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第三章「忠実な魔法使い」
6、運命の朝
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朝食後、塔の上の部屋まで上って行った私は、豪華なベッドで熟睡するカエインの裸の肩を掴んで揺すった。
「カエイン、起きて、朝よ」
――数瞬後、羽毛のような長い睫毛が震え――瞼がゆっくりと開かれて輝く金色の瞳が現れる。
「……シア……?
これは、夢か?」
思えば朝早くに私からカエインを訪ねるのは初めてのことだった。
「夢じゃないわ。話があってあなたに会いに来たのよ」
「――どうせならキスで目覚めさせて欲しかったものだな」
薄く笑いながらカエインは裸の上半身を起こし、けだるげに艶やかな漆黒の髪を掻きあげる。
「そうね、結婚後はそうするわ」
調子を合わせるように私が返すと、カエインはピタリと動きを止めて目を見張る。
「それは俺と結婚してもいいという意味か?」
私は即答せずに目を伏せてしおらしい表情を作った。
「カエイン……私ね、あれから色々と、デリアンとエルメティアへの復讐方法を考えてみたの。
自ら二人を襲うことはもちろんのこと、現王権に不満や恨みを持つ勢力を使って、エルメティアを誘拐して拷問するなど……。
だけど例の誕生日以来、あなたの言うように幸せな私の姿を見せるのが、何よりも一番のエルメティアへのし返しになり、デリアンへのあてつけにもなるんじゃないかと思えてきて――
さらに侯爵家の庭であなたの口から結婚の意志があるのを聞いてからは、まずは『盛大な結婚式を挙げてあの二人に見せつける』のもいいかもしれないと考えるようになったわ」
「いいのか? 俺が提案したのは形ばかりではなく実の伴った結婚だぞ」
「もちろん理解しているわ。そうとなったら私も、とことん幸せを演出するために、あなたの子供も産みたいし……」
刹那、カエインの瞳が劇的なほど見開かれ、問う声がかすれて震える。
「俺の子供?」
この男の表情がここまで大きく動くのを目にするのは初めてかもしれない。
「ええ、そうよ、嫌だった?」
「嫌なものか……! 俺はずっと自分の子供が欲しかったんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうだとも!」
思いをこめるようにしっかりと頷き、カエインは両手で私の左手を取って強く握り締める。
「悲しいことに、これまで数多くの女を抱いても子供が出来ることはなく、この352年間の人生で一度も結婚したことがないゆえに、一人の女とじっくり子作りする機会もなかったが……。
もしもシアが俺の子供を産んでくれたら、長年の悲願がようやく叶うことになる!」
意外なことにカエインは今まで未婚だったらしい。
本気で結婚するつもりはないので関係ないが、望みながらも300年以上も女性を妊娠させられなかったのなら、本人の生殖能力に問題があるとしか思えない……。
しかしこうも単純に喜ばれるとさすがの私の胸もチクチクと痛み、演技ではない本物の溜め息が口から漏れ出す。
「……でもね、結婚を実現させるには、一つだけ障害があって……」
「それは何だ?」
「私の気持ちの問題よ。この18年間、ずっとデリアンとの結婚を夢見てきたおかげで、心の切り替えが難しくていまいち気分が乗りきれないの。
できればエルメティアとデリアンが辺境から戻ってくるまでには、結婚式の準備を終わらせておきたいとは思っているんだけど……」
「どうしたらその気になれるんだ?」
らしくもない必死な形相でカエインが尋ねてくる。
「……ええ、考えてみたんだけど、私は幼い頃から結婚式自体にも夢を描いてきたから、この前の誕生パーティーで着た以上の豪華な婚礼用のドレスを見れば、確実に気分が盛り上がると思うの」
「よし、分かった!
そういうことなら今から急ぎ妖精郷へと向かい、最高の婚礼ドレスを仕立てて来よう!」
力をこめて叫び、布団を跳ね飛ばすようにベッドから飛び出したカエインは、さっそく傍らの椅子に置いてあった衣服を掴んで身支度を整えた。
内心、思惑通りにことが進んでいくことにほっとしつつ、私は見送るために窓辺までカエインについて行く。
「ではシア、向こうではこちらの一日が数時間とはいえ、今回のドレスにはたっぷり時間をかけたいので、4、5日ぐらいは戻って来れないと思うが待っていてくれ」
「ええ、カエイン、楽しみにしているわ」
窓枠に手をかけてから、カエインは名残惜しそうに振り返る。
「見送りのキスはないのか?」
「キスも、ドレス次第よ」
「ならば、ぜひとも、シアが思わず俺に抱きついてキスしたくなるような、素晴らしいドレスを持って帰らねばな!」
最後に笑って告げると、カエインは漆黒の翼を広げて塔から飛び立って行った――
少しの間それを見送った私は、くるりと踵を返し、窓の向かい側に位置する棚の物色を始める。
先日、虫除け薬が切れたと言ってこの部屋へ貰いに来た際に、カエインが在庫を出した棚を憶えておいたのだ。
古代語は一切読めないのでポケットから見本の虫除け薬を取り出し、棚に並んでいる小瓶とラベルを見比べて探す。
「あった、これだわ」
――と、私が見つけた小瓶に手を伸ばしかけた時だった――
カタッと背後で物音がしたあと、今しがた出て行ったはずの人物の声が室内に響く――
「シア」
「カエイン、起きて、朝よ」
――数瞬後、羽毛のような長い睫毛が震え――瞼がゆっくりと開かれて輝く金色の瞳が現れる。
「……シア……?
これは、夢か?」
思えば朝早くに私からカエインを訪ねるのは初めてのことだった。
「夢じゃないわ。話があってあなたに会いに来たのよ」
「――どうせならキスで目覚めさせて欲しかったものだな」
薄く笑いながらカエインは裸の上半身を起こし、けだるげに艶やかな漆黒の髪を掻きあげる。
「そうね、結婚後はそうするわ」
調子を合わせるように私が返すと、カエインはピタリと動きを止めて目を見張る。
「それは俺と結婚してもいいという意味か?」
私は即答せずに目を伏せてしおらしい表情を作った。
「カエイン……私ね、あれから色々と、デリアンとエルメティアへの復讐方法を考えてみたの。
自ら二人を襲うことはもちろんのこと、現王権に不満や恨みを持つ勢力を使って、エルメティアを誘拐して拷問するなど……。
だけど例の誕生日以来、あなたの言うように幸せな私の姿を見せるのが、何よりも一番のエルメティアへのし返しになり、デリアンへのあてつけにもなるんじゃないかと思えてきて――
さらに侯爵家の庭であなたの口から結婚の意志があるのを聞いてからは、まずは『盛大な結婚式を挙げてあの二人に見せつける』のもいいかもしれないと考えるようになったわ」
「いいのか? 俺が提案したのは形ばかりではなく実の伴った結婚だぞ」
「もちろん理解しているわ。そうとなったら私も、とことん幸せを演出するために、あなたの子供も産みたいし……」
刹那、カエインの瞳が劇的なほど見開かれ、問う声がかすれて震える。
「俺の子供?」
この男の表情がここまで大きく動くのを目にするのは初めてかもしれない。
「ええ、そうよ、嫌だった?」
「嫌なものか……! 俺はずっと自分の子供が欲しかったんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうだとも!」
思いをこめるようにしっかりと頷き、カエインは両手で私の左手を取って強く握り締める。
「悲しいことに、これまで数多くの女を抱いても子供が出来ることはなく、この352年間の人生で一度も結婚したことがないゆえに、一人の女とじっくり子作りする機会もなかったが……。
もしもシアが俺の子供を産んでくれたら、長年の悲願がようやく叶うことになる!」
意外なことにカエインは今まで未婚だったらしい。
本気で結婚するつもりはないので関係ないが、望みながらも300年以上も女性を妊娠させられなかったのなら、本人の生殖能力に問題があるとしか思えない……。
しかしこうも単純に喜ばれるとさすがの私の胸もチクチクと痛み、演技ではない本物の溜め息が口から漏れ出す。
「……でもね、結婚を実現させるには、一つだけ障害があって……」
「それは何だ?」
「私の気持ちの問題よ。この18年間、ずっとデリアンとの結婚を夢見てきたおかげで、心の切り替えが難しくていまいち気分が乗りきれないの。
できればエルメティアとデリアンが辺境から戻ってくるまでには、結婚式の準備を終わらせておきたいとは思っているんだけど……」
「どうしたらその気になれるんだ?」
らしくもない必死な形相でカエインが尋ねてくる。
「……ええ、考えてみたんだけど、私は幼い頃から結婚式自体にも夢を描いてきたから、この前の誕生パーティーで着た以上の豪華な婚礼用のドレスを見れば、確実に気分が盛り上がると思うの」
「よし、分かった!
そういうことなら今から急ぎ妖精郷へと向かい、最高の婚礼ドレスを仕立てて来よう!」
力をこめて叫び、布団を跳ね飛ばすようにベッドから飛び出したカエインは、さっそく傍らの椅子に置いてあった衣服を掴んで身支度を整えた。
内心、思惑通りにことが進んでいくことにほっとしつつ、私は見送るために窓辺までカエインについて行く。
「ではシア、向こうではこちらの一日が数時間とはいえ、今回のドレスにはたっぷり時間をかけたいので、4、5日ぐらいは戻って来れないと思うが待っていてくれ」
「ええ、カエイン、楽しみにしているわ」
窓枠に手をかけてから、カエインは名残惜しそうに振り返る。
「見送りのキスはないのか?」
「キスも、ドレス次第よ」
「ならば、ぜひとも、シアが思わず俺に抱きついてキスしたくなるような、素晴らしいドレスを持って帰らねばな!」
最後に笑って告げると、カエインは漆黒の翼を広げて塔から飛び立って行った――
少しの間それを見送った私は、くるりと踵を返し、窓の向かい側に位置する棚の物色を始める。
先日、虫除け薬が切れたと言ってこの部屋へ貰いに来た際に、カエインが在庫を出した棚を憶えておいたのだ。
古代語は一切読めないのでポケットから見本の虫除け薬を取り出し、棚に並んでいる小瓶とラベルを見比べて探す。
「あった、これだわ」
――と、私が見つけた小瓶に手を伸ばしかけた時だった――
カタッと背後で物音がしたあと、今しがた出て行ったはずの人物の声が室内に響く――
「シア」
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