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第二章 フレンズ(Friends)
第3話 赤毛の彼女は何とかオニオン
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西詰歩が通っている名聖大学は、東京都大田区の某所にある。偏差値は中の上というところだろうか、野球とラグビーが強いことで有名で、卒業生の何人かは毎年プロ入りしているほどである。
大学の近くには大きな川……玉手川……が流れていて、休日にはそこで釣りをする人たちの姿を見ることができる。もっとも、大したものは釣れない。もしレジャー目的で釣りをしたいのなら、ここで釣るよりも近くの釣り堀に出かける方がいいだろう。
玉手川の河川敷にはファルコンズが普段使っているボロ球場があって、そういう意味ではとても大切なところである。前章の紅白戦を行ったのもここで、いってみればファルコンズのホーム球場のようなものだ。
そして玉手川の周辺には、大学生や若者が借りることを当てにしている貸しアパートやマンションが多数立ち並び、西詰もまた、そういった住居に住んでいるのだった。
その日の西詰は朝から少し憂鬱だった。といっても、何か大きなトラブルを抱えていたからではない。単なる抑鬱というか、少しメランコリックなだけである。
ところで、物事には原因と結果という二つの要素が存在する。そして結果というものは、何かの原因によって生み出されるのだ。ではこの西詰の憂鬱はどういう原因によって生み出されているのか。それを知るためには、まず西詰と彼の友人の話に耳を傾けてみる必要がある。
紅白戦をした翌日、月曜。名聖大学の講義室の隅に、西詰と彼の友人が座っている。講義が始まる前なのだろうか、教室の中はざわついていて、誰かとお喋りしている者もいればスマートフォンをいじっている者もいる。そんな中で、西詰は友人に対して喋っている。
「なぁ大野。たまにさ、自分が情けなく思えてくる時があるだろ?」
西詰の友人……大野……は答える。
「何だよいきなり。彼女にでも振られたか?」
「馬鹿言えよ、俺に彼女いないの知ってるだろ」
「じゃあ何だ、財布でもなくしたのか」
「あのさぁ、そういうことじゃなくてさ。昨日ね、猪木からメールもらったわけ」
「経済学部に行ったあいつ?」
「他に誰がいるんだよ」
「それで?」
「あいつ、高校でも野球部だったけど、ここでも野球部入ったじゃん。それでさ、何か色々書いてあるわけ。練習がきついとか、マジで色々ね」
「ふーん……」
「結構頑張ってるみたいでさ。一年のピッチャーの中じゃ、一番球速が速いらしいぜ。自慢してきたよ」
「高校じゃあエース・ピッチャーだったもんな」
「何かそれ聞いたらちょっとへこんでさ。あいつに比べたら俺なんて取り得がないっていうか、しょぼいって思ってさ」
「まぁ、そうかもなぁ……」
大野は少しため息をつき、また口を開く。
「そうしょげるな、元気出せって。そのうちいいことあるから」
「お前はいつもそれだな……」
「生きてりゃ丸儲けって言うだろ」
「なんだよ、いいことって」
「うーん、なんかこう……出会いとか。可愛い女の子と出会ってさ、あれやこれやで恋愛するんだよ。きっとそういうのあるって」
「嘘くせぇ……」
「ほら、あの子とかさ」
大野は講義室最前列の左隅を親指で指さし、西詰の注意を誘導する。そこには二人の女子生徒がいて、一人は黒いショート・ヘア、もう一人は赤毛をポニーテールにしている。その赤毛を見た西詰は一つの疑問を思い浮かべる。
「あの赤毛の子、染めてるのかな」
「いや、違うんじゃない。あれたぶん地毛だよ」
「じゃあ外国人?」
「かもな。そりゃあさ、俺らの学科は英文なんだし、英語出来る子なら入りたがるだろ。でさ、俺、あの子の顔を見たことあるけど、すっげぇ美人だったぜ」
「芸能人で言うとどんな感じ?」
「なんだっけ、あの、昔俺とお前で見ただろ、野球映画。『がんばれ ベアリング』とか、そういう名前の奴」
「あぁ、少年野球のあれか……」
「あれに出てきたじゃん、女の子のピッチャー。何とかオニオンみたいな名前の。あの子が大人になったらきっとあぁだろうなって感じ」
「へぇ……。でもあれは金髪だったじゃん」
「そりゃ髪はそうだけどよ。あーあ、ああいう子が彼女だったらいいよなー。あの子、もう彼氏いんのかな……」
「その可能性は高いかもな」
その時、講義室のドアが開いて教授が中に入ってきた。彼女は手に持っている荷物を教壇の机に降ろすと、それを広げて講義の準備をし始める。
西詰は言う。
「お喋りはこれぐらいにしてさ、講義のことなんだけど、今日って小テストじゃん。お前なんか勉強した?」
「多少はな。今回って法助動詞だろ、基本的なことはやったつもり」
「マジ? 俺ああいうの苦手なんだけどさ、ちょっと教えてくれよ……」
こうして講義の時間は過ぎていった。
大学の近くには大きな川……玉手川……が流れていて、休日にはそこで釣りをする人たちの姿を見ることができる。もっとも、大したものは釣れない。もしレジャー目的で釣りをしたいのなら、ここで釣るよりも近くの釣り堀に出かける方がいいだろう。
玉手川の河川敷にはファルコンズが普段使っているボロ球場があって、そういう意味ではとても大切なところである。前章の紅白戦を行ったのもここで、いってみればファルコンズのホーム球場のようなものだ。
そして玉手川の周辺には、大学生や若者が借りることを当てにしている貸しアパートやマンションが多数立ち並び、西詰もまた、そういった住居に住んでいるのだった。
その日の西詰は朝から少し憂鬱だった。といっても、何か大きなトラブルを抱えていたからではない。単なる抑鬱というか、少しメランコリックなだけである。
ところで、物事には原因と結果という二つの要素が存在する。そして結果というものは、何かの原因によって生み出されるのだ。ではこの西詰の憂鬱はどういう原因によって生み出されているのか。それを知るためには、まず西詰と彼の友人の話に耳を傾けてみる必要がある。
紅白戦をした翌日、月曜。名聖大学の講義室の隅に、西詰と彼の友人が座っている。講義が始まる前なのだろうか、教室の中はざわついていて、誰かとお喋りしている者もいればスマートフォンをいじっている者もいる。そんな中で、西詰は友人に対して喋っている。
「なぁ大野。たまにさ、自分が情けなく思えてくる時があるだろ?」
西詰の友人……大野……は答える。
「何だよいきなり。彼女にでも振られたか?」
「馬鹿言えよ、俺に彼女いないの知ってるだろ」
「じゃあ何だ、財布でもなくしたのか」
「あのさぁ、そういうことじゃなくてさ。昨日ね、猪木からメールもらったわけ」
「経済学部に行ったあいつ?」
「他に誰がいるんだよ」
「それで?」
「あいつ、高校でも野球部だったけど、ここでも野球部入ったじゃん。それでさ、何か色々書いてあるわけ。練習がきついとか、マジで色々ね」
「ふーん……」
「結構頑張ってるみたいでさ。一年のピッチャーの中じゃ、一番球速が速いらしいぜ。自慢してきたよ」
「高校じゃあエース・ピッチャーだったもんな」
「何かそれ聞いたらちょっとへこんでさ。あいつに比べたら俺なんて取り得がないっていうか、しょぼいって思ってさ」
「まぁ、そうかもなぁ……」
大野は少しため息をつき、また口を開く。
「そうしょげるな、元気出せって。そのうちいいことあるから」
「お前はいつもそれだな……」
「生きてりゃ丸儲けって言うだろ」
「なんだよ、いいことって」
「うーん、なんかこう……出会いとか。可愛い女の子と出会ってさ、あれやこれやで恋愛するんだよ。きっとそういうのあるって」
「嘘くせぇ……」
「ほら、あの子とかさ」
大野は講義室最前列の左隅を親指で指さし、西詰の注意を誘導する。そこには二人の女子生徒がいて、一人は黒いショート・ヘア、もう一人は赤毛をポニーテールにしている。その赤毛を見た西詰は一つの疑問を思い浮かべる。
「あの赤毛の子、染めてるのかな」
「いや、違うんじゃない。あれたぶん地毛だよ」
「じゃあ外国人?」
「かもな。そりゃあさ、俺らの学科は英文なんだし、英語出来る子なら入りたがるだろ。でさ、俺、あの子の顔を見たことあるけど、すっげぇ美人だったぜ」
「芸能人で言うとどんな感じ?」
「なんだっけ、あの、昔俺とお前で見ただろ、野球映画。『がんばれ ベアリング』とか、そういう名前の奴」
「あぁ、少年野球のあれか……」
「あれに出てきたじゃん、女の子のピッチャー。何とかオニオンみたいな名前の。あの子が大人になったらきっとあぁだろうなって感じ」
「へぇ……。でもあれは金髪だったじゃん」
「そりゃ髪はそうだけどよ。あーあ、ああいう子が彼女だったらいいよなー。あの子、もう彼氏いんのかな……」
「その可能性は高いかもな」
その時、講義室のドアが開いて教授が中に入ってきた。彼女は手に持っている荷物を教壇の机に降ろすと、それを広げて講義の準備をし始める。
西詰は言う。
「お喋りはこれぐらいにしてさ、講義のことなんだけど、今日って小テストじゃん。お前なんか勉強した?」
「多少はな。今回って法助動詞だろ、基本的なことはやったつもり」
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こうして講義の時間は過ぎていった。
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