上 下
46 / 55
第2部 闇に死す

第9話-2 夢

しおりを挟む
 冒険者組合、訓練場。普段、冒険者に武器や格闘の技を教えるここは、室外テニス・コートが横に広くなったような長方形をしている。地面は土で、よく踏み固められ、運動に適した状態になっている。訓練場中央には、訓練用の武器を持ったギンとカー。彼は正面から向かい合い、勝負を始める機会をうかがっている。
 安全のためにわざとナマクラになっている両手剣を手に、ギンは言う。

「カールさん。いいんですか、盾を持たなくて?」

 カールはいつものように、片手に剣、もう片方の手はガラ空きという戦闘態勢をしている。彼は答える。

「魔法を使ってもいいんだろう? なら、盾はいらないさ。あれがあると、魔法を使う時に邪魔でしょうがない」

 ギンはニヤッと笑い、言う。

「なるほど。でも俺は、魔法を使う暇なんか与えませんよ」
「うん……?」
「魔法を使うためには、ある程度、精神を集中する必要がある。少し動くだけならともかく、激しく動きながら心を鎮めるのは、ほぼ不可能」
「その通りだ」
「俺が激しく攻め立てれば、魔法を使う暇なんて生まれない。それでも盾を持たないんですか?」
「あぁ、そうさ。いつもの戦い方を変えると、違和感が出てやりにくいからね。それに、魔法が使えなくても大丈夫なんだよ」
「なぜです……?」

 カールはニヤッと笑い、言う。

「魔法がなくたって、私は剣だけで君を倒せるからさ」

 ギンの表情がわずかに険しくなる。彼は少し低い声を出す。

「俺の挑発をやり返すとは、さすが……」
「まぁね。さて、そろそろ始めようか?」

 カールは武器を構える。ギンも剣を構え、二人の間に緊張感が流れ始める。カールはゆっくりと数を数えだす。

「3……2……」

 二人の視線と視線が空中でぶつかり合う。「1……」、両者、お互いをにらむ、「0!」、どちらも動き出す!
 ギンは上から剣を振り下ろす、カールはそれを己の剣で受け止め、力をこめて押し返す。態勢を崩すギン、カールは素早く踏み込んで斬撃を放つ。ギンはそれを剣で止め、力いっぱいカールの剣を押し返そうとする。空中でぶつかり合ったままの両者の剣が、ガチガチと金属音を響かせる。
 カールは少し驚きながら言う。

「なかなかの打ち込みだな!」
「そりゃどうも!」

 足を踏ん張り、歯を噛みしめ、ギンは気合いを入れる。力ずくでカールの剣を押し返し、彼の態勢を崩す。そのまま次の攻撃、思い切り剣を振って有効打を叩きこもうとする。それを阻止すべく動くカール、電光石火で己の剣を振るいギンの剣撃を止める。両者そのまま打ち合いに移行、空中で何合もそれぞれの剣をぶつけ合う。

 剣同士の衝突音、ガン、ガン、それが訓練場いっぱいに響き渡る。ギンの猛攻、カールを休ませることなく攻め立て、防戦一方に追いこむ。冷や汗がカールの顔の上を駆け抜けていく。彼は思わずうめく、「ぐっ……」、ギンの腹に蹴りを叩きこんで吹き飛ばす。ギンは地面に転がる、その隙を狙ってカールは魔法を使う、いら立ちの言葉と共に。

「えぇい!」

 得意の魔法、ライトニングを放つ。安全のために威力を下げてあるとはいえ、魔法は魔法、直撃すれば大きなダメージとなる。ギンは己の魔法力を奮い立たせ、魔法の無力化を試みる。成功、完全な無力化には失敗したものの、ライトニングの威力を大幅に弱める。ギンを襲うライトニング、しかし、軽微なダメージしか与えられない。
 地面から立ち上がりながらギンは言う。

「魔法を使う羽目になるなんて、思ってなかったでしょう?」
「あぁ。しかも、ここまで威力を殺されるとは……」
「これが今の俺の力ってことですよ。さて、このお返しをしなくっちゃな……」

 ギンは剣を構える。カールは剣を持っていない手で顔の冷や汗を素早くぬぐう。勝負はまだ続くだろう。



 それから十五分ほど後。冒険者組合の建物の中、一室。ギンとカールはベンチに座り、タオルで汗を拭きながら喋っている。二人の脇には飲み物が入ったコップが置かれてあり、ギンはそれを手にして内容物を飲みながら喋る。

「さすが、カールさんだ。やっぱり勝てなかった」
「そうは言っても、あれはラッキー、まぐれで勝ったようなものさ。君のほうが凄かった、何かが一つ違っていたら私が負けていた」
「お世辞はよしてくださいよ」
「そんなものじゃない。君は本当に強かった、よく戦ったよ」
「……ありがとうございます」

 ギンはコップの中身をもう一口、飲む。カールも己のコップに手を伸ばし、中身を飲む。無言の時間が訪れる、その後、カールは質問する。

「ギンくん。君は今後、どうするつもりなんだい?」
「今後……ですか?」
「私たちの次の冒険、それが終わった後、何か予定でもあるのかい?」
「セラの街に帰りますよ。俺はまだあそこのダンジョンを制覇してない」
「ふむ」
「あのダンジョンにはきっと、まだまだお宝が眠ってる。いちばん下には、誰も見たことないようなすごいものがあるハズです。それを手に入れるまで、俺はあそこに通いますよ」
「やはり、お金持ちになりたいと?」
「もちろんです! 絶対、金持ちになって、故郷に帰って、デカい家を建てるんです。そしたら家族みんなで暮らして、うまいもの食べて……。それが俺の夢です」
「いいな。すごくいい夢だ……」

 カールは少しため息をつく。今度はギンが質問する。

「カールさんは、なにか夢とかないんですか?」
「夢か…」

 カールは手にしているコップの中身を見ながら語り出す。

「私は、前は、夢なんてなかったけれど。今は……一つだけ、ある」
「それってどんな?」
「メーユイさんにね、この間、プロポーズしたんだ。それで、まぁ、あれは……OKということなのかな。うん、そうだと思う。私はね、次の冒険が終わったら彼女と結婚して、冒険者をやめて、普通の市民として生きていくつもりなんだ。彼女と一緒になって、死ぬまで平和に暮らす。それが私の夢だ」
「いい夢じゃないですか」
「ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいよ……」

 二人は顔を見合わせ、笑い合う。ギンは喋る。

「俺、次の冒険がんばりますよ。お宝見つけて、それ売って、カールさんにお金渡して。カールさんがすごい結婚式できるよう、稼ぎますよ」
「はは、そんなことしたらギンくんの取り分がなくなってしまうよ」
「もちろん、俺や仲間たちの分はいただきますよ。でも、カールさんにはお世話になったし。カールさんが少し多めに持っていったって、みんな許してくれますよ」
「……ありがとう」

 カールは穏やかな顔になる。彼は目を閉じる、心の中、メーユイの美しい顔が浮かび上がる。もうすぐ彼女は彼の妻になるのだ。それを思う時、カールは静かな喜びに包まれる。



 物語の舞台は、この日の深夜、イーホウ邸に移る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

【R18 】必ずイカせる! 異世界性活

飼猫タマ
ファンタジー
ネットサーフィン中に新しいオンラインゲームを見つけた俺ゴトウ・サイトが、ゲーム設定の途中寝落すると、目が覚めたら廃墟の中の魔方陣の中心に寝ていた。 偶然、奴隷商人が襲われている所に居合わせ、助けた奴隷の元漆黒の森の姫であるダークエルフの幼女ガブリエルと、その近衛騎士だった猫耳族のブリトニーを、助ける代わりに俺の性奴隷なる契約をする。 ダークエルフの美幼女と、エロい猫耳少女とSEXしたり、魔王を倒したり、ダンジョンを攻略したりするエロエロファンタジー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

2代目魔王と愉快な仲間たち

助兵衛
ファンタジー
魔物やら魔法やらが当たり前にある世界に、いつの間にか転がり込んでしまった主人公進藤和也。 成り行き、運命、八割悪ノリであれよあれよと担ぎ上げられ、和也は2代目魔王となってしまう…… しかし彼には、ちょっとした秘密があった。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...