嗜虐的なこの世界で

夏野かろ

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3話 僕と猫の手術の結果 Wither

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  手術の日となった。

 午前9時。僕は手術台の上にいる。周りには医師や看護師といった医療スタッフ。準備万端というわけだ。
 視界の端にある自分の左腕を見る。点滴用の管が刺さっているのが分かる。あそこから麻酔薬が流れこみ、意識を失い、そうしたら手術が始まる。

 妻は言っていた。猫の手術はこの日の午後なのだと。だとすると、もし僕も猫も死んだ場合、先にあの世へいくのは僕だ。後から猫がきて再会することになる。
 どちらも生き残った場合は? その時は退院後にこの世で再会だ。なんにせよ、両者死亡か生存のどちらかならすぐ再会できる。ありがたいことだ。

 どうしようもないのはどちらかだけが死ぬことだ。そうなってしまったらこの世で会うことは二度とない。
 あの世とこの世でメールや電話ができればいいのだが、あいにく現代の科学はそこまで進んでいない。そもそも猫はメールも電話もできない。これじゃあ打つ手なしだ。

 僕は心中で密かに祈る。神よ、すべては思し召しのままに。しかし申し上げます、どうか僕も猫も助けてください。さもなくば、どちらも天に連れていってください。
 麻酔医が話しかけてくる。

「よろしいですか?」

 目を閉じ、返す。

「えぇ。お願いします」

 麻酔は5分と経たずに効き目を現し、僕の意識を消し去るだろう。以前に交通事故に遭って手術した時もそうだった。前触れなしにいきなり意識が消える。まるで電灯を消すようだった。
 次に意識を取り戻す時、果たして僕の魂はどこにいる? この世。あの世。それとも、無神論者たちが主張する通りにあの世などなく、手術が失敗すればもうこの目を開くことはないのか。

 神よ、今一度あなたに問いたいのは、僕は……。



 結論から言えば、僕も猫も手術に成功した。そこから先は大したことなどない。体力を回復したのちに退院だ。
 お世話になった医師や看護師たちに礼を言い、病室から引き上げる。妻と共にタクシーで帰宅、なんだか戦いに勝利したような気分がする。

 家に帰ってまずやったのは猫に会うことだ。オス猫だが、彼はお気に入りの座布団の上でぐぅぐぅと寝ていた。
 その様子を眺めながら話しかける。

「よく頑張ったな。お疲れ様」

 彼は何も答えない。まぁ当たり前だろう、寝ている奴が能動的に声を出せるわけがない。
 僕の横にいる妻が言う。

「病院の先生が心配してました。成功はしたけど、体力がどれくらい戻るかはわからないって」
「退院できたんだから結構戻ってるんじゃないの?」
「もちろんそうでしょうよ。問題は、前みたいに元気に動けるレベルまで戻るかってところで……」
「なるほど。まぁ、やってみなくちゃわからんって」
「とにかく心配で……」
「いつも以上に丁寧に面倒みてやろうよ。大丈夫、僕だってこうして良くなったんだし、こいつも良くなるよ」

 猫は相変わらず寝ている。まったく、呑気な奴だ。人の気も知らないで。
 いいさ、それで。早く元気になれよ。



 数日後の朝、目を覚ました僕はトイレにいき、ついでに猫のトイレの様子を見にいった。
 もし夜間に猫が使ったのなら、その時に出した汚いものを掃除してやる必要がある。面倒だが、15年ずっとやってきたことだ。とっくに慣れている。

 ふだん猫がいる部屋に入る。直後、なにか嫌な予感が心を駆け抜ける。漂う違和感、すぐ気づく、猫の姿がどこにも見えない。あの座布団の上は空っぽだ。
 おかしい。背筋が凍っていくのがわかる。落ち着け、どこかに隠れているだけだ、今までよくあった話だろう? 落ち着け、落ち着くんだ。すぐ見つかる。

 テーブルの下、本棚の後ろ、冷汗を感じながら探す。いない。視界の隅にトイレが映る。何かが見える。
 我が家の猫用トイレにはフードがついている。だから中身が見えにくい。とはいえ、見慣れないものが入っていればそれくらいすぐわかる。

 トイレに駆け寄る。フードを外す。猫の姿が視界に飛びこんでくる。
 小水を吸い取るために敷かれた砂、彼はその上にいる。横たわり、口から泡を吹き、ビクビクと小刻みに体を痙攣させている。

 思わず叫ぶ。

「おい! どうした! おい!」

 彼は何も答えない。いつもの返事の声を出さない。
 そういうことらしい。
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