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第四章「歓喜の瞬間」
5、歓喜の瞬間
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「さあ、急いで逃げるから、背中に乗ってくれ」
金色の大きな瞳を向けてカエインの声で促す、濡れたような漆黒の羽をした巨鳥を唖然として見ていると、レイヴンが意識不明のセドリックを抱えてきた。
「落ちないように背中に縛りますね」
まずは断りを入れてから、変身したカエインの長い首にもたれるようにセドリックを下ろし、手から生やすように出した植物の蔓で固定する。
手早くレイヴンが段取りを終え、窮屈そうに身を屈めるカエインの背に乗り込むようすを眺めながら、私はある重要な点に気がついた。
「カエインあなたの身体、あきらかに洞窟の入り口よりでかくない?」
「いいから、シアも早く乗ってくれ!」
切迫した声で質問を流され、急かされた私は慌ててカエインの胴体の最後尾に飛び乗った。
「逃がしませんよカエイン様!」
――と、その時、洞窟内に制止の言葉がこだまする――
とっさに手元に守護剣を呼んで、レイヴンの肩越しに前方を覗き見ると、漂白したような髪と肌をした純白のローブ姿の青年が、白く発光しながら巨大な杖を構えて立ちはだかっていた。
それは王国の行事で数回ほど見たことがある、カエインの代理を勤めている宮廷魔法使い。
「アロイス! 貴様、カエイン様に本格的に逆らうつもりか?」
レイヴンの叫びに答えるように、アロイスが輝く杖を振りかざす。
――すると巨大な白い盾が出現し、壁のように道を塞いだ。
しかしカエインは怯むことなく、さらに上体を低く落として勢い良く駆け出していた――
「カエイン、ぶつかるわ!」
「いいや、シア、さっき言っただろう。デリアンは誰にも追いつけない速度で迫っていたと。
アロイスが先にここにいるわけがない――これは幻影だ――」
証明するように盾の中央へと突っ込んだカエインは、すり抜けながら尖った嘴から鋭い咆哮を発し、直後、洞窟の入り口が派手に吹っ飛ぶ。
「くっ――!?」
と、外へ飛び出した瞬間、爆風で黄金の髪と鮮やかな真紅のマントを舞い上げ、吹き飛ぶ無数の岩を剣で跳ね返しながら立ちすくんでいるデリアンが見えた。
今度は幻ではなさそうで、カエインが頭上を飛び越えて避けた一瞬後には身を反転させ、雄叫びをあげながら高く跳躍して斬りかかってくる。
――間合い的に現在のカエインの巨体では避けきれない――
瞬時に判断すると、振り落とされる覚悟でレイヴンの胴体から片手をほどき、身体を回転させて巨鳥の背から身を乗り出す。
「アレイシア様!」
すかさずレイヴンの声とともに飛んできた植物の蔓に胴体を巻かれた私は、両手で持ち直した剣に渾身の力をこめて大剣を受け止める。
――刹那、盛大な火花が飛び散り――「復讐の女神の剣」を中心にとぐろを巻く黒炎と、デリアンの「狂戦士の剣」が放つ眩しい黄金色の光が衝突し、重なり、混ざりゆく――
その、まるで互いの魂がぶつかって一つに溶け合ったような感覚に、物理的な衝撃だけではなく、私の全身を別の甘い痺れが貫いていった。
「ああっ……!?」
思わずあえぐ私の手元を見つめ、デリアンが驚愕したように息を飲む。
「――!? その剣はアレイシア、お前は……!?」
空色の瞳を大きく見開き、精悍な顔を歪めて地上へと落ちゆくデリアンとは逆に、カエインは漆黒の翼をはばたかせてさらに上空高く舞い上がっていく。
「待て! 行くな、アレイシア!」
絶叫するように他ならぬ私の名を呼び、着地したそばから地面を蹴って追いすがる。
必死な形相のデリアンを見下ろす両瞳に熱い涙がこみあげてきて、胸に沸き起こる激しい歓喜に、私ははっきりと自覚する。
まだこんなにも胸が震えるほどデリアンが愛しく、その分たまらなく憎いのだと――
だからこそ、もっと、もっとデリアンの心を私でいっぱいにしたい!
「待てと言われて、待つわけないでしょう?
――次に会う時は殺し合いよ、デリアン!」
深く印象づけるためにわざと"嘲り"と"煽り"をこめて言い渡し、最後に見返したデリアンの瞳が"すがる"ように見えたのは、たぶん私の願望だろう。
ほどなくデリアンの姿は森の木々に隠れて見えなくなり――たった一撃を受け止めるだけで残りすべての力を使い果たした私は、そこで昏倒した――
次に意識を取り戻すと、見知らぬ白亜の天井が目に映った。
右手に誰かの手の感触がして、寝たまま頭を転がすと、傍らの椅子に座っているカエインが見えた。
「目覚めたのか、アレイシア」
「……カエイン、ここは……?」
身を起こそうとベッドに肘をついたところ、カエインが握っている手に力をこめて引き起こしてくれた。
「エルナー山脈の南峰にあるクティルス神殿だ」
「クティルス神殿?」
神話ではクティルス神は、人々に世界の万物を支配する原理と法則の知識を与えたとされている叡智と魔法の神だ。
「シアが知らないのも無理はない。断崖絶壁の途中の岩を削った場所に建つ、魔法使いの中でも特別な者しか来ることも入ることもできない秘密の神殿だからな」
「秘密の神殿――」
ぼんやりと復唱しつつ、いかにも愛しげな表情でこちらを見つめているの白皙の顔から目を逸らすように、自分が寝ている異様に大きく豪華なベッドを観察する。
カエインはずっと私に付き添っていたのだろうか?
疑問をおぼえながらこれまでの記憶を辿り、はっ、とする。
「セドリックは?」
金色の大きな瞳を向けてカエインの声で促す、濡れたような漆黒の羽をした巨鳥を唖然として見ていると、レイヴンが意識不明のセドリックを抱えてきた。
「落ちないように背中に縛りますね」
まずは断りを入れてから、変身したカエインの長い首にもたれるようにセドリックを下ろし、手から生やすように出した植物の蔓で固定する。
手早くレイヴンが段取りを終え、窮屈そうに身を屈めるカエインの背に乗り込むようすを眺めながら、私はある重要な点に気がついた。
「カエインあなたの身体、あきらかに洞窟の入り口よりでかくない?」
「いいから、シアも早く乗ってくれ!」
切迫した声で質問を流され、急かされた私は慌ててカエインの胴体の最後尾に飛び乗った。
「逃がしませんよカエイン様!」
――と、その時、洞窟内に制止の言葉がこだまする――
とっさに手元に守護剣を呼んで、レイヴンの肩越しに前方を覗き見ると、漂白したような髪と肌をした純白のローブ姿の青年が、白く発光しながら巨大な杖を構えて立ちはだかっていた。
それは王国の行事で数回ほど見たことがある、カエインの代理を勤めている宮廷魔法使い。
「アロイス! 貴様、カエイン様に本格的に逆らうつもりか?」
レイヴンの叫びに答えるように、アロイスが輝く杖を振りかざす。
――すると巨大な白い盾が出現し、壁のように道を塞いだ。
しかしカエインは怯むことなく、さらに上体を低く落として勢い良く駆け出していた――
「カエイン、ぶつかるわ!」
「いいや、シア、さっき言っただろう。デリアンは誰にも追いつけない速度で迫っていたと。
アロイスが先にここにいるわけがない――これは幻影だ――」
証明するように盾の中央へと突っ込んだカエインは、すり抜けながら尖った嘴から鋭い咆哮を発し、直後、洞窟の入り口が派手に吹っ飛ぶ。
「くっ――!?」
と、外へ飛び出した瞬間、爆風で黄金の髪と鮮やかな真紅のマントを舞い上げ、吹き飛ぶ無数の岩を剣で跳ね返しながら立ちすくんでいるデリアンが見えた。
今度は幻ではなさそうで、カエインが頭上を飛び越えて避けた一瞬後には身を反転させ、雄叫びをあげながら高く跳躍して斬りかかってくる。
――間合い的に現在のカエインの巨体では避けきれない――
瞬時に判断すると、振り落とされる覚悟でレイヴンの胴体から片手をほどき、身体を回転させて巨鳥の背から身を乗り出す。
「アレイシア様!」
すかさずレイヴンの声とともに飛んできた植物の蔓に胴体を巻かれた私は、両手で持ち直した剣に渾身の力をこめて大剣を受け止める。
――刹那、盛大な火花が飛び散り――「復讐の女神の剣」を中心にとぐろを巻く黒炎と、デリアンの「狂戦士の剣」が放つ眩しい黄金色の光が衝突し、重なり、混ざりゆく――
その、まるで互いの魂がぶつかって一つに溶け合ったような感覚に、物理的な衝撃だけではなく、私の全身を別の甘い痺れが貫いていった。
「ああっ……!?」
思わずあえぐ私の手元を見つめ、デリアンが驚愕したように息を飲む。
「――!? その剣はアレイシア、お前は……!?」
空色の瞳を大きく見開き、精悍な顔を歪めて地上へと落ちゆくデリアンとは逆に、カエインは漆黒の翼をはばたかせてさらに上空高く舞い上がっていく。
「待て! 行くな、アレイシア!」
絶叫するように他ならぬ私の名を呼び、着地したそばから地面を蹴って追いすがる。
必死な形相のデリアンを見下ろす両瞳に熱い涙がこみあげてきて、胸に沸き起こる激しい歓喜に、私ははっきりと自覚する。
まだこんなにも胸が震えるほどデリアンが愛しく、その分たまらなく憎いのだと――
だからこそ、もっと、もっとデリアンの心を私でいっぱいにしたい!
「待てと言われて、待つわけないでしょう?
――次に会う時は殺し合いよ、デリアン!」
深く印象づけるためにわざと"嘲り"と"煽り"をこめて言い渡し、最後に見返したデリアンの瞳が"すがる"ように見えたのは、たぶん私の願望だろう。
ほどなくデリアンの姿は森の木々に隠れて見えなくなり――たった一撃を受け止めるだけで残りすべての力を使い果たした私は、そこで昏倒した――
次に意識を取り戻すと、見知らぬ白亜の天井が目に映った。
右手に誰かの手の感触がして、寝たまま頭を転がすと、傍らの椅子に座っているカエインが見えた。
「目覚めたのか、アレイシア」
「……カエイン、ここは……?」
身を起こそうとベッドに肘をついたところ、カエインが握っている手に力をこめて引き起こしてくれた。
「エルナー山脈の南峰にあるクティルス神殿だ」
「クティルス神殿?」
神話ではクティルス神は、人々に世界の万物を支配する原理と法則の知識を与えたとされている叡智と魔法の神だ。
「シアが知らないのも無理はない。断崖絶壁の途中の岩を削った場所に建つ、魔法使いの中でも特別な者しか来ることも入ることもできない秘密の神殿だからな」
「秘密の神殿――」
ぼんやりと復唱しつつ、いかにも愛しげな表情でこちらを見つめているの白皙の顔から目を逸らすように、自分が寝ている異様に大きく豪華なベッドを観察する。
カエインはずっと私に付き添っていたのだろうか?
疑問をおぼえながらこれまでの記憶を辿り、はっ、とする。
「セドリックは?」
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