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第三話 アーテル村 ハムスターファミリーと乳児院の子供達

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アーテル国は現在四つの市町村と二つの島がある。
アーテル国で一番大きく栄えているのがルージュ市、またはルージュシティ。
アーテル国で一番古い町なのがヴィオラ町。
この二ヵ所は話し合いの末、分離する事があると決定している。街が大きくなった事により一部を分離し新しい町を作る計画が出ている。
そしてアーテル村。
アーテル村は国の一番古い村で、アーテル村があり、そこから土地が広がりヴィオラ町が出来たらしい。
アーテル村とヴィオラ町は国で一番古い村と町というのはつまりそういう事である。
次にルージュ市同様の古さの村グリューン村。
グリューン村が出来たのは、この国が新しく国王政権になった時に出来た村で、ルージュ市はその後出来上がった。
二つの場所に人が移り住み、異国の人が移り住んでこの村と市は大きくなった。
そして現在、ヴィオラ町とアーテル村の両方が管理している島が二つある。
元々はアーテル村の土地だったが、今は管理者がいない為、ヴィオラ町とアーテル村が同時に管理している。それがクジラ島とペンギン島である。
元々住んでいる者と外国からの移住者がいるアーテル国である。
この国は大陸の端にあり森と海がある国だ。
移住者は森からでも、船を使い海からでも、もちろん飛行機を使ってでも来られる。
今現在はヴィオラ町とルージュ市が分離計画の街に指定されている。
この国はこれからもっと減ったり増えたり動きがあるだろうと予測されている。
まだまだ発展の余地がある国であるのは確かだ。
国内の移動手段は、ルージュ市以外バスで村と村、村と町をつないでいる。
アーテル国の地図を広げると国の中央地にヴィオラ町があり右側にルージュ市。ヴィオラ町の左側にアーテル国がある。
アーテル国の左側にグリューン村でアーテル村とヴィオラ町から海を見るとアーテル村の下に小さな無人島ペンギン島。
ヴィオラ町とルージュ市の下に大きな無人島クジラ島がある。
船や飛行機などをすべてルージュ市が管理している為、ルージュ市は一部空港がある場所を分離させ、街を新しく作ろうという計画があり、さらにヴィオラ町は大きな川があり、川を含めた土地を新しい町にしようとしている。
もしも、もう少し海側からの移住者が来ればまた現在のビィオラ町の一部とルージュ市の一部を新しい町にしても良いだろうという計画が出ている。
そうして今、国は新しく生まれ変わろうとしている。
アーテル村は特に影響なくいつも通りの朝だった。
隣の町や市街地の情報は入ってきても、影響がないなら関係ないと考えている人が多いからだ。

アーテル村に住むハムスターの獣人のお父さんは、村で一本しかないバスの運転手兼アーテル村乳児院の理事長である。
人手不足の所が多いこの国は、お父さんのように二つの職業を持っている事が珍しくない。
技術職は尚更人手が足らず、出来る範囲でやっていくしかない。
それでも上手く仕事をしていく事が大事である。
バスは村と村、村と町のつなぐ為のバスである為、朝夕の利用者は多くなる分、本数も多くしている。
バス会社はこの国に一つしかなく、すべてのバスとルージュ市のトラムの運営をすべて任されている。
町が増えてもバスを増やすかどうするかぐらいの事しか今は話し合っていない。
村や町を巡回する決められたルートで走っている為、場合によっては今のルートで充分であると考えているからだ。
平日、休日共に、午前は七時、九時、十一時の三本。午後は十五時、十七時、十九時の三本。休日のみ十三時が増えるという時間でバスが出ている。
バス停もあるが、決まった所が一番利用者が多くなる為、二ヵ所くらいしか機能していないように見える。
後はほとんど、歩き、自転車、自家用車での移動で住人達は生きている。
国がそこまで大きくも小さくもない分、村の面積もそこまで広くないので、バスのみの運営で生活している。
ハムスターの獣人のお父さんは、バスを運転しながら所々街並みも見ていた。
この国に人が増えるのはかまわないが、結構な自由の国で、その分トラブルもある事を気にしていた。
乳児院を経営していると、とくに親の居ない子が結構沢山居る事に驚かされる。
どこの市町村も一杯だと聞いている。しかし別の日にはグリューン村の乳児院の経営が困難でつぶれそうだという話も舞い込んできたりして、乳児院の経営はいつどうなってもおかしくないような状態だ。
さらに人が増え町が増えればある程度、人数やら軽減できるのか?と考えるが上手く行くなら苦労しないだろうと考えていた。

ある日お父さんは、七時台のバスを走らせていた。グリューン村との境界にあるバス停とヴィオラ町との境界にあるバス停の行き来で、アーテル村の中をグルグルとめぐる最中、ヴィオラ町の境界線の所のバス停から一人の若い女性がベビーカーと一緒に乗り込んできた。
乗り込む際、お父さんが手助けをすると女性はペコッと頭を下げた。
バスの前の方が優先席になっており、そちら側に向かうと女性は優先席前にベビーカーを止めて自分はその席へ座った。
朝早い時間帯だったからか、子供は寝ているようだ。
朝一のバスだったがグリューン村からの乗客とアーテル村からの乗客は降りていた為、このバス停からの客は女性一人だった。
仕事か学校へ向かう人が利用するのがほとんどで、皆、町や市街地へ向かうのだろう。町と村の境界線であるこのバス停からは普段はほとんど利用しない。町から村へは乗用車での移動が多いからだ。
学校が始まる時間でも無いため本当に珍しかった。
しかし場合によっては利用する人もいるので、そこまでおかしい話ではないのだが。
その人はずいぶん綺麗な恰好をしていた。
ルージュ市辺りから来たのだろうか?それとも別の国からの移住者だろうか?まぁどちらも特にこれといって気にすることではない。
お父さんはバスを走らせている間、支障が出ない程度にチラチラと見てしまったが、気にしない事にした。

先ほどの女性はとあるバス停で降りた。
なんとなく嫌な予感がしたが、女性以外そのバス停の利用者はいなかった為、降りた後はすぐにバスを走らせるしか出来なかった。
一言声をかけたかったが、違ったら申し訳ない。お父さんは多少モヤモヤしたが、業務に支障が出るのは困る。バスを運転するのに集中することにした。

女性はバスを降りると目の前の建物を見た。
アーテル語で「アーテル村 乳児院保育園」と書いてある。
その他にも別の看板も見つけた。
【一階 アーテル村 乳児院】
【二階 アーテル村 保育園】
さらに別の看板には、【乳幼児&保育児 保護施設&保育園 受入応相談。】と書いてある。
この施設は親のいない子の施設であり一時預かり所でもある。
普通の保育園というより児童相談所や施設という意味合いの保育所兼一時預かり所といった総合施設だ。
一時預かりは、一日だけや、急用時に数日、数時間など面倒を見てくれる。
しかし女性のこの施設への訪問理由は、一時的に利用したいという事ではない。
それならルージュ市やヴィオラ町など、自分が住んでいる場所の近い場所に預けられる所を探すだろう。
しかし女性はそうはしなかった。とりあえずの場所を探していたのではない。自分となるべく離れた場所の施設を探していたのだ。
今、ベビーカーの中ですやすやと眠っている子供を自分の手から離すために来たのだ。
女性はしゃがみ込みベビーカーの中を覗き込んだ。
「ごめんね伽芽莉愛(きゃめりあ)、ママを許して」
女性はベビーカーを押す体制に戻ると施設内へ入って行った。

ハムスターの獣人のお父さんは、バスの運転が終わり、次のバスの時間まで停留所にバスを止め、歩いて別の仕事場へと向かった。
「アーテル村 乳児院」の所まで来ると門をくぐり建物内へ入って行った。
職員出入口と書いてあるドアを開け、中で靴を脱ぎサンダルに履き替えた。
「せんせいのおへや」と書いてある所に入って行くと中には誰もいなかった。
ここは一階と二階の施設で働く人のいわゆる職員室である。
一階は「ハムスターさんの乳児院」で二階は「ラッテラパンさんの保育園」という通称でこの村では通っている。
ハムスターさんの乳児院の理事長または経営者でもあるお父さんは、乳児院の仕事をする為ここまで来た。
資料を手に取り確認すると、やはり新しい子が入園していた。
母親か誰か女性の字で書かれた書類を確認すると、隣の町ヴィオラ町の住所が書かれていた。
ココアウサギの赤ちゃん 二歳名は…。
「小島、小島、きゃ、め、り、あい?あっ、小島きゃめりあちゃん?」
随分な名前だと思ったが土地柄ハーフか?とも思ったが母親らしい名前はあったのだが父親の部分は空白だった。
“誰だかわからん男の子供を産んだのか。そして育てられなくなった。あぁそんな感じか、理由は経済力って書いてあるか”
諸事情と書くか、ちゃんとした理由を書かれるか、理由については任意にしている。
親の名前すら分からない子もいる中、彼女は正直に書いてくれたらしい。結構色々と書き込んであった。
保護者氏名に「小島 紗智子」とある。これが彼女の名前だろうか?
年齢欄にも書き込みがあるのだが、25と書き込んだ後にその数字を消して再び書き込んである。年齢以外にもよく見ると微妙に書き間違いがあった。
お父さんはその書類に書かれた内容をパソコンで保管する為、書き込まれた物を見ながら文字を打ち込むが、なんとも読みづらい物となっていた。

その日の午後、ハムスター一家の長女、林和美は学校から帰ってきた後、一旦、図書館へ行ってから、父親が経営している乳児院まで手伝いに行くことにした。
乳児院と図書館は近い所に位置している。いつも乳児院に来た時は図書館へ行くこともある。
和美はいつも双子の弟、春樹と一緒に行動している事が多い。
春樹は軽度の障害があり足が悪いからだ。
春樹は乳児院に来るといつも近くのバス停に居ることが多い。
お父さんが運転しているバスを見るためだ。
バスが見たいだけで特になにもしない。大人しくしている。
乳児院に入ってきても特に手伝いをするわけではなく、のんびりと過ごしている。
今回は和美と春樹で乳児院に行く前に、返却する本を返しに行くため図書館へ向かった。

二人が図書館へ入ると返却カウンターへ向かった。その時、和美が司書さんと返却のやり取りをしていると春樹が和美に何かを知らせてきた。
和美は辺りを見渡すと、その場から去ろうとしている女の子を見つけた。
カンガルーの獣人の女の子であることは分かった。
ただし名前が外国の名前で良く分からなかった。
同じ学校で、同じく一年生の女の子で最近転校してきた子だ。
皆とあまり仲良くできず、いつも一人ぼっちの子で和美は気になっていたのだが、外国語も共通語も分からず、また普段から和美もクラスの子に避けられている為、話しかけるのが怖かった。
体が華奢で力も弱く気弱な性格の和美は、人と付き合うのが苦手である。
そんな和美が外国から来た子に話しかけるには同じクラスの子に話しかける事以上に難易度が高い。だから見るだけにしている。
今、見かけた子がその子であることは間違いなさそうだ。
学校でも会っている為、服装や特徴がその子と一致している事も分かっている。
「はるき、おしえてくれてありがとう」
そう言われた春樹は「うん」とうなずいた。
司書さんに「はい、オッケーよ」と言われると、和美は春樹の手を掴んで「それじゃ、はるき、いこっか」と言って歩き始めた。

乳児院の近くまで来ると春樹は大好きなお父さんのバス停に一直線に向かっていった。
和美は春樹の後ろ姿を見つめ、一応見守ってから乳児院の門をくぐると建物内に入って行った。
職員出入り口で自分の靴を脱ぎ子供用の黄色いスリッパに履き替えて母親がいるであろう場所へ向かう。
『おひさまくみ』と書いてある看板があるドアを開けると聞きなれない声が耳に響いてきた。
「きゃめりあは、いけめんがすきなの!いけめんがいなきゃやなの!」
随分めかしこんだ服を着て、いかにも都会にいましたといった感じの赤ちゃんがいた。
ここは0歳から三歳児の世話をしている教室である。子供達は一日中ここで過ごす。
その為、ベビーベッドが置いてあったり日用品がそこらへんにゴロゴロしている。
その部屋でココアウサギの赤ちゃんは叫んでいる。他の子はいつも通りだ。
「お母さん」といっても、ここでは「乳児院の先生」ではあるが、その赤ちゃんと向き合っている。
「せんせいも、いけめんがすきなんじゃないの?せんせいのだんなは?しごとは?ねんしゅうは?」
「きゃめりあちゃん、とにかくココはそういう場所じゃないの。ここに来たなら先生のいう事を聞いてね」
子供の名前が外国から来た子のような名前だった為、外国人なのかと和美は思った。
このクラスはごく普通の赤ちゃんという感じの子が多かった為、良く喋り活発な二歳の女の子というようなイメージの伽芽莉愛は和美にとって衝撃的だった。
そんな伽芽莉愛に対して、母は困り果てた表情で接していた。
和美はそんな母を見て他の子の様子を見られていないだろうと思い、その場を離れた。
赤ちゃんたちは普通におもちゃで遊んだりして過ごしていた。
和美はそんな赤ちゃん達の輪に入り、出来る限りのお世話や遊び相手になって楽しく過ごした。
あっという間に時間は過ぎ、お母さんは疲れた表情で和美に「そろそろ、お家に帰ろうか」と言ってきた。
お母さんに言われ、和美はある程度部屋の中を片付けて、赤ちゃん達に「またね」と声をかけて教室を出た。

夜勤の人に後の事は頼み、お母さんと春樹と和美は乳児院の門をくぐった。
三人で帰宅途中、和美は今日あった事をお母さんに話した。
その後、今日新しく入った子の事を聞くとお母さんはまず、外国の子ではない若い女性が連れてきた子で、その若い女性が母親だと教えてくれた。
ヴィオラ町やルージュ市方面から来た子で、その子のお母さんだという若い女性も、とても綺麗でオシャレな服を着ていたよと教えてくれた。
それで、あんなに活発でおしゃまなんだと、お母さんは言っていた。
「しょうがないのよ、急にこんな所に連れてこられて混乱してるんでしょ、お母さんも居ないし寂しいのよ。怖いし訳わからないし。それを素直に表現出来ないのよ」
和美はなるほど、と思った。
子供らしくないのも、あんなことを言っていたのも、全てに理由があるのかと納得した。
和美はこの家の長女で双子の弟と他にもまだ兄弟がいる。
和美は下の子達の事を思い出していた。
弟の下にまだ三人兄弟がいてまだ小さい。
わがままを言ったり泣いたりして和美やお母さんを困らせたりしている時がある。和美だってまだ小さく上手く表現出来ないことが沢山ある。
和美は「あの子は大人びた子だけど、まだ二歳だもんね」とお母さんに話しかける。
お母さんからは「そうだね、まだまだ小さいからね。和美にもなにかあるかも知れないけど、優しくしてあげてね」と言われ「分かった」と返事をした。

家の近くに着くと赤い屋根の三階建ての家が見えてきた。その家が林家の家だ。
家に着き部屋に入ると、お母さんはまた出かけてしまった。
保育園に三人の兄弟を預けている為、その子たちを迎えに行くのだ。
双子の弟春樹と二人で留守番している時間である。
春樹にうがい手洗いさせたら自分もうがいと手洗いをし二人でリビングに向かう。
テレビをつけると二人でソファーに座りお母さんの帰りを待つ事にした。

しばらくして保育園から下の子達が帰ってくると、家の中は一気に賑やかになった。
次女の美枝はテレビがついている事に「ずるい」と言い出し自分も見始めた。
お母さんに「うがいと手洗いが先よ」と言われ、文句を言いながらもお母さんに連れていかれた。
一番下は和美と春樹と同じように男女の双子である。その子たちはお母さんがすべて面倒みていた。その為、お母さんは常に忙しそうにしている。
和美はそんなお母さんの事が心配で、いつもお手伝いをしようと頑張っている。
少しずつ少しずつ、家事を習い出来るようになると、とても嬉しかった。
洗濯物を畳む、お皿を片付ける、弟の面倒を率先してやる。それだけでもお母さんの負担は減る。
和美は学校では上手く周りと溶け込む事が出来ないが、それをお母さんに言う事は無かった。
色々と嫌み悪口も言われたり無視されるが、それはなるべく気にしないようにと自分に言い聞かせていた。
寂しさ悲しさはあるが、お母さんが困るような事は避けたかった。
いつからかそう思うようになり、どことなくそれが普通になっていった。
和美はどこか自分の気持ちを人に話すのが苦手だ。
だからこそ自分さえ良ければそれで問題は無かった。

お父さんは仕事で遅くなる為、夕飯はお母さんと子供達のみになる。
お父さんも一緒にいて欲しいがバスの運転手と乳児院の仕事の二つを掛け持ちしていると、それはどうしても無理な話だ。
和美はお父さんがいなくて寂しさはあるものの、下の子達が騒いでいる為、賑やかさはあった。
お母さんはいつだって赤ちゃんや子供の面倒を見るのが上手かった。
和美の中でお母さんは憧れの存在で、いつかはお母さんみたいになりたいと思っている。
自分ももう少し大きくなればもっとお手伝いが出来るようになるのに。早くもっとお姉さんになりたいと考えていた。
今でもお手伝いに関してはクラスで一番なのだが、和美の理想は年上のお姉さん達のようになることだ。

翌朝
学校へ行くとまず初めに弟、春樹を特別養護クラスへ連れていく。
その後、自分のクラスへ行き教室へ入って行った。
自分の席に座りランドセルから中身を取り出し、お道具箱にしまった。
ランドセルは後ろの棚へしまいに行き、再び席に戻ってお道具箱の中から自由帳を取りだした。
自由帳には沢山の絵が描かれている。
皆、仲良く笑っている絵だ。
図書館に通っている和美は絵や物語が好きで、いつも司書さんの「おはなし」の時間を楽しみにしている。
弟の春樹も大人しく聞いてくれるため、一緒に行くことが多い。
子供向けの絵本や物語の書かれている本を読んでいる時間はとても楽しく学校での事で嫌な事とかあったりすると大好きな本を読む。
そうすると寂しさや嫌な事が忘れられるのが和美にとっては嬉しかった。
それで和美は図書館に通ったりこうして自由帳に絵を描いている。
そんな時ふと声をかけてきた子がいた。
「おはよう」
顔を見るとカンガルーの獣人の女の子、カーラ・ブラウンだった。
彼女は昨日図書館で会った最近この国に越してきた転校生で、まだこのクラスに馴染んでいない。
しかし今日は和美へ話しかけてきてくれた。
「おはよう」とあまり大きな声が出ず、それしか言えなかった。
ビックリしたのと学校ではほとんど話しかけられない為、すぐには反応できなかった。
その後、案の定カーラの元に今のやり取りをみていた子が、カーラに話しかけていた。
静かなクラス内でその声はとても大きく聞こえる気がした。
本当はそこまで大きくないのだろうが和美には大きな声で喋っているように聞こえたのだ。
「病気」ではないしうつらない。弟の事を言いたいんだろうが弟は障害があっても元気に生きている。
和美は同じ障害を持っているわけでもない。
だからこのクラスには、わかってもらえないと考えていた。
とても悲しいことだが和美には言い返す力がない。結局黙って見過ごすしかなかった。

とある日
お母さんと乳児院へ行くと窓の所に伽芽莉愛がいた。
中に入って声をかけると「ままだろうと、おんなはてきなの。あたしのてきなの。きやすくしゃべりかけないで」と言われてしまった。
「ママですら敵で気安く話しかけるな」という意味らしい。
さらに「あたしは、あかちゃんもでるなの。しゃちょうさんに、きみはとっぷくらすのもでるって、いわれてるくらいすごいんだから!あんたたちみたいなぶすが、ちかづいてくんな!」と言われてしまった。
どうやら赤ちゃんモデルをやっていて、そこのモデル事務所の社長さんから「トップクラスのモデル」と言われて優遇されているようだ。
それで服やら喋り方が都会っぽく大人びた喋り方しているのかと和美は思った。
伽芽莉愛から少し離れると、伽芽莉愛は「なんであたし、こんなところにいるの?ままは?あたしはとっぷもでるで、せかいいちいかわいいきゃめりあって、いわれてるのに!いけめんもいないしもう!さいあく!」と叫んでいた。
和美は悲しい思いで見ていた。
どんな子だろうとお母さんと離れ離れというのはかわいそうと思っている。
どんな事情があるのか知らないが、その子が一人で寂しそうに、今十代に人気の歌を歌っている姿は、教室で寂しそうにしているカーラとも姿が被る。
カーラはまぁそんな大人っぽい言葉使いとかしていないと思うが…。

乳児院では伽芽莉愛以外、いつも通りの時間が過ぎている。
お母さんから図書館へ行ってても良いわよ、と言われ、和美は図書館へ向かった。
一人で図書館へ行き、子供向けコーナーで色々と本を見ていた。
将来お母さんみたいな職業になりたいが、物語を書いたり司書さんみたいな事も気になる。
子供たちに本を読んであげるのも楽しい。
和美は図書館の中にいると夢が膨らんだ。
今日は特になにも借りたりせず図書館で本を読むだけにした。
図書館の子供コーナーが終わる音楽が流れ始めると、和美は本棚の前から移動しようと思った所、カーラに出会った。
カーラに思わず話しかけてしまったが、今回は上手く話せたと和美は思った。
カーラも片言ながらアーテル語で答えてくれた。
その後、別れを告げ図書館を出ると乳児院に戻った。

乳児院の庭で子供の面倒を見ていると、何処から話し声が聞こえてきた。
声の感じからカーラの声に聞こえる。
和美はいつかカーラと仲良く出来たらいいなと考えていた。
図書館で会うという事はカーラも来ているはずだ。
今度はもう少し図書館で話したいと思い始めた。
学校だと誰かから、また嫌な事を言われるのは避けたい。
カーラも同じとは限らない。カーラは自分の事をどう思っているのか分からない。
一応挨拶してくれたり、話しかけても嫌な顔とかはしなかった。それだけで和美にとっては嬉しいことだ。和美はこの関係が進展することを願った。

その日の夜
伽芽莉愛は夢を見ていた。
目の前には自分の母親の姿が見える。
綺麗な服を着て綺麗にお化粧して、誰だか知らない人と一緒にいる。
「まま」と呼んでも答えてはもらえず、伽芽莉愛は混乱した。
「あいか」と呼ばれママは微笑んでいた。
伽芽莉愛のママは美人でオシャレで伽芽莉愛の憧れでありライバルだった。
お互いイケメンが好きで、テレビに出ている男性で同じ獣人が好きになったりしていた。
そんな親子だったからこそ二人は仲が良かった。それなのになぜこうなったのか。伽芽莉愛には理解できなかった。

伽芽莉愛の母、日吉藍華(あいか)は実家があるヴィオラ町にいた。
彼女はルージュ市に住んでいるが、今は帰れそうになかった。
乳児院では自分の名前は書かず母の名前を書いた。
年齢は一回間違えたが、その後すぐに母の年齢を書き込んだ。
自分の人生は母に振り回される人生だった。
母はアーテル村の出身で、藍華もアーテル村生まれである。
産まれてから小学二年生までアーテル村にいて「隅田藍華」という名前で過ごしていた。しかし両親は離婚し藍華は母と一緒にヴィオラ町へ来た。
「小島藍華」という名前は小学校三年生から十九歳までの名前だった。
その後、母親は再婚。現在、藍華は「日吉藍華」という名前で生きている。
娘を二十三歳で産んだ。娘の本名は「日吉伽芽莉愛」
しかし乳児院では「小島」という名前の方を名乗らせている。
実母には孫がいることは教えてない。
藍華にとって「新しいお父さん」は、お父さんと思えていない。
母に「新しいお父さん」と紹介されても「ふーん」と返した。
十代最後の方でいきなりお父さんが出来ても気持ち悪いだけだったからだ。
藍華は華やかな街に憧れて「日吉藍華」になったタイミングで市街地と表現されることもある「ルージュ市」へ行く事にした。
それからはほとんどヴィオラ町には近づいていない。
それが今、バカみたいにここを動けず、この場所にいる。
母の匂いが充満している布団に寝転がって、時が過ぎるのを待っている。
母は今、不在でしばらく帰って来ないのは分かっている。
新しいお父さんって人も居ないのは分かっている。だから“ここに居るのだ。”
藍華は伽芽莉愛を乳児院に連れていく日の夕方からこの家で寝泊まりしている。
小学校三年生から十九歳まで母とこの家で暮らしていた。
母の事は好きなのか嫌いなのか分からない。
嫌いという気持ちが大きいかもしれない。
本当は家に帰らないといけないのも分かっている。
「だけど、今はここに居たい。」
その気持ちが大きくて動くことが出来ない。
「この布団、おばさん臭がすごい。自分にまでこの匂いくっついちゃいそう。ヤダこんな匂い。ヤダだけどこの家、私の荷物ほとんど無いし、布団もお客様用のとか置いとけよクソババア」
独り言は部屋にむなしく響いた。
娘の事や娘の名前などを口にしようと思うと涙がこみあげてくる、ブスになるから泣きたくはなかった。
ただ藍華はたった一言だけつぶやくと、目をつぶり浅い眠りについた。
「ママ、おやすみ」
言葉に意味はない。
眠くなったから、つい癖で出てしまった言葉だ。
実家という場所はダメだ。
とくに母親の存在や母親の匂いというのは、いろんな意味でダメにするらしい。
藍華も藍華で母親の夢を見た。
母親は「藍華ちゃん、今日もかわいいね」と言っていた。
母を見上げている。という事は藍華はまだ小さいのだろうか。
「ママ見て!ママのえらんでくれた服、みんなにかわいいって、ほめられたよ」
「良かったわね藍華」
「ママはすごいね、あいかのオシャレの先生だね、あいかママみたいになりたいな!オシャレの先生になって、いろんな人をオシャレにしたいな!あっお姉さんになったら、あいかはデパートではたらく!そうする!」
「そうね藍華はデパートで働くのが良いかもね。頑張ってオシャレの先生になってね!」
「うん!ママ、おうえんしてて!あいかぜったいになるよ!」
母が微笑んでいる所で夢が覚めた。
「あっそうか。バカみたい私。ママにそう言ったんだだから、デパートで、あぁ、明日は帰らなきゃ」
小さい声で呟くと藍華は再び眠りについた。
今回は深い眠りにつけたようで藍華はそのまま朝を迎える事となりそうだ。

翌日
藍華はバスに乗ってルージュ市を目指した。
行きは伽芽莉愛も一緒だった為、ふとした瞬間、娘が一緒のような気がしたが、我に帰ると“あぁ、いなんんだ”と冷静になる。
ルージュ市付近でバスを降りて、町から市に向かって歩きトラムに乗り換えた。
トラムからの景色は見慣れた景色で、結局、心は落ち着いてくる。
『帰って来たんだ』と心の中で呟き辺りを見回す。
自分の家がある近くの駅でトラムを降りて家に向かうと、見慣れたアパートが姿を現した。
そこに随分な風貌の男が立っていた。
「やっと帰ってきたか、今日の夜でも迎えに行くかと考えてたんだが」
「私がいなくて寂しかった?」
「女はアイカだけじゃないからな」
「まったく。・・・ごめん、今日は私だけ見ていて」
「バカな女だ」
そうして藍華はその男の胸に顔をうずめた。
男は愛華の背中に手をやり藍華をなだめるよう背中をさすった。
その後二人はアパート内に消えてった。
まるで恋人同士のように。

アーテル国の朝はいつも通りどんよりした空だった。それでもこの国に住む者達は憂鬱な顔をしながらも支度をして学校や会社に向かう。
しかし、そんな中、新たな一歩を歩む決意をした者の顔は晴れやかだ。
ハムスターの獣人の女の子は、いつもより朝早く目覚めてしまい、なんだかソワソワしていた。
今日はなんだか学校へ行くのが楽しみだった。
確か名前は「カーラ・ブラウン」さん。
お父さんに頼んでカーラ・ブラウンという名前を調べてもらった。カーラの出身国についても調べてもらった。
カーラの事をもっと知りたかった。
カーラと話しをしたいと思っていた。
しかし、カーラの気持ちも気になる所だ。
お父さんやお母さんからは、「お友達になりたい子が出来たら、お友達の気持ちも考えてあげなさい」と言われていた。
初めてお友達になりたい子が現れた。
和美にとって初めてが多すぎて戸惑うばかりだ。
それでも「一歩ずつ」というお母さんの言葉を胸に、和美はまずは挨拶からと進む方向を決めた。
「おはよう」という言葉を自分から相手に言う。
和美が一番苦手なのは自分から声をかける事だ。
しかし、それではいつまでたっても前には進めない。
昨日のようにすんなり話しかけられれば良いのだが、一回出来るようになったからって次からまたすんなり出来るとは限らない。
勇気が必要なのだ。
その勇気が和美は人より少ないのである。
だからすごく難しいのだ。
それでもこの気持ちが抑えられるわけではなかった。
「一歩ずつ、一歩ずつ」
和美は独り言をつぶやく。
家の中はまだ静かだが、お父さんとお母さんは起きている。
和美は二階にある自室を出て一階へ降りて行った。

「おはよう」といつも通りに挨拶してリビングに入る。
お父さんとお母さんは「おはよう」と返してくれた。
お母さんに「今日は随分と早いわね」と言われ、お父さんからは「朝から和美の顔を見れて幸せな朝だ」と言われた。
和美は「えへへ」と笑い両親の顔を見た。
「今日も一日、和美たちの為に頑張れそうだ」と、お父さんが言うと立ち上がり、和美の頭をなでてくれた。
天気はどんよりと雲の多い空模様でも、家の中は暖かな空気が流れ込んでいた。

第三話 終わり
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