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第一章 おーい西詰、野球しようぜ!
第2話-3 思い切って振っていけ!
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その後、西詰は七番バッターにヒットを許したものの、八番を内野ゴロ、九番をセカンド・フライに打ち取ってどうにか五回の表を終えた。続いて五回の裏、白チームの攻撃が始まる。
白チームの四番、五番は三振とポップ・フライに倒れるが、六番がヒットで出塁、七番が四球となって、二死・一塁二塁。ここで打順は八番の西詰となる。
ベンチの矢井場は西詰に声をかける。
「追加点のチャンスだがよ、お前どうする? 打つのが嫌なら岩川にやらせるが」
西詰は少しだけ考える。彼の心にかつて野球部にいた頃の思い出が蘇ってくる。相手ピッチャーの球を打ち、飛ばし、一塁へ向かって全力で走る。気持ちのいい当たりは滅多に出ないが、それだけに、うまく出した時の快感はひとしおだ。
あの喜びをまた味わいたい。そう思い、彼は口を開く。
「俺、行きますよ。駄目かもしれませんが、ベストを尽くしてきます」
「おし、いい返事じゃねぇか! せっかく野球やるんだ、そうこなくっちゃな! 行ってこい!」
矢井場は西詰の左肩を思い切り叩き、彼を激励する。それはありきたりな物かもしれないが、しかし、西詰にとっては有難かった。彼は矢井場からバットを借りて打席に向かう。
ちなみに、バットは金属製だ。木製バットは折れてダメになりやすく、予算の少ない草野球では使いづらいのだ。その点、金属なら頑丈で壊れにくい。外野二人のような変則ルールもそうだが、こういうところもプロ野球とは少し違うところである。
さて、対戦相手のピッチャーは右投げのサイドアーム(横手投げ)、球速は九十キロ前後でコントロールはやや悪いという感じだが、それならどこに攻略できそうな穴があるのか。
西詰はとりあえず右打席の後方に立つ。ここなら球がストライクかボールになるかをよく見極められるからだ。ホーム・プレートからの距離は中ぐらいにする。内角の球、外角の球、両方をバランスよく相手にするならここが無難だろう。
いよいよ対戦が始まる。相手ピッチャーが投げる、どうやら外角低めへの……西詰がそう思った直後に審判のコールが響く。
「ストライク!」
西詰がストライクの球だと思った瞬間に、球はもうキャッチャー・ミットに収まっていた。タイミングが遅かったのだ、速球に反応できなかった。
もっとも、ここだけの話だが、速球といっても八十七キロだ。そこまで速いわけではない。しかし、野球から長いこと遠ざかっていた西詰にとってはまるで百キロの剛速球、ファイアーボールである。
気を取り直し、彼は打撃姿勢に入る。二球目が投げられる、またもや外角低めへの速球……(ストライクだ!)、バットを振っていく。チッという鋭い擦過音が発生し、そのすぐ後にボールがミットへ飛びこむ。
「ストライク・ツー!」
残念ながら、バットは球をかすめるだけの結果に終わった。いわゆるファウル・チップだ。これでボール・ゼロのストライク・ツー、完全に追い込まれてしまった。
だが、前回と今回のおかげで打撃の勘が西詰に戻ってきた。次はもっといい結果を出せるかもしれない。彼は気合を入れてバットを握る。
三球目はお決まりの遊び球、ボール球で、それは内角高めに決まる。西詰は(こういうボール球って意味あるのかな……)と思いつつ、四球目に備えてバットを構える。
ついに五球目が投げられる。球は外角へと進んでいく、お手本のような対角線の配球だ。そしてこの程度のことは、野球部時代の経験がある西詰にとっては想定の範囲内だ。彼は球の軌道を目でしっかりと確認する。
(残念、ちょっと高めに浮いてるぜ!)
不格好ながらも力いっぱいバットを振って球に当てていく。打球は西詰から見て左へと低く飛び、地面に当たって弾み、転がっていく。
「ファウル!」
少し残念な結果だが、しかし、どうにか空振り三振とならずに済んだ。それに、今回はバットに当てることができた。次はきちんと芯に当てられるかもしれない。
矢井場が大声を出して西詰を応援する。
「ビビるんじゃねぇぞ、思い切って振っていけ!」
ピッチャー、六球目を投げてボール。これでツー・ツー、ピッチャーも後がなくなってきた。そろそろ西詰を仕留めないとまずいだろう。キャッチャーが何やらサインを出す、ピッチャーはそれを見て頷き、投球姿勢をとる。
ついに七球目が投げられる。ボールは内角へ向かってくる、だが勢いがない。いわゆる棒球だ。しかもかなり高くに浮いている。
(もらったっ!)
全身全霊をこめてのスイング、ありったけの力で球を叩く。打球は三遊間へ鋭く飛んで地面に落ち、バウンドして外野へ転がっていく。その間に一塁へ向かって西詰は走る、余裕で辿り着く。二塁にいたランナーは本塁に帰って追加点となる、これで三対六だ。
誰が見ても間違いない、初打席・初安打・初打点。興奮と喜びが西詰の心を満たす、彼は叫ぶ。
「よっしゃあ!」
白チームの四番、五番は三振とポップ・フライに倒れるが、六番がヒットで出塁、七番が四球となって、二死・一塁二塁。ここで打順は八番の西詰となる。
ベンチの矢井場は西詰に声をかける。
「追加点のチャンスだがよ、お前どうする? 打つのが嫌なら岩川にやらせるが」
西詰は少しだけ考える。彼の心にかつて野球部にいた頃の思い出が蘇ってくる。相手ピッチャーの球を打ち、飛ばし、一塁へ向かって全力で走る。気持ちのいい当たりは滅多に出ないが、それだけに、うまく出した時の快感はひとしおだ。
あの喜びをまた味わいたい。そう思い、彼は口を開く。
「俺、行きますよ。駄目かもしれませんが、ベストを尽くしてきます」
「おし、いい返事じゃねぇか! せっかく野球やるんだ、そうこなくっちゃな! 行ってこい!」
矢井場は西詰の左肩を思い切り叩き、彼を激励する。それはありきたりな物かもしれないが、しかし、西詰にとっては有難かった。彼は矢井場からバットを借りて打席に向かう。
ちなみに、バットは金属製だ。木製バットは折れてダメになりやすく、予算の少ない草野球では使いづらいのだ。その点、金属なら頑丈で壊れにくい。外野二人のような変則ルールもそうだが、こういうところもプロ野球とは少し違うところである。
さて、対戦相手のピッチャーは右投げのサイドアーム(横手投げ)、球速は九十キロ前後でコントロールはやや悪いという感じだが、それならどこに攻略できそうな穴があるのか。
西詰はとりあえず右打席の後方に立つ。ここなら球がストライクかボールになるかをよく見極められるからだ。ホーム・プレートからの距離は中ぐらいにする。内角の球、外角の球、両方をバランスよく相手にするならここが無難だろう。
いよいよ対戦が始まる。相手ピッチャーが投げる、どうやら外角低めへの……西詰がそう思った直後に審判のコールが響く。
「ストライク!」
西詰がストライクの球だと思った瞬間に、球はもうキャッチャー・ミットに収まっていた。タイミングが遅かったのだ、速球に反応できなかった。
もっとも、ここだけの話だが、速球といっても八十七キロだ。そこまで速いわけではない。しかし、野球から長いこと遠ざかっていた西詰にとってはまるで百キロの剛速球、ファイアーボールである。
気を取り直し、彼は打撃姿勢に入る。二球目が投げられる、またもや外角低めへの速球……(ストライクだ!)、バットを振っていく。チッという鋭い擦過音が発生し、そのすぐ後にボールがミットへ飛びこむ。
「ストライク・ツー!」
残念ながら、バットは球をかすめるだけの結果に終わった。いわゆるファウル・チップだ。これでボール・ゼロのストライク・ツー、完全に追い込まれてしまった。
だが、前回と今回のおかげで打撃の勘が西詰に戻ってきた。次はもっといい結果を出せるかもしれない。彼は気合を入れてバットを握る。
三球目はお決まりの遊び球、ボール球で、それは内角高めに決まる。西詰は(こういうボール球って意味あるのかな……)と思いつつ、四球目に備えてバットを構える。
ついに五球目が投げられる。球は外角へと進んでいく、お手本のような対角線の配球だ。そしてこの程度のことは、野球部時代の経験がある西詰にとっては想定の範囲内だ。彼は球の軌道を目でしっかりと確認する。
(残念、ちょっと高めに浮いてるぜ!)
不格好ながらも力いっぱいバットを振って球に当てていく。打球は西詰から見て左へと低く飛び、地面に当たって弾み、転がっていく。
「ファウル!」
少し残念な結果だが、しかし、どうにか空振り三振とならずに済んだ。それに、今回はバットに当てることができた。次はきちんと芯に当てられるかもしれない。
矢井場が大声を出して西詰を応援する。
「ビビるんじゃねぇぞ、思い切って振っていけ!」
ピッチャー、六球目を投げてボール。これでツー・ツー、ピッチャーも後がなくなってきた。そろそろ西詰を仕留めないとまずいだろう。キャッチャーが何やらサインを出す、ピッチャーはそれを見て頷き、投球姿勢をとる。
ついに七球目が投げられる。ボールは内角へ向かってくる、だが勢いがない。いわゆる棒球だ。しかもかなり高くに浮いている。
(もらったっ!)
全身全霊をこめてのスイング、ありったけの力で球を叩く。打球は三遊間へ鋭く飛んで地面に落ち、バウンドして外野へ転がっていく。その間に一塁へ向かって西詰は走る、余裕で辿り着く。二塁にいたランナーは本塁に帰って追加点となる、これで三対六だ。
誰が見ても間違いない、初打席・初安打・初打点。興奮と喜びが西詰の心を満たす、彼は叫ぶ。
「よっしゃあ!」
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