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第1章 あの日の君を取り戻せ
ハンガー・トーク/Hangar talk
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太陽が地平線の下へその姿を隠していく時刻。
オレンジ色の光に照らされながら、
虎太郎はヘリエンの格納庫の中へと入っていく。
彼はそばにあるヘリエンに近づき、下から機体を見上げる。
練習用の旧型ヘリエンは、太陽の光を鈍く反射している。
「……」
その時、虎太郎の背後で、誰かが格納庫の中に入る音がした。
虎太郎は振り向く、そこには、同じクラスの女子生徒……リンがいた。
黒い長髪が印象的な、東洋系の黄色い肌と顔を持っている少女。
その切れ長の瞳は、聡明さと意志の強さを無言のうちに語っている。
そして今は、虎太郎への文句を語ろうとしているように見える。
リンは口を開く。
「あんた、なんでこんなとこにいるわけ?」
「別にいいだろ、俺がどこにいたって」
「よくない、全然よくない! だいたい何なの、そのシケた顔は!」
「うるさいな……」
虎太郎は彼女に背を向ける。
近くの壁にもたれかかり、再度、ヘリエンを見上げる。
リンは靴音を立てながら歩き、虎太郎から少し離れたところに来て、
彼と同じように壁へもたれかかり、彼が見ているのと同じヘリエンを見上げる。
リンは少しゆっくりした口調で喋り出す。
「あんた、ヤバいんでしょ。次の期末試験、負けたら退学」
「……なんで知ってるんだよ」
「こんなの、クラスの誰だって知ってることでしょ」
「それで、そんな俺に何を言いに来たのさ?」
「まぁ、いろいろと、ね……」
リンは視線を虎太郎に向ける。虎太郎が視線を返す。
彼女は喋る。
「単刀直入に言うけれど。あんた、あたしと1つ、取り引きしてみない?」
「取り引き?」
「簡単なことよ。あたしはあんたに、次の戦いに向けた特訓、その手伝いをする」
「はぁ?」
「自分で言うのもなんだけどね、あたしはクラスじゃ一番のエース・パイロット。
それはあんたもご存知でしょ」
「……まぁね(虎太郎、苦々しい顔をする)」
「あたしが特訓を手伝ったら、あんたは絶対、次の戦いで勝てる。
あんたね、素質はいいのよ。努力もしてる、それはすごくわかるし。
ただ、どこかで歯車がかみ合ってないんだ。いつもそれが原因で負けてる。
あたしがそこらへんを何とかしてあげる。どう、いい話でしょ?」
「……この取り引き、俺は何を差し出せばいいんだ?」
「何を……って?」
「つまり、俺がお前に渡すもの……お金とか、
取り引きっていうからには何か欲しいわけだろ、俺から。
リン、俺から何が欲しいんだよ?」
「知りたい?」
「当たり前だろ」
一瞬、リンが口ごもる。その顔が紅潮する。
彼女は意を決したような表情で言葉を切り出す。
「あんたは、試験が終わるまでの間……あたしの家来になる。
それが、あんたに要求するもの、あんたから欲しいものよ」
「はぁ!?」
思わず虎太郎は大きな声を出す。
彼はリンの顔をまっすぐ見ながら口を開く。
「家来って、お前、何を考えてんだよ! 冗談、冗談なのか?」
「いや、冗談なんかじゃない!」
「ならなんだ、からかってるのか、俺を?」
「違う、からかうとかそんなんじゃない、あたしは本気で言ってる!」
「なら質問するけど、俺を家来にしてなんの得があるんだよ、お前に?」
「そんなの、数え上げたらキリがないぐらいよ。
使い走り、荷物持ち、雑用の手伝。分かる?
あたしはいつだって忙しい、誰かを必要としてるのよ。
そしてあんたはこの手の仕事にうってつけ、掃除でもなんでも上手くこなす」
「お前、俺をなんだと……」
「でも、事実でしょ。
クラスでいちばん掃除上手なのも、料理上手なのもあんたじゃない」
「まぁ、それはそうだけどな……!」
「安心なさい、ひどいことはさせないから。
さぁ、どうするの? この取り引き、受けるか……受けないか?」
2人は正面同士で向かい合っている。
どちらも何も答えない、沈黙の時間。
虎太郎の両目が静かに閉じられる。彼は少しの間、考える。
ため息を1つ、それから、彼は目を開けて喋り出す。
「答えはNoだ。やめておく」
「なんでよ!」
「真面目な話、取り引きを受け入れたとして、だ。
俺は本当に、勝負に勝てるのか? 正直、そんな気がしない。
さっき、あぁやって目を閉じて、そうすると見えるんだよ。
次の戦い、今日みたいにボコボコにやられて、
地面に転がってるみじめな自分の姿が。
ここに入ってから、俺はいろいろやった。必死に勉強して、体を鍛えた。
やれるだけ頑張った、けど、それでも今日のあの敗北だ。
……俺は、駄目なんだよ。駄目なんだ。勝てっこない、頑張ったって」
「勝負は、やってみなくちゃわからないでしょ!」
「やる前から結果が見えてることが、世の中には存在するだろ?
たき火の中に手を突っ込めば火傷する。やる前から結果が分かってる。
俺の場合も同じだ、やる前から分かってる、俺は……負けるよ。次も」
「だから、そうならいように特訓しようって……!」
「もう疲れたんだよ、俺は。
これ以上、苦しみたくない。無駄な努力をしたくないんだ。
……放っといてくれよ。いいだろ、別に。落第したって……」
「あんた……!」
「悪いけど、帰る。じゃあな……」
虎太郎は格納庫の外へ向かって歩き出す。
太陽は、その姿のほとんどを地平線の下へ沈めている。
格納庫の中、取り残された形になったリンが、
虎太郎の背中へ向かって怒鳴る。
「このッ……弱虫タイガー!!!!!」
虎太郎は何も答えない。
彼は無言のまま、リンの視界の外へと消えていく。
けれど、映画のカメラはまだ回り続けている。
オレンジ色の光に照らされながら、
虎太郎はヘリエンの格納庫の中へと入っていく。
彼はそばにあるヘリエンに近づき、下から機体を見上げる。
練習用の旧型ヘリエンは、太陽の光を鈍く反射している。
「……」
その時、虎太郎の背後で、誰かが格納庫の中に入る音がした。
虎太郎は振り向く、そこには、同じクラスの女子生徒……リンがいた。
黒い長髪が印象的な、東洋系の黄色い肌と顔を持っている少女。
その切れ長の瞳は、聡明さと意志の強さを無言のうちに語っている。
そして今は、虎太郎への文句を語ろうとしているように見える。
リンは口を開く。
「あんた、なんでこんなとこにいるわけ?」
「別にいいだろ、俺がどこにいたって」
「よくない、全然よくない! だいたい何なの、そのシケた顔は!」
「うるさいな……」
虎太郎は彼女に背を向ける。
近くの壁にもたれかかり、再度、ヘリエンを見上げる。
リンは靴音を立てながら歩き、虎太郎から少し離れたところに来て、
彼と同じように壁へもたれかかり、彼が見ているのと同じヘリエンを見上げる。
リンは少しゆっくりした口調で喋り出す。
「あんた、ヤバいんでしょ。次の期末試験、負けたら退学」
「……なんで知ってるんだよ」
「こんなの、クラスの誰だって知ってることでしょ」
「それで、そんな俺に何を言いに来たのさ?」
「まぁ、いろいろと、ね……」
リンは視線を虎太郎に向ける。虎太郎が視線を返す。
彼女は喋る。
「単刀直入に言うけれど。あんた、あたしと1つ、取り引きしてみない?」
「取り引き?」
「簡単なことよ。あたしはあんたに、次の戦いに向けた特訓、その手伝いをする」
「はぁ?」
「自分で言うのもなんだけどね、あたしはクラスじゃ一番のエース・パイロット。
それはあんたもご存知でしょ」
「……まぁね(虎太郎、苦々しい顔をする)」
「あたしが特訓を手伝ったら、あんたは絶対、次の戦いで勝てる。
あんたね、素質はいいのよ。努力もしてる、それはすごくわかるし。
ただ、どこかで歯車がかみ合ってないんだ。いつもそれが原因で負けてる。
あたしがそこらへんを何とかしてあげる。どう、いい話でしょ?」
「……この取り引き、俺は何を差し出せばいいんだ?」
「何を……って?」
「つまり、俺がお前に渡すもの……お金とか、
取り引きっていうからには何か欲しいわけだろ、俺から。
リン、俺から何が欲しいんだよ?」
「知りたい?」
「当たり前だろ」
一瞬、リンが口ごもる。その顔が紅潮する。
彼女は意を決したような表情で言葉を切り出す。
「あんたは、試験が終わるまでの間……あたしの家来になる。
それが、あんたに要求するもの、あんたから欲しいものよ」
「はぁ!?」
思わず虎太郎は大きな声を出す。
彼はリンの顔をまっすぐ見ながら口を開く。
「家来って、お前、何を考えてんだよ! 冗談、冗談なのか?」
「いや、冗談なんかじゃない!」
「ならなんだ、からかってるのか、俺を?」
「違う、からかうとかそんなんじゃない、あたしは本気で言ってる!」
「なら質問するけど、俺を家来にしてなんの得があるんだよ、お前に?」
「そんなの、数え上げたらキリがないぐらいよ。
使い走り、荷物持ち、雑用の手伝。分かる?
あたしはいつだって忙しい、誰かを必要としてるのよ。
そしてあんたはこの手の仕事にうってつけ、掃除でもなんでも上手くこなす」
「お前、俺をなんだと……」
「でも、事実でしょ。
クラスでいちばん掃除上手なのも、料理上手なのもあんたじゃない」
「まぁ、それはそうだけどな……!」
「安心なさい、ひどいことはさせないから。
さぁ、どうするの? この取り引き、受けるか……受けないか?」
2人は正面同士で向かい合っている。
どちらも何も答えない、沈黙の時間。
虎太郎の両目が静かに閉じられる。彼は少しの間、考える。
ため息を1つ、それから、彼は目を開けて喋り出す。
「答えはNoだ。やめておく」
「なんでよ!」
「真面目な話、取り引きを受け入れたとして、だ。
俺は本当に、勝負に勝てるのか? 正直、そんな気がしない。
さっき、あぁやって目を閉じて、そうすると見えるんだよ。
次の戦い、今日みたいにボコボコにやられて、
地面に転がってるみじめな自分の姿が。
ここに入ってから、俺はいろいろやった。必死に勉強して、体を鍛えた。
やれるだけ頑張った、けど、それでも今日のあの敗北だ。
……俺は、駄目なんだよ。駄目なんだ。勝てっこない、頑張ったって」
「勝負は、やってみなくちゃわからないでしょ!」
「やる前から結果が見えてることが、世の中には存在するだろ?
たき火の中に手を突っ込めば火傷する。やる前から結果が分かってる。
俺の場合も同じだ、やる前から分かってる、俺は……負けるよ。次も」
「だから、そうならいように特訓しようって……!」
「もう疲れたんだよ、俺は。
これ以上、苦しみたくない。無駄な努力をしたくないんだ。
……放っといてくれよ。いいだろ、別に。落第したって……」
「あんた……!」
「悪いけど、帰る。じゃあな……」
虎太郎は格納庫の外へ向かって歩き出す。
太陽は、その姿のほとんどを地平線の下へ沈めている。
格納庫の中、取り残された形になったリンが、
虎太郎の背中へ向かって怒鳴る。
「このッ……弱虫タイガー!!!!!」
虎太郎は何も答えない。
彼は無言のまま、リンの視界の外へと消えていく。
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