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第五章「苦しみを終わらせる者」
4、歓待の宴
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その晩、歓待の宴に呼ばれて通された壮麗な天井画の間には、すでに王や王太女、ギモスと、知らない女性が一人待っていた。
私とカエインが席につくのを待ち、ガートルード王太女が説明する。
「残念ながら私の夫は遠征中で城を留守にしております。
セドリックはいまだに気分がすぐれないとのことで、あとはレスターだけですので、先に始めていましょう。
――こちらはレスターの婚約者のエリーゼ姫です」
「初めまして、マドラスの第三皇女、エリーゼと申します」
「……マドラス……」
懐かしい国名を聞き、思わず私は復唱する。
マドラス帝国は東の大陸一の海洋国家で、前世の私の母国であるモルド王国や、嫁いだラキュア王国を滅ぼした国だった。
両国が同じ22年前に滅亡した事実は、その前年にラキュア王妃と世継ぎの王子が心中した悲劇と合わせ、隣の大陸のアスティリアにまで伝わっていた。
「アレイシア様とカエイン様ですね。ちょうど今、お二人のことをガートルード様に伺っていたところです。伝説の魔法使いとレスター様と対になる神剣の持主にお会いできて、大変嬉しく思います」
そう言って花のように笑った、金髪碧眼の可憐で華奢な姫君の容姿は、遠い昔の自分を想起させた。
思えば女性は剣など持たずただ美しくあり、男性に添って生きればいいという前世の頃の価値観を、生まれ変わってもなお、私はずっと引きずったままだった――
扇より重い物を持ったこともなさそうな姫の細腕を眺め、改めて過去と現在の自分の境遇の隔たりを思っていると、
「まあ、レスター様。その頬の傷はどうされたのですか?」
ふいに驚いたような声が聞こえ、顔を上げると遅れて現れたレスター王子が立っていた。
「なに、エリーゼ姫、少しそよ風に頬を撫でられただけだ」
相変わらず口の減らないレスター王子が、わざわざ私の隣の席を選んでどっかと座る。
これで対面に王と王太女、ギモス、エリーゼ姫、両隣にカエインとレスター王子が並び、ようやく全員が席に揃った。
「二人とも、よくぞ、セドリックを助け、シュトラスまではるばるやって来てくれた。どうか今夜は寛いでくれ」
杯を掲げて挨拶したギディオン王の視線は、やはりカエインへと向けられていた。
「まっこと、こうして伝説の人物であるカエイン・ネイル殿と酒を酌み交わす日が来るとは夢のようだ。
なにせシュトラス王家には代々、天候をも操るアスティリアの宮廷魔法使いの脅威が伝えられておってな。
セドリックが人質になっていなくても、攻め込むのを躊躇しておった」
先日セドリックが言っていた、アスティリアに攻めいった国は山からでも海からでも、必ず嵐に見舞われて軍隊が壊滅するという話か。
「そこまで俺の存在を気にかけて貰えるとは嬉しいね」
台詞とは裏腹に、酒の杯を傾けるカエインは無表情そのものだった。
「もちろんそれだけではなく、ギモスもそうだが、これまでシュトラスに仕えてきた宮廷魔法使い達は、口を揃えて貴殿のいる国と争えば国が滅びると進言してきてな。
つまりこれまでの長きに渡る両国の友好関係も、そなたあってのことだった。まさかその歴史がわしの代で覆るとは思わなんだ」
愉快そうなギディオン王の口ぶりからすると、すでにアスティリアとの戦争は決定事項のようだ。
興味深く二人の会話に耳を傾けていると、横からレスター王子に話しかけられた。
「なあ、アレイシア、心から不思議なのだが……。お前が先ほど言っていたような、簒奪者から王位を取り戻すという正義の心で立ち上がったのだとしたら、なぜ守護剣がそのように闇堕ちしている?」
私はつくろうのも面倒なのでありのままに答える。
「それは、正義など関係なく、私がセドリックに王位を継がせたい理由が、そうしなければ元婚約者のデリアンが次期王になるから――
この剣が纏っているのも、私を捨ててエルメティアを選んだデリアンへの激しい恨みの炎だからです」
レスター王子が驚いたように身をのけぞらせる。
「では、お前は、大義や正義のためではなく、単に自分を捨てた男への個人的な恨みを晴らすためだけに、他国に組して自国や一族の者と戦うというのか?」
「生憎、私は幼少時より、正義や大義などという、立場で変わるあやふやなものを頼りにしてはいけないと、親から教えられて育ってきましたので」
「それで親兄弟とも戦うと?」
「必要とあれば」
「言っておくが親殺しは大罪だぞ?」
「元より、冥府の獄に永遠に繋がれるのが最終目標で御座いますゆえ」
本心からできればもう生まり変わりたくなかった。
私の返事に絶句しているレスター王子に、せっかくの機会なので尋ねてみる。
「ところで殿下、戦場で深手を負わせたということは、あなたがデリアンに勝ったということで間違いありませんか?」
レスター王子は当然と言わんばかりに冷笑した。
「愚問だな。軍神の剣の使い手であるこの俺が負けるわけがない」
「なぜ、負けるわけがないと?」
私とカエインが席につくのを待ち、ガートルード王太女が説明する。
「残念ながら私の夫は遠征中で城を留守にしております。
セドリックはいまだに気分がすぐれないとのことで、あとはレスターだけですので、先に始めていましょう。
――こちらはレスターの婚約者のエリーゼ姫です」
「初めまして、マドラスの第三皇女、エリーゼと申します」
「……マドラス……」
懐かしい国名を聞き、思わず私は復唱する。
マドラス帝国は東の大陸一の海洋国家で、前世の私の母国であるモルド王国や、嫁いだラキュア王国を滅ぼした国だった。
両国が同じ22年前に滅亡した事実は、その前年にラキュア王妃と世継ぎの王子が心中した悲劇と合わせ、隣の大陸のアスティリアにまで伝わっていた。
「アレイシア様とカエイン様ですね。ちょうど今、お二人のことをガートルード様に伺っていたところです。伝説の魔法使いとレスター様と対になる神剣の持主にお会いできて、大変嬉しく思います」
そう言って花のように笑った、金髪碧眼の可憐で華奢な姫君の容姿は、遠い昔の自分を想起させた。
思えば女性は剣など持たずただ美しくあり、男性に添って生きればいいという前世の頃の価値観を、生まれ変わってもなお、私はずっと引きずったままだった――
扇より重い物を持ったこともなさそうな姫の細腕を眺め、改めて過去と現在の自分の境遇の隔たりを思っていると、
「まあ、レスター様。その頬の傷はどうされたのですか?」
ふいに驚いたような声が聞こえ、顔を上げると遅れて現れたレスター王子が立っていた。
「なに、エリーゼ姫、少しそよ風に頬を撫でられただけだ」
相変わらず口の減らないレスター王子が、わざわざ私の隣の席を選んでどっかと座る。
これで対面に王と王太女、ギモス、エリーゼ姫、両隣にカエインとレスター王子が並び、ようやく全員が席に揃った。
「二人とも、よくぞ、セドリックを助け、シュトラスまではるばるやって来てくれた。どうか今夜は寛いでくれ」
杯を掲げて挨拶したギディオン王の視線は、やはりカエインへと向けられていた。
「まっこと、こうして伝説の人物であるカエイン・ネイル殿と酒を酌み交わす日が来るとは夢のようだ。
なにせシュトラス王家には代々、天候をも操るアスティリアの宮廷魔法使いの脅威が伝えられておってな。
セドリックが人質になっていなくても、攻め込むのを躊躇しておった」
先日セドリックが言っていた、アスティリアに攻めいった国は山からでも海からでも、必ず嵐に見舞われて軍隊が壊滅するという話か。
「そこまで俺の存在を気にかけて貰えるとは嬉しいね」
台詞とは裏腹に、酒の杯を傾けるカエインは無表情そのものだった。
「もちろんそれだけではなく、ギモスもそうだが、これまでシュトラスに仕えてきた宮廷魔法使い達は、口を揃えて貴殿のいる国と争えば国が滅びると進言してきてな。
つまりこれまでの長きに渡る両国の友好関係も、そなたあってのことだった。まさかその歴史がわしの代で覆るとは思わなんだ」
愉快そうなギディオン王の口ぶりからすると、すでにアスティリアとの戦争は決定事項のようだ。
興味深く二人の会話に耳を傾けていると、横からレスター王子に話しかけられた。
「なあ、アレイシア、心から不思議なのだが……。お前が先ほど言っていたような、簒奪者から王位を取り戻すという正義の心で立ち上がったのだとしたら、なぜ守護剣がそのように闇堕ちしている?」
私はつくろうのも面倒なのでありのままに答える。
「それは、正義など関係なく、私がセドリックに王位を継がせたい理由が、そうしなければ元婚約者のデリアンが次期王になるから――
この剣が纏っているのも、私を捨ててエルメティアを選んだデリアンへの激しい恨みの炎だからです」
レスター王子が驚いたように身をのけぞらせる。
「では、お前は、大義や正義のためではなく、単に自分を捨てた男への個人的な恨みを晴らすためだけに、他国に組して自国や一族の者と戦うというのか?」
「生憎、私は幼少時より、正義や大義などという、立場で変わるあやふやなものを頼りにしてはいけないと、親から教えられて育ってきましたので」
「それで親兄弟とも戦うと?」
「必要とあれば」
「言っておくが親殺しは大罪だぞ?」
「元より、冥府の獄に永遠に繋がれるのが最終目標で御座いますゆえ」
本心からできればもう生まり変わりたくなかった。
私の返事に絶句しているレスター王子に、せっかくの機会なので尋ねてみる。
「ところで殿下、戦場で深手を負わせたということは、あなたがデリアンに勝ったということで間違いありませんか?」
レスター王子は当然と言わんばかりに冷笑した。
「愚問だな。軍神の剣の使い手であるこの俺が負けるわけがない」
「なぜ、負けるわけがないと?」
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