57 / 67
第六章「結びあう魂」
12、結び合う魂――【前】
しおりを挟む「シア……」
名前を呼ばれ、はっ、として目を覚ます。
背中を覆う深く沈みこみ柔らかい感触から、赤ん坊の頃から使用している大きなベッドの上だと分かる。
ぼやけた視界には、14年間毎日一緒に寝起きしている、最愛の人の顔が映っていた。
「悲しい夢でも見ていたのか?」
優しく問いながら、カエインは私の頬を両手で挟み、涙でヒリヒリする目元を舌で癒やしてくれた。
言われてみると悲しい夢を見ていた気がする……。
「……起きた瞬間、忘れちゃったみたい」
「そうか」
カエインは、ちゅっと唇に軽いキスをしてくれたあと、身体を離して起き上がる。
私は寂しくなって、もう一度キスをせびる。
「ねぇ、カエイン。もっと長いキスをして」
「毎回言ってるが、歯止めがきかなくなるから駄目だ。シアはまだ子供だからな」
「もう14歳よ」
「まだ14歳だ。これ以上は16になって結婚してからだ」
そう言って笑ったカエインは、私が赤子の頃から16歳になったら結婚すると決めていたらしい。
遡ること今から14年前、彼は旅の途中に通りかかった戦争中の都市で、母親らしき遺体の下で泣いている私を見つけたという。
『俺を呼ぶように必死に泣いていたシアが、抱き上げたとたんに泣き止み、この黒曜石みたいなつぶらな瞳で見つめてきたとき――運命を感じた――』
その時点で育てて花嫁にしようと決断したという話を、小さな頃からしつこく聞かされてきたけど、何度聞いてもいまいち納得できない。
直感的なものだと言われてしまえばそれまでだけど、果たしてカエインほどの魔法使いが、偶然、赤ん坊を拾ったぐらいで運命を感じるものだろうか?
ましてや結婚相手にしようだなんて、絶対におかしい。
素直に信じきれない気持ちと、自分の魅力への自信のなさから、私はつねに不安だった。
そのうち誰かにカエインを取られてしまうんじゃないかって……。
何しろこの魔法使いの協会の本部を兼ねる、クセルティス神殿に出入りする女魔法使いは、一人残らずカエインを崇拝しているのだ。
「二年も待てない、今すぐカエインと結婚したい」
「どうした? 今朝のシアはなんだかいつもより駄々っこだな。
待ちきれないのは俺も一緒だが、結婚するということは子供を作るということだ。
もう少しだけシアの身体と精神が、大人になってからのほうがいい」
諭しつけるように言いつつも、私を優しく抱き起こしたカエインは、もう一度、今度はいつもよりも長めに唇を重ねてきた。
それで機嫌を直した単純な私はベッドから飛び降り、身支度をするために姿見の前に立つ。
うなされていたせいか、かなり寝汗をかいていた。
下着ごと替えるために裸になると、生まれつき上腹にある縦長の痣。指の1.5倍ぐらいの太さと長さがある、くっきりとシミ状のものが目に入った。
結婚する前に消せるといいな。
今のところカエインの魔法でも消せないらしく、自力でどうにかしようと、日々、研究している。
いつでも好きな人の前では綺麗でいたい私は、今日も時間をかけて服を選び、腰までの長い髪を念入りに梳かしつけた。
といっても残念ながら、魔法使いの端くれである私の普段の衣装は、ドレスではなくローブなんだけど……。
ただでさえカエインに特別扱いされていて悪目立ちしているので、服装だけでも皆と合わせるようにしているのだ。
何しろ私は婚約者というだけではなく、カエインが120年ぶりに取った女の直弟子。二重の意味で女魔法使い達の羨望と嫉妬の的だった。
魔法使いに限らず、彼は周囲にいる女性をことごとく魅了して惚れさせてしまう。
女の弟子を取るのを止めていた理由も、恋慕をこじらせて自殺した者がいたからだと聞いている。
カエインいわく、『あてつけに死なれただけではなく、そのせいで一番弟子に酷く恨まれてな。さすがに懲りた』とのことだった。
何にしても特別扱いされるのは気持ちが良い。
私は着替えを終えると、扉の近くで待っているカエインと腕を組んで、二人だけの空間である神殿の最奥の間から出た。
そうして白い石造りの廊下を歩いている途中、
「カエイン様、お久しぶりです」
豊満な肉体を誇示するような、体型にそった漆黒のローブを纏った女魔法使いと顔を合わせる。
「西の魔女」と呼ばれている、現在、魔法使い順位6位のエフェミア様だ。
「ああ」
カエインは軽く頷き返しただけで、一目もくれずにさっと通り過ぎる。
すれ違うときエフェミア様は、あきらかに私を見下したような瞳で見て「ふん」と鼻先で笑った。
たしかに私は彼女のような明るい金髪碧眼ではなく、暗い黒髪に黒瞳。顔立ちも人目をひくほど綺麗ではないし、色気もない。
魔法使い第一位の実力と美貌の持ち主であるカエインと、全然釣り合っていない自覚はある。
でも、だからこそ日々、人並以上に美しくなるべく努力していた。
魔法使いになったのだって、美容と、見た目を若いままで維持できるからなのだ。
カエインもさっき会ったエフェミア様も、20代に見えるけど実際はかなりの高齢だった。
「今から行くアスティリア王国は、俺が以前、宮廷魔法使いとして仕えていた国だ」
説明しながらカエインは私を横向きに抱きかかえ、漆黒の翼を広げてベランダから飛び立つ。
彼はとにかく心配症で、どこかへ出かけるのでも必ず私を連れて行くのだ。
「えっ、カエインって塔主なのに、一国に仕えていたの!?」
初耳だった。
14年間も一緒に暮らしてきたのに、一度も聞いたことがなかったことにびっくりする。
話すほどでもないぐらい短い期間だったとか?
「どれぐらい仕えていたの?」
「……336年間だ……」
「ええっ、カエインって今、369歳だから、人生の大半じゃない!
酷い、どうして今まで話してくれなかったの?」
つい責めるような口調で言うと、カエインは眉間を寄せていかにも悲しげな顔をした。
「実は思いだすと辛くなるような、悲惨な思い出ばかりでな……。
あえてお前には話さず、周囲の者にも話題にすることを厳重に禁じていた」
話を聞いて、すぐに私は自分の無神経さを恥じる。
「事情も知らずにごめんなさい」
「いいんだ。シアのおかげでこうして口に出せる程度には立ち直れたし、17年ぶりにアスティリア王と和解する気にもなれた」
もしかしたら、カエインが私を拾って育ててきたのは、アスティリア王国で起こった辛い出来事を忘れるために、気を紛らわす必要があったから……?
だとしたら、完全に吹っ切れたあとは、もう私はいらなくなる?
想像しただけで悲しくなって、目頭が熱くなる。
「どうした、シア?」
「私、もっと美人に生まれたかった……」
10
お気に入りに追加
1,743
あなたにおすすめの小説
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──
王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる