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第二章 フレンズ(Friends)
第4話-1 The Boy Meets Two Girls
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毎週水曜日の昼下がりはファルコンズの練習日である。といっても、なにせ平日のことだから、来られるのは時間の融通がきく人たちが主だ。具体的には、学生や主婦、自営業などである。
そして西詰は学生なのだから、練習に参加するのは当たり前のことといえるだろう。そういうわけで、彼はジャージを着て自転車に乗り、玉手川の河川敷へと出かけたのだった。
西詰が例のボロ球場に到着した時、そこには三人の人物がいた。一人はベンチに座っている矢井場で、残りの二人はストレッチをしている女の子たちである。どうやら彼女たちは西詰と同じくらいの年齢らしい。それどころか、ひょっとすると同い年かもしれない。
自転車を降りた西詰は、矢井場たちへ向かって近づいていきながら彼らたちの様子を観察する。
(三人ともユニフォームだな……。監督がユニフォームなのは当然として、女の子たちも同じってことは、二人ともファルコンズのメンバーなんだろうか)
女の子たちのうち、一人は黒のショート・ヘアという髪型をしていて、残りの一人は赤毛をポニーテールにしている。どちらとも、西詰がこの前、大学の講義室で見かけたような感じである。
彼は、(この展開はもしかして……)などど考えながら歩き続け、ちょうどよい地点に着いたところで挨拶する。
「こんちには、西詰です」
「おう、こんちは! どうだ、調子は?」
「まぁ普通ですよ。それで、そこにいる二人とは初めて会うんですが、もしかしてチーム・メイトですか?」
「お前ら、自己紹介してくれ」
女の子たちはストレッチをやめて立ち上がり、西詰に挨拶する。まず赤毛のほうが最初に話す。
「こんちは! あたしは松浪テイターです、よろしく!」
続いてショート・ヘアの子が話す。
「あの、こんにちは……。私は江草めぐみと申します。よろしくお願いします」
言って、彼女は小さく頭を下げる。矢井場が説明する。
「テイターは三番でポジションはショート、めぐちゃんは状況次第だけど七番か八番でセカンドだな」
「なるほど、分かりました」
「そういや西詰って名聖大学に通ってんだろ? この二人も名聖の生徒なんだがよ、お前、見かけたことねぇの?」
「多分ありますよ。松浪さんも江草さんも英文学科でしょ?」
江草が答える。
「えぇ、そうですけど……」
「文法の授業の時、いつも前の席の左側にいるでしょ。こないだ見たもん、俺」
「でも何で私たちのこと覚えてたんですか?」
「だってさ、松浪さんの赤い髪って珍しいじゃん。それでかなぁ……」
松浪が話に割って入る。
「やっぱりこの髪って目立つよねー。これ、染めてんじゃなくて地毛なんだけど、外国にいた頃も割と珍しくってさー。色々苦労したよ」
「へぇー……。外国ってアメリカ?」
「その話の前にちょっといい? あたしのことはね、テイターでいいよ」
「えっ、ファースト・ネーム呼び捨て?」
「欧米じゃそれが普通だよー。かしこまった場面でもない限り、普通はファースト・ネームだねー」
「でもいいの、ホントに?」
「いいって、いいって、気にしないで。むしろ松浪さんなんて呼ばれる方が困るよー、なんか他人行儀でさ。あたしやっぱそういうの慣れなくて」
「なるほどね、了解」
「ねぇ、あたしも西詰さんのこと、歩って呼んでいい?」
「まぁいいけど……」
「やった! じゃ、改めてよろしく!」
松浪……いや、テイターは、右手を西詰に差し出し、彼と握手する。その後、話を再開する。
「それでね、外国のことだけど。日本に来る前はアメリカにいたよ」
「じゃあ英語ペラペラ?」
「うーん、まぁそうでもないんだけど……。英語の実力はめぐちゃんの方があると思うよ」
「えっ、私?」
「そうだよー。だってめぐちゃん文法とか詳しいじゃん」
「でも発音とか苦手で……」
「誰にだってそういうのはあるよ。とにかくさ、あたしはめぐちゃんの方が凄いと思ってるから」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「もっと自信持ちなって、めぐは頭いいんだから! それで、歩はピッチャーだっけ?」
「監督から聞いてないの?」
「多少は教えてもらったけど、やっぱ本人から直接聞かないと分かんないこともあるじゃん?」
「なるほど……。俺はピッチャー、右投げ右打ちだよ」
「得意な変化球は?」
「そんなもんないよ……。直球しか投げれない」
「えー、なんで?」
「野球は中学でやめちゃったからさ。変化球はもう投げ方思い出せなくて……」
「そうなの?」
「そりゃあ昔はね、カーブとかスライダーとか使えたけど。でも、それも大したことなかったな。少し曲がるだけだよ。そんなんだから試合にも出してもらえなくてさ……」
このまま放っておくと、若者たちは夕暮れ時までお喋りしそうである。だが西詰たちがボロ球場に来た目的は野球の練習であって、お喋りではない。話の流れを本来のものに戻すべく、矢井場は口を開く。
「おめぇら、話はそんくらいでおしまいだ。続きは練習終わってからにしとけ。ほら、西詰はさっさとウォーミング・アップだ!」
「はい!」
促され、西詰は体を動かすための支度にとりかかる。
そしてそれから約十五分後、この日の練習に参加するメンバー全員が集まり、練習が始まった。
そして西詰は学生なのだから、練習に参加するのは当たり前のことといえるだろう。そういうわけで、彼はジャージを着て自転車に乗り、玉手川の河川敷へと出かけたのだった。
西詰が例のボロ球場に到着した時、そこには三人の人物がいた。一人はベンチに座っている矢井場で、残りの二人はストレッチをしている女の子たちである。どうやら彼女たちは西詰と同じくらいの年齢らしい。それどころか、ひょっとすると同い年かもしれない。
自転車を降りた西詰は、矢井場たちへ向かって近づいていきながら彼らたちの様子を観察する。
(三人ともユニフォームだな……。監督がユニフォームなのは当然として、女の子たちも同じってことは、二人ともファルコンズのメンバーなんだろうか)
女の子たちのうち、一人は黒のショート・ヘアという髪型をしていて、残りの一人は赤毛をポニーテールにしている。どちらとも、西詰がこの前、大学の講義室で見かけたような感じである。
彼は、(この展開はもしかして……)などど考えながら歩き続け、ちょうどよい地点に着いたところで挨拶する。
「こんちには、西詰です」
「おう、こんちは! どうだ、調子は?」
「まぁ普通ですよ。それで、そこにいる二人とは初めて会うんですが、もしかしてチーム・メイトですか?」
「お前ら、自己紹介してくれ」
女の子たちはストレッチをやめて立ち上がり、西詰に挨拶する。まず赤毛のほうが最初に話す。
「こんちは! あたしは松浪テイターです、よろしく!」
続いてショート・ヘアの子が話す。
「あの、こんにちは……。私は江草めぐみと申します。よろしくお願いします」
言って、彼女は小さく頭を下げる。矢井場が説明する。
「テイターは三番でポジションはショート、めぐちゃんは状況次第だけど七番か八番でセカンドだな」
「なるほど、分かりました」
「そういや西詰って名聖大学に通ってんだろ? この二人も名聖の生徒なんだがよ、お前、見かけたことねぇの?」
「多分ありますよ。松浪さんも江草さんも英文学科でしょ?」
江草が答える。
「えぇ、そうですけど……」
「文法の授業の時、いつも前の席の左側にいるでしょ。こないだ見たもん、俺」
「でも何で私たちのこと覚えてたんですか?」
「だってさ、松浪さんの赤い髪って珍しいじゃん。それでかなぁ……」
松浪が話に割って入る。
「やっぱりこの髪って目立つよねー。これ、染めてんじゃなくて地毛なんだけど、外国にいた頃も割と珍しくってさー。色々苦労したよ」
「へぇー……。外国ってアメリカ?」
「その話の前にちょっといい? あたしのことはね、テイターでいいよ」
「えっ、ファースト・ネーム呼び捨て?」
「欧米じゃそれが普通だよー。かしこまった場面でもない限り、普通はファースト・ネームだねー」
「でもいいの、ホントに?」
「いいって、いいって、気にしないで。むしろ松浪さんなんて呼ばれる方が困るよー、なんか他人行儀でさ。あたしやっぱそういうの慣れなくて」
「なるほどね、了解」
「ねぇ、あたしも西詰さんのこと、歩って呼んでいい?」
「まぁいいけど……」
「やった! じゃ、改めてよろしく!」
松浪……いや、テイターは、右手を西詰に差し出し、彼と握手する。その後、話を再開する。
「それでね、外国のことだけど。日本に来る前はアメリカにいたよ」
「じゃあ英語ペラペラ?」
「うーん、まぁそうでもないんだけど……。英語の実力はめぐちゃんの方があると思うよ」
「えっ、私?」
「そうだよー。だってめぐちゃん文法とか詳しいじゃん」
「でも発音とか苦手で……」
「誰にだってそういうのはあるよ。とにかくさ、あたしはめぐちゃんの方が凄いと思ってるから」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「もっと自信持ちなって、めぐは頭いいんだから! それで、歩はピッチャーだっけ?」
「監督から聞いてないの?」
「多少は教えてもらったけど、やっぱ本人から直接聞かないと分かんないこともあるじゃん?」
「なるほど……。俺はピッチャー、右投げ右打ちだよ」
「得意な変化球は?」
「そんなもんないよ……。直球しか投げれない」
「えー、なんで?」
「野球は中学でやめちゃったからさ。変化球はもう投げ方思い出せなくて……」
「そうなの?」
「そりゃあ昔はね、カーブとかスライダーとか使えたけど。でも、それも大したことなかったな。少し曲がるだけだよ。そんなんだから試合にも出してもらえなくてさ……」
このまま放っておくと、若者たちは夕暮れ時までお喋りしそうである。だが西詰たちがボロ球場に来た目的は野球の練習であって、お喋りではない。話の流れを本来のものに戻すべく、矢井場は口を開く。
「おめぇら、話はそんくらいでおしまいだ。続きは練習終わってからにしとけ。ほら、西詰はさっさとウォーミング・アップだ!」
「はい!」
促され、西詰は体を動かすための支度にとりかかる。
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