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第二章 フレンズ(Friends)
第4話-2 練習せよ勝つために
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一口に野球の練習といっても色々なものがある。代表的なものはキャッチボールだが、では、それ以外にはどんなものがあるのだろうか。
たとえば、ピッチャーは投球フォームを改善するための練習を行う。西詰が今やっているようなことがそれである。
彼は左手にグラブをはめた状態で矢井場の前に立ち、指示を仰いでいる。矢井場はユニフォームのズボンのポケットから丸めた新聞紙を取り出し、それを放って西詰に渡す。
「じゃ、始めようぜ」
「あの、これは……?」
「ボールのかわりだよ。本物を使うと色々面倒だからな、まずはそれでやる。いいから投げてみろ」
「はい」
西詰はいつものようにセット・ポジションの姿勢をとり、投球を始める。
左足を少し上げて体重を右足に乗せ、次に、その左足を前へと移動させつつ左腕も同時に前へ動かし、体が本塁側へ向かっていく勢いを生み出す。
そうしながら右腕を少し後ろに引いて体のバランスを取り、左足を着地させ、直後に右腕を振り抜いてボールを投げる。
投げられた新聞紙のボールは少し飛んでから地面に落ちる。そのすぐ後に矢井場がコメントする。
「やっぱ右腕の肘が下がってんな……」
「本当ですか」
「おう。もう一度やってみろ、今度はボール無しでゆっくり動け」
指示に従って西詰は投球する。さっきと同じように動いていき、左足を着地させ、直後に右腕を振り……。そのタイミングで矢井場が声をかける。
「止まれ、そこだな問題は……」
矢井場は西詰に近づき、投球途中で止まっている西詰の右肘付近を触りながら言う。
「ほら、この段階で肘がよ、下がり過ぎてんだ。中学時代、そんなことコーチに言われなかったか?」
「しょちゅうでしたよ……」
「よし、一つお手本見せてやるよ。俺はワインドアップで投げるからよ、お前のやり方と違うが、参考にはなるだろ」
そう言って矢井場は前方の新聞紙ボールを取りに行き、西詰の横に戻ってくる。
「じゃあよく見てろよ。ゆっくりいくからな……」
矢井場は投球を始める。
左足を少し後ろに引きつつ両腕を頭よりも高く上げ、今度はそれらを降ろしつつ左足と左腕を前へ動かしていって本塁側への勢いを発生させ、そのまま右腕を振り抜く。ボールが放たれ、飛んで落ちる。
一連の動きを観察した西詰はあることに気づく。
「右腕が上がっていく段階で肘も上がっていくって感じですか?」
「だいたいその通り。でも、だからって無闇に上げても駄目だ。自然に上がっていくのが理想だな。まぁ言葉じゃなくて体動かして覚えんのが一番だ、もっと練習するぞ」
「はい!」
今日の西詰はこれを集中的にやることになりそうである。
彼がそうやって頑張っているのと並行して、テイターたちもまた、自分たちの練習に励んでいる。次はそれについて語ろう。彼女たちがやろうとしているのはトスバッティング(※作者によるコメントを参照)と呼ばれるのものである。
テイターは今、バットを構えた状態で立っていて、彼女から少し前には大きなバックネットがある。それはかなり汚くてボロく、金属柱のところどころが錆びていて、使われてきた年数の長さを見る人に想像させる。
テイターから少し離れたところには、練習用の軟式ボールを右手に持っている江草めぐみがいる。めぐみは片膝立ちで、足元にはボールがいくつか転がっている。めぐみはテイターに話しかける。
「もう始めていい?」
「お願い!」
「了解……」
めぐみはテイターに向かってボールを小さくトスする。ボールは虹のようなアーチ形の軌道を描いて飛び、テイターの腰の高さを目指して浮き上がっていく。ちょうどいい高さまでそれが上がってきたところでテイターのバットが振られる。
バットはしっかりとボールをとらえて叩く、打球音がカキーンと発生し、打たれたボールが飛んでいってネットに刺さる。めぐみはテイターに感想を聞く。
「今日の調子はどう?」
「絶好調!」
「私のトスは今のでよかった?」
「All right! いい感じいい感じ、もっとじゃんじゃんやって!」
「うん、わかった」
めぐみはどんどんボールをトスしていく。テイターはどんどんそれらを打っていく。トス、カキーン、トス、カキーン、トス、カキーン。ある程度の数のボールを打った後、テイターは言う。
「よーし、とりあえずこんなもんか。次はめぐがやんなよ」
「いいの? テイター、もっとやったほうがいいんじゃない」
「あたしばっかやったってしょうがないじゃん。それに、めぐこの練習好きでしょ。なら、めぐこそたくさんやった方がいいよ」
「じゃあ交代してもらおっかな……」
彼女たちはお互いの立場、打ち手と投げ手を交代する。そしてトスバッティングを再開する。
この他にもいくつかの種類の練習が行われ、西詰たちは二時間程度を消費した。そういうわけだから、練習が終わるころには夕方といっていい時刻になっていた。
※作者より
トスバッティング、ティーバッティング、ペッパー。これらの語がそれぞれ何を意味するかは地域や年代によって大きな差があるようなので、混乱を予防するため、この作品では以下のように定義しました。
・トスバッティングとは、投げ手がボールをトスして小さく上げ、打ち手がそれを打っていく練習のこと。
・ティーバッティングとは、ゴルフでボールを置く時に使うようなT字型の道具にボールを置いてそれを打つ練習のこと。
・ペッパーとは、打ち手がボールを打ってそれを捕球者が捕り、打ち手に投げ返し、打ち手がまたそれを打って捕球者が捕り、投げ返し、打ち、投げ返し、打ち……。
この流れを繰り返し行う練習のこと。ペッパー・ゲームと呼称する場合あり。
異論のある方が多いかもしれませんが、一般に広く知られている解釈や日米の野球事情などを総合的に勘案した結果、こうなった次第です。どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。
たとえば、ピッチャーは投球フォームを改善するための練習を行う。西詰が今やっているようなことがそれである。
彼は左手にグラブをはめた状態で矢井場の前に立ち、指示を仰いでいる。矢井場はユニフォームのズボンのポケットから丸めた新聞紙を取り出し、それを放って西詰に渡す。
「じゃ、始めようぜ」
「あの、これは……?」
「ボールのかわりだよ。本物を使うと色々面倒だからな、まずはそれでやる。いいから投げてみろ」
「はい」
西詰はいつものようにセット・ポジションの姿勢をとり、投球を始める。
左足を少し上げて体重を右足に乗せ、次に、その左足を前へと移動させつつ左腕も同時に前へ動かし、体が本塁側へ向かっていく勢いを生み出す。
そうしながら右腕を少し後ろに引いて体のバランスを取り、左足を着地させ、直後に右腕を振り抜いてボールを投げる。
投げられた新聞紙のボールは少し飛んでから地面に落ちる。そのすぐ後に矢井場がコメントする。
「やっぱ右腕の肘が下がってんな……」
「本当ですか」
「おう。もう一度やってみろ、今度はボール無しでゆっくり動け」
指示に従って西詰は投球する。さっきと同じように動いていき、左足を着地させ、直後に右腕を振り……。そのタイミングで矢井場が声をかける。
「止まれ、そこだな問題は……」
矢井場は西詰に近づき、投球途中で止まっている西詰の右肘付近を触りながら言う。
「ほら、この段階で肘がよ、下がり過ぎてんだ。中学時代、そんなことコーチに言われなかったか?」
「しょちゅうでしたよ……」
「よし、一つお手本見せてやるよ。俺はワインドアップで投げるからよ、お前のやり方と違うが、参考にはなるだろ」
そう言って矢井場は前方の新聞紙ボールを取りに行き、西詰の横に戻ってくる。
「じゃあよく見てろよ。ゆっくりいくからな……」
矢井場は投球を始める。
左足を少し後ろに引きつつ両腕を頭よりも高く上げ、今度はそれらを降ろしつつ左足と左腕を前へ動かしていって本塁側への勢いを発生させ、そのまま右腕を振り抜く。ボールが放たれ、飛んで落ちる。
一連の動きを観察した西詰はあることに気づく。
「右腕が上がっていく段階で肘も上がっていくって感じですか?」
「だいたいその通り。でも、だからって無闇に上げても駄目だ。自然に上がっていくのが理想だな。まぁ言葉じゃなくて体動かして覚えんのが一番だ、もっと練習するぞ」
「はい!」
今日の西詰はこれを集中的にやることになりそうである。
彼がそうやって頑張っているのと並行して、テイターたちもまた、自分たちの練習に励んでいる。次はそれについて語ろう。彼女たちがやろうとしているのはトスバッティング(※作者によるコメントを参照)と呼ばれるのものである。
テイターは今、バットを構えた状態で立っていて、彼女から少し前には大きなバックネットがある。それはかなり汚くてボロく、金属柱のところどころが錆びていて、使われてきた年数の長さを見る人に想像させる。
テイターから少し離れたところには、練習用の軟式ボールを右手に持っている江草めぐみがいる。めぐみは片膝立ちで、足元にはボールがいくつか転がっている。めぐみはテイターに話しかける。
「もう始めていい?」
「お願い!」
「了解……」
めぐみはテイターに向かってボールを小さくトスする。ボールは虹のようなアーチ形の軌道を描いて飛び、テイターの腰の高さを目指して浮き上がっていく。ちょうどいい高さまでそれが上がってきたところでテイターのバットが振られる。
バットはしっかりとボールをとらえて叩く、打球音がカキーンと発生し、打たれたボールが飛んでいってネットに刺さる。めぐみはテイターに感想を聞く。
「今日の調子はどう?」
「絶好調!」
「私のトスは今のでよかった?」
「All right! いい感じいい感じ、もっとじゃんじゃんやって!」
「うん、わかった」
めぐみはどんどんボールをトスしていく。テイターはどんどんそれらを打っていく。トス、カキーン、トス、カキーン、トス、カキーン。ある程度の数のボールを打った後、テイターは言う。
「よーし、とりあえずこんなもんか。次はめぐがやんなよ」
「いいの? テイター、もっとやったほうがいいんじゃない」
「あたしばっかやったってしょうがないじゃん。それに、めぐこの練習好きでしょ。なら、めぐこそたくさんやった方がいいよ」
「じゃあ交代してもらおっかな……」
彼女たちはお互いの立場、打ち手と投げ手を交代する。そしてトスバッティングを再開する。
この他にもいくつかの種類の練習が行われ、西詰たちは二時間程度を消費した。そういうわけだから、練習が終わるころには夕方といっていい時刻になっていた。
※作者より
トスバッティング、ティーバッティング、ペッパー。これらの語がそれぞれ何を意味するかは地域や年代によって大きな差があるようなので、混乱を予防するため、この作品では以下のように定義しました。
・トスバッティングとは、投げ手がボールをトスして小さく上げ、打ち手がそれを打っていく練習のこと。
・ティーバッティングとは、ゴルフでボールを置く時に使うようなT字型の道具にボールを置いてそれを打つ練習のこと。
・ペッパーとは、打ち手がボールを打ってそれを捕球者が捕り、打ち手に投げ返し、打ち手がまたそれを打って捕球者が捕り、投げ返し、打ち、投げ返し、打ち……。
この流れを繰り返し行う練習のこと。ペッパー・ゲームと呼称する場合あり。
異論のある方が多いかもしれませんが、一般に広く知られている解釈や日米の野球事情などを総合的に勘案した結果、こうなった次第です。どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。
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