【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

文字の大きさ
上 下
24 / 67
第三章「忠実な魔法使い」

5、悪魔の誘惑

しおりを挟む
    急いで荷造りを終えて食堂に向かうと、すでに私以外の家族が揃ってテーブルを囲んで待っていた。

「シア、今、クリスに魔法薬の副作用のことを聞かされて、ようやく人づてに聞いた、昨夜の王女の誕生パーティーでのあなたの異常な行動の理由が分かりました。
 まったく! だから魔法薬などに頼るべきではなかったのよ!」

「しかもカエイン・ネイル様に見初められたっていう話は本当なのか?
 クリスが言うには、結婚を前提にお前の世話をみたいとおっしゃっているそうじゃないか?」

 私が席につくのも待たずに、続けざまに母と父から厳しい言葉が飛んでくる。

 これほど返事に窮する場面も珍しい。
 私は着席したとたん、わざとらしく頭をおさえる。

「ごめんなさい……魔法薬の副作用で異様に忘れっぽくて……昨夜のことも、ところどころしか憶えていないの……。
 とにかく今は頭の中が混沌としていて、結婚のことなど考えられないし……。
 おまけに昨夜のパーティーで、大きな疑問ができて、酷く混乱しているんですもの……!」

「疑問って?」

 昼間から食前酒を飲みながら、荒れた様子で母が尋ねる。
 私は卑怯だと思ったものの、魔法薬を口実に今まできなかった質問をして、両親の本心を確かめようと思い立つ。

「他ならぬ私にとってこの国に王太子であるセドリックは、家族以外で唯一思い出せる、大切な存在……!
 それなのに昨夜のパーティーで、廃嫡されたという驚くべき事実を知りました。
 教えて下さい! 一体どうしてそのようなことに? 私の知る限りセドリックは誰よりも王に相応しい素晴らしい人格の持ち主!
 なぜ正統な継承権を奪われたのでしょうか? 到底、私には納得できません!」

 私の訴えにたいし、銀杯の酒を飲み干した母は、ふん、と鼻を鳴らす。

「何が王に相応しいものですか、戦うべき場面で局面も読めず逃げ腰の対応をし、話し合いなんぞで解決しようとする腑抜けぶり。
 まさにエリオット王の無能さを引き継いだ、お飾り王子の呼び名に相応しい、暗愚の王の資質。
 誰もそのような王に率先して仕える気など起きやしないわ」

 母の痛烈さに対し、父の言い分は消極的だった。

「いずれにしても、シア、もう一族として立ち位置を選んでしまった後なのだ。
 エリオット3世ではないが、意見を二転三転させて、態度を変えるような人間は誰にも信用されない」

「……それが、お父様とお母様のお考えなのですね……」

 私は俯いて厳しい現実を噛み締めるように呟くと、ほとんど料理に手をつけないまま席を立つ。

「――申し訳ありませんが、そろそろ部屋に迎えが来る頃合なので、私はこれで下がらせて頂きます。
 ご存じのようにカエイン様は人嫌いなので、見送りや挨拶はご遠慮下さい」

 別れを惜しめばこれから行く道を思い、返って辛くなるというものだ。

「せめて今夜ぐらい屋敷に泊まれないのか?」

 寂しそうな表情で問うクリス兄様に私はかぶりを振る。

「話したように、頭痛の発作があるから無理なの。
 それではさようなら、お父様、お母様……クリス兄様」

 別れの言葉を口にして扉へと向かう私の耳に、ガタン、と席を立つ音と、言い聞かせるような母の声が響く。

「きちんと、守護剣は持って行くのですよ。
 あれはお前の騎士としての大切な魂なのですから……」

 どんな時でも母が気にするのは騎士としての私だけなのだ。

「はい、お母様。忘れず持って行きますので、ご安心下さい」

 苦みとともに返事をして、家族に背を向けた私は、最後まで守護剣を呼べるようになった事実を告げず、振り切るように食堂をあとにした。

 ――自室へ戻ると間もなく、目印として開けておいた窓からカエインが飛び込んできて、一刻も早く帰りたい私の望み通りに侯爵家から連れ去ってくれた――





 翌日からの私は、デリアンとエルメティアが辺境へ旅立つ日を目安にして、毎日、脱獄の準備で忙しく過ごした。

 やるべきこと、考えるべきことが多い中、カエインの従順さは私にとってまさに悪魔の誘惑そのもの。

 日中は放っておいて欲しいと言えば夜まで顔を出さず、セドリックの着替えや新しい靴など、要求した物は何でも必ずその日のうちに届けに来てくれる。
 誕生パーティー以降、毎日訪ねてきているらしいエルメティアも、上手く一人であしらってくれているようだった。

 おかげで私は何にも邪魔されることなく、脱出経路の確認や、脱獄後の長旅に備えての準備を終えることができた。

 一つだけ困るのは、カエインがあまりにも献身的なので、ついバーン家の家訓を無視して「脱獄に協力してくれる?」と訊いてみたくなることだ。

 その衝動はなかなか打ち消せなくて、ある晩、とうとう私は、隣で眠るセドリックに質問せずにはいられなかった。

「ねぇ、セドリック、カエイン・ネイルはあなたの目から見てどういう人物?」

 セドリックは少し間をあけたのち、少し不安げな声で問い返す。

「どういう人間って……シアはカエインに興味があるの?」

「まあね。でも勘違いしないでね。異性としてではなく、純粋な人間としての興味だから」

 軽く溜め息をつく気配のあと、おもむろに語り出す声が響く。

「カエインは建国以来の332年間、アスティリア王国の宮廷魔法使いをしている。
 世界中の魔法使いが所属しているという、秘密で閉ざされた協会『賢者の塔』でも、かなり高位にいるらしく、どんな魔法使いでも彼の名前を耳にするだけで恐れると伝わっている」

「つまりこの国だけではなく、魔法使いの世界でも偉いってわけね。
 性格的なものはどうなの? エルメティアを好きだったのでしょう?」

「……残念ながら、僕は性格を知るほどカエインに関わったことがないよ。
 エティーにたいしても、態度では好意を示していたし、特別扱いはしていたけど、それが恋愛感情だったかまでは分からない。
 ただ、5歳の頃、物凄く高い木の上にのぼったエティーを降ろしているのを見たし、7歳のエティーが暴れ馬から振り落とされた時にも受け止めていた……。
 思えば、まるでカエインは、幼い頃からエティーを見守っているみたいだった……」

 ――――5歳、あるいはもっと前からの長きに渡って、カエインはエルメティアを気にしてきたということか。
 だとすれば出会ったばかりの私とは比べるまでもない。

「ありがとう、セドリック。参考になったわ」

 おかげで少しの迷いも完全に捨て去ることができた――



 やがて週が明け――予定通りエルメティアとデリアンが辺境へと旅立ち――いよいよ脱獄の決行の日が訪れた――
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...