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第五章「苦しみを終わらせる者」
7、覚醒条件とカエインの過去
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ギクリとして訊いた私に、カエインは形の良い薄い唇をにっとしてみせる。
「もしも戦女神の剣のままだったらそうだったであろうな。
だがシアも、デリアンと剣をぶつけ合ったとき感じたはずだ。守護剣が余すことなく力を発揮しているのを――
それは、守護剣が持ち主の恨みの感情ゆえに変容したから。つまり戦女神の愛が憎しみに変わることによってな」
「つまり今の私の剣の状態なら、狂戦士の剣にも勝てるのね?」
「……勝てるかどうかは、本人の技量とセドが言っていたような『想いの力』の勝負になる。
最上位の魔法剣ならばみな性能は同等で、デリアンとエルメティア、セドの三人は同じ神の末裔たるアスティリア王家の血筋だから、魂の資質に差はないからな」
ひとまず条件が不利でないと知って安心する。
「他に聞きたいことはあるか?」
「――そうね、あと一つだけ……」言いながら私は目の前の緩みきった顔を見上げる。「先刻からなぜ、あなたはずっと笑っているの?」
カエインは即答する。
「それは勿論、愛しいシアがはっきりと、セドリックの求婚を断って俺を選ぶと言ってくれたからだ」
「いつもながら、盗み聞きとは悪趣味ね」
「愛する相手のことが気になるのは仕方ないだろう? なにしろ、目下、セドリックは一番の恋敵だし、シアを逃がすと俺にはあとがないからな」
「女なんてごまんといるでしょうに」
苛立ちをこめた私の呟きを、カエインはきっぱりと否定する。
「俺にとってはいないも同然だ。何度も言うが初恋以来の数百年間、一人たりともシア以外に心を動かす女とは出会えなかった。
だからシアが俺の愛を受け入れてくれるまで、永遠にだって待ち続ける所存だ」
私は冷めた気分で嫌味たっぷりに言う。
「永遠なんて言って、どうせエルメティアのように、いつか愛し返さない私を憎むようになるんでしょう?」
「それだけは有り得ない」
「どうして?」
以前も否定していたが、一度心変わりしておきながら、なぜ断言できるのか不思議だった。
「理由を説明するには、この前断わられた、サティアとの思い出話をしなければならない」
「いいわ、話して」
私が促すと、カエインは眼差しを遠くさせ、静かな口調で語り始めた。
「サティアとの出会いは俺が16歳の頃。たまたま通りかかった戦場で、勇ましく炎女神の剣を振るうその美しい姿に一目惚れした。
彼女は当時このあたりに乱立していた小国の一つの王妃で、その場で戦いに加勢した俺は、たちまち家臣に取り立てられた――」
意外でもないがカエインの初恋も不倫の恋だったらしい。
「俺にとって都合がいいことに、野心的なサティアは争いを好まない性質の夫エミリオと極めて相性が悪く、夫婦関係は冷え切っていた。
おかげで努力のかいもあり、ほどなく俺は彼女の愛人の座におさまることができた。
そしてサティアの望むままに働き、周辺諸国の統一に協力し、アスティリア王国を建国した。
その後も国を大きくするために働き、彼女に逆らう者は容赦なく首を斬り飛ばしていった」
彼が残忍だという評判はその頃にできたのだろう。
「そうして十数年ほどたったある日だった。エミリオが不慮の事故で亡くなったのは。
これでようやく、気兼ねなく二人一緒にいられると喜んだのも束の間。たまたま俺の留守中に、サティアも落馬して亡くなった。
もちろん俺はすぐさま、彼女を追って冥府へと下った」
そこでカエインの表情は、目に見えて暗くなった。
「ところが冥府を駆け回り、ようやくこの瞳で探し当てたサティアは、なぜか生前不仲だったエミリオのそばにいた。
冥府にあっては人は夢を見ているときと同じ無意識になり、いわば心がむき出しの状態になる。
エミリオだけを一心に見つめ寄り添うその姿に、俺は初めて彼女の心の真実を知った――」
聞いていた私の胸に、デリアンの心変わりを知ったときの痛みが蘇る。
「だが、よくよく考えればそれも道理。サティアに愛があるなら、とっくに祖先達と同じように、俺の賢者の珠は継承されていたはずだった。
なぜなら、二羽の神鳥の愛の結晶である卵から造られた賢者の珠は、お互いの愛によって引き継がれる。
サティアは愛の言葉と肉体で俺を操りながら、とうとうエミリオの種しか宿さなかったからな……」
つまり相手に愛がなければ、子は成せないということか。
「俺は裏切られた恨みを抱えながらも、どうしてもサティアへの愛と、愛されたいという望みを捨てられなかった。
探すまでもなく彼女の魂は自分の造ったアスティリア王国と深く結びつき、必ず王家の血筋に転生した。
俺は今度こそはと期待して近づいた……。
ところが、何度生まれ変わっても彼女は俺を愛さない。献身的に尽そうとも、力づくで手に入れても、何度交わっても俺の子を身ごもらない。
自暴自棄になって他の女を試してみても今度は俺のほうが愛せない。
とうとうくり返し失望と絶望を味わううちに、俺は次第にこの心で燃え続ける炎が、愛なのか憎しみかすら分からなくなった……。
――憎しみと愛はなんと似ていることか――
愛を見失った俺はやがて恋の情熱も失い、あとは何度か話したように、かつての残り火を見つめるだけの、抜け殻同然の存在となった……」
カエインは長い昔話を終えると、深く溜め息をついて笑った。
「でもそれももう過去の話だ。シアに出会うことでサティアへの未練は完全に断ち切れた。
とはいえもう金輪際、あんな虚しい思いだけはしたくないがな。
だから俺は二度と愛を見失わないし、今度こそ最期まで愛しぬくと誓った。
たとえシアに裏切られても、殺されても、永遠に俺を愛さなくても、絶対に憎んだりはしない……!」
私と同じように運命の恋に裏切られた末の、カエインの悲壮な決意の言葉は、セドリックよりもずっと痛く重くこの胸に響く。
身に詰まされすぎて耐え難くなるほどに。
「何よ、それ。勝手に気持ちを押しつけているだけじゃない……そもそもあなたの愛なんて望んでないし、いらないのに……」
それはカエインと同時に、自分へも突きつけた言葉であった。
「私が欲しいのはあなたの愛じゃない。私がたった一つ望むのは……」
言いかけた言葉を飲み込み、私はぐっと唇を噛み締める。
「ああ、シア、分かっているとも。
だから今の俺は、ひたすらお前の望みを叶える手助けをするのみだ……」
「だったら……今日は、もう出ていって……」
「分かった」
カエインはあっさり頷き、速やかに隣の部屋へと引っ込んでいった。
一人になった私はベッドへ倒れ込み、うずくような痛みを胸におぼえながら、なかなか寝つけない夜を送った――
「もしも戦女神の剣のままだったらそうだったであろうな。
だがシアも、デリアンと剣をぶつけ合ったとき感じたはずだ。守護剣が余すことなく力を発揮しているのを――
それは、守護剣が持ち主の恨みの感情ゆえに変容したから。つまり戦女神の愛が憎しみに変わることによってな」
「つまり今の私の剣の状態なら、狂戦士の剣にも勝てるのね?」
「……勝てるかどうかは、本人の技量とセドが言っていたような『想いの力』の勝負になる。
最上位の魔法剣ならばみな性能は同等で、デリアンとエルメティア、セドの三人は同じ神の末裔たるアスティリア王家の血筋だから、魂の資質に差はないからな」
ひとまず条件が不利でないと知って安心する。
「他に聞きたいことはあるか?」
「――そうね、あと一つだけ……」言いながら私は目の前の緩みきった顔を見上げる。「先刻からなぜ、あなたはずっと笑っているの?」
カエインは即答する。
「それは勿論、愛しいシアがはっきりと、セドリックの求婚を断って俺を選ぶと言ってくれたからだ」
「いつもながら、盗み聞きとは悪趣味ね」
「愛する相手のことが気になるのは仕方ないだろう? なにしろ、目下、セドリックは一番の恋敵だし、シアを逃がすと俺にはあとがないからな」
「女なんてごまんといるでしょうに」
苛立ちをこめた私の呟きを、カエインはきっぱりと否定する。
「俺にとってはいないも同然だ。何度も言うが初恋以来の数百年間、一人たりともシア以外に心を動かす女とは出会えなかった。
だからシアが俺の愛を受け入れてくれるまで、永遠にだって待ち続ける所存だ」
私は冷めた気分で嫌味たっぷりに言う。
「永遠なんて言って、どうせエルメティアのように、いつか愛し返さない私を憎むようになるんでしょう?」
「それだけは有り得ない」
「どうして?」
以前も否定していたが、一度心変わりしておきながら、なぜ断言できるのか不思議だった。
「理由を説明するには、この前断わられた、サティアとの思い出話をしなければならない」
「いいわ、話して」
私が促すと、カエインは眼差しを遠くさせ、静かな口調で語り始めた。
「サティアとの出会いは俺が16歳の頃。たまたま通りかかった戦場で、勇ましく炎女神の剣を振るうその美しい姿に一目惚れした。
彼女は当時このあたりに乱立していた小国の一つの王妃で、その場で戦いに加勢した俺は、たちまち家臣に取り立てられた――」
意外でもないがカエインの初恋も不倫の恋だったらしい。
「俺にとって都合がいいことに、野心的なサティアは争いを好まない性質の夫エミリオと極めて相性が悪く、夫婦関係は冷え切っていた。
おかげで努力のかいもあり、ほどなく俺は彼女の愛人の座におさまることができた。
そしてサティアの望むままに働き、周辺諸国の統一に協力し、アスティリア王国を建国した。
その後も国を大きくするために働き、彼女に逆らう者は容赦なく首を斬り飛ばしていった」
彼が残忍だという評判はその頃にできたのだろう。
「そうして十数年ほどたったある日だった。エミリオが不慮の事故で亡くなったのは。
これでようやく、気兼ねなく二人一緒にいられると喜んだのも束の間。たまたま俺の留守中に、サティアも落馬して亡くなった。
もちろん俺はすぐさま、彼女を追って冥府へと下った」
そこでカエインの表情は、目に見えて暗くなった。
「ところが冥府を駆け回り、ようやくこの瞳で探し当てたサティアは、なぜか生前不仲だったエミリオのそばにいた。
冥府にあっては人は夢を見ているときと同じ無意識になり、いわば心がむき出しの状態になる。
エミリオだけを一心に見つめ寄り添うその姿に、俺は初めて彼女の心の真実を知った――」
聞いていた私の胸に、デリアンの心変わりを知ったときの痛みが蘇る。
「だが、よくよく考えればそれも道理。サティアに愛があるなら、とっくに祖先達と同じように、俺の賢者の珠は継承されていたはずだった。
なぜなら、二羽の神鳥の愛の結晶である卵から造られた賢者の珠は、お互いの愛によって引き継がれる。
サティアは愛の言葉と肉体で俺を操りながら、とうとうエミリオの種しか宿さなかったからな……」
つまり相手に愛がなければ、子は成せないということか。
「俺は裏切られた恨みを抱えながらも、どうしてもサティアへの愛と、愛されたいという望みを捨てられなかった。
探すまでもなく彼女の魂は自分の造ったアスティリア王国と深く結びつき、必ず王家の血筋に転生した。
俺は今度こそはと期待して近づいた……。
ところが、何度生まれ変わっても彼女は俺を愛さない。献身的に尽そうとも、力づくで手に入れても、何度交わっても俺の子を身ごもらない。
自暴自棄になって他の女を試してみても今度は俺のほうが愛せない。
とうとうくり返し失望と絶望を味わううちに、俺は次第にこの心で燃え続ける炎が、愛なのか憎しみかすら分からなくなった……。
――憎しみと愛はなんと似ていることか――
愛を見失った俺はやがて恋の情熱も失い、あとは何度か話したように、かつての残り火を見つめるだけの、抜け殻同然の存在となった……」
カエインは長い昔話を終えると、深く溜め息をついて笑った。
「でもそれももう過去の話だ。シアに出会うことでサティアへの未練は完全に断ち切れた。
とはいえもう金輪際、あんな虚しい思いだけはしたくないがな。
だから俺は二度と愛を見失わないし、今度こそ最期まで愛しぬくと誓った。
たとえシアに裏切られても、殺されても、永遠に俺を愛さなくても、絶対に憎んだりはしない……!」
私と同じように運命の恋に裏切られた末の、カエインの悲壮な決意の言葉は、セドリックよりもずっと痛く重くこの胸に響く。
身に詰まされすぎて耐え難くなるほどに。
「何よ、それ。勝手に気持ちを押しつけているだけじゃない……そもそもあなたの愛なんて望んでないし、いらないのに……」
それはカエインと同時に、自分へも突きつけた言葉であった。
「私が欲しいのはあなたの愛じゃない。私がたった一つ望むのは……」
言いかけた言葉を飲み込み、私はぐっと唇を噛み締める。
「ああ、シア、分かっているとも。
だから今の俺は、ひたすらお前の望みを叶える手助けをするのみだ……」
「だったら……今日は、もう出ていって……」
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カエインはあっさり頷き、速やかに隣の部屋へと引っ込んでいった。
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