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第一章 おーい西詰、野球しようぜ!
第1話-3 出塁率? 出席率!
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時はさらに流れて日曜日になった。それは、遠山ファルコンズが紅白戦を行う日であり、同時に、西詰歩が何年振りかでピッチャーに戻る日でもある。
昼過ぎ、昼食を終えた彼は、多くの不安と少しの興奮を胸に河川敷の例の球場へと向かった。
彼が球場に到着した時、今日参加する予定のメンバーたちは殆どが集合していて、それぞれが思い思いに体を動かしたり談笑したりしていた。
全員がファルコンズのユニフォームを着ていて、そんな中に一人だけジャージ姿でいる西詰は、どことなく恥ずかしい気持ちになる。
ある老年男性が彼に近づいて声をかける。
「お前、西詰だろう?」
「あっ、はい」
「俺はファルコンズの監督やってる矢井場仙吉だ。よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
「おし、いい返事だ。ところで、紅白戦の話はどこまで聞いてるんだ?」
「えーと……七イニングスってことしか……」
「なんだよ、山阪も谷下もろくに伝えてねぇのか。しょうがねぇな、じゃあちょっと説明してやるから、こっち来いよ」
矢井場はスコアボードへ向かって歩き出す。西詰は慌てて彼の後を追いかけていく。やがて二人はスコアボードのそばに来て、球場の全体を見渡すような位置に並んで立つ。矢井場が言う。
「まず、赤チームの人数は九人だ。バッター七人のピッチャー二人、これで九人」
「バッター七人ですか? そうすると守備の人数が足りないですよ」
「だから外野を一人減らす。センターをなくして、レフトとライトの二人だけで守る。なにせ人数が足りんからよ、こういう変則的なルールになるんだ」
「もしかして他にもそういうルールがありますか?」
「守備はピッチャー含めて八人でやるが、攻撃は全員でやる。打順は全部で九個、控えのピッチャーが九番を打つんだよ、まぁDHみたいなもんだな。せっかく野球しに来たのにボーッとしてるなんてつまんねぇからよ、特別に打順を増やしてる」
「わかりました」
「それでだな、お前は白チームに入ってもらうが、白の面子は全員で十人だ。バッター七人、ピッチャー三人。ピッチャーの内訳は、お前、岩川、そして俺だ」
「えっ、監督もプレイするんですか?」
「おうよ! まぁ俺も歳だから、あんま長いイニングは投げられねぇけどよ。少しなら大丈夫だ、お前がピンチになったら代わってやる」
「ありがとうございます」
「先発ピッチャーは岩川だ。あいつは三回までが限界だ、四回以降はスタミナ切れで打ちこまれる可能性が高い。だから、あいつがへたばったら選手交代、お前の出番だ」
「はい」
「まぁだいたいこんなところだな。最後に聞くが、お前も最初から打席に立ってみるか? 白の打順も赤と同じで九個のつもりだがよ、お前が打ちたいなら十に増やすぜ」
「それは……遠慮させてください。得点のチャンスを俺がゲッツー打ってつぶすとか、そういうの嫌ですし……。今日は投げるだけにしておきます」
「そうか、分かった。じゃ、後はよろしくな」
玉手川から吹いてくる小さな風が球場を駆け抜けていく。川のそばには何人かの釣り人たちがいて、陽光を浴びながら釣り糸を垂らしている。西詰たちがいる地点から遠くにある場所では、子どもたちがサッカー・ボールを蹴って遊んでいる。
せかせかしている人間など一人もいない、五月の晴れた昼過ぎの風景。こういうところによく似合うのは、いわゆる体育会系な雰囲気を持つ激しい野球ではなく、のんびりとした調子の草野球だろう。
矢井場は穏やかな声で西詰に話す。
「あまり緊張せず、リラックスしていけよ。お前は久しぶりにやるんだ、打たれたって仕方ねぇ。とにかく野球を楽しむんだ、それ以外のことは気にすんな」
「はい」
「うし、じゃあみんなのとこに戻るぞ。ついてこい」
二人は先ほど来た道を引き返していく。そうやって少し歩いていくと、チーム・メイトとキャッチボールをしている黒人男性の姿が彼らの視界に入ってくる。西詰は矢井場に質問する。
「監督、あの黒人の人、すごくいい肩してますよね」
彼が投げるボールはツバメのように鋭く飛んで、キャッチボール相手のグラブに入っていく。その球速は、相手が捕れるように手加減されているもののかなり速く、なにより軌道が低い。無駄な滞空時間のない好送球である。
矢井場は西詰の問いに答える。
「あいつはデイビッド・アール・デリンジャーだ。みんなからはデイビーって呼ばれてる。ポジションはサード、打順は一番だ」
「一番ってことは、足が速くて安打製造機、そんな感じですか?」
「あー、まぁ、足はそうだが。安打のほうはイマイチだな、打率二割五分ぐらいだ」
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねえよ。でも、あいつは出席率が高いからな。それだけでもレギュラー・メンバーに入れる価値がある」
「出席率? それを言うなら出塁率じゃないですか?」
「違うな。出席率で合ってる。草野球ってのはよ、みんな仕事や子育てで忙しい中やってるからな。練習や試合に来られない時もあるわけだ。そういうことだから、声をかければ高確率で来るってのはそれだけで大事な長所だ」
「なるほど……」
「今日の試合、あいつはお前のチーム・メイトだぞ。挨拶してこい」
西詰はデイビーへと走っていき、彼に声をかける。
「こんにちは、新しく入った西詰歩です! よろしくお願いします!」
「あなたはニシヅメくんですか? こんにちは、デイビッドです。よろしくお願いします」
キャッチボールをやめ、デイビーは西詰に返答する。彼はにっこりと笑ってみせる、その笑顔はとてもまぶしくて、まさにスポーツマンという感じだと西詰は思う。
彼らのもとに矢井場が来る。
「そろそろ試合だから準備しとけよ。西詰はさっさとアップして走ってこい!」
「はい!」
試合開始まで残り約二十分。さて、この試合、西詰はどう過ごして何を思うのだろうか。
昼過ぎ、昼食を終えた彼は、多くの不安と少しの興奮を胸に河川敷の例の球場へと向かった。
彼が球場に到着した時、今日参加する予定のメンバーたちは殆どが集合していて、それぞれが思い思いに体を動かしたり談笑したりしていた。
全員がファルコンズのユニフォームを着ていて、そんな中に一人だけジャージ姿でいる西詰は、どことなく恥ずかしい気持ちになる。
ある老年男性が彼に近づいて声をかける。
「お前、西詰だろう?」
「あっ、はい」
「俺はファルコンズの監督やってる矢井場仙吉だ。よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
「おし、いい返事だ。ところで、紅白戦の話はどこまで聞いてるんだ?」
「えーと……七イニングスってことしか……」
「なんだよ、山阪も谷下もろくに伝えてねぇのか。しょうがねぇな、じゃあちょっと説明してやるから、こっち来いよ」
矢井場はスコアボードへ向かって歩き出す。西詰は慌てて彼の後を追いかけていく。やがて二人はスコアボードのそばに来て、球場の全体を見渡すような位置に並んで立つ。矢井場が言う。
「まず、赤チームの人数は九人だ。バッター七人のピッチャー二人、これで九人」
「バッター七人ですか? そうすると守備の人数が足りないですよ」
「だから外野を一人減らす。センターをなくして、レフトとライトの二人だけで守る。なにせ人数が足りんからよ、こういう変則的なルールになるんだ」
「もしかして他にもそういうルールがありますか?」
「守備はピッチャー含めて八人でやるが、攻撃は全員でやる。打順は全部で九個、控えのピッチャーが九番を打つんだよ、まぁDHみたいなもんだな。せっかく野球しに来たのにボーッとしてるなんてつまんねぇからよ、特別に打順を増やしてる」
「わかりました」
「それでだな、お前は白チームに入ってもらうが、白の面子は全員で十人だ。バッター七人、ピッチャー三人。ピッチャーの内訳は、お前、岩川、そして俺だ」
「えっ、監督もプレイするんですか?」
「おうよ! まぁ俺も歳だから、あんま長いイニングは投げられねぇけどよ。少しなら大丈夫だ、お前がピンチになったら代わってやる」
「ありがとうございます」
「先発ピッチャーは岩川だ。あいつは三回までが限界だ、四回以降はスタミナ切れで打ちこまれる可能性が高い。だから、あいつがへたばったら選手交代、お前の出番だ」
「はい」
「まぁだいたいこんなところだな。最後に聞くが、お前も最初から打席に立ってみるか? 白の打順も赤と同じで九個のつもりだがよ、お前が打ちたいなら十に増やすぜ」
「それは……遠慮させてください。得点のチャンスを俺がゲッツー打ってつぶすとか、そういうの嫌ですし……。今日は投げるだけにしておきます」
「そうか、分かった。じゃ、後はよろしくな」
玉手川から吹いてくる小さな風が球場を駆け抜けていく。川のそばには何人かの釣り人たちがいて、陽光を浴びながら釣り糸を垂らしている。西詰たちがいる地点から遠くにある場所では、子どもたちがサッカー・ボールを蹴って遊んでいる。
せかせかしている人間など一人もいない、五月の晴れた昼過ぎの風景。こういうところによく似合うのは、いわゆる体育会系な雰囲気を持つ激しい野球ではなく、のんびりとした調子の草野球だろう。
矢井場は穏やかな声で西詰に話す。
「あまり緊張せず、リラックスしていけよ。お前は久しぶりにやるんだ、打たれたって仕方ねぇ。とにかく野球を楽しむんだ、それ以外のことは気にすんな」
「はい」
「うし、じゃあみんなのとこに戻るぞ。ついてこい」
二人は先ほど来た道を引き返していく。そうやって少し歩いていくと、チーム・メイトとキャッチボールをしている黒人男性の姿が彼らの視界に入ってくる。西詰は矢井場に質問する。
「監督、あの黒人の人、すごくいい肩してますよね」
彼が投げるボールはツバメのように鋭く飛んで、キャッチボール相手のグラブに入っていく。その球速は、相手が捕れるように手加減されているもののかなり速く、なにより軌道が低い。無駄な滞空時間のない好送球である。
矢井場は西詰の問いに答える。
「あいつはデイビッド・アール・デリンジャーだ。みんなからはデイビーって呼ばれてる。ポジションはサード、打順は一番だ」
「一番ってことは、足が速くて安打製造機、そんな感じですか?」
「あー、まぁ、足はそうだが。安打のほうはイマイチだな、打率二割五分ぐらいだ」
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねえよ。でも、あいつは出席率が高いからな。それだけでもレギュラー・メンバーに入れる価値がある」
「出席率? それを言うなら出塁率じゃないですか?」
「違うな。出席率で合ってる。草野球ってのはよ、みんな仕事や子育てで忙しい中やってるからな。練習や試合に来られない時もあるわけだ。そういうことだから、声をかければ高確率で来るってのはそれだけで大事な長所だ」
「なるほど……」
「今日の試合、あいつはお前のチーム・メイトだぞ。挨拶してこい」
西詰はデイビーへと走っていき、彼に声をかける。
「こんにちは、新しく入った西詰歩です! よろしくお願いします!」
「あなたはニシヅメくんですか? こんにちは、デイビッドです。よろしくお願いします」
キャッチボールをやめ、デイビーは西詰に返答する。彼はにっこりと笑ってみせる、その笑顔はとてもまぶしくて、まさにスポーツマンという感じだと西詰は思う。
彼らのもとに矢井場が来る。
「そろそろ試合だから準備しとけよ。西詰はさっさとアップして走ってこい!」
「はい!」
試合開始まで残り約二十分。さて、この試合、西詰はどう過ごして何を思うのだろうか。
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