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第三章「忠実な魔法使い」
5、悪魔の誘惑
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急いで荷造りを終えて食堂に向かうと、すでに私以外の家族が揃ってテーブルを囲んで待っていた。
「シア、今、クリスに魔法薬の副作用のことを聞かされて、ようやく人づてに聞いた、昨夜の王女の誕生パーティーでのあなたの異常な行動の理由が分かりました。
まったく! だから魔法薬などに頼るべきではなかったのよ!」
「しかもカエイン・ネイル様に見初められたっていう話は本当なのか?
クリスが言うには、結婚を前提にお前の世話をみたいとおっしゃっているそうじゃないか?」
私が席につくのも待たずに、続けざまに母と父から厳しい言葉が飛んでくる。
これほど返事に窮する場面も珍しい。
私は着席したとたん、わざとらしく頭をおさえる。
「ごめんなさい……魔法薬の副作用で異様に忘れっぽくて……昨夜のことも、ところどころしか憶えていないの……。
とにかく今は頭の中が混沌としていて、結婚のことなど考えられないし……。
おまけに昨夜のパーティーで、大きな疑問ができて、酷く混乱しているんですもの……!」
「疑問って?」
昼間から食前酒を飲みながら、荒れた様子で母が尋ねる。
私は卑怯だと思ったものの、魔法薬を口実に今まできなかった質問をして、両親の本心を確かめようと思い立つ。
「他ならぬ私にとってこの国に王太子であるセドリックは、家族以外で唯一思い出せる、大切な存在……!
それなのに昨夜のパーティーで、廃嫡されたという驚くべき事実を知りました。
教えて下さい! 一体どうしてそのようなことに? 私の知る限りセドリックは誰よりも王に相応しい素晴らしい人格の持ち主!
なぜ正統な継承権を奪われたのでしょうか? 到底、私には納得できません!」
私の訴えにたいし、銀杯の酒を飲み干した母は、ふん、と鼻を鳴らす。
「何が王に相応しいものですか、戦うべき場面で局面も読めず逃げ腰の対応をし、話し合いなんぞで解決しようとする腑抜けぶり。
まさにエリオット王の無能さを引き継いだ、お飾り王子の呼び名に相応しい、暗愚の王の資質。
誰もそのような王に率先して仕える気など起きやしないわ」
母の痛烈さに対し、父の言い分は消極的だった。
「いずれにしても、シア、もう一族として立ち位置を選んでしまった後なのだ。
エリオット3世ではないが、意見を二転三転させて、態度を変えるような人間は誰にも信用されない」
「……それが、お父様とお母様のお考えなのですね……」
私は俯いて厳しい現実を噛み締めるように呟くと、ほとんど料理に手をつけないまま席を立つ。
「――申し訳ありませんが、そろそろ部屋に迎えが来る頃合なので、私はこれで下がらせて頂きます。
ご存じのようにカエイン様は人嫌いなので、見送りや挨拶はご遠慮下さい」
別れを惜しめばこれから行く道を思い、返って辛くなるというものだ。
「せめて今夜ぐらい屋敷に泊まれないのか?」
寂しそうな表情で問うクリス兄様に私はかぶりを振る。
「話したように、頭痛の発作があるから無理なの。
それではさようなら、お父様、お母様……クリス兄様」
別れの言葉を口にして扉へと向かう私の耳に、ガタン、と席を立つ音と、言い聞かせるような母の声が響く。
「きちんと、守護剣は持って行くのですよ。
あれはお前の騎士としての大切な魂なのですから……」
どんな時でも母が気にするのは騎士としての私だけなのだ。
「はい、お母様。忘れず持って行きますので、ご安心下さい」
苦みとともに返事をして、家族に背を向けた私は、最後まで守護剣を呼べるようになった事実を告げず、振り切るように食堂をあとにした。
――自室へ戻ると間もなく、目印として開けておいた窓からカエインが飛び込んできて、一刻も早く帰りたい私の望み通りに侯爵家から連れ去ってくれた――
翌日からの私は、デリアンとエルメティアが辺境へ旅立つ日を目安にして、毎日、脱獄の準備で忙しく過ごした。
やるべきこと、考えるべきことが多い中、カエインの従順さは私にとってまさに悪魔の誘惑そのもの。
日中は放っておいて欲しいと言えば夜まで顔を出さず、セドリックの着替えや新しい靴など、要求した物は何でも必ずその日のうちに届けに来てくれる。
誕生パーティー以降、毎日訪ねてきているらしいエルメティアも、上手く一人であしらってくれているようだった。
おかげで私は何にも邪魔されることなく、脱出経路の確認や、脱獄後の長旅に備えての準備を終えることができた。
一つだけ困るのは、カエインがあまりにも献身的なので、ついバーン家の家訓を無視して「脱獄に協力してくれる?」と訊いてみたくなることだ。
その衝動はなかなか打ち消せなくて、ある晩、とうとう私は、隣で眠るセドリックに質問せずにはいられなかった。
「ねぇ、セドリック、カエイン・ネイルはあなたの目から見てどういう人物?」
セドリックは少し間をあけたのち、少し不安げな声で問い返す。
「どういう人間って……シアはカエインに興味があるの?」
「まあね。でも勘違いしないでね。異性としてではなく、純粋な人間としての興味だから」
軽く溜め息をつく気配のあと、おもむろに語り出す声が響く。
「カエインは建国以来の332年間、アスティリア王国の宮廷魔法使いをしている。
世界中の魔法使いが所属しているという、秘密で閉ざされた協会『賢者の塔』でも、かなり高位にいるらしく、どんな魔法使いでも彼の名前を耳にするだけで恐れると伝わっている」
「つまりこの国だけではなく、魔法使いの世界でも偉いってわけね。
性格的なものはどうなの? エルメティアを好きだったのでしょう?」
「……残念ながら、僕は性格を知るほどカエインに関わったことがないよ。
エティーにたいしても、態度では好意を示していたし、特別扱いはしていたけど、それが恋愛感情だったかまでは分からない。
ただ、5歳の頃、物凄く高い木の上にのぼったエティーを降ろしているのを見たし、7歳のエティーが暴れ馬から振り落とされた時にも受け止めていた……。
思えば、まるでカエインは、幼い頃からエティーを見守っているみたいだった……」
――――5歳、あるいはもっと前からの長きに渡って、カエインはエルメティアを気にしてきたということか。
だとすれば出会ったばかりの私とは比べるまでもない。
「ありがとう、セドリック。参考になったわ」
おかげで少しの迷いも完全に捨て去ることができた――
やがて週が明け――予定通りエルメティアとデリアンが辺境へと旅立ち――いよいよ脱獄の決行の日が訪れた――
「シア、今、クリスに魔法薬の副作用のことを聞かされて、ようやく人づてに聞いた、昨夜の王女の誕生パーティーでのあなたの異常な行動の理由が分かりました。
まったく! だから魔法薬などに頼るべきではなかったのよ!」
「しかもカエイン・ネイル様に見初められたっていう話は本当なのか?
クリスが言うには、結婚を前提にお前の世話をみたいとおっしゃっているそうじゃないか?」
私が席につくのも待たずに、続けざまに母と父から厳しい言葉が飛んでくる。
これほど返事に窮する場面も珍しい。
私は着席したとたん、わざとらしく頭をおさえる。
「ごめんなさい……魔法薬の副作用で異様に忘れっぽくて……昨夜のことも、ところどころしか憶えていないの……。
とにかく今は頭の中が混沌としていて、結婚のことなど考えられないし……。
おまけに昨夜のパーティーで、大きな疑問ができて、酷く混乱しているんですもの……!」
「疑問って?」
昼間から食前酒を飲みながら、荒れた様子で母が尋ねる。
私は卑怯だと思ったものの、魔法薬を口実に今まできなかった質問をして、両親の本心を確かめようと思い立つ。
「他ならぬ私にとってこの国に王太子であるセドリックは、家族以外で唯一思い出せる、大切な存在……!
それなのに昨夜のパーティーで、廃嫡されたという驚くべき事実を知りました。
教えて下さい! 一体どうしてそのようなことに? 私の知る限りセドリックは誰よりも王に相応しい素晴らしい人格の持ち主!
なぜ正統な継承権を奪われたのでしょうか? 到底、私には納得できません!」
私の訴えにたいし、銀杯の酒を飲み干した母は、ふん、と鼻を鳴らす。
「何が王に相応しいものですか、戦うべき場面で局面も読めず逃げ腰の対応をし、話し合いなんぞで解決しようとする腑抜けぶり。
まさにエリオット王の無能さを引き継いだ、お飾り王子の呼び名に相応しい、暗愚の王の資質。
誰もそのような王に率先して仕える気など起きやしないわ」
母の痛烈さに対し、父の言い分は消極的だった。
「いずれにしても、シア、もう一族として立ち位置を選んでしまった後なのだ。
エリオット3世ではないが、意見を二転三転させて、態度を変えるような人間は誰にも信用されない」
「……それが、お父様とお母様のお考えなのですね……」
私は俯いて厳しい現実を噛み締めるように呟くと、ほとんど料理に手をつけないまま席を立つ。
「――申し訳ありませんが、そろそろ部屋に迎えが来る頃合なので、私はこれで下がらせて頂きます。
ご存じのようにカエイン様は人嫌いなので、見送りや挨拶はご遠慮下さい」
別れを惜しめばこれから行く道を思い、返って辛くなるというものだ。
「せめて今夜ぐらい屋敷に泊まれないのか?」
寂しそうな表情で問うクリス兄様に私はかぶりを振る。
「話したように、頭痛の発作があるから無理なの。
それではさようなら、お父様、お母様……クリス兄様」
別れの言葉を口にして扉へと向かう私の耳に、ガタン、と席を立つ音と、言い聞かせるような母の声が響く。
「きちんと、守護剣は持って行くのですよ。
あれはお前の騎士としての大切な魂なのですから……」
どんな時でも母が気にするのは騎士としての私だけなのだ。
「はい、お母様。忘れず持って行きますので、ご安心下さい」
苦みとともに返事をして、家族に背を向けた私は、最後まで守護剣を呼べるようになった事実を告げず、振り切るように食堂をあとにした。
――自室へ戻ると間もなく、目印として開けておいた窓からカエインが飛び込んできて、一刻も早く帰りたい私の望み通りに侯爵家から連れ去ってくれた――
翌日からの私は、デリアンとエルメティアが辺境へ旅立つ日を目安にして、毎日、脱獄の準備で忙しく過ごした。
やるべきこと、考えるべきことが多い中、カエインの従順さは私にとってまさに悪魔の誘惑そのもの。
日中は放っておいて欲しいと言えば夜まで顔を出さず、セドリックの着替えや新しい靴など、要求した物は何でも必ずその日のうちに届けに来てくれる。
誕生パーティー以降、毎日訪ねてきているらしいエルメティアも、上手く一人であしらってくれているようだった。
おかげで私は何にも邪魔されることなく、脱出経路の確認や、脱獄後の長旅に備えての準備を終えることができた。
一つだけ困るのは、カエインがあまりにも献身的なので、ついバーン家の家訓を無視して「脱獄に協力してくれる?」と訊いてみたくなることだ。
その衝動はなかなか打ち消せなくて、ある晩、とうとう私は、隣で眠るセドリックに質問せずにはいられなかった。
「ねぇ、セドリック、カエイン・ネイルはあなたの目から見てどういう人物?」
セドリックは少し間をあけたのち、少し不安げな声で問い返す。
「どういう人間って……シアはカエインに興味があるの?」
「まあね。でも勘違いしないでね。異性としてではなく、純粋な人間としての興味だから」
軽く溜め息をつく気配のあと、おもむろに語り出す声が響く。
「カエインは建国以来の332年間、アスティリア王国の宮廷魔法使いをしている。
世界中の魔法使いが所属しているという、秘密で閉ざされた協会『賢者の塔』でも、かなり高位にいるらしく、どんな魔法使いでも彼の名前を耳にするだけで恐れると伝わっている」
「つまりこの国だけではなく、魔法使いの世界でも偉いってわけね。
性格的なものはどうなの? エルメティアを好きだったのでしょう?」
「……残念ながら、僕は性格を知るほどカエインに関わったことがないよ。
エティーにたいしても、態度では好意を示していたし、特別扱いはしていたけど、それが恋愛感情だったかまでは分からない。
ただ、5歳の頃、物凄く高い木の上にのぼったエティーを降ろしているのを見たし、7歳のエティーが暴れ馬から振り落とされた時にも受け止めていた……。
思えば、まるでカエインは、幼い頃からエティーを見守っているみたいだった……」
――――5歳、あるいはもっと前からの長きに渡って、カエインはエルメティアを気にしてきたということか。
だとすれば出会ったばかりの私とは比べるまでもない。
「ありがとう、セドリック。参考になったわ」
おかげで少しの迷いも完全に捨て去ることができた――
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