか?」
「大丈夫かって、そんなん言われてもな……。そんなんその日その日の面子次第だよ。上手いのもいればヘボもいる。いいか、草野球じゃまず面子の確保が大事なんだ。九人いなかったら試合できねぇ」
「学校の部活とは違うってことですか」
「そうだ。たとえ下手クソな奴でもよ、試合に来られるのがそいつだけだったらスタメンにするしかねぇ。そう意味じゃ、ピッチャーは大変だな。試合によっちゃ、ガバガバな守備陣を頼りに戦うしかねぇんだから」
「そんな……」
「たとえ守備がザルでもよ、バッターみんな三振にすりゃあいいんだ。そんぐらいの勢いでいけよ、試合の前からへたれてたんじゃあ勝てるものも勝てねぇぜ!」
「はい」
とりあえず返答したものの、それでも西詰は不安を感じるのだった。そんなことは気にも留めずに山阪は話し続ける。
「そういやお前、ちゃんと毎日練習してるか?」
「いえ……。山阪さんは何かしてるんですか?」
「当たり前よ! つっても、仕事あるからよ、あんまちゃんとしたのはできねぇけどな。とにかく素振りだ、素振りだけは毎日やってる。正月だろうと盆暮れだろうとこれだけは欠かさねぇな」
「やっぱ俺もなんかした方がいいんですかね……」
「そいつぁーお前次第だ。うちは割と気楽だからよ、あれをしろだのこれをしろだの、強制することはしない。あくまで個人の自主性を尊重だ。でもな、だからって何もしないでいると、試合の時に恥かくのは本人だぜ。送球エラー、暴投、フィールダースチョイス。大事な場面でやらかすと気分は最悪だ、経験者のお前なら分かるだろ」
「そりゃもちろん」
「なら、やらかさないよう、しっかり練習しないとな。とりあえずランニングでもやったらどうだ?」
「考えてみます」
「まぁ無理せずに頑張れ。くれぐれも怪我だけはすんなよ、それだけは絶対気をつけろ」
「分かりました」
あっさり風味の返事をした西詰であるが、野球に対する山阪の熱意を聞いて、少し毎日の過ごし方を見直そうと思うのであった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる